46話・あなたが無事で良かった
「ねぇ。今までナイルはどこにいたの? あの日ヘリオスの所に結婚報告に行ってからあなたの身に何があったの?」
「話すと長くなるけど、その帰り道で早くきみのもとに帰りたくて近道をしたのが悪かった。山道がぬかっていたのを急がせたばかりに車輪の一部が損傷して馬車が転倒してね、中から投げ出された私と従者には怪我がなかったが、馬車は崖下に転落して大破。そこを通りかかった人に助けられたのが運のつきで彼らはプーリア教皇の使者だったんだ。プーリア教皇が呼んでると言われて連行され次期教皇に指名されてしまったことできみのもとへ帰れなくなり、私の行方をつき止めた叔父上には私のことは亡くなった事にして欲しいと頼んだんだよ」
布団のなかでナイルに腕枕をしてもらい、先ほど彼に身体中をくまなく愛された余韻を噛みしめながらわたしは彼に寄りそっていた。今は二人とも寝巻きを纏って布団のなかにいる。
彼の口から何を聞かされても驚かないつもりでいたが、そんな事情に彼が見舞われていたとは想像もしてなかった。
「そんな…でもあなたが無事で良かった」
「教皇の地位についてからもきみのことは案じていた。叔父上からは連絡をもらっていたからね。でも叔父上が亡くなってからは連絡がつかなくなって、密偵に探らせてはいたんだけどスワンヘルデ城にベルナンが乗り込んで来てからはやり難くなった」
ベルナンには最強の間諜集団が仕えている。容易に忍びを送れなくなってしまったのだろうと想像はついた。
わたしにはそのことよりも気になる言葉があった。
「あなたが今は教皇さまなのね? じゃあ、妻帯出来ないからなのね? わたしを公の場で妻として置けなくなったからっていうのは…」
「そうだよ。教皇はじめ聖職者には妻帯は許されてないから。きみと一緒になる為に還俗を望んだのに再び聖職者に戻ることになろうとは思わなかった」
ナイルが無念そうに言う。わたしは可笑しくなってきた。
「あなたはよっぽど神さまに好かれてるのね」
「私が愛されたいのはきみなんだけどな。新婚生活が始まってこれからって時に邪魔されるとは。神さまもなんていけずなんだ」
プーリア教皇となる者は、聖職者のなかから選ばれるのは当然のことだが、誰よりも強い魔法力がある者が現役の教皇からの指名によって後を継いでゆくらしい。任期は魔法力の限界までとされてるらしく、しばらくはナイルは教皇の座から離れられないだろう。
「愛する妻と暮らせないのは拷問だよ。どんな苦行よりも辛い。きみと触れ合う事が出来ないなんて」
「ナイル」
「きみに言い寄る男の存在を知って、どんなに心が乱れそうになったか。それできみの身を守る為にあの薬を送ったんだ」
嫉妬したんだよ。と、憂い顔でナイルから告げられた。
「でもそのせいできみは薬を飲んでしまい、どんなに後悔したことか。密偵からきみが薬を飲んで城を出奔したと聞かされた時には平静でいられなかった。すぐに保護しなければとプーリアを出て来たものの、きみの行方は知れなくて。スワンヘルデ城に向かったらアイギスに裁判が持ちかけられてることを知ってね。黙っていられなかった」
「そこで教皇さまの代理人として登場してアイギスを助けてくれようとしたのね? わたしが子猫姿で城に忍びこんだ時、わたしだと気がついていたの?」
「もちろん気がついていたよ。きみを返してもらおうとして、金満亭に行ったのはその為だから。ハインツにはどうしようかと思ったよ。彼は子猫のきみを嫁にすると言い出したからね」
「ハインツって変でしょ? あの人、女性嫌いなのよ。それでなぜか子猫姿のわたしを妙に気に入っちゃって交尾したいだの言ってたわ」
わたしが苦笑すると、ナイルの顔つきが険しくなった。
「彼の傍には近付かないほうがいいよ。まりか。彼は明らかに真正の変態だ」
どうも彼のなかで、ハインツに対する評価が急降下してるようだ。
「大丈夫よ。彼が気にいってたのはわたしの子猫姿だから。今のわたしの姿には関心ないわ。でも彼にアイギスの代理騎士を頼んでくれたのはあなたなんでしょう? ありがとう」
そんなに心配することないのに。彼のおかげでアイギスも助かったことだし、感謝していると伝えればナイルは壮大にため息をついた。
「丁度良くこの国に神騎士が滞在してたからね。彼なら負けることはないと信じていた」
「ハインツたちはナイルが教皇さまだと知ってたの?」
「目くらましの術を使ってたからハインツは気がついてなかったみたいだな。ハンスは魔導師だから魔法力の違いで感付いたらしく、途中から協力してもらってたよ」
三人の力の相互関係がなんとなく分かって来た様な気がした。




