47話・祓ってあげる
「ハンスはいつからあなたの正体に気がついていたの?」
「金満亭を訊ねた辺りからかな? その後に私のお願いを聞いてくれるようになった」
「お願い?」
「うん。ベルナンのもとにがきみがいると分かって容易に近付けなかったから、彼にきみの救出をお願いしたんだ。彼も十二星聖団の神騎士の一人なんだ」
「良かったわ。助けに来てもらって。あのままベルナンに捕らわれていたらパパちゅっちゅっ以上のことされそうだったもの」
わたしはベルナンのもとにいた時の生活を思い出して、ハンスに助けてもらって本当に良かったとため息をついた。あれ以上留まっていたら何をされたものか分からない。あの人も結構変態だったから。
「なに? そのパパちゅっちゅって?」
ナイルが不機嫌そうに聞いて来る。
「あの人もおかしな人で、子猫のわたしに幼児言葉で語りかけてきたりわたしにキスして来ようとしてた。肉球にキスされた時は気持ち悪かったわ」
「どの辺? キスされたのって」
「この辺りをチュッて」
わたしが掌をナイルに見せると、彼はそこをぺろりと舐めた。
「やだぁ。ナイル。なにするの?」
「消毒」
ナイルがぶすっとした表情で言う。普段の温厚な彼が嘘のようだ。
「許せないな。あいつ。どうしてくれよう」
「ナイル?」
ナイルの口から無粋な言葉を聞いた気がして見返すと、普段の優しい彼の眼差しがあった。気のせいかなぁ。いま聞こえて来た声は。そら耳?
「もう大丈夫だよ。ベルナンのことは心配いらないからね。あれにはこの件から手を引くように警告してあるから。それとアイギスの後見はプーリア教皇である私が受け持つよ。パルシュ国王の好きにはさせないからね。安心して良いよ」
「ナイル。ありがとう。あら、ヘリオスたちはナイルが当代のプーリア教皇だってこと知ってるの?」
「知らないはずだよ。パルシュ国王は異教を信仰してるからプーリア教皇に誰がなろうと関心もないはずだし交流もないしね」
「そう」
わたしはどこかすっきりしない思いを抱いた。
「でもこれでアイギスの後見人を口実にきみのもとへ通って来れる」
「大丈夫なの? 教皇さまが国をあけて」
それは嬉しいけど、そんなこと許されるの? と、聞けば、
「全然問題ないよ。影武者を置いておけば良い話だから」
と、ナイルにしては似つかわしくない笑いを浮かべわたしの唇を長い人差し指でなぞる。ナイルったら見た目に反してけっこう悪なのね。でもそんなあなたもス・テ・キと思っちゃった。きゃあ。
「それにね、私はきみとの間に早く子供が欲しいんだ。子はかすがいって言うだろう。きみが元の世界に帰ってしまわないようにこの世界にとどまる楔を打ち込みたい」
「ナイル」
それは非常に嬉しい言葉だけどあなたの立場的には無理な話だよね。うな垂れそうになるわたしにナイルは勇気を与えるように口付けをしてきた。そして強く抱きしめてくれる。
「きみが私が死んだと聞かされた後も、私を想って待っていてくれたことが嬉しいんだ。もう手放す気にもなれない。やっぱりきみを妻として公表することにしよう」
「そんなことしていいの? あなたの立場が悪くなるんじゃないかしら?」
今までプーリア教皇は神格化されていて、神の代理人としてロマ教信者たちにとっては神に近い絶対ともいえる存在だ。聖職者は妻帯が許されてないのにそのトップともいえる存在が前例を破る真似なんかして許されるのだろうか?
「なあに構うものか。私はきみに関して我慢するのは止めた。私たちは神の前で正式に夫婦の誓いを立てた仲だよ。それが異例とはいえ、私が聖職者になったことできみと引き離されるなんてご免だ」
ナイルがわたしの不安を払しょくするように笑いかけて来る。一度は死んだと思っていたナイルが生きていた。そのことだけでも感謝すべきことなのにわたしはそれ以上のことを望んでしまっていた。
「本当は還俗した者に回って来るはずのない教皇の座なのに、後継者は先代の教皇の指名によって決まるから、ごく稀に還俗した後でも聖職者に復帰させられて教皇になる人も歴代教皇のなかにはいたらしい。先代教皇から指名を受けると、魔力の引き継ぎがその場で交わされる事になって強い磁力のように引きあうから指名された側は拒めないんだ。自分の意思は関係なく行われるからまったくはた迷惑なことだよ」
と、ナイルはわたしに教皇のしくみを説明しながらため息をついた。
「ナイルも大変な苦労をしていたのね」
わたしは思いきりナイルに同情した。いきなり後継者にされて自分が望まない力を受け渡されていただなんて。聖職者も結構辛いね。ナイルもずい分と我慢させられてきたんだ。
わたしはナイルに無理をして欲しくなかった。
「わたしで良かったら愚痴を聞くわ。なんでも話して。それにあなたの任期があけるまでわたし気長に待つから。わたしのことはいいのよ気にしないで。例えおばあちゃんになってもわたし、ナイルのこと待ってるから」
別に妻として公表してくれなくてもわたしはあなたの事を想い続けているわ。と、伝えれば、ナイルが凝視していた。
「ごめんよ。まりか。きみにはずっと待たせてばかりだね」
教皇は聞くところによると、魔法力に陰りが見えるときまでが任期らしいので人それぞれで何年教皇の座についてるのかは分からない。前任者は長くておじいちゃん教皇だった気がするので、ほぼ人生を教皇職にかけたといってもいいだろう。
ナイルは異世界のわたしを呼び出したくらいの力の持ち主だから、その力ははかり知れないものがありそうな気がする。任期が短いことはないだろう。
「謝らないでナイル。わたしはこの世界に召喚されてあなたに出会えた。それだけでも幸せなのに欲張りだからそれ以上のことを願ってしまう。きっと強欲なのね。あなたを独占したくてたまらないの」
「ああ。まりか。可愛い私の奥さま。きみが愛おしくてたまらないよ」
「ナイル…」
ナイルが啄ばむ様な口付けをしてきて、わたしはそっと目を閉じかけ…あることを思い出した。
「ちょっと待ってナイル。そういえばわたしって何か憑いてるんじゃなかった? 邪なものが憑いてるとか言ってなかった?」
「ああ。あれか。気になる?」
「だって怖い。知らない間に何か憑いてたりしたら」
「そうだね。きみにはうようよ憑いてるよ。邪な男の思いがね」
「やだあ。祓ってぇ。気持ち悪い」
「分かった。じゃあ、祓ってあげるよ。目を瞑って」
ナイルに言われるがままわたしは目を瞑った。なんだろう。憑いてるものって。すぐに祓ってもらえるのかな?
チクリと首筋に噛まれたような痛みが走った。
「あ…」
声を漏らすとまだだよ。と、耳元で囁かれる。ナイルに導かれながらわたしは気を失うまで痛痒いような刺激に度々見舞われた。




