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43話・わたしに何かとりついてますか?

「そうよ。あの日、わたしは死のうと思ったの。未遂に終わったけどヘリオスに襲われかけて自分が穢されたように思えてならなかったから」

「あなたは穢れてなどおりませんよ。それは辛い目にあわれましたね。でもそのことで命を絶たれなくて良かった。責められるべきはあのパルシュ国王であなたではありません」

 失踪の晩の日に起きた出来事をわたしは、隣の席に座るリオン司教の分厚い眼鏡の奥の澄んだ瞳に促される様に打ち明けていた。リオン司教は理解ある目でわたしの手を取り慰めてくれた。向かいの席ではハンスとハインツが憤っていた。

「なんて無礼な。嫌がる女性に無体を働くとは」

「そうだ。あのパルシュ国王がそんなことをきみにしていたとは許せないな。あの時、切り捨てておけばよかった」

「それはちょっと物騒ですよ。ハインツ」

 実際にハインツならやりかねないな。と、思う。

「マリカ。きみは喪が明けたらあいつと結婚することになってるらしいな? 止めておけ。きみが不幸になるだけだ」

「どうしてそれを?」

 どうしてその事をハインツは知ってるのだろう? ヘリオスがアイギスの後見役につく条件として喪が明けたら彼と結婚することになってる事までは、わたしは彼らには話してないはずなのに。

 ハンスが部屋を案内してくれた侍女から聞いたのですよ。と、教えてくれた。

「マリカさまに執着を覚えていたヘリオス陛下が今回の裁判で敗訴して、やけにあっさり引き下がったので不思議に思っていたら、マリカさまは喪が明けたらパルシュ国王と祝言を上げる予定になってるからマリカさまが生きてる限りは、国王にとってどちらに転んでも損はなかったのだろうと」

 ヘリオスと喪が明けてから結婚することは決定事項で、この城内に勤める者なら誰でも知ってることだ。ハンスたちの耳に入るのは時間の問題だったけど出来れば彼らには知られたくなかったな。と、思う。反対されるのが目に見えていたから。わたしも本当はヘリオスとは結婚したくない。でもアイギスの為を思えば…

「姉さま。パルシュ国王とのことはお断りしてもいいのですよ」

 アイギスがわたしの心のなかを読んだように言う。

「僕は姉さまを不幸にしてまで、大公の座につこうとは思いません」

「駄目よ。アイギス。あなたはお養父(とう)さまにとって、ただひとりの嫡子なのだから。そんなこと言わないで」

「あの。どういうことなのでしょう? もし嫡子が成人してなければその姉妹(きょうだい)にも補佐と後見としての地位を与えられるはずですよね? パルシュ国王さまに後見を頼まなくても宜しいのでは?」

 ハンスが問いかけて来る。世継ぎは男子と決まっていてもその男子が成人する年齢に満たない場合はその姉妹が補佐する権利はあるでしょうと言われ、わたしは首を振った。

「わたしはその資格がありません。親族に認められてませんから」

「なぜ?」

「マリカはまさか…大公陛下と正妃との間に生まれた子ではないということか?」

 ハンスが解せない様子でいる隣でハインツが一つの可能性に思い当たったように言う。

「それはありえませんよ。大公さまは信心深いロマ教信者ですよ。ハインツ」

 ロマ教では一夫一妻が当たり前だ。大公は絵に描いた様な信者の模範となるような暮らしを送って来た。そんなはずはないというハンスに、ハインツが食いさがる。

「なかにはひっそり愛人とよろしくやってた者だっていただろう? 聖職者のなかにも隠し妻を持ってる者はいる」

「ハインツ。大公さまに失礼ですよ」

 こほん。と、リアン司教が空咳をして、ふたりは言葉を噤んだ。わたしは養父の名誉の為にも真相を明かす事にした。異世界から来た事は内緒にして。

「わたしはお養父さまの実の娘ではありません。お父さまの血をひいてないのです。赤の他人です。十一年前に縁があって養女にして頂きました。そのことで親戚には良く思われてないのです」

「そうだったのですか。申しわけありません。言いたくないことを言わせてしまいましたね」

「知らなかったとはいえ、悪かったな」

 真相を知って申し訳なさそうにするハンスと、ハンスが謝ってきた。

「いいんです。本当のことですから」

 割り切ってるわたしとは反対に、ハインツの表情が思いつめたものになる。

「マリカ。きみさえ良かったら俺と一緒に、ヴァルツベルグ皇国に行かないか? ああ。いや、俺がこのブラバルド公国に来て一緒に暮らしてもいい」

「ハインツ? それってどういう意味? ハインツはプーリア皇国の十二星騎士団の騎士なんでしょう? 勝手に除隊できるの? そりゃあ、ブラバルドに来て護衛騎士をしてくれたら頼もしいけど」

「そういう意味じゃないんだけどな」

 ハインツが苦笑するわきで、ハンスが言いにくそうに訂正した。 

「実はこのハインツは、ヴァルツベルグ皇国の第二皇子なのです。国許でお見合い話が持ち上がり帰郷の為にこちらのブラバルドに立ち寄ったのですが、あなたさまに出会われてからずるずると…まあ、言い訳をして長居していたのです」

「なるほど。あなた方がなかなか騎士団に戻って来なかった理由は、継嗣の兄上が御病気のせいではなかった。と、いうことですね? わたしからそのように教皇さまに申し上げておきましょう」

 リオン司教、笑顔で言ってるけどちょっと怖い。なんか司教の背からどす黒い感情が沁み出てきてるような。聖職者はへたに怒らせない方がいいみたいね。

ハインツたちビビってるよ。そりゃあ、嘘の報告して帰国すらせずにブラバルドに留まってたんだから。当然か。でもその原因はわたしにあるのよね。と、思ったら可哀相になった。

「あの。リオン司教。ハインツたちはわたしに出会ってそのままにしておけずにこの国に滞在することになったんです。嘘をつくのはいけないことですが、どうかご慈悲を。彼らがいたからわたしは救われたのです」

「分かりました。マリカ公女がそう言われるのなら、今回のことは不問に処しましょう」

「ありがとうございます」

 ハインツたちが頭を垂れる。わたしも彼らを見習って頭を下げていた。でもどうして一介の司教に神騎士のハインツや、魔導師のハンスが頭を下げる必要があるのかしら? リオン司教はプーリア教皇さまの代理だから? 

 彼らの間にはわたしの知らない力関係が存在するらしい。

「でもマリカ公女。あなたには他人を惑わせる何かがあるようですね。実に興味深いのですが、逆にそのことが他人の邪な思いを引き寄せている要因にもなっている気がします」

 なんだろう。わたしに原因があるって。リオン司教をすがるように見上げれば、澄んだ瞳とぶつかった。

「わたしの力が及ぶか分かりませんが、祓って差しあげましょう。さすればあなたさまに及ぶ最悪からは免れるでしょう」

 なんだかさらりと言われたけど。最悪って? わたし何か憑いてるんでしょうか? そんなのやだあ。何か憑いてるなら早く祓って欲しい。

「なんだか分かりませんけど、宜しくお願いします」

 リオン司教の手を握ってお願いすれば、くすりと笑われた。

「あとで聖堂にいらして下さい。私は祈りを捧げているので」

「はい」

 これで救われる。わたしはホッとした。自分が知らないうちに何かに憑かれて、影響を受けていただなんて気持ちが悪い。

 ハンスたちを見れば複雑そうな顔をしてるけどなんでだろう? よっぽどわたし何かくっつけていたんだろうか? やだあ。どうしよう。独りで寝れるかしら?


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