38話・ブラバルト公子の代理騎士参上!
カラーン。コロロロロロロローン。カラーン。コロロロロロロローン。カラー…
無情にも教会の鐘が鳴り響きわたしは焦りを覚えた。まだアイギスの代理騎士が姿を見せないのだ。このままではアイギスの無実は証明されないばかりかヘリオスに良いようにされてしまう。そうなったらこの国はお終いだ。アイギスは僻地に送られるか最悪の場合死刑にされてしまうかも。そんなのは嫌だ。
(アイギス…!)
壇上ではヘリオスが、勝利を確信したように司教を促がしていた。
ああ。憎たらしいったらありゃあしない。あの余裕の顔をへし折ってやりたい。
『うぬぬぬぬぬ…』
怒りの唸り声が漏れていたらしい。ハンスからまあ。まあ。と、背を撫でられて宥められた。
「司教。約束の鐘だ。アイギス公子の騎士は現れないぞ」
「まだ鐘は鳴り終わっておりませんよ。パルシュ国王さま。そう急かされずにお待ち下さい」
時間が迫っているのに司教は落ち着いていた。聖職者の方は取り乱すことが無いのかな? わたしは壇上を見つめた。どこか懐かしい様な者を司教に感じながら。あのような常に平静でいた人物を知ってる気がした。
壇上でもヘリオスが司教に訊ねていた。
「司教…そなたどこかで我と会ったことはないか? そなたに似たような者をどこかで見た気がする」
「気のせいでは? 私はあなたさまに早々お会いできる身ではありませんから」
「気のせいか…いや。どこかで見た気がするぞ」
ヘリオスは記憶を掘り起こそうとしていたようだがすぐに諦めた。
「まあ。いい。アイギスの処分は決まった様なものだろう。さっ。司教。皆の前で判決を。これだけ待ってもアイギスの代理騎士は現れなかった。神が審判を下されたようなものだろう」
ヘリオスの意気揚々(いきようよう)とした声に民衆たちは顔色を失った。リアン司教は渋々、判定を下そうとしていた。
「この裁判はブラバルト公子の代理騎士が現れ……」
「その裁判待て!」
風に乗って突如声が届いた。と、思ったら、キランと遠くで煌きのような輝きが見えそれがこちらへ段々と近付いて来る。馬が駆ける音だ。
わたしは自分を抱き抱えているハンスの顔を見あげた。
『もしかして…』
「そうです。公子さまの代理騎士が到着したようです」
ハンスの笑みに促されて疾風の如く砂埃を立てて駆けて来る一頭の黒馬に乗った騎士へと目を凝らす。皆がその人物へと注目していた。壇上のヘリオスは呆けて見ていたようだが、我に返ると護衛の為に連れて来ていた自国の兵に指示を飛ばす。
「侵入者だ。捕えろ!」
兵たちがわらわらと騎士に群がり走行を妨げようとするのを、体躯のよい黒馬にまたがった騎士は物ともせず蹴散らした。
白銀の鎧冑に身を包み、この場に乱入してきた騎士は名乗りを上げた。
「俺はプーリア教皇の命により、そこにおられるブラバルト公子殿下の代理の騎士として決闘裁判に参加する」
良かったぁ。アイギスの代理騎士が間に合ってくれた。わたしは安堵した。あとはこれであの騎士が相手側の騎士と戦って勝利することが出来れば、アイギスの無実は証明されたことになる。
「何ぃ? まさか…」
白銀の騎士が名乗りを上げたことに、壇上のヘリオスは仰天したようだ。目をむいて見ている。彼の登場に信じられないといった表情を浮かべていた。
「まさか聖騎士が? なぜ?」
「あなたさまがこの裁判を妨害されていたのは、存じておりましたよ。ですからプーリア教皇さまに頼んで教皇さまの騎士を貸して頂いたのです」
愕然とするヘリオスに、リアン司教が覚冷めた目を向けていた。わたしはこの裁判でヘリオスが聖騎士団に圧力をかけていた事は噂で知っていたけど金に物を言わせるなんて卑怯だよ。と、思う。一回はやっぱりあいつを張り倒しておきたい。
「教皇付きの聖騎士…? まさか‥騎士か?」
壇上の愕然とするヘリオスから視線を外し、わたしは白銀の甲冑に身を包んだ騎士の方を注目した。
アイギスの為に代理騎士を名乗り出てくれた勇気ある騎士に拍手を贈りたくなったが、今わたしは猫なんだよなあ。肉球を合わせて叩いてもねぇ。
白銀の騎士は自分が乗って来た黒馬を、兵士に預けたらしく徒歩で闘技場の中央に進み出た。
「騎士さま~」
「カッコいい!」
「頑張ってぇっ」
パルシュ国王側の兵士を蹴散らして登場した白銀の騎士に、みなヘリオスの妨害に合いながらも駆け付けて来れた騎士と印象がついたようで、すでに声援を上げていた。白銀の騎士はしっかり冑をかぶっている為、顔が見えなくて誰だか分からないけどアイギスの為に勝って。お願い。と、わたしは祈るような気持ちでいた。
「頼んだぞデルリック。報酬は幾らでもはずむ」
ヘリオスが壇上にいた騎士の中で、一番がたいがよく筋肉隆々な男を呼び寄せた。
デルリックと呼ばれた彼は、居並ぶ騎士の中で一人だけ妙な格好をしていた。薄着というか裸体にそのまま革のすね当てと胸当てをしただけで、下半身は腰の辺りにひだの入ったスカートのような鉄製の覆いを下げ、足には同じく鉄製のサンダルに紐を通した様な靴を履いている。古代の勇者のような格好をしていて茶色の髪に黒い瞳、ベース型の顔に顎ひげを生やしていた。
「へい。お任せあれっ」
その彼が雇用主に応えようと自分の胸を両拳で叩いた時、わたしはあるものを思い出した。
(うわあ。ゴリラだ。ゴリラ…)
彼の口からウッホ、ウッホホと雄たけびが聞こえてきそう。
とにかく筋肉見せつけてる格闘家みたいな男が、どうやら白銀の騎士の相手のようだ。ゴリラ男VS白銀の騎士か。
『何よ。聖騎士のくせにあんな格好して…』
「聖騎士にもいろんなタイプがありますからね。彼はきっと傭兵くずれなのでしょう。聖騎士も成り手がいなくなってくると募集をかけたりしてますから」
そうなんだ。知らなかった。聖騎士って案外、重労働なのかな? 人気ない職種なのかしら?
「パルシュ国では異教を論じてますから、ロマ教の聖騎士は居心地が悪いのかもしれません」
わたしが不思議に思ってるとハンスが教えてくれた。確かにパルシュ国ではロマ教は信仰してないようだから、かの国から見れば異教徒の聖騎士は目障りなのかもしれない。
『それにしても大丈夫かしら?』
と、白銀の騎士の身を案じる一方で、わたしはある者のことが気にかかった。
『ねぇ。ハンス。そういえばハインツは? 見かけないけど』
「彼ならただ今、お仕事中ですよ。姫さまの為に命かけて」
「仕事? わたしの為に?」
「まあ。この試合を見届ければ分かりますよ。無事にお仕事が終わったら、姫さまからご褒美のキスをして差し上げれば大変喜ぶかと思います」
『ええ。キス? どうして?』
ハンスの意味ありな言葉に不審なものを感じながらも、わたしは白銀の騎士へと目を向けた。




