37話・決闘裁判
闘技場では憐れむ声が上がっていた。わたしはハンスの胸元に抱かれて観衆に混ざり決闘裁判の行方を見守っていた。わたしたちの立っている位置は一番後ろだが高台になっていて、ここからだと壇上の様子や周囲の皆の様子が良く見えた。
「お可哀相に…」
「なぜ公子さまがこのような目に?」
「言いがかりだ。アイギスさまが殺人なんて」
「そうよ。そうよ」
円形に囲われた塀の外に集って来ていた民衆は、みなこの裁判に不満を示し円形の闘技場の前方に備え付けられた壇上に向かって抗議の目を向けていた。
皆が注目している先には、容疑者のアイギス公子をはじめとしてこの裁判の主催者ともいえるパルシュ国王やその関係者らが居並んでいる。
訴えられた側のアイギスは壇上の上で決闘裁判とはいえ神事となる為、隣に立つリアン司教と同じくその場に相応しい白を主とした慎み深い衣服に身を包んでいるのに対し、訴えを起こしたパルシュ国王ヘリオスは目立つ為か真っ赤な衣服に金や銀の宝飾品をごてごてと飾りつけた姿で現れた事で、民衆は良い印象を持てないようでいるようだ。
ロマ教では白は神聖とされる。世に生れ出た時、異性と将来を誓う時の結婚式、神に召される時は白い服に身を包むのが習慣だ。アイギスが白い服を着てきたと言う事はこの裁判に命かけて挑むという決意表明であり相当な覚悟が感じられるのに、ヘリオスのあの目立ちたがり屋な態度は如何なものだろうと思う。
『大丈夫かしら? アイギスは…』
「大丈夫です。こんなことがまかり通るわけがありませんから。プーリア教皇さまがなんとかしてくださいます」
不安なわたしにハンスが囁く。プーリア教皇はこの場にいないからこの裁判に教皇の送って来た見届け役のリアン司教が、なにか手を打って下さってるのだと信じたい。
白い司教服姿のリアン司教は、神の信徒を証明する数珠が繋がったものを首から下げ悲壮な顔付きをしているアイギスに付き添っていた。出来れば側に行ってあげたい。ここで見てるしか出来ないのがもどかしい。
(アイギス…)
ヘリオスの方には影のように黒の衣服を着た宰相がつき従っている。子猫のまりかにデレデレしてしまう彼も公の場では毅然としてるらしい。そうじゃないと一国の宰相なんて務まらないわよね。
(ベルナン。約束守ってよ。アイギスを勝たせて。頼むわよ)
壇上の彼を見つめて願っていると、彼の視線がこちらに向けられた気がした。まさかね? そんなはずないわよね?
脇では民衆がパルシュ国王の品評会を行っていた。
「なあに? あのキラキラ?」
「パルシュ国王だそうだ」
「なんだか直視するのが辛いわ。目が痛い~」
「ああいう男は口だけで中身が供なわないのよね。これじゃあ、公女さまにふられるわけだ」
国許では女性陣にキャーキャー騒がれているヘリオスさまもこの国の女性には受けが悪いらしい。お国柄かそれとも彼の普段の行いのせいか不評で酷評されていた。わたしは彼の普段の行いが悪いせいだと思うけど。
「あいつが公女さまに言い寄ったとかいう男か? ふられた腹いせに公子さまを訴えるなんて。許せんっ」
ブラバルト国内では、お城勤めの者達がヘリオス国王の所業に腹を立て周囲に彼の悪評を広めたことで国中にヘリオス憎しの流れが出来あがっていたようだ。
「最低な野郎だな。喪に服していた公女さまに言い寄ってたって話だろう?」
「国許では下半身がだらしないことで有名らしいぞ。両刀使いだって噂だ」
「へぇ。いやだぁ。汚らわしい。おいたわしや。公女さま」
「許せん。我らが公子さまを」
「清廉無垢な公子さまが、あの国王さまの餌食になる前にお救いしないとな」
皆の抗議の目はそのうち、行動を伴って現れた。なんかちょっと皆の目が血走って来た。大丈夫かな? 暴動になるんじゃ…
不安を覚えたわたしの脇で怒声が上がった。
「この好色国王っ。公子さまに近付くんじゃないぞ!」
「公子さまは無実だ。解放しろっ」
「この人でなしっ。パルシュに返れ!」
誰かが小石をパルシュ国王にぶつけたことで、周囲から
「そうだ。そうだ。帰れっ。帰れ!」
と、声が続き暴動になりかねない勢いで、次々に礫が飛び交い始めた。それはあっという間のことで止める間もなかった。猫の身で彼らをどうこうすることも出来ないんだけどね。
「痛…! 止めぬかっ 痛ててて…」
壇上の上のヘリオスが礫を受けて腕で顔を隠すものの、怒りの礫が止むことはなかった。そこへアイギスが立ち塞がる。幾つか彼の身体に当たっていた。
(アイギス!)
飛び出そうとしたわたしをハンスが抑え込む。
「我慢して下さい。姫さま」
『でもアイギスが。あの子が危ないわ』
「大丈夫です。公子さまは果敢なお方ですよ。黙って見届けましょう」
ハンスに宥められてわたしは視線を壇上に送る。壇上では襲いかかって来る礫の前にアイギスが身を盾にしてヘリオスを庇いながら、自国の民に語りかけていた。
「やめて下さい。皆さんっ」
我に返った民衆が礫を投げるのをやめる。アイギスがパルシュ国王を身を呈して庇ったことに納得が行かないと抗議の声を上げた。
「アイギスさま? なんで?」
「なぜその男を庇うんだ?」
「あなたさまを訴えた奴じゃないかっ」
「悔しくないのですか?」
アイギスを無実の罪で訴えたその国王をなぜ庇う必要があるのかと民衆は問いかけた。
「僕のことを案じて下さっている皆様には感謝しています。でもこういうのは駄目です。良くありません。どうか気を静めて下さい」
そこへ追従するように、今回の裁判の見届け役の司教が声を張り上げた。
「皆さまのお気持ちは分かります。どうかアイギスさまの無実を信じるならば、この裁判を信じましょう。皆さん。アイギスさまは公正なお方です。このような御方を神さまが見捨てるわけがありません。無事アイギスさまは無実を勝ち取られる事でしょう。皆さん、神さまを信じるのです。神さまはなにもかもお見通しです。神事のもとにアイギスさまの無実は証明されることでしょう」
「おお。司教さま…」
司教の言葉に皆がその場で跪き出した。このブラバルト公国ではロマ教を国教と定めている為、国民が皆敬虔なロマ教の信者だ。司教の言う言葉には絶対の信頼を置いていた。わたしは一連の騒ぎを見ていて安心した。アイギスの行動に清々しいものを感じわたしが付いてなくても彼は大きく成長していたのだと感心した。弟馬鹿と言われようがアイギスはわたしにとって自慢の弟だ。
あんな卑怯者を礫から守ってやるだなんてなんていい子なんだろう。きっとわたしなら壇上から、民衆のなかにヘリオスをつき落としてしまいそうだ。やっておしまい。なんて心の中で思って、民衆にボコボコにされているヘリオスを見て溜飲を下げてたかもしれない所だ。
周囲では皆が落ち着いて来て、司教さまがああ、おっしゃられているのだ。きっとアイギス公子の無実は証明される。信じようとお互いに言いあっていた。 神さまの僕の司教さまがおっしゃることに間違いが無いと信じ切っていた。
壇上のヘリオスはアイギスにお礼をいった様子が見られないばかりか、脇に控えていたベルナンを呼びつけて何か囁いてる。
あいつ。やっぱり性格悪い。最低男め。一言そこはアイギスにお礼を言うべきじゃない。アイギスが庇わなければあんたはいつまでも民衆から礫を投げつけられたままだったというのに。許せん。
わたしの耳はけっこう距離のある場所まで音を拾えるので、壇上でのやり取りも耳に届いていた。
「民衆にひどく嫌われたものですねぇ。我が国王さまも。公子さまとは雲泥の差ですね」
「仕方なかろう。ここでは我は所詮、他所者だからな。公子を容疑者にたてられて、民衆が憤るのも無理はない。だが真実が明らかになれば皆、我を称賛するはずだ」
「果たしてそう上手くいきますかね」
その根拠のない自信はどこから生まれるんでしょうねぇ。と、いいたげな宰相は溜息をついていた。
明らかにあなた皆に嫌われているんですが。とは、本人の前ではっきり口には出来ないものね。ベルナンなら言えそうに思ったけど。相手にするのが面倒くさいんだな。きっと。
苦労性の宰相さまは、駄目もとで自国の国王にかけあってるようだ。
「どうです? ヘリオスさま。今のうちに自分が間違ってました。ごめんなさいって謝ってしまっては? 今ならまだ間に合いますよ」
そうだ。そうだ。その声が聞こえて来たわたしは内心同意した。言い出しっぺのヘリオスがごめんなさい。して事の収拾にあたればいいんじゃない? アイギスを無実の罪で断罪することもないし、民衆にこれ以上嫌われてどうする。ところが聞こえて来た声に失望した。
「そんなことできるわけないだろう? 我が一度口にした事は引き返すわけにはいかぬのだ。例えそれが白であろうとも黒と言い切ったからにはそれで押し通す。異教に負けるわけにはいかぬ。お前がどうにかしろっ」
ヘリオスは忌々しそうに、ベルナンに言い返していた。
「はい。はい。それよりアイギス公子にお礼を言ったらいかがですか? さきほどは礫の中からあなたさまを庇って下さったのに…」
「我を庇うのは当然のことだろう? 我は公子の保護者だからな」
「謝る気はないってことですね?」
はあ。と、ベルナンは溜息をついていた。
あいつ~。最低だな。最後はベルナン頼みってどんだけヘタレなんだ。わたしは心の中で拳を握りしめた。




