28話・捕まっちゃいました
その数日後。子猫姿のわたしはいつものごとくハインツに裏庭に連れ出されてこれから体を洗ってもらう所だった。おいかけっこが済んでへとへと状態のわたしを連れたハインツのもとへ三人の少女たちが乱入して来た。
「ハインツさん。こんにちは」
「毎日、その子洗うの大変でしょう?」
「わたし達、お手伝いしますわ」
ハインツは啞然としていた。いつもは自分を遠巻きに見ていた少女達が接近してきたのだ。彼女たちを見る目が険しくなった。
「なんだ? きみたちはいきなり」
ハインツは怯えが彼女達に伝わらないように振る舞っていたがわたしを抱きしめる力が強くなった。
「ごめんなさい。ハインツさんを怒らせる気はないんです。私たちはただハインツさんとお話がしたくて」
「俺となんか話してもつまらないだけだろう?」
ハインツは脂汗をかいて来た。わたしには慣れつつある女嫌いも彼女たちに対してはそうではないようだ。
「そんなことないです。私達はハインツさんと友達になりたいんです」
きゃあ。言っちゃったぁ。と、盛り上がる少女たちに反してハインツは顔面蒼白で恐慌状態に陥りそうになっていた。わたしはハインツを彼女たちから切り離すべく行動をとった。彼の腕から飛び出して沿道に出る。
「ヒメっ」
ハインツが後を追って来るのは分かっていた。これで彼女たちから離れれば彼も落ち着くだろう。二軒先の家の辺りまで来て振り返るとハインツが追いかけて来るのが見えた。彼女達は追って来ない。
(良かった…)
頭を正面に戻したところでひょいと掲げられた。貴族の身なりをした小奇麗な装いに赤毛に緑色の瞳をした眼鏡をかけた美太夫を見て、わたしはとんでもない男に捕まってしまったことを悟った。
『ベルナンっ』
慌てて男の手から飛びだそうとしたが体をしっかり掴まれて無理だった。
「お捜ししましたよ。公女殿下。わたしと一緒に来てもらいましょうか?」
男はヘリオス国王の側近にして、パルシュ国の宰相ベルナンだった。三十過ぎのこの男は養父の葬儀以来、ヘリオスの名代としてスワンヘルデ城に乗り込んできたので公女のわたしとは面識がある。その男が猫の姿のわたしを公女と認識したことでわたしは警戒した。
「もう逃げられませんよ。マリカさま」
建物の影に止めてあった馬車に乗り込んだ彼は、御者に命じてすぐに馬車を出させ用意してあった金の檻の中にわたしを閉じ込めた。
『わたしがここにいるとどうして分かったの?』
「猫の鳴き声でも、あなたが言いたいことは大体分かりますよ。どうして私があなたさまが金満亭で御厄介になってるのを知ってるのかと、おっしゃりたいのでしょう? 見くびってもらっては困りますね。影を放ってあなたさまのご様子は報告受けていたのですよ」
バルナンは檻の中のわたしに触れて来ようとし彼の瞳に邪な思いを見てとったわたしは爪で引っ掻いた。
「おお。勇ましい姫ぎみだ。それに私はあの日見ていたのですよ。あなたが子猫になるところを。なぜならあの日、ヘリオスさまの様子がおかしくて見張っていましたから」
やっぱりそうだったのかとわたしは思った。あの晩、わたしが子猫になった時、タイミングよくこの男は姿を現わしたから。
金の檻の中で威嚇する私に向かってベルナンは狡猾な笑いを口許に浮かべた。
「おや。あなたの飼い主になりそこねたあの男が追いかけてきますよ。いい加減諦めればいいのに。この馬車は高速ですからね」
普段は慎重で感情を露わにすることは滅多にないベルナンが上機嫌で話出した。
「あなたが彼と行動を共にいることも知ってました。ですがなかなか彼とあなたを切り離す事が出来なくて困っていたらなんと彼は女嫌いだったとは。私自ら赴いて来たかいがありました。おかげでこうしてあなたを手に入れることが出来ましたからね」
ベルナンは間諜を使ってわたし達の行動を見張っていたらしい。わたしを捕まえる為に様子を伺い見張っていたとは。それをハインツたちは知っていたに違いない。だからわたしが一人で行動するのを見咎めていたのだと、今さら気がつくことになるなんて。後悔先に立たずだ。
『ハインツ。ごめん』
わたしは捕らわれた檻の中で萎れた。
「ああ。彼もどうやら諦めたようですよ。この馬車には幾ら足が早くても生身の体で追いつくのは無理ですからね。我が家の馬は駿馬揃いですから。でもなかなかいいのを見せて頂きました。この馬車に挑んで来るとは。彼は気骨がある。見目も良いし、わたしの配下に欲しいくらいです」
ベルナンが饒舌に語る。よっぽどハインツがお気に召したらしい。彼の瞳はきらきらと輝いていた。いやだ。もう。こんなのばっかし。
ハインツに同情を覚える。このベルナンはハインツとは別の意味で女嫌いな人だ。女じゃなく男が大好きで一度目を付けた男は、自分に落ちるまで、食らいついて離さないのでその執念深い所から「まむしのベルナン」と、呼ばれてるとかないとか。
パルシュ国の要人はこんな人達でいいのだろうかと多少不安を覚えるが、わたしにはまあ、関係ないしね。と、思った所で、わたしの今後が気になった。
『わたしをどうするつもり?』
「この状態ではあなたさまと会話が出来ないのが不便ですね。あなたさまの魔法が解けた後にでも詳しくお話致しましょう。それまでは何も気害を加える様なことは致しませんから、ゆっくりお休みください」
檻の中のわたしには逃げる事も出来ない。猫の姿のままでは確かに会話もなりたず彼も意思の疎通に難儀を示してるのでわたしは腹を括った。この腹黒い宰相が何を考えてるのかは分からないけど考えるのは後だ。取りあえず一眠りしよう。
「私も朝早かったものですから、ちょっと仮眠取らせていただきますよ」
律儀に猫のわたし相手に断りを入れて宰相も目を閉じた。




