27話・あの子が欲しい
三日後、金満亭に来客があった。あのリオン司教が訊ねて来たのだ。あの守り石という名の迷子札に書かれていた金満亭を頼りに訪ねてきたのだろう。供の者はなく一人だった。城にアイギスを残して訪ねてきたようだ。
リオン司教はわたしの飼い主に会いたいと言って、金満亭のおかみさんを通して宿の一階の食堂にハインツを呼び出した。リオン司教は何の用でここに来たのかと食堂の隅から伺うわたしの耳に聞こえて来たのはとんでもない話だった。
「そちらで飼われている子猫をぜひ譲って頂きたいのです。もちろんただでとは言いません。それなりのお礼はさせて頂きます」
つまりリオン司教はわたしを買いたいと言ってるのだ。ハインツは勝手にスワンヘルデ城まで出掛けていたわたしを怒っていて、そのせいで訪ねてくることになったリオン司教をよく思ってない様で不機嫌そうに対峙していた。
「あんたはなんでまたヒメが欲しいんだ?」
わたしもそう思う。リオン司教とは三日前に一度会っただけなのに。わたしが欲しいだなんて。わたしには秘密があるし、簡単にハインツが承諾するとも思えないけど。
「実は公子さまが城内で見かけたこちらの子猫に関心を持たれましてね、またあの子猫に会いたいと望んでおられるのです。あなたは旅行者なのですよね? 訳あってこちらに滞在されてるとか? いくら小さなペット連れとはいえ、ペットを連れての長旅は大変でしょう。もし良ければそちらの子猫を…」
「断る。俺が何を連れて歩こうと勝手だろう。ヒメはやれない。あれは俺の大事な仲間だからな」
アイギスと聞いてわたしは何ともいえない思いが湧いて来た。できることなら今すぐ帰りたい。でも…
ハインツはわたしの迷いを立つように断っていた。
「あんたさ、それ余計なお節介だろう。公子さまはその子猫が欲しいからあんたにもらって来いと命じたのかよ。ここの公子さまはお優しいと聞いてる。そんなことなさるようなお人じゃないだろ?」
公子の評判を貶める様なことはしない方がいいんじゃないの?と、ハインツは言っていた。
「あんたは公子がどうのと言ったけど、本当はあんたがヒメを欲しいんじゃないのか?」
そんな馬鹿な。と、思うわたしに、リオン司教はあっさり認めた。
「あなたには嘘が通じそうにないですね。そうです。ぼくはあの子が欲しいのです」
「やらないぞ」
不貞腐れるハインツにリオンが言い寄る。
「ぼくにもあの子は必要なのです。どうしたら頂けますか?」
「だめだ。それにきっとヒメも嫌がる」
リオンがむっとした表情で聞いた。リオン司教は子猫のわたしを求めているはずなのに、彼があの子と言うたびになんだか人間のわたしが求められてるようで気恥かしく思えてくるからおかしな感じだ。
「あの子にヒメという名を付けたのはあなたですか?」
「ああ。お姫さまみたいに可愛いからな。ゆくゆく俺の嫁にする予定だ」
ハインツ。何言ってるの? 猫と添い遂げたいだなんて。胸張って言うな。変態。司教も呆れてるじゃない。
聞き耳立ててるわたしはゲンナリした。
「…猫とですか?」
「ああ。悪いか?」
「あの…種族的に無理かと思われますが?」
あのその辺りは真面目に対応しなくていいですから。リオン司教も仕事柄、邪険には出来ないんだろうな。わたしは司教に同情した。
「とにかくヒメは譲る気ないから。帰ってくれ」
「分かりました。また後日、日を改めてまいります」
「何度きても無理だ。俺の気持ちは変わらない」
「それでは失礼いたします」
リオン司教は一礼して金満亭を去って行った。所用で帰って来たハンスは、玄関のところでリオンとすれ違い彼の背を見送った。
「今の御方は?」
「物好きにもヒメを欲しいんだそうだ」
あなたがそれを言いますか。と、実に残念そうな瞳でハンスが見たがハインツは気にも留めてないらしい。そうだ。と、呟いた。
「あいつ、勝手にスワンヘルデ城に行ったようだ。あとでお仕置きだな」
うわあ。覗き見していたわたしは後退りした。日が暮れるまではハインツに見つからないようにしなくては。
「ヒメ。そこにいるんだろう? こっち来い」
『ひぃ』
わたしは全力疾走でその場から逃げ出した。その数時間後、人間に戻ったわたしはハインツから長いお説教を食らったのは言うまでもない。




