9 パーティー1
仕事が始まる前日、ラザバから金を受け取り、俺は市場へと向かった。
「3日分の食料、ちゃんと選べよ」
「任せてください」
どうやら肉は現地調達らしい。狩りで獲った獲物を捌いて食べるとのことだ。確かにそのほうが鮮度もいいし、荷物も減る。
とはいえ、それだけでは食事が偏るので、栄養バランスを考えながら食材を選んでいく。
まずは、根菜類。長持ちするし、煮込めばスープのベースにもなる。ジャガイモ、人参、タマネギのようなものをそれぞれ適量ずつ籠に入れる。
次に、葉野菜。すぐに傷むのであまり持たないが、食事に彩りと栄養を加えるためには必要だ。キャベツのようなものを選んだ。
どうやらこの世界ではキャベツのようなものをべーシェルと言うらしいのだが、この言葉が頭の中でキャベツ、という単語に変換される。そして、俺がキャベツという単語を口に出すと、何故かべーシェルと発音されている。不思議なこともあるもんだ。
最後に、干し肉。いざというときの保存食として、念のために購入した。
市場を回りながら、食材をどんどんカゴに詰め、全て揃え終わると、宿へ戻る。
翌朝、宿の食堂でラザバたちと合流した。
「おはよう、レン」
「おはようございます」
すでに食事を終えたメンバーが待機していた。俺は準備した食料を荷馬車に積み込み、いよいよ出発となる。
「改めて、よろしくな」
ラザバが笑いながら言う。
「こいつがエルフのシエスタ、こっちがドワーフのデント、そして、東洋人がロンだ」
みんなが軽く手を上げて挨拶する。俺も慌てて頭を下げた。
「えっと、俺はレン・サトウです。よろしくお願いします」
ロンが軽く頷きながら、鋭い目つきで俺を見ていたのが少し気になったが、特に深い意味はなさそうだった。
荷物を積み終え、いよいよ俺たちは街を出た。しばらくして、荷馬車の揺れに慣れ始めたころ、ふとシエスタが口ずさみ始めた。
美しく、どこか懐かしい旋律。俺は思わず耳を傾けた。
「…いい歌詞ですね」
シエスタが驚いたように俺を見た。
「えっ? もしかして、古エルフ語がわかるの?」
「古エルフ語って言うんですね。まあ…なんとなく、聞けば意味がわかるというか」
俺がそう答えると、シエスタはますます興味深そうに目を輝かせた。
「へぇー、すごいね。私でもうろ覚えなのに…」
「いや、俺もよくわかんないんですけど、言葉を聞くと、自然に意味が浮かぶ感じがして…」
その言葉を聞いたロンが、鋭い視線を向けてきた。
「では、拙者の国の言葉も理解できるのか?」
「聞けば多分…」
ロンはしばらく考え込んだ後、小さく頷いた。
「面白いな。ならば、またの機会に我が国の言葉も試させてもらおう。それにしても、お主は黒髪だから、拙者と同じ生まれかと思ったが…。古エルフ語を話す東洋人なぞ聞いたことがない。不思議なやつだな」
ラザバも感心したように言う。
「へぇ、お前、意外な才能持ってるんだな」
「いや、本当に自分でもよく分かってないんですけど…」
ワチャワチャとみんなが話し合う中、御者台に乗るデントが酒の瓶を傾けながら、ニヤリと笑った。
「坊主。そのうち酒の言葉も分かるようになるぞ」
「酒の言葉?」
「酒が語りかけてくれるのさ。いい酒か悪い酒かどうかも一発で分かるようになる」
ラザバが苦笑ながらツッコミを入れる。
「そりゃ、お前みたいな飲んだくれにしか通じねぇよ」
みんながどっと笑い、荷馬車の中は和やかな空気に包まれた。
昼になり、荷馬車はゆっくりと止まった。
「ここで一旦休憩だ」
ラザバの声に、俺たちは荷馬車から降りる。見渡すと、小川がすぐ近くを流れていた。森の中にある澄んだ小川は、太陽の光を反射してキラキラと輝いている。水音が心地よく響き、さわやかな風が頬をなでる。
「いい場所ですね」
俺が思わずつぶやくと、シエスタがにっこりと微笑んだ。
「でしょ? ここは冒険者の間でもちょっとした休憩ポイントなの」
「なるほど」
小川の周りには、大きな岩が点在し、腰を下ろすのにちょうどいい場所もあった。ドワーフのデントは早速木の幹に腰掛け、持っていた酒の瓶を開ける。
「うーん、いい景色だ。昼間の酒もうまいってもんだ」
「お前、朝からずっと飲んでるじゃねぇか」
ラザバが呆れたように言いながら、軽くデントの背中を叩いた。
「よし、ここで飯にするか。エル、お前、魚好きか?」
「魚?」
俺が聞き返すと、ラザバはニヤリと笑った。
「ちょっと待ってろよ」
そう言うと、ラザバは小川のほうへと向かった。
俺たちはそれぞれ腰を下ろしながら、彼が何をするのかを眺めていた。
ラザバはブーツを脱ぎ、足元までズボンをまくり上げると、ゆっくりと小川の中に入った。
「うわ、冷てぇな!」
少し驚きつつも、彼は器用に川底を歩きながら、じっと水の中を見つめる。
「この辺には魚が結構いるな…」
そう言いながら、ラザバは腰の短剣をスッと抜いた。彼の動きが一瞬止まる。まるで獲物を狙う獣のようだった。
シャッ!!
水しぶきが弾け、ラザバのもつ短剣には銀色の魚が一匹、しっかりと刺さっていた。
「おお!」
俺は思わず声を上げた。
「まだまだこれからだぜ」
ラザバはもう一度短剣を構え、じっくりと魚の動きを観察する。そして、再び鋭い動きで水の中へ突き刺した。
今度は二匹目の魚が跳ね、あっという間に川から引き上げられる。
「へへっ、こんなもんよ」
そう言いながら、彼は器用に魚を掴んで岸へと戻ってきた。
「これで昼飯は十分だろう」
ラザバが獲った魚は、どれも新鮮で美しい。見ただけで食欲がそそられる。
「じゃあ、エル。調理は任せた」
「わかりました」
俺は魚を受け取り、まずは川の水でしっかりと洗った。鱗を短剣で削ぎ、腹を開いて内臓を取り除く。
「おぉ、手際いいじゃねぇか」
デントが酒を飲みながら感心したように言う。
「まあ、宿の手伝いでしたことがあるので」
処理した魚を串に刺し、焚き火の上にかける。薪の火を調整しながら、じっくりと焼いていく。その間に、昨日市場で買った根菜を使って簡単なスープも作ることにした。
鍋に水を入れ、ジャガイモとタマネギを小さく切って投入する。塩とスパイスで味を調え、じっくり煮込む。
「いい匂いがしてきたね」
シエスタが嬉しそうに言う。
「もうちょっと煮込めばできあがりです」
そう言っている間に、魚もいい感じに焼けてきた。皮がパリッと香ばしくなり、身からは脂がじんわりと滲んでくる。
俺は魚を火から降ろし、みんなに配った。もちろん、ゲンシさんのスパイスもまんべんなく振りかけた。
「おっ、うまそうじゃねぇか!」
ラザバが嬉しそうに魚を手に取る。
「よし、いただきます!」
俺たちはそれぞれ焼き魚を口に運んだ。
「…うまい!」
魚の皮は香ばしく、身はふっくらとしていて、塩加減もちょうどいい。そして、例のスパイスが、魚の旨味を何倍にも増幅させている。
「いやー懐かしい。師匠の味そのものだな!」
「このスープもうまいな。やるな、坊主」
デントがスープをすすりながら、満足げに頷く。俺はホッとしながら、自分の分の魚を口に運んだ。
食事が終わり、一息ついたところで、俺たちは再び荷馬車に乗り込んだ。
「さて、そろそろ出発するか」
ラザバがそう言い、荷馬車の御者に合図を送る。
ゆっくりと動き出す荷馬車。昼食の余韻に浸りながら、俺はぼんやりと流れる景色を眺めた。昼間の陽射しはやや和らぎ、風が心地よく吹いている。しばらくのんびりと揺られながら、俺は何気なく思い出したことを口にした。
「さっき、『師匠の味』って言ってましたけど…ラザバの師匠って、誰ですか?」
すると、ラザバがにやりと笑った。
「お前がよく知る人だよ」
「え?」
「薬屋のゲンシだよ」
俺は一瞬、言葉を失った。
「えっ…? ゲンシさんが、ラザバさんの師匠なんですか?」
「そういうことだ」
思わずラザバの顔を見返す。俺が知っているゲンシさんは、宿の主人であり、優しく、面倒見のいい人だ。彼がラザバの師匠? しかも『師匠の味』って、つまりゲンシさんの料理を知っているってことか?
「でも…ゲンシさんって、薬屋だったんですか?」
俺の問いに、ラザバは苦笑しながら首を横に振った。
「薬屋は、二つ名だ。師匠は元々冒険者だったんだよ。それも、どんな薬草でも採ってこれるベテラン冒険者だった。薬屋みたいにどんな薬草も持ってこれる。だから薬屋だ」
「なるほど…」
「今でこそ宿屋をやってるが、昔は相当な腕利きの冒険者だったんだ。どんな険しい場所でも迷わず進み、どんな薬草でも確実に持ち帰ってくる。それでいて、戦闘もアホみたいに強くてな…」
ラザバは少し遠くを見るような表情をして続けた。
「でもな、膝を痛めちまって、冒険者を引退したんだよ」
「…膝を?」
「そうさ。師匠は無茶をするタイプじゃなかったが、それでも冒険者を長くやってりゃ、体のどこかしらにガタがくる。膝をやられちまったら、もう前線では戦えないからな」
それを聞いて、俺は胸の奥が妙に締め付けられるような気がした。
確かにゲンシさんは時折、膝を気にしているような素振りを見せることがあった。でも、まさかそれが冒険者時代の名残だったとは…。
「でもな、忘れるなよ。全盛期のゲンシは、このパーティー全員でかかっても勝てないくらい強かったんだ」
「…!!」
驚いた。
俺が知っているゲンシさんは、宿の仕事を黙々とこなしている、戦いとは無縁の人だ。でも、その彼がそんなに強かったなんて。
「俺が弟子入したときは、剣の振り方からケツの拭き方まで教えてもらった。ま、あの人は戦いよりも生き延びることの大切さを教えてくれる師匠だったがな。それが強さだったのかもしれねぇな」
ラザバはそう言って、懐かしそうに笑った。
俺は何も言えず、ただ目を見開いたまま、その言葉をかみしめる。俺が知っているゲンシさんは、本当の彼の一部でしかなかったんだと痛感させられた。




