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中堅冒険者 レン・サトウ  作者: なみなみくん
第一章 
8/40

8 初依頼2

 野営地での不快な夜をなんとか乗り越え、朝を迎えた。


 外はまだ薄暗いが、すでにあちこちで準備が始まっている。護衛の人たちは警戒を続け、商会の人々は荷馬車の整理をしていた。冒険者たちは次々と起き上がり、毛布を片付けて身支度を整えている。


 俺も寝ぼけたまま起き上がり、簡単に顔を洗って集合場所へ向かった。


「さて、みんな集まったな」


 商会の人たちが、採取作業の説明を始める。


「まず、今回の採取対象はヨード草とルミナ草の二種類だ。経験者はヨード草を、初心者はルミナ草を採取する」

「ヨード草は、ま、説明しなくてもいいか。群生していることがあるが、間違いやすい草もあるから注意してくれ」

「ルミナ草は、初心者向けの薬草だ。葉が楕円形で、裏側が少し黄色っぽい。比較的見つけやすく、どこにでも生えている。ただし、雑草と間違えないようにな」


 俺たちはそれぞれ小さな籠を背負い、いよいよ森の中へ向かう。森の入り口に足を踏み入れると、すぐにひんやりとした空気が肌にまとわりつく。

 陽の光が木々に遮られ、昼間でも薄暗い。鳥のさえずりや、風で枝が揺れる音が響き渡る。


 俺は周囲を見渡しながら、慎重に歩き始めた。

 しばらくすると、地面にぽつぽつと例の薬草のような草が生えているのが目に入った。

 説明にあった楕円形の葉、裏が黄色っぽい。これだろうか?


 慎重に見極めながら、一つずつ摘み取る。慣れない作業のせいか、思った以上に時間がかかる。しゃがんだままの姿勢で採取を続けていると、腰にじんわりと痛みが走る。

 だが、ここで弱音を吐くわけにはいかない。俺は一息ついて、再び作業を続けた。


 数時間が経ち、昼になったころ、俺たちは一度野営地へ戻った。


「はぁ…」


 籠の中を見ると、それなりに採取できているが、経験者たちと比べると明らかに少ない。やっぱり慣れてないから、ペースが遅い。


 そんなことを考えながら、配られた昼食に手を伸ばす。また硬いパンと干し肉。

 やはり、美味しいとは思えない。それでも食べないわけにはいかないので、水でパンを湿らせながら口に運ぶ。固いパンを噛み締めながら、俺は夜の食事が楽しみで仕方なくなった。


 食事を終えた後、再び森へ戻る。午後は少しずつコツを掴み始め、ペースが上がった。しかし、しゃがみっぱなしで作業をしていると、腰の痛みが増してくる。それでも、俺は黙々と作業を続けた。


 夕方になり、俺たちは再び野営地へ戻った。

 今日採取したルミナ草を確認すると、やはり経験者の冒険者に比べて量は少ない。まあ、初日だから仕方ないかと思いつつも、悔しさがあった。そして、今夜も晩飯の準備を手伝うことになった。


「今日も頼むぞ」

「はい!」


 昨日と同じように、スープを作る。干し肉とジャガイモ、乾燥野菜を煮込み、最後にスパイスを加える。

 また同じものを作ることになりそうだったが、商会の人が昼間に近くの集落からヤギの乳を買ってきたらしく、シチューのようなものを作ることになった。


「今日もいい匂いだな」


 冒険者たちはスープを受け取り、満足そうに頷いた。


「やっぱりお前が作る飯はうまいな」

「ほんと、助かるぜ」


 そんな言葉を聞くと、自然と笑みがこぼれた。

 そして、この作業を三日間続けた。


 朝は早く起き、説明を聞き、森に入って薬草を採る。昼食を取り、午後も採取を続ける。夜にはスープを作り、寝る。最初は腰の痛みがきつかったが、徐々に慣れてきた。動きもスムーズになり、三日目にはそれなりの量を採取できるようになっていた。


 そして最後の夜。疲れていたせいか、狭くて臭い荷馬車の中でも、ぐっすり眠ることができた。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――


 帰りの荷馬車に揺られながら、俺はぼんやりと景色を眺めていた。すると、隣に座っていた年配の冒険者が話しかけてきた。


「おい、坊主」

「あ、はい」

「料理、ありがとうな。お前が作ってくれたおかげで、毎晩うまい飯が食えた」

「…いえ、そんな」

「いや、本当に助かったんだ。旅の飯は大抵ひどいもんだからな。お前みたいなやつがいると、ほんとありがたい」


 俺は照れくさくなりながらも、素直に嬉しかった。その後、荷馬車の中で彼といろいろな話をした。冒険のこと、魔物のこと、昔の旅の話。気がつけば、あっという間に城門へ到着していた。


「さて、ここで解散だな」


 荷馬車から降りると、セルギウスさんが俺に近づいてきた。


「今回の報酬だ」


 そう言いながら、俺に報酬を手渡す。


「臨時報酬も入れておいた。飯を作ってくれたからな」

「えっ、本当にいいんですか?」

「当然だ。いい仕事、いいものにはそれに合うの報酬を払う。それが商人の流儀さ」


 セルギウスは満足そうに笑う。


「また機会があったら頼むぞ」

「はい、ぜひ!」


 俺は深く頭を下げた。

 こうして、俺の初めての仕事は無事に終わった。


 城門を抜け、俺は見慣れた街並みを歩く。気がつけば、足は自然と「赤龍の宴」へ向かっていた。

「ただいま戻りました!」


 扉を開けると、いつもの宿の雰囲気に包まれる。

 この五日間で少しだけ成長した気がする。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――


 薬草採取の仕事を終えた後、俺は再び宿「赤龍の宴」での日々に戻った。

 仕事がない日は、宿の手伝いをしたり、おつかいを頼まれたり、リノに算数を教えたりする日常だった。


「ここは繰り上がるから、次の位が増えるんだよ」

「わかった! レンお兄ちゃん、さんすうっておもしろいね!」

「そ、そうか?」


 リノの吸収力の早さに驚かされつつ、もっと高度なことも教えてあげたいと思った。しかし、残念ながら俺の学力は、四則演算レベルしか無かった。


 そして、依頼がある日は、また薬草採取の仕事に出かけた。報酬も悪くなく、何より食事を作る係を任されることで、周りからの評価も上がっていった。


 だが、そんな平穏な日々が続いたのも、二度目の依頼までだった。

 問題が起こったのは、三回目の依頼のときだった。


 この日も、俺はいつものように薬草を採取していた。

 森の中に入り、ルミナ草を一枚ずつ摘んでは籠に入れる。コツを掴んできたおかげで、以前よりもスムーズに作業ができるようになっていた。


 このまま行けば、薬草採取のプロになれるのでは?そんなことを考えながら、夢中になって薬草を採取していると。


「モンスターが出たぞ!」


 突如、森の奥から護衛の人の叫び声が響いた。


「…え?」


 その瞬間、森の空気が変わった。

 冒険者たちの顔が強張り、一斉に作業の手を止める。


「みんな、集まれ! 身を潜めろ!」


 護衛の人たちが声を張り上げ、俺たちは慌てて周囲を見渡した。

 そして、遠くの茂みから姿を現したのは、小柄な狼のようなモンスターだった。


「レントウルフか…」


 俺のそばにいた年配の冒険者が低く呟く。


「レントウルフ?」

「群れで行動することが多い小型の魔物だ。とはいえ、鋭い爪と素早い動きで、油断するとやられるぞ」


 レントウルフは体長が大きめの犬ほどの大きさで、青黒い毛並みを持ち、爪は鋭く光っていた。

 護衛の人たちがすぐに戦闘態勢を整える。


「みんな、下がれ! 俺たちが戦う!」


 俺たちは指示に従い、木の陰に隠れた。


「大丈夫、大丈夫…護衛の人たちがいる…」


 そう自分に言い聞かせながら、じっと息を潜める。しかし、一匹のレントウルフが、こちらに向かってきた。


「え…?」


 仲間からはぐれたのか、それとも俺たちを獲物と認識したのか、鋭い瞳でじりじりとこちらへ迫ってくる。全身が硬直する。動かなくてはいけないのに、足が震えてしまう。

 そのとき、何故だか俺は本能的に剣を抜いていた。だが、剣の振り方が分からない。


「くそっ…!」


 俺はただ、力任せに剣をブンブンと振り回した。


「うおおおお!!」


 無我夢中で剣を振る。しかし、まったく狙いが定まらず、剣の重さに振り回される。

 その瞬間、レントウルフが低く唸り、鋭い爪を振りかざしながら飛びかかってきた。


「――!!」


 死ぬ。そう思った。

 だが、そのとき、俺の振った剣が、偶然にもレントウルフの腹部に突き刺さった。


「…っ!」


 獣の血が飛び散る。

 レントウルフは苦しそうにうめき声を上げ、逃げようとしたが、数歩も行かず、その場に倒れ込んだ。


 俺は、モンスターを倒した。その事実が、頭の中でゆっくりと響く。

 護衛の人たちの戦闘も終わり、モンスターの気配は完全に消えた。


「おまえ…まさか、レントウルフを倒したのか?」


 護衛の人が驚いたように俺を見た。


「あ…」


 体が震えている。剣を握る手が汗でじっとりと濡れている。


「いや、本当に助かった! 一匹でも野放しにしてたら、被害が出るところだった」

「すげーなお前、やるじゃねえか!」


 護衛、冒険者たちが口々に感謝の言葉をかけてくる。

 けれど、俺の中では、違う感情が渦巻いていた。手を見ると、レントウルフの血がついていた。体のほてりが収まらない。

 気が遠くなりそうな感覚のまま、俺は野営地へと戻った。


「よくやったな、レン」


 セルギウスさんが、食事の場で俺を労ってくれた。


「俺はただ、運が良かっただけで…」

「それでも、お前が倒したのは事実だ。大したもんだよ」


 そう言われても、俺にはまだ実感がなかった。


 俺は、自分が倒したレントウルフのことを考えながら、スープの入った椀を手に取る。だが、食べても、味がしなかった。

 スプーンを動かしながら、何かが胸の奥で引っかかるような感覚がする。モンスターを倒したことの実感がわかない。ただ、妙な疲れだけが、どっと押し寄せてくる。

 こうして、俺は初めての戦闘を経験したのだった。


 モンスターとの戦いを経験した後、俺は不思議と冷静になっていた。もちろん恐怖はまだあった。しかし、それ以上に、自分がやるべきことをやらなくてはいけないという気持ちのほうが強かった。

 だから、その後は何も考えず、ただひたすらに薬草を採取した。


 ルミナ草の形を確かめ、一枚一枚丁寧に摘み取る。周りの冒険者も、いつも通りの作業に戻っていた。まるで昨日の戦闘がなかったかのように。


 これが、冒険者の世界なんだろうな。そう思いながら、俺は黙々と手を動かし続けた。

 夕方になり、予定通りの量を採取した俺たちは、一夜を明かした後、荷馬車に乗って帰ることになった。


 帰り道も、相変わらず乗り心地は最悪だったが、それでも最初のときよりは気にならなかった。何より、俺の心の中には、これまでとは違う確かな自信が生まれていた。


 城門に到着し、報酬を受け取るためにセルギウスさんの元へ向かうと、袋に入った銀貨の量が、いつもよりも明らかに多かった。


「こんなに多く貰っていいんですか?」


 俺が驚いて聞くと、セルギウスさんはニヤリと笑った。


「今回はいろいろと助かったからな。特に、君がレントウルフを倒してくれたのは大きい。君がいなかったら、もっと大きな被害が出ていたかもしれない」

「そんな…運がよかっただけですよ」

「運も実力のうちさ。それに、お前は今回だけじゃない。今までずっと安定して仕事をしてくれた。飯も作ってくれた。だから、多めに渡すことにした」


 思わぬ報酬に、俺はただ驚くばかりだった。


「それと…」


 セルギウスさんは、少し真剣な表情になって俺を見つめる。


「次も依頼をお願いしたいんだけどな…正直、君の実力なら、もうソロで行けるだろう」

「ソロでですか?」

「君が単独で薬草を採取し、それをうちの商会に売りに来る形にしたほうが、ずっと儲かるはずだ。ギルドの依頼を受けるよりも、自分で採取して売るほうが、手数料がかからない分、お前の取り分が増える」

「…!」


 それは、つまり…。俺がもう、一人前としてやっていけるということなのか?


「もちろん、無理にとは言わない。けど、君がやる気なら、しっかりとした値段で買い取るよ。俺たち商人も、良質な薬草を仕入れるルートは多いほうがいいからな」


 セルギウスさんは微笑みながら、最後にこう言った。


「待ってるよ。一人前の冒険者さん」


 ――――――――――――――――――――――――――――――――


 宿の扉を開けると、ゲンシさんがカウンターで腕を組んで待っていた。


「ただいま戻りました」

「おう、おかえり。で、どうだった?」


 俺は荷物を置き、報酬の袋をカウンターに置いた後、今日あったことを話した。

 モンスターを倒したこと。みんなに感謝されたこと。そして、セルギウスさんに「ソロでも行ける」と言われたこと。

 ゲンシさんはじっと俺の話を聞いていたが、やがて静かに笑った。


「ほぉ…モンスターを狩ったのか。じゃあ、もう一人前だな」

「いえ、まだそんな…」

「いや、お前は間違いなく強くなったよ」


 そう言いながら、ゲンシさんは俺の肩を叩いた。


「前よりもがっしりしてきたな。男前になったじゃねぇか」

「え…」

「ははっ、自覚はねぇかもしれねぇが、身体の芯が強くなったんだろうよ。筋肉もついてきたし、何より目つきが違う」


 そう言われて、俺は少しだけ照れくさくなった。


 俺…変わったのか?でも、確かに以前よりも身体が軽く感じるし、気持ちも前向きになっている気がする。もしかしたら、本当に少しは一人前に近づけたのかもしれない。


 その後、俺は一週間ほど宿の手伝いを続けた。


 薬草採取の依頼も落ち着き、久しぶりに宿での仕事に集中する日々。

 リノに算数を教えたり遊んだり。宿の雑巾がけをしたり、食事の準備をしたり。以前と変わらない日常が戻ってきた。


 だが、そんなある日。


「エル!」


 突然、聞き覚えのある声が響いた。振り向くと、そこにはラザバが立っていた。


「ラザバ? どうしたんですか?」

「お前、そろそろ本格的に冒険者としてやっていきたいと思わねぇか?」

「え…?」


 唐突な質問に、俺は戸惑う。


「お前、もう十分にやれる力がついてる。だから、うちのパーティーで働いてみないか?」


 思いがけない誘いだった。今までの俺は、ただギルドの依頼をこなすだけだった。でも、ラザバの言葉は、それとは違う。


「パーティーで働く、ですか?」

「そうだ。俺たちの仲間として、一緒に依頼を受けてみないか?」


 俺は言葉を失い、ラザバを見つめた。これは、新たな選択肢なのかもしれない。




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