7 初依頼1
朝早く目を覚ますと、すでに宿の中はいつも通りの活気に満ちていた。
厨房からは朝食の準備をする音が聞こえ、宿泊客や冒険者たちが次々と食堂へ向かっていく。
俺はすでに荷物をまとめており、革防具、剣、背負い袋を装備した。最後にゲンシさんへ挨拶をするため、カウンターへ向かった。
「5日間行ってきます」
ゲンシさんは手を止めて俺を見やると、いつものように腕を組んでニヤリと笑った。
「おう、行ってこい。ちゃんと生きて帰ってこいよ」
「そんな物騒な…」
「冒険者ってのはそういうもんだ。まあ、今回の依頼はそんなに危険なもんじゃないが、油断だけはするなよ」
「はい、気をつけます」
俺がそう答えると、ゲンシさんは宿代についての説明を付け加えた。
「それと、お前がいない間の宿代だが、飯代を抜いた金額にしておいてやる」
「え、本当ですか?」
「ま、別にお前だけ特別ってわけじゃあないさ。これから、部屋開けるときもこの価格だ」
「ありがとうございます」
相変わらずぶっきらぼうだが、ゲンシさんの優しさに少し救われる気がした。女将さんやリノにも挨拶をして、俺は宿を出た。
昨日のうちにギルドへ行き、最終確認を済ませていた。
今回の薬草採取の依頼は、商会が主催しているものらしく、ギルドを通じて集められた冒険者たちと共に荷馬車で移動し、目的地で作業を行うという形らしい。向かうのは街の西側にある西門。そこで集合することになっている。
宿を出てしばらく歩き、西門へと到着すると、そこはすでに多くの人と荷馬車でごった返していた。街を出る商隊や旅人、そして俺と同じように依頼を受けたらしき冒険者たちが集まり、それぞれ出発の準備をしている。
俺は事前に聞いていた目印「緑の帆の荷馬車」を探した。
「…あった」
門のすぐ近く、商隊の荷馬車の列の中に、目立つ緑の帆を張った荷馬車が一台停まっていた。俺はそこへ向かい、近くに立っていた男へと声をかけた。
「すみません、ここがロイジャー商会の薬草採取の依頼の集合場所ですか?」
男は俺の方を見て、ゆっくりと頷いた。
「うちの依頼の冒険者か? ギルドカードを見せてくれ」
渋い声の男だった。年の頃は四十代くらいだろうか。体格はがっしりしていて、商人らしい落ち着いた雰囲気を持っていた。
俺はギルドカードを取り出して見せる。
「レン・サトウ、だね。確認した。私はセルギウス・ウィンゲイト。今回の責任者だ。よし、じゃあ荷馬車に乗ってくれ」
男、セルギウス・ウィンゲイトは、俺のカードを見た後、すぐに荷馬車の後ろを指差した。そこにはすでに何人かの冒険者たちが乗り込んでいた。
俺は荷馬車の後ろへ回り、中へ乗り込んだ。すでに数人の冒険者たちが座っており、俺は空いている席に腰を下ろした。
荷馬車の中には、俺と同じくらいの年齢の若い冒険者が数人、そして年配の冒険者が何人かいた。
「今回の依頼、若いやつもかなり来てるんだな」
隣の年配の冒険者が俺を見て呟いた。
「えっと、そうみたいですね」
「まあ、最初の依頼には悪くないさ。薬草採取ならそんなに危険もないし、手当もいいからな」
そう言って、男は苦笑した。
「ただし、山の中は油断するなよ。小さい魔物だっているんだからな」
俺は真剣に頷いた。
そして、荷馬車が動き出す。しかし、すぐに問題が発生した。
そう。乗り心地が最悪だった。
道が悪いせいか、荷馬車はガタガタと揺れ、座っているだけでも体が左右に振られる。
「…うっ」
段々と気持ちが悪くなってきた。まるで乗り物酔いのような感覚。
「坊主、顔色悪いぞ」
隣の男が心配そうに言うが、俺は笑って誤魔化した。
「だ、大丈夫です…」
だが、内心は全然大丈夫じゃなかった。
昼近くになり、荷馬車が一度停車した。
「休憩だ! 飯にするぞ!」
セルギウスの声が響くと、冒険者たちはそれぞれ腰に下げた水筒や食料を取り出す。俺も、配られた昼食を確認した。
「これが、昼飯か」
仕方なく、パンを手に取る。試しにそのまま齧ってみたが、予想以上に硬い。下手をすれば歯が折れそうなほどだった。
次に干し肉を食べてみる。噛み締めるたびに塩辛さが広がるが、味自体は単調で、正直あまり美味しいとは思えなかった。
「坊主、パンは、ちょっと水で湿らせると食べやすくなるぞ」
先ほどの年配の冒険者が教えてくれた。
「あ、そうなんですね。ありがとうございます」
言われた通り、水を少し垂らしてパンを柔らかくしてみると、確かにさっきよりは食べやすい。それでも美味しいとは言えないが、腹が減っているので食べるしかない。
昼食を終えると、再び荷馬車は動き出した。
昼食を食べ終えた後、俺は荷馬車の中でうとうととし始めた。
朝からずっと荷馬車の揺れに耐え、食事をしたことで一気に眠気が襲ってくる。目を閉じると、揺れが子守唄のように感じられ、次第に意識が遠のいていった。
どれくらい眠っていたのか分からない。気がつくと、周囲はすっかり薄暗くなっていた。目を覚ますと、荷馬車はすでに止まっており、俺たちは野営地に到着していたようだった。
外に出ると、他の荷馬車や冒険者たちも周囲に集まっており、みんなそれぞれ荷物を降ろし、焚き火の準備をしていた。辺りには低木と大きな木々が広がっており、中心だけ更地になっている。まさに野営にはうってつけの場所だった。
一角では、商会の人たちが食事の準備を始めていた。
焚き火が数カ所に設けられ、鍋や食材が並んでいる。旅の途中で腹を満たすために、暖かいスープでも作るのだろう。
しかし、その時だった。
「う、うう…ちょっと、まずいかもしれん…」
調理をしていた一人の男が突然腹を押さえ、顔をしかめた。
「おい、大丈夫か?」
周囲が心配そうに男を覗き込む。
「さっき飲んだ水が悪かったのか…腹が…」
男は顔を青ざめさせながら、足元をふらつかせた。これはもう料理どころではない。
「マズいな…これじゃ晩飯が作れない」
商会の責任者、セルギウスが腕を組みながら辺りを見渡し、冒険者たちに向かって言った。
「誰か、料理できるやつはいないか?」
みんな顔を見合わせるが、誰も手を挙げない。
「料理かぁ…俺はあんまりやったことないな…」
「俺も。せいぜい肉を炙るくらいだな」
どうやら、調理経験のある冒険者は少ないらしい。
その時、俺は手を挙げた。料理できることを自慢したいから、格好をつけたいからではない。この依頼は、冒険者としての初仕事だ。
薬草採取では足を引っ張るのが目に見えている。だが、何かで結果を残したいと思ったからだ。
「俺がやります」
「君がか? 料理の経験は?」
セルギウスさんがこちらをじっと見てくる。
「毎日宿屋で働いています。スープ作りくらいならできます」
「ほう、それなら大丈夫そうだな」
セルギウスさんは納得したように頷き、「まかせた」と言った。
渡された食材は、芋、干し肉、そして乾燥野菜。それに加え、調味料として塩とわずかなスパイスがあった。
この材料なら、シンプルなスープが作れそうだ。俺はさっそく作業に取りかかる。
まず、大鍋に水を張り、焚き火にかける。水が温まるのを待つ間に、芋の皮を剥き、一口大に切る。次に、干し肉を細かく刻む。干し肉は硬いが、細かくすることで煮込んだときに出汁が出やすくなる。乾燥野菜も一緒に入れ、鍋が温まってきたところで材料を投入した。
「よし、あとは煮込むだけだな」
木べらでゆっくりとかき混ぜながら、スープが少しずつ煮立っていくのを見守る。
「おお、いい匂いがしてきたな」
セルギウスが鍋の中を覗き込みながら言った。
最後に、ゲンシさんからもらったスパイスを加える。これを入れることで、風味がぐっと引き立つはずだ。
少し緊張しながら振りかけ、再び混ぜる。スープの色がほんのりと変わり、香りがより濃厚になった。
少しだけ味見をすると、適度な塩味とスパイスの風味が広がり、意外といける。
「よし、完成です」
出来上がったスープが各自に配られると、冒険者たちはスプーンを手に取り、口へと運んだ。
「へー、美味しいじゃん」
「おお、これはなかなかいいな。干し肉の出汁が効いてる」
「スパイスもいい感じに効いてるな」
あちこちから好評の声が上がる。
俺はほっと胸を撫で下ろしながら、自分もスープを口にした。
「…うまい」
確かにシンプルなスープだが、しっかりとした味がついていて、体が温まる。ゲンシさんのスパイスのおかげで、野営飯としては十分すぎる風味になっていた。
「ありがとう、助かったよ」
セルギウスさんが俺の肩を叩きながら言った。
「すまないが、明日も頼めるか」
「も、もちろんです。できることがあれば何でもやります」
「では、料理をしてくれた分、報酬も増やさなくてはな」
俺は思わぬ報酬に驚いたが、ただ素直に嬉しかった。
食事が終わると、護衛の人たちを除いて、ほとんどの人が寝る準備を始めた。俺も荷馬車の中に戻り、寝袋にくるまった。しかし、すぐに後悔した。
狭い、いびきがうるさい、臭い。野営の荷馬車は、決して快適とは言えなかった。
横になっても他の人の肘や足が当たり、ゴツゴツとした木の床が背中に食い込む。さらに、何人もの男たちが寝息を立てる中、ものすごい音量のいびきが響いている。
寝ようとしても、どうしても気になってしまう。しかも、なんとなく漂う汗と皮革の匂いが鼻につき、余計に寝付けない。
結局、何度も寝返りを打ち、ようやく浅い眠りについたのは、夜が更けてからのことだった。




