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中堅冒険者 レン・サトウ  作者: なみなみくん
第一章 
6/40

6 前夜

 宿の扉を開けると、ゲンシさんが腕を組んで待っていた。


「申し込んできました」

「よし、じゃあ話をしようか」


 ゲンシさんはニヤリと笑いながら、俺をカウンターの奥へと誘った。

 カウンターの奥へついていくと、ゲンシさんは無言で床の一部を押し開けた。


「…地下室?」


 そこには、木製の扉があり、中へ降りるはしごが伸びていた。


「ついてこい」


 言われるがまま、はしごを降りる。降りきると、そこは狭い部屋だった。

 壁際には大きな棚があり、ところどころに袋や木箱が置かれている。

 机の上には乾燥した葉っぱの束がいくつも並べられており、怪しい雰囲気が漂っていた。


「まるで秘密基地みたいですね」

「はは、まあな。宿の地下を作業場所と倉庫代わりにしてるんだが、ここには色んな人の使わなくなった装備も置いてある。裏庭にも同じような倉庫があるから、あとで見せてやるよ」


 そう言って、ゲンシさんは壁に飾られた剣や弓を見上げる。


「さて、そろそろお前にも武器を持たせるか。薬草採取の依頼とはいえ、山の中に入るんだ。万が一ってこともある」

「武器…」


 俺は改めて壁を見た。そこにはいくつもの大きさの違う剣や弓、どのように使うかも分からない武器が掛けられていた。


「どの武器にするか、俺が選んでやる」


 そう言うと、ゲンシさんは剣の中から四本を選び、俺に手渡した。


「とりあえず、これを持って裏庭に行くぞ」


 宿の裏庭に出ると、そこは簡素ながらも広めの空き地になっていた。

 シーツなどの洗濯物を干すために何度か立ち寄っているが、洗濯物が無いせいか、今日はいつもより広く感じた


「よし、まずはこれを握ってみろ」


 ゲンシさんが一本ずつ、剣を俺に持たせていく。


「どれがしっくりくるか、試してみろ。お前に合う武器が見つかるまで、少し振ってみるんだ」


 俺は緊張しながら、一本ずつ剣を手に取った。果たして、俺に合う武器はあるのだろうか。剣を握る手に、自然と力が入った。


 一通り剣を振り終わったが、正直、どれが自分に合っているのか全く分からなかった。

 それぞれの剣には重さや形に違いがあり、大きな剣は威力がありそうだけど扱いづらく、小さな剣は振りやすいがリーチが短い。


 けれど、それが実戦でどう影響するのかなんて、素人の俺には見当もつかない。


「…うーん、正直どれが一番いいのか、わかりません」


 俺が困惑したように言うと、ゲンシさんは腕を組んで俺を見ていたが、ふと口元に笑みを浮かべた。


「まぁ、初心者にはそうだろうな。じゃあ、こっちに来い」


 そう言って、自分で持ってきた剣をスッと構えた。


「とりあえず、俺に打ち込んでみろ」

「えっ!? そ、そんな急に…」

「細かいことはいいから、まずは思い切り振ってみろ。手加減なしでな」


 俺は戸惑いつつも、言われた通り剣を握りしめ、ゲンシさんの前に立った。彼はまるで動じることなく、軽く構えたまま俺を見つめている。

 やるか…。息を整え、勢いよく剣を振り下ろす。


「うっ!」


 けれど――ずっしりと重い剣を振るというよりも、むしろ剣に振られている感覚のほうが強かった。腕に負担がかかり、狙いも甘くなる。


「遅い! もっと腰を入れろ!」


 ゲンシさんが剣を軽く動かし、俺の一撃を簡単にいなした。


「レン、お前、剣を振るっていうより、ただ腕だけでブンブン振り回してるだけだぞ。もっと体全体で使え」


 悔しさを押し殺しながら、もう一度打ち込む。だが、やはり剣の重さに振り回されてしまい、狙いは定まらない。


「ほら、もっと踏み込め! そうじゃないと相手の懐に入り込めねぇぞ!」


 ゲンシさんの指摘に従いながら、何度も剣を振るう。しかし、どれだけ頑張っても、思い通りの動きにはならなかった。


 4種類の剣を振り終わり、腕がだんだん痺れ息が上がる。


「よし、もういい」


 ゲンシさんが手を振り、俺を止めた。俺は肩で息をしながら、手元の剣を見下ろした。


「どうだ? さっき試した剣の中で、一番振りやすかったのはどれだ?」

「…」


 改めて考えてみる。


 長くて重い剣は、確かに力強いけれど、俺の腕力ではまともに扱えない。逆に、短めの剣はリーチこそ短いものの、軽くて扱いやすかった。


 俺は、先ほど試した中で一番しっくりきた剣を選び、手に取った。


「これにします」


 選んだのは、少し短めの剣だ。


「ほう、大剣でもなく、細剣でもなく、ちょいと短めの片手剣か」

「軽いし、短いから扱いやすい気がします」

「なるほどな」


 ゲンシさんは納得したように頷いた。


「悪くねぇ判断だ。まずは自分がしっかり扱えるものを選ぶのが大事だからな。無理にデカい武器を選んでも、ろくに振れねぇんじゃ意味がない」


 俺は改めて剣を握り直す。先ほどよりも手に馴染んでいる気がする。


「よし、これで決まりだな」


 ゲンシさんは満足そうに言い、俺の肩を軽く叩いた。


「これからは、その剣で少しずつ慣れていくんだな。冒険者として生きるなら、武器は自分の命を守る道具だ。適当に振るんじゃなく、しっかりと身につけていけよ」

「…はい!」


 俺は力強く頷いた。

 こうして、俺の初めての武器が決まった。


「さて、剣は決まったが、次は防具だな」


 ゲンシさんが腕を組みながら、俺を見た。


「防具…ですか?」


「ああ。お前には革防具がいいだろうな。軽いし、手入れも楽だからな。それに、今のお前が相手にするのはせいぜい小型の魔物か、せこい盗賊崩れくらいだ。鉄の鎧を着るような戦いには、まだ程遠い」


 確かに、さっき剣を振っただけで腕が痛くなった俺に、重たい鎧なんてまともに扱えるわけがない。防御力があったとしても、動きづらくては意味がないのだろう。


「というわけで、ちょっとこっちに来い」


 ゲンシさんが歩き出す。俺もその後をついていった。


 裏庭の倉庫の扉を開けると、そこには冒険者たちが残していった装備が整然と並んでいた。古びた木箱の上には革の胸当てや腕当て、すね当てが置かれ、壁にはいくつもの盾やマントがかけられている。


「ここにあるのは、昔の冒険者たちが使ってたお下がりだ。もう使われてねぇが、まだ十分機能する」


 俺は棚の中から比較的状態の良い革の胸当てを手に取った。やや傷があるものの、厚みがあり、しっかりしている。


「試しに着てみろ」


 俺は言われるがままに革の胸当てを頭からかぶり、教えられながら革紐を締める。背中の部分に手を伸ばしてみると、意外と柔らかい。


「…なんか、強くなった気がします」

「ははっ、そりゃそうだ。装備をまとえば、それだけで気分は変わるもんだ」


 そう言ってゲンシさんが笑う。すると、倉庫の入り口から女将さんが現れた。


「ちょっと、そのままじゃダメね。サイズが合ってないわ」

「そうなんですか?」

「胸当てが少し緩いし、動くたびにズレそうよ。腕当ても締めすぎると動きにくくなるし、ちょっとおいで」


 女将さんは慣れた手つきで、革紐を調整し始めた。俺の腕を曲げたり、体をひねらせたりしながら、少しずつフィットするように調整していく。


「はい、これでよし。ちゃんと動いてみなさい」


 俺は軽く剣を振り、身体を動かしてみた。さっきまでの違和感がほとんどなくなっている。防具を身につけただけなのに、自分が少しだけ冒険者に近づいた気がした。


「ありがとうございます」

「どういたしまして。無理して怪我しないようにね」


 女将さんが微笑みながら、軽く俺の肩を叩いた。


 ――――――――――――――――――――――――――――――


 夜になり、俺は今日の疲れからか、すぐに眠りについてしまった。

 一方、その頃、食堂では女将さんとゲンシがカウンターの奥で酒を飲んでいた。


「ねえ、あんた」

「ん?」

「なんであんた、あの子にそんなに肩入れするの?」

 女将さんが問いかけると、ゲンシさんは静かにコップを傾けた。

「…昔の俺を見てるようなんだよ」

「昔のあんた?」

「ああ、お前も知ってるだろうが、俺は没落貴族の末っ子だった。庶民よりは金はあったが、それでも家が潰れたらただの坊主だ。そこから外の世界に放り出されて、冒険者としてどうにか生き延びて、今こうして宿の主人をやってる」


 ゲンシは懐かしむようにグラスの中の酒を揺らした。


「あいつも、俺と同じ匂いがする。元貴族なのかどうかはしらんけど、才能も技術も何も持たずにこの世界に放り出され、それでも必死に生きようとしてる。居場所を見つけようとしてる。あいつは、まるで昔の俺だ」


 しばらく沈黙が続いた後、女将さんはくすっと微笑んだ。


「まあ、いいんじゃない? 私もあの子は好きよ。不器用なりにも頑張ってるしね。それに、最近リノに算術を教えてるのよ」

「ほんとか?あいつ、算術もできるのか?」


 ゲンシが意外そうに顔を上げる。


「本当よ。リノも楽しそうに勉強してるわ。あの子、数字を扱うのが好きみたいでね。レンくんが教えてくれるおかげで、だいぶ覚えが早いわ」

「そりゃいい話だな。宿代、少し安くしてやらねぇとな」


 ゲンシは笑いながらコップを空にし、ポンとカウンターに置いた。


「でも、レンくん、大丈夫かしらね?」

「どういう意味だ?」

「これから、あの子はもっと大変な道を進むことになるでしょう? 冒険者になるってことは、戦うってことでもある。今はまだ大丈夫だろうけど、そのうち、戦わなきゃならない時がくるわ」


 ゲンシは目を細め、少しの間、沈黙した。


「だからこそ、今のうちにできることをやっておくさ」

「ふふ、あんたらしいわね」


 二人は顔を見合わせて、ゆっくりと笑った。

 宿の外では、静かに夜の風が吹いていた。


 こうして、レンはまだ知らないところで、少しずつ支えられながら、新しい世界での生活は動き出していた。



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