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中堅冒険者 レン・サトウ  作者: なみなみくん
第一章 
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5 宿の手伝い

 それからしばらく俺は宿の手伝いに専念することになった。


 朝は早い。まだ外が薄暗い時間に起き、食堂の掃除から一日が始まる。

 椅子を整え、床を掃き、テーブルを拭き上げる。朝食の準備が始まる頃には、食堂に客が集まり始め、料理を運んだり片付けをしたりと忙しく動き回る。


 午前の仕事が終われば、今度はシーツやタオルの洗濯。大きな桶に水を張り、せっせと布をこすって汚れを落とす。

 天気の良い日は外に干すと、風が心地よくてつい手を止めてしまいそうになる。


 午後には夜の料理の仕込み。野菜を切ったり、皿に盛り付けたり、覚えることは多いが最近ではナイフの扱いにも慣れてきた。

 最初は厚く剥きすぎていた皮も、今では薄く綺麗に剥けるようになった。包丁の使い方を少しずつ学びながら、手の感覚を覚えていくのが面白かった。


 夜になると、宿の食堂は酒場へと変わる。酒に酔った冒険者や商人たちが集まり、陽気に騒ぎ始める時間帯だ。

 料理を運び、空いたジョッキを片付け、注文を取る。忙しさに追われるけれど、活気があって不思議と楽しかった。


 そんなある日、ゲンシさんに料理を教えてもらうことになった。


「お前もそろそろ、簡単な料理ぐらいは作れるようになれ」

「えっ、俺がですか?」

「そうだ。いつまでも皿運びと掃除だけじゃつまらんだろ?」


 確かに、興味はあった。料理ができるようになれば、この宿でもっと役に立てるかもしれない。


「やってみます!」


 そう答えた俺に、ゲンシさんは満足げに頷いた。


「よし、まずはスープを作るぞ。料理の基本だ」


 最初に教わったのは、宿で毎晩出している肉と野菜のスープだった。


「まず、鍋に水を入れる。そんで、これだ」


 そう言って、ゲンシさんは骨付きの肉の塊を鍋に放り込んだ。


「この骨がいい出汁を出すんだよ。火にかけて、じっくり煮込む」


 ぐつぐつと煮え立つ鍋の中で、スープがゆっくりと白くなっていく。


「アクが出てくるから、ちゃんとすくえよ。これをしねぇと、スープが濁って味が落ちる」


 言われた通り、浮いてくる灰色の泡を丁寧にすくい取る。


「次は野菜だ。玉ねぎ、にんじん、芋…適当に切って放り込め」

「適当にって…どのくらいの大きさにすれば?」

「そりゃあ、お前、食べやすい大きさに決まってるだろ」


 適当が一番分からないと心の中で叫びながらも、程よい形に切って鍋に入れる。

 野菜が柔らかくなるまで煮込むと、スープの香りがだんだん濃厚になってきた。


「最後に味付けだが…お前、何を入れたらいい味になると思うか?」

「塩…ですか?」

「甘いな」


 ゲンシさんはにやりと笑い、棚から小さな壺を取り出した。


「うちの決め手はこれよ。特製スパイスだ」


 壺の中には、複数の香辛料が混ぜ合わさった茶色い粉が入っていた。


「この配合は俺が編み出した。お前が野営して、なにか料理をすることになったら持ってけ。どんな料理でも美味くなる」


 そう言いながら、ゲンシさんはひとつまみのスパイスを指でつまみ、鍋の中にパラリと振り入れた。途端、ふわりとスープの香りが一気に変わった。


「いい匂いですね。香りが一気に広がりました」

「だろ? これがスパイスの力よ。まあ、適当に塩も足しとけ」


 言われた通り塩を加え、味見をしてみる。

 おお、なかなか美味しい。肉の出汁と野菜の甘み、スパイスの香りが絶妙に絡み合い、どこか安心でするような風味が感じられた。


「よし、これで完成だ。よくやったな」


 スープを作り終えた達成感で、思わず顔がほころぶ。ゲンシさんは腕を組みながら、満足そうに頷いた。


 この後、ゲンシさんが宿泊客たちに大声で、「今日のスープは駆け出し冒険者のエルが作った。お前ら味わって食えよ!」と、大声で報告し、かなり恥ずかしい気持ちになった。


 それからさらに日々が過ぎ、気がつけば、この世界に来てから一ヶ月が経っていた。

 最初は何もできなかった俺も、今ではある程度、宿の仕事をこなせるようになっていた。料理も少しずつ覚え、包丁の扱いも随分と上達した。力仕事のおかげで体つきも変わり、ゲンシさんには「最初より男らしくなったな」と言われることも増えた。


 最初は不安だらけだったこの世界での生活。けれど、今では少しずつ、この世界で生きていける気がしてきた。


 いつものように厨房で食事の準備をしていると、ゲンシさんが俺の肩をポンと叩いた。


「エル、そろそろ冒険者らしいことをするか」

「え?」


 不意にそう言われ、思わず手を止める。


「ずっと宿の仕事をしてきたが、そろそろ冒険者としての仕事も始めてみろ。せっかくギルドに登録したんだしな」

「冒険者の仕事…」


 正直、今の生活にも慣れてきたし、無理に危険なことをしなくてもいいんじゃないかという気持ちはあった。だが、それと同時に、このままでいいのかという疑問もあった。


「でも、何をすればいいんでしょうか?」

「オススメがあるぞ。商会が依頼している薬草採取の仕事だ」

「薬草採取…ですか?」

「知識もいらないし、護衛も何人かつくから、多少は安全だ。しかも野営があるから、いい経験にもなる。お前にちょうどいいだろ」


 確かに、戦闘があるわけでもなく、特別な知識が必要なわけでもなさそうだ。それに、護衛がつくならそこまで危険な仕事ではなさそうだ。


「まずはギルドに行って、依頼があるか確認してこい」

「わかりました!」


 ギルドに向かい、扉を開けると、昼間のせいか中は比較的静かだった。夜は酒場のように賑やかなのに比べ、昼間は依頼を受けに来る者が少ないのか、人もまばらだった。

 カウンターの向かいにある壁には、様々な依頼書が貼られている。

 モンスター討伐依頼、素材の採取、そして人探しまで、あらゆる依頼書が貼ってあった。目を凝らして探していると、それらしい目当ての依頼を見つけた。


【依頼名】ロイジャー商会の薬草採取依頼

【内容】薬草採取、知識不要

【期間】5日間

【開始日】9月15日 早朝

【報酬】小金貨3枚


 まさにゲンシさんが言っていた通りの依頼がそこにはあった。


 小金貨3枚ということは、銀貨6枚位。城壁の修復の仕事よりも高い。しかし、5日宿にいないとしても、宿代の料金はかかるから、手元に残るのは銀貨1枚。金銭的自立をするのはまだ先のことになるだろう。


 依頼の詳細をしっかりと確認した後、俺は宿に戻ることにした。


「ゲンシさん、ありました」


 宿に戻ると、ちょうどカウンターで帳簿をつけていたゲンシさんに報告した。


「当ててやる、ロイジャー商会のやつか」

「えっ、はい、そうです。なんで分かったんですか?」


 ゲンシさんはニヤリと笑いながら、帳簿を閉じた。


「そりゃあな、ロイジャー商会の薬草採取の依頼は、年中募集してる定番の仕事だからよ。駆け出しの冒険者は、まずこの依頼から始めるって言われるくらいには有名だ」

「そんなにですか?」

「ああ。報酬はそれほど高くねぇが、安全性は高いし、知識もいらない。初心者向けにはちょうどいいんだよ」

「なるほど…」


 確かに、俺みたいな初心者でもできる仕事なら安心だ。


「よし、それ申し込め」

「わかりました」

「申し込みが終わったら、一旦俺のところに来い」


 何か意味ありげな言い方だったが、今はまず依頼を申し込むのが先だ。


 再びギルドに戻り、受付に立つ。


「すみません、ロイジャー商会の薬草採取の依頼を受けたいのですが」


 カウンターの向こうの受付嬢は俺の顔を見ると、微笑んで依頼書を確認した。女性に免疫の無い俺は、すこしドキッとして目を若干背けた。


「ロイジャー商会の薬草採取ですね? 一週間後の出発になりますが、問題ありませんか?」

「はい、大丈夫です」

「では、登録いたしますね」


 彼女は素早く書類を処理し、俺のギルドカードを見て名前を記入した。


「これで申し込み完了です。出発の前日に再度ギルドに来て、最終確認をお願いします。急なキャンセルをした場合は、罰則と違反金が課せられるので、注意をお願いします」


 罰則、違反金。聞こえは物騒だが、それが仕事だということを認識させられた。そして、俺は再び宿へ戻ることにした。



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