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中堅冒険者 レン・サトウ  作者: なみなみくん
第二章
37/40

37 勇者パーティー

 夜になり、俺は勇者の指定した宿屋へ向かった。


 街の中心部にある、かなり立派な宿だ。石造りの外壁に、広い玄関。出入りする客の服装も上等で、護衛を連れた商人や、どこかの貴族らしき人物の姿も見える。俺が普段泊まっている安宿とは、空気そのものが違っていた。


 扉を開けると、酒場のざわめきと、料理の匂いが一気に押し寄せてくる。

 視線を巡らせるまでもなく、すぐに分かった。


 勇者は、酒場の奥の一番目立たない席に座っていた。だが、目立たない席にいるにもかかわらず、そこだけ空気が違う。周囲の客たちも、ちらちらと彼の方を見ている


 黒い髪。穏やかな顔立ち。腰には剣。

 その横には、昼間ギルドで見た仲間たちがいた。杖を持った小柄な女。大きな斧を背負った男。弓を持つエルフの女。大きな盾を立てかけた小柄な男。


 俺が近づくと、勇者、タケル・タナカが柔らかく笑った。


「やあ、レンくん。来てくれてありがとう」

「いえ。こちらこそ、お誘いいただきありがとうございます」


 なるべく自然に答える。

 俺の声が、わずかに硬いのは自分でも分かった。けれど、タケルは気にした様子もなかった。


「座ってよ。ちょうど君の話をしていたところなんだ」


 勧められるまま席に着く。

 仲間たちの視線が一斉にこちらへ向く。値踏みするような目、興味深そうな目、あまり感情を出さない目。色々だ。


 最初に口を開いたのは、杖を持った小柄な女だった。年は俺とそう変わらないように見える。大きな瞳が印象的だ。


「この人がレンさん?」

「そう。前に少し話したことがあってね。言葉の扱いがとても上手いんだ」


 タケルがそう言うと、女はへえ、と小さく頷いた。


「私はミレア。魔法を担当してるの」

「レンです。よろしくお願いします」


 次に、斧を持った大柄な男が、豪快に笑いながら口を開いた。


「俺はバルグだ。前で敵を殴る役だな。よろしく頼むぜ、通訳屋」

「よろしくお願いします」


 エルフの女は、椅子にもたれたまま、こちらをじっと見ていた。


「シェリスよ。弓を使うわ。……勇者様が連れてくるんだから、多少は信用してる」


 言い方は素っ気ないが、敵意はないらしい。

 最後に、小柄で大きな盾を持つ男が、低い声で言った。


「ドグ。盾役だ」

「レンです。よろしくお願いします


 短いやり取りを終えると、タケルが改めて口を開いた。


「さて、細かい話をしようか」


 酒場の喧騒の中でも、不思議と彼の声はよく通った。


「今回の目的は、国境の大森林にいるオークの討伐だ」


 そうだろうと思っていたが、はっきりと言われると胸の奥がわずかに冷える。


 国境の大森林。そこは、以前情報屋から聞いた通り、街道が整備されていない危険地帯だ。知性の高いオークが群れで暮らしている。人の手が入らないのは、単に木が生い茂っているからではない。魔物が強すぎるからだ。


「今回の依頼は、この街の商人たちや王都からの要請もあってね。森の外縁に根を張っているオークの群れを潰して、街道を通せるようにするのが最終目標だ」


 タケルの説明は落ち着いていて、分かりやすい。


「街道が通れば、ラブールから北や東への輸送はもっと楽になる。商人は儲かるし、王都も喜ぶ。まあ、簡単に言えば、皆にとって都合のいい仕事ってことだね」


 その言い方に、酒場の明かりがゆらりと揺れて見えた。


「でも、いきなり森の奥に入るわけじゃない」


 タケルは続ける。


「その前に、色々な問題も片付ける必要がある。まず、街の周辺に出てきている小規模な魔物の群れ。食料を運ぶ補給路の安全確保。現地の案内役との合流。それから、騎士団との連携確認」


 なるほど。

 勇者の仕事というのは、ただ強い魔物を斬れば終わりというわけではないらしい。

 斧使いのバルグが、酒を飲みながら笑う。


「要するに、最初は地味な仕事が多いってこった。見張りの巣を潰したり、補給班を守ったり、地図を確認したりな」

「大軍を動かすには段取りが必要だからね」


 ミレアが肩をすくめる。

 シェリスは杯に口をつけながら、冷静に言った。


「オークは賢いわ。正面から突っ込んで終わり、なんて相手じゃない。周囲の地形も、補給も、全部整えてからじゃないと面倒なことになる」


 勇者のパーティーというのは、もっと派手で、何でも力で押し切る集団だと思っていた。だが、実際には拍子抜けするほど現実的だ。


 いや、だからこそ強いのかもしれない。

 タケルが、今度はまっすぐ俺を見た。


「それで、レンくんの役割なんだけど」


 一瞬、背筋が固くなる。


「君は何もしなくていい」

「……何も、ですか?」

「うん。基本的には、ただついてきてくれればいい」


 思わず聞き返しそうになるのをこらえる。


「もちろん、全く役目がないわけじゃないよ」


 タケルは笑いながら続ける。


「現地の言葉を話す案内人や、南方から来ている傭兵が混じる可能性がある。そういう時に君の力は役立つかもしれない。でも、戦いについては考えなくていい」

「僕たちが守るから」


 さらりと言った。

 その言葉に、胸の奥がざわつく。

 守る。誰を。何から。

 よくもそんな言葉が口にできる。

 けれど、今は何も言わない。


「君は目立ちすぎた。狙われやすい立場だ。だったら、下手に動くより、こちらの視界に入っていてくれる方が安全なんだ」


 それは理屈としては正しいのだろう。

 だが俺にとっては、勇者の視界の中に入ること自体が最大の危険だ。


 いや。違う。それこそが好機だ。

 今までは追いかけるしかなかった。居場所を探し、噂を拾い、背中を追うだけだった。

 だがこれからは違う。

 同じ時間を過ごし、同じ道を歩き、同じ火を囲むことになる。

 隙は必ずある。いつか、必ず。

 その時に殺せばいい。


 タケルがこちらの表情を探るように見た。


「不安かい?」


 俺は一拍置いてから答える。


「少しは。でも……タケルさんたちと一緒なら、大丈夫だと思います」


 口にした瞬間、自分の言葉に吐き気がした。

 だが、それを表に出すわけにはいかない。

 タケルは満足そうに微笑んだ。


「そう言ってもらえると嬉しいよ」


 ミレアも明るく言う。


「大丈夫。勇者様、本当に強いから」


 バルグが笑う。


「俺たちもいるしな。通訳屋は気楽にしてろ」


 シェリスは相変わらず淡々としていたが、ちらりとこちらを見て言った。


「無茶しないなら、足手まといにはならないでしょ」


 ドグは小さく頷くだけだった。

 しばらく、酒場で他愛のない話が続いた。


 道中の食事のこと。

 森の湿気がどうとか、騎士団の融通の利かなさとか、最近ラブールで流行っている酒の話とか。


 意外なことに、タケルはよく笑った。自然体で、よく気が利いて、周囲に気を配る。

 まるで本当に勇者みたいだった。


 だからこそ、気持ちが悪い。

 その笑顔の奥に、モカを壊した男がいる。

 俺だけが、それを知っている。

 会話の合間に、タケルが言った。


「出発は明後日の朝だ。騎士団との合流もあるから、早い」

「分かりました」

「必要なものは最低限でいい。荷物は軽く。移動中は僕たちの近くにいてくれればいい」

「はい」


 いよいよ勇者との旅が始まる。仇と同じ道を歩く旅だ。

 酒場を出るころには、夜風が冷たかった。

 外に出ると、星が見えた。俺はゆっくり息を吐く。

 やるべきことは、もう決まっている。後は、機会を待つだけだ。


 次の日。

 朝から市場へ向かった。


 勇者たちと同行する以上、今のままの装備では心許ない。戦うつもりはないと言われたが、何があるか分からない。少なくとも、森の中を歩き回れるだけの支度は整えておく必要があった。


 市場は朝から活気に満ちていた。乾いた空気の中に、香辛料や干し肉、革の匂いが混じっている。露店の店主たちは大声で客を呼び込み、荷車が絶えず行き交っていた。


 まずは丈夫な外套を探す。

 森に入れば、夜は冷えるし、枝葉で服も傷む。何軒か見て回った末に、厚手で動きやすいものを選んだ。色は地味な茶色。派手な色は目立つだけだ。


 次に、靴。

 今履いているものでも街中なら十分だが、森の中では底が薄い。岩や根を踏めばすぐに足を痛めるだろう。革の厚いもの、足首までしっかり覆うものを選ぶ。試しに何歩か歩いてみると、少し重いが、その分しっかりしていた。


 さらに、小ぶりな短剣も新調。

 剣を振るうのは得意ではない。だからこそ、大仰な武器より、いざという時に取り回しやすいもののほうがいい。腰に差せば邪魔にもならない。


 最後に、水袋と保存食をいくつか買い足す。乾燥肉、硬いパン、少しの干し果物。どれも長持ちするものばかりだ。


 これで最低限の準備は整った。

 だが、まだ気になることがあった。

 勇者についてだ。


 昨日、あの男と同じ席に座り、同じ酒場の空気を吸った。表向きは穏やかで、誰からも慕われる英雄。けれど、それだけで終わるはずがない。

 だから、その足で例の情報屋のところへ向かった。


 昼でも薄暗い路地裏。人通りは少なく、壁には古い染みがいくつも残っている。何度来ても、気味のいい場所ではない。

 扉を開ける。


「いらっしゃい~」


 あのしゃがれた声。

 情報屋はいつものように椅子に座り、机に肘をついていた。薄暗がりの中で、その顔は相変わらずよく見えない。


「どうも」


 俺が短く言うと、男は喉の奥で笑った。


「おやおや~、また来ましたねぇ。今度は何をお求めで?」


 俺は少し間を置いてから口を開く。


「勇者の噂だ。表向きじゃなく、裏の話が聞きたい」


 男の口元が、わずかに歪んだ。


「なるほど~。そういう話ですか」


 机の上を指先で軽く叩きながら、男は続ける。


「表ではいい顔しているが、裏ではかなりひどいことをしている。そんな話なら、まあ、いくつかありますよ」


 俺は黙って金貨を机の上に置く。


「ほ~。なかなか金払いがいいですねぇ。では、教えましょうか~」


 情報屋の前の椅子に座る。情報屋が続ける。


「例えば、気に入らない貴族を裏で潰したとか。邪魔になった協力者を切り捨てたとか。禁術に手を出しているとかねぇ」


 禁術。

 その言葉に、胸がわずかにざわついた。


「禁術?」

「ええ。人の魔力を無理やり引き出す術だとか、魂に干渉する術だとか。まぁ、どこまで本当かは分かりませんが」


 男は肩をすくめる。


「勇者ほどの立場になると、嘘も本当も混ざりますからねぇ。恐れられている証拠でもある」


 さらにいくつかの噂を挙げた。

 戦場で敵だけでなく味方ごと焼き払った。

 王都の地下で得体の知れない研究をしている。

 呪われた剣を扱っている。

 人を殺しても顔色一つ変えない。


 どれも証拠がある話ではない。ただ、勇者ほどの存在になると、こういう噂が自然と集まるのだろう。


 だが、俺にとっては違った。

 そのどれもが、まったくの作り話だとは思えなかった。

 少なくとも、モカにしたことを考えれば、どれだけひどい噂があっても不思議ではない。


「真偽は不明です」


 情報屋は指を立てた。


「でも、噂程度ならこのくらいは集まってますよ、という話です」


 俺は黙って頷いた。

 十分だった。

 確証はない。だが、確信は深まった。

 あの男は、表の顔だけの存在じゃない。

 情報屋は手を出してくる。


「さて、今回のお代は?」


 俺は袋から更に金を取り出し、机の上に置いた。

 男はそれを確認すると、満足そうに笑う。


「毎度ありがとうございます~」


 俺はそれ以上何も言わず、店を出た。

 路地裏の外に出ると、昼の光が妙に眩しかった。


 腰の短剣の重みを確かめる。

 準備は、少しずつ整ってきている。



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