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中堅冒険者 レン・サトウ  作者: なみなみくん
第二章
35/40

35 勇者襲来

 ある夜。

 宿の食堂は、いつもより騒がしかった。


 ラブールの宿は、普段から賑やかだ。

 商人、冒険者、旅人、誰もが酒を飲み、声を張り上げる。


 だが、その夜のざわめきは少し違っていた。

 いつもより興奮している。話題が一つに集まっている。

 俺は席に座り、いつものように簡単な食事を取っていた。


 そのときだった。

 隣の席の若者たちの声が耳に入る。


「おい、聞いたか?」

「聞いた聞いた!」

「勇者だよ勇者!」


 その言葉を聞いた瞬間、手が止まった。

 勇者。

 心臓が一瞬強く跳ねる。

 若者たちは酒を片手に興奮していた。


「明日だってよ!」

「冒険者ギルドに来るらしいぜ!」

「マジで見れるのかよ!」

「剣の勇者だぞ!本物だ!」


 周囲の席でも同じ話題が広がっていた。誰もが勇者の話をしている。

 英雄。国を救う存在。人々の憧れ。

 そしてモカを殺した男。

 胸の奥で何かが冷たく沈む。


 俺はゆっくりと食事を終えた。

 席を立つ。部屋に戻る。


 扉を閉めると、外の騒ぎが少し遠くなった。

 ベッドに腰を下ろす。


 静かだ。

 さっきまでの喧騒が嘘みたいだった。

 頭の中で言葉がぐるぐる回る。


 ここまで来た。

 半年、ずっと探していた。やっと辿り着いた。

 だが、何をする?どうやって殺す?


 情報屋の言葉が蘇る。


「攻撃する前に切られている」


 誰も勝てない。最強。

 俺は拳を握る。


 考えても仕方ない。


 明日実際に勇者の姿を見てから見てから決めよう。

 そう思い、ベッドに横になった。

 だが、なかなか眠れなかった。


 次の日。

 朝早く宿を出た。

 足は自然と冒険者ギルドへ向かう。

 通りには人が多かった。噂はすでに広がっているらしい。


 ギルドの建物が見える。

 入口の前に大量の人が集まっていた。


 冒険者。街の住民。商人。誰もが勇者を一目見ようとしている。

 俺は人の隙間を縫うようにして中へ入った。

 ギルドの酒場も人で溢れている。


 ざわざわとした空気。

 そしてその中心にいた。

 黒い髪の男。

 俺は一目で分かった。

 間違いない。剣の勇者。タケル・タナカだ。

 背はそこまで高くない。

 だが、立っているだけで周囲の空気が違う。

 腰には一本の剣。派手な装飾はない。それなのに、目が離せない

 その周囲に四人。

 パーティーだ。


 まず目に入ったのは、小柄な女性。ローブを着ている。手には長い杖。

 魔法使いだろう。

 次に、大柄な男。肩幅が広い。斧を背負っている。

 前衛の戦士だ。

 その横には、耳の長い女性。エルフだろう。背には弓。静かに周囲を見ている。

 最後に、小柄な男。装備は巨大な盾。盾役。


 隙がない。

 完全なパーティー。

 俺は人混みの中からその姿を見つめていた。


 勇者はギルド職員と話している。表情は穏やかだ。笑っている。

 周囲の冒険者たちも楽しそうだ。


 英雄を囲む空気。

 だが俺の胸の中には、別の感情がある。

 こいつがモカを…。

 拳を握る。だが、同時に理解する。

 無理だ。


 この場で暗殺は不可能。

 人が多すぎる。

 そして、あのパーティー。


 誰か一人でも動けば、俺は一瞬で殺される。

 俺は静かにギルドを出た。


 通りを歩く。人の波の中を進む。頭の中がぐちゃぐちゃだった。

 やっと見つけた。だが、何もできない。

 勇者は英雄だ。この街では歓迎されている。

 正面から戦えば、勝てるわけがない。


 俺は歩き続けた。

 市場を抜ける。橋を渡る。路地を曲がる。

 考える。

 どうやって殺す。どうすればいい。

 勇者の姿が、何度も頭に浮かぶ。

 黒い髪。

 穏やかな顔。


 本当に、あいつが。

 モカを。


 俺は足を止め、空を見上げた。

 青い空だった。

 だが胸の中は、どこまでも暗かった。


 宿の食堂は、今日も賑わっていた。

 昼間の勇者騒ぎがまだ尾を引いているのか、酒の回りも早い。

 冒険者たちは杯を叩き、商人たちは声を張り上げ、笑い声が天井に跳ね返っている。


 俺は壁際の席に座り、薄いスープを啜っていた。


 味はほとんど分からない。昼間、あの男を見たせいだ。

 剣の勇者、タケル・タナカ。

 彼が笑っていたこと。周囲が歓声を上げていたこと。その光景が、頭から離れなかった。

 そんなとき、近くの席の男たちの会話が耳に入った。


「すげーよな。この街に二人も勇者がいるなんて」

 二人?

 俺は思わず顔を上げた。

 二人もいるのか。勇者が、二人。

 驚きで喉が詰まる。

 俺はさりげなく席を立ち、彼らの近くまで行く。

 そして、何気ない風を装って声をかけた。


「二人も勇者がいるって、どういうことですか?」


 男たちは酒で赤くなった顔をこちらに向け、笑った。


「あんた知らねぇのか?」

「剣の勇者の話はもう街中が知ってるだろ」

「もう一人いるんだよ」


 俺は息を飲む。

 剣の勇者以外に、もう一人。


「……もう一人は?」


 男が指を立てて、得意げに言った。


「言葉の勇者だよ」


 言葉の勇者。

 その瞬間、背中に冷たいものが走った。

 まさか。いや、まさか。

 男は続ける。


「どんな言語でも一発で理解できるって話だ」

「南方語も、北部諸国語も、古い帝国語もだってよ」

「ロンド商会が南方で契約取りまくったのも、そいつのおかげらしい」


 俺は、体が固まるのを感じた。

 俺だ。俺のことを言っている。


「そんな奴、本当にいるんですか?」


 声が少し震えそうになるのを必死に抑えて尋ねる。


「いるらしいぜ」

「商会の連中が言ってたって話だし、ギルドでも噂になってる」

「剣の勇者が剣で奇跡を起こすなら、言葉の勇者は言葉で奇跡を起こすんだとさ


 男たちは笑いながら酒を飲む。


「いやー、すげぇよな。二人も勇者がいる街なんて、そうそうねぇぞ」


 笑い声が耳に響く。

 俺は、その場を離れ、席に戻った。

 胸の奥がざわざわしている。


 有名になりすぎた。俺は目立ちたくない。ましてや今、勇者を狙っている身だ。

 言葉の勇者として噂になればなるほど、危険になる。

 剣の勇者の耳にも入るかもしれない。

 そうなれば、俺は簡単に潰される。


 俺の力は、戦いの力ではない。

 正面から立ち向かって勝てるわけがない。


 そろそろ、ロンド商会ともお別れだ。

 頭の中で、はっきりと結論が出ていた。

 ギルさんには世話になった。仕事も楽しかった。普通の人生を歩める気がした。でも、それはもう無理だ。

 俺は、勇者を殺す。

 そのためにここにいる。

 商会に残れば、噂は広がる。

 言葉の勇者として。


 それは危険だ。

 明日にでも契約を解除しに行こう。寂しいが、仕方ない。

 俺は静かに席を立ち、部屋に戻った。


 ベッドに横になる。

 目を閉じても、眠りは浅かった。

 剣の勇者の顔。ギルさんの笑顔。モカの声。

 いろんなものが、交互に浮かんでは消える。外の風の音が、やけに大きく聞こえた。


 結局、その夜はあまり眠れなかった。



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