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中堅冒険者 レン・サトウ  作者: なみなみくん
第二章
34/40

34 南方遠征3

 ウィンチャデムーロ商会との商談を終えたあと、俺たちは宿へ戻らず、そのまま次の目的地へ向かった。

 ギルさんが言う。


「次が本命です」


 街の中心から少し離れた場所へ歩く。

 やがて、大きな塀が見えてきた。

 高い石壁。

 門には武装した兵士が立っている。

 そして、門の上には重厚な紋章。


 ジェベロンデンケ家。


 この国の大貴族だ。

 門の前に立つと、兵士が鋭い目でこちらを見る。


「用件は」


 低い声だった。

 俺はそれを通訳する。

 ギルさんが書簡を取り出す。


「ロンド商会のギル・ウィンテルです。本日、ジェベロンデンケ家の商務担当の方と面会の約束があります」


 俺はその言葉を南方語に訳す。

 兵士は書簡を受け取り、中身を確認する。

 しばらくして門の中へ消えた。

 やがて兵士が戻ってくる。


「通れ」


 重い門が開いた。

 中へ入る。

 屋敷は想像以上に広かった。

 庭には水路が作られていて、細い水が流れている。南方では水が貴重だ。それを庭に流せるということは、とんでもない財力だ。

 建物の中に案内される。

 やがて応接室へ通された。


 中にいたのは、三人。

 一人は年配の男。深い皺の刻まれた顔。もう二人は若い男。


 目つきが鋭い。

 そして、その横に帳簿を持った男。

 年配の男が言う。


「ジェベロンデンケ家の商務長、マルダールだ」


 俺はそれを通訳する。

 ギルさんが丁寧に頭を下げる。


「ロンド商会のギル・ウィンテルです。本日はお時間をいただきありがとうございます」


 俺はその言葉を訳す。

 マルダールは頷いた。


「北方の商会が来るとは聞いている」


 その言い方は、少し冷たい。歓迎しているわけではない。

 俺は慎重に言葉を選びながら通訳する。

 席に座る。

 すぐに商談が始まった。


 ギルさんが箱を開ける。

 陶器。香油。布。

 これまでと同じ説明をする。

 俺は通訳する。だが、反応が違う。マルダールは無表情で品を見ている。

 若い男は腕を組んだまま。やがて若い男が口を開いた。


「北方の陶器など、この国でも作れる」


 俺はそれを通訳する。

 ギルさんは落ち着いた声で答える。


「確かに、この国にも優れた陶器があります。しかし、焼成温度と耐久性では我々の品に利点があります」


 俺はその言葉を訳す。若い男は鼻で笑った。


「利点? 証拠はあるのか」


 来た。これは試されている。

 俺は言葉を慎重に訳す。

 ギルさんは一瞬だけ考え、陶器を机に置いた。


「落としてみてください」


 俺はそのまま通訳する。

 若い男の眉が上がる。


「本気か?」

「ええ」


 俺は訳す。

 若い男は皿を持ち上げ、床へ落とした。

 音が響く。

 だが、皿は割れなかった。

 小さな傷はついたが、形は保たれている。

 マルダールが皿を手に取った。


「……なるほど」


 それでも、簡単には頷かない。


「価格は?」


 ギルさんが答える。すると帳簿を持った男がすぐに言う。


「高い」


 短い言葉だった。

 交渉が始まる。

 価格。輸送量。納期。言葉が行き交う。だが、相手はかなり強気だった。途中で何度か言葉が詰まりそうになる。


 南方語の独特の言い回し。貴族特有の回りくどい表現。意味は分かるが、直訳すると失礼になる。

 俺は一瞬の間で言葉を組み替える。

 冷や汗が背中を流れるそれでも止まれない。

 通訳が止まれば、商談も止まる。

 やがて、マルダールが言った。


「……少量なら試してもいい」


 俺はその言葉を通訳する。

 ギルさんがすぐに頷いた。


「ありがとうございます」


 正式な契約ではない。

 だが、取引の入口には立てた。


 商談が終わる。外の空気が熱い。俺は思わず大きく息を吐いた。

 ギルさんが横で笑う。


「大変でしたね」

「……かなり」


 正直な言葉だった。

 ギルさんは肩を軽く叩く。


「ですが、よくやりました」

 そして言う。


「ジェベロンデンケ家はこの国で最も影響力のある家です」

 遠くの屋敷を振り返る。


「ここに商品が入れば、他の商会も動きます」


 俺は頷いた。確かに、苦しい交渉だった。だが、それでも、道は開いた。


 ジェベロンデンケ家との商談から数日後。ロンド商会の宿に一人の使者がやってきた。ウィンチャデムーロ商会からの書簡だった。


 ギルさんが封を切り、紙を広げる。

 しばらく目を通していたが、やがて顔を上げた。

 そして静かに言った。


「……契約成立です」

「本当ですか?」

「ええ」


 ウィンチャデムーロ商会は、ロンド商会との取引を正式に開始することを決めたらしい。


 陶器と香油。

 まずは小規模な輸入から始める。売れ行き次第で量を増やす。

 堅実な契約だ。だが、商人にとっては確かな一歩だった。


 さらに数日後。

 今度はジェベロンデンケ家から使者が来た。

 あの屋敷の兵士だった。彼は無言で封書を差し出す。ギルさんがそれを開く。

 内容を読んだ瞬間、ギルさんは小さく笑った。


「……やりました」


 俺を見る。


「試験的な取引を認めるそうです」


 ジェベロンデンケ家は、この国の大貴族だ。

 その家が商品を扱えば、他の商会や貴族も興味を持つ。

 つまり、ロンド商会の品が、この国に入る入口が開いたということだった。

 ギルさんはその日の夜、珍しく酒を多めに飲んでいた。


「レン様」


 杯を軽く掲げる。


「これはあなたのおかげです」

「いえ、俺は通訳しただけです」

「異国の地にて通訳がいなければ商談は成立しません」


 ギルさんは笑う。


「商売は言葉です。言葉が通じなければ、金も動かない」


 その言葉を聞きながら、俺は杯の中を見つめた。

 酒の表面がゆっくり揺れている。


 それから、ロンド商会の遠征は本格的に動き始めた。


 南方諸国を巡る旅。

 一つの街に数日滞在し、商会を訪ねる。貴族の屋敷を訪問する。商品を見せ、説明し、交渉する。

 その繰り返しだった。

 港町。砂の街。城壁に囲まれた都市。

 どの街も文化が違い、言葉が違い、人々の気質も違う。


 ある街では香辛料の商人と交渉した。

 別の街では宝石商の集まりに招かれた。

 またある場所では、小国の貴族と契約の話をした。


 そのたびに俺は通訳をする。

 言葉を選び、意味を整え、相手の感情を読み取る。


 簡単な仕事ではなかった。

 時には言葉の意味が微妙に違い、交渉が止まりかけたこともある。

 ある商人は、北方の品を信用しなかった。


「この土地で売れる保証はあるのか?」


 そう言われたこともある。

 また別の貴族は、価格に納得せず、席を立ちかけた。交渉が決裂したこともあった。すべてが成功するわけではない。

 それでも、契約は少しずつ増えていった。


 ロンド商会の品は、確実に南方に広がり始めていた。

 そして、そのたびにギルさんは嬉しそうだった。


「いやあ、こんなにうまくいくとは思いませんでした」


 ある夜、宿の食堂で彼はそう言った。

 机の上には契約書の束。


「もちろん、すべてが成功したわけではありません」


 ギルさんは肩をすくめる


「ですが、ここまで成果が出れば大成功です」


 俺は静かに頷いた。

 確かに、その通りだった。北方の一商会が、南方のいくつもの街で契約を結んだ。それは簡単なことではない。


 そして、遠征の最後の街での商談が終わった日。

 ギルさんが言った。


「さて……帰りましょう」


 長い遠征だった。

 何週間も南方の街を巡り続けた。

 荷馬車には契約書と、新しく仕入れた南方の商品が積まれている。

 香辛料。染料。珍しい布。ロンド商会の新しい商売の種だ。


 出発の日。

 南方の街の門を抜ける。乾いた風が吹く。俺は振り返り、遠くの街を見た。

 白い建物。赤い屋根。市場の喧騒。

 短い滞在だったが、確かにそこで仕事をした。

 ギルさんが言う。


「レン様」

「はい」

「今回の遠征は、大成功です」


 彼は満足そうに笑った。


「本当に来てよかった」


 荷馬車がゆっくり動き出す。

 南方の街が、少しずつ遠ざかっていった。


 長い帰路の旅を終え、ようやく商業都市ラブールの城壁が見えてきた。

 遠くからでも分かる。

 高く積み上げられた石壁、門の前に並ぶ荷馬車、人の列。俺は荷馬車の上からその景色を眺めていた。


 懐かしい。というほど長く離れていたわけではない。

 だが、南方の乾いた空気の中を何週間も旅してきたせいか、この街の匂いはどこか違って感じられた。


 湿った風。人の多い通り。商人の声。

 ここはやはり、大きな商業都市だ。


 荷馬車はゆっくりと門をくぐる。

 門番がロンド商会の紋章を見ると、軽く頷いた。


「長旅ご苦労さまです」


 ギルさんが笑う。


「ええ、無事に」


 その言葉を聞いた瞬間、俺はようやくこの街に帰ってきたことを実感した。


 それからの半年。俺はロンド商会で働き続けた。

 毎日が忙しかった。

 朝、商会に行く。書類を読む。契約書を翻訳する。商人と会う。外国の客の通訳をする。


 時にはギルさんと一緒に商談に出ることもあった。

 ラブールは交易都市だ。


 北方、南方、東方、西方。

 様々な言葉が飛び交う。

 その中で俺の仕事は増えていった。


 北部高原の言葉。南方語。古い帝国語。


 言葉を訳し、意味を整え、誤解を防ぐ。

 時には一日中机に向かう日もあった。

 契約書の山。羽ペンを持つ指が痛くなる。肩も腰も固まる。

 それでも、止まらなかった。


 そして、ロンド商会は急速に忙しくなっていた。

 南方遠征の成果が出始めたのだ。

 新しい取引。新しい商人。新しい契約。

 倉庫には南方の商品が並び、商会の人間も増えていった。

 ある日、商会の職員が言った。


「レン様、最近あなたの名前が商人の間で知られてきてますよ」

「俺の?」

「ええ。全ての言葉が通じる通訳って、すごく貴重なんです」


 そう言って笑う。

 俺は苦笑した。

 そんなつもりはないただ、できることをやっているだけだ。

 だが、仕事をしているときだけは、余計なことを考えずに済む。

 モカのこと。勇者のこと。

 胸の奥に沈んでいるものを、少しだけ忘れられる。


 だから俺は働いた。

 朝から夜まで。誰よりも仕事をこなした。

 契約書の翻訳。交渉の通訳。商会の会議。

 忙しい日々だった。

 そして、半年が過ぎた。


 ある日の朝。

 いつものように商会へ向かう途中だった。

 通りの様子が少し違う。人が多い。ざわざわしている。

 何かが起きている。


 通りの向こうから、声が聞こえた。


「勇者だ!」

「剣の勇者が来たぞ!」


 その言葉を聞いた瞬間、足が止まった。

 胸の奥が、冷たくなる。人の波が南門の方へ流れていく。

 兵士の列。旗。そして歓声。

 誰かが叫ぶ。


「勇者が森のオークを討伐するために来たんだ!」


 歓声が広がる。

 英雄を迎える街の声。

 俺はその場に立ち尽くしていた。


 ついに。

 半年間、どこか遠くにあった名前。

 ずっと追い続けてきた存在。

 剣の勇者。

 そいつが、この街に来た


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