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中堅冒険者 レン・サトウ  作者: なみなみくん
第一章 
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3 初仕事

 部屋に戻り、これからのことを考えたが、この世界で俺がまずやることは金を稼ぐとこだという結論に至った。

 今は何故か金があるが、何もしなければ貯金も枯渇してしまう。俺には何ができるか。知識も技術も無いなか、できることはほとんど無い。


 そんなとき思い立ったのが冒険者だ。俺はすでに冒険者登録している。しかし、冒険者が何をする仕事なのかは分からない。、


 そこで、宿屋の主人、ゲンシさんに恐る恐る聞いた。その時は「なるほどな。少し待ってくれ」と一言。その晩、ゲンシさんが俺を呼び止めた。


「レン、冒険者になりたいんだろ?そしたら、その体じゃだめだ。まずは鍛えてこい。そこでだ。鍛えながら金ももらえる仕事、紹介してやるよ。明日の朝の鐘が鳴る前に北門に行ってこい。薬屋の紹介って言えば問題ない。ま、頑張ってこい」


 そして今日、ゲンシさんに言われるがままに北門に到着し、俺の初仕事が始まった。


 脅威である敵国の兵や盗賊、モンスターから市民を守るための仕事。聞こえはいいが、つまるところ、城壁の修復だ。それ以上でも以下でもない土木作業だった。

 仕事内容は簡単だ。頭と同じくらいの大きさの石材をたっぷり担架に乗せ、二人一組で指定の場所まで運ぶ。誰でもできる仕事だ。

 だが、貧弱なこの体型ではすぐに足腰が言うことをきかなくなる。そのたびに相方に怒鳴られるからもう帰りたくてたまらない。


 朝方のまだ涼しい時間帯だというのに、体の中の水分が全て外に出ていくように感じるほど汗が吹き出している。


「あの…あとどれほどで休憩…ですか…?」

「休憩?あー、そこにある石材運びきったら補充されるまでは休憩だな。ってか、そんな休みたかったらキビキビ働け馬鹿野郎。お前に合わせてるとこっちまで余計に疲れてくるんだよ」

「あ、はい…すいません…」


 ひどい職場だ。今まで仕事をしたことは無いけど、確実にパワハラだ。

 だが、周りを見ると怒鳴り声叫び声、これが当たり前なのだろう。

 肩も腕も腰も足も今までに感じたことにない痛みに襲われている。

 けど今日だけだ。今日を乗り切ればなんとかなる、はずだ。


 そして、日が沈みだし暮れの鐘が鳴ったところで初仕事は終わった。


「おい、新入り。給料まだ貰ってないだろ。ほれ、小銀貨3枚」

「あ…ありがとうございます…」


 小銀貨3枚が多いのか少ないのか分からない。だが、宿の一日の宿泊費が銀貨1枚。たしか小銀貨5枚?で銀貨1枚だから…。赤字だ。完全に赤字だ。


「じゃ、明日もよろしくな」

「は、はい…え?」


 ―――――――――――――――――――――――――


「ゲンシさん、あの…現場の方が明日もって言ってまして…」

「ん?あっ、俺が話通してやったぞ。城壁の修復が終わるまではあそこで頑張ってくれ。人員が足りててなかなかお前をねじ込むのに苦労したぞ。ま、頑張れな」


 つまりは、あの苦しい労働をあと何日も続けろということか。しかも、宿代を考えると赤字。お金を払いながら労働しろということだ。世は無常だ。日本での退屈な日々が愛おしく感じられてきた。

 しかし、翌朝目が覚めると外は大雨だった。つまり、今日の仕事はなくなったということだ。


「というわけでレン。今日はこの宿の手伝いをしてもらう。最初だから、賃金は小銀貨2枚。宿代から天引きな」

「あ、はい。わ、分かりました…」


 というわけで、掃除を任されることになった。まずは1階の食堂。机を拭いて椅子を吹いて、床を拭いて。窓も拭こうとしたら拭く前よりも汚くなってしまった。

  ともあれ、ゲンシさんにいろいろと教わりながらも食堂の掃除を終わらせることができた。


「あの…ゲンシさん。次は、何をすれば…」

「おお、終わったか。じゃあ、厨房で野菜の皮むきお願いするよ。外で手洗ってな」


 宿の裏庭に出ると、井戸とその水を汲んだであろう桶が置いてあった。しかし、あるものが足りない。そう、石鹸だ。手を洗えと言われたものの、石鹸無しの水洗いでいいのだろうか。

 考えに考えたが、結局聞くことにした。


 裏口から厨房に入ると、女性と女の子が作業をしていた。


「あ、あの…」

「あら、あなたがエルくんね。こうして話すのは初めてね。あたしはアリーシェ、あの主人の妻よ。女将さんって呼んでくれればいいわ。よろしくね。で、この娘がリノ。ほら、挨拶しなさい」

「はじめまして!わたしはリノっていうの!7さいになったの!」

「よ…よろしくお願いします…」


 アリーシェさんもとい、女将さん、そしてリノ。女将さんはふくよかな、しかしがっしりとした体型でゲンシさんより肝が座ってそうな見た目だ。そして、リノと呼ばれた女の子は、癖っ毛の赤毛が印象的で明るい少女だった。


 いかんいかん。そんなことより早く聞かなくては。


「あのー、石鹸ってありませんか?」


 途端、二人の顔が硬直した後、大笑いされた。


「エルくんねー、石鹸なんて私達が普段使いできるわけ無いでしょー。貴族じゃないんだからねー。それにしても、本当に貴族の子かと思ったけど貴族にしては貴族らしくないし、金はあるようだけど金持ちっぽくもないし。ホントに面白い子ねー」

「ママー、せっけんってあのあわがでるやつ?ねーママー?」


 なるほど、石鹸は一般的ではないのか。となると、この世界の水準は前世の…まずい。勉強をロクにしてこなかったからわからん。まあ、結構むかしの時代ってことなのかな?


 結局、石鹸は無かった。その代わりに薬草から抽出した液体を手洗い後に手に塗るらしい。アルコール消毒のようなものだろうか。


 手を洗い終わり、清潔になった手を軽く振って水を落とす。薬草の液は少し独特な香りがしたが、不快というほどではない。


「それで…何をすればいいですか?」


 俺が尋ねると、女将さんは腕を組みながらニヤリと笑った。


「そうねぇ…リノ、あんた何か手伝わせたいことある?」

「んー…あっ! エルくん、おやさいのかわむきできる?」

「え? あ、やったことないですけど…多分、大丈夫だと思います」


 そして、リノは嬉しそうに頷き、台の上に山積みになった野菜を指差した。


「じゃあ、これ! ママ、ナイフかりるよ!」


 女将さんは苦笑しながら、引き出しから小ぶりのナイフを取り出し、俺に手渡した。


「怪我しないようにね。慣れてないなら、ゆっくりでいいからね」

「は、はい…」


 ナイフを受け取り、早速野菜を手に取る。ジャガイモのような丸い野菜の皮を剥くのが最初の仕事らしい。


「えっと…どうやればいいんですか?」

「こうやって、くるくるむくの!」


 リノが手本を見せてくれる。彼女は器用にナイフを使い、スルスルと皮を剥いていく。

 見よう見まねでナイフを当ててみる。が、力加減が分からず、野菜の表面をガリッと削るだけになってしまう。

 逆に力を入れすぎると、ゴツッとナイフが止まり、妙な形になってしまった。


「えーっと…」


 何度かやり直しているうちに、ズルッと手が滑ってしまった。


「っ!」


 チクリとした痛みが指先に走る。


「あらら、やっちゃったねぇ」


 女将さんが苦笑しながら手元を覗き込む。リノも心配そうにこちらを見てきた。


「エルくん、だいじょうぶ?」

「あ、はい…ちょっと切っちゃいました」


 見れば、指先に小さな傷ができている。血がにじみ、ピリピリと痛む。


「だから気をつけなさいって言ったのに。リノ、傷薬取っておいで」

「うん!」


 リノは駆け足で奥へ消え、すぐに小さな壺を持って戻ってきた。中から少しの軟膏のようなものを取り出し、傷口に塗ってくれる。ひんやりとしていて、じわじわと痛みが和らぐ気がした。


「ほら、これで大丈夫。で、どうする? まだ続ける?」

「…やります」


 このまま諦めたら、俺はいつまで経っても何もできないままだ。少しでも上達しなきゃ、と自分に言い聞かせ、再びナイフを握る。

 しかし、何度やってもなかなか上手くいかない。

 ナイフが変な方向に滑ったり、削りすぎたり、皮が厚すぎたり薄すぎたり。リノは慣れた手つきでどんどん野菜を剥いていくのに、俺は一つ剥くのに時間がかかる上、形が不恰好になってしまう。


「エルくん、がんばって!」


 リノが応援してくれるが、正直、心が折れそうだった。

 俺の様子を見かねたのか、女将さんがクスクスと笑いながら肩をすくめる。


「ま、最初から器用にできる人なんていないさ。じゃあエルくん、悪いけど今日はもういいわ。別の仕事をお願いするわね」

「べ、別の仕事ですか?」


 結局、俺はまた窓拭きをすることになった。


 夕食の時間が近づくにつれ、宿の中が徐々に賑やかになってきた。厨房の方からは香ばしい肉の焼ける匂いや、スパイスの効いたスープの湯気が立ち込め、俺の空腹を容赦なく刺激する。


 宿の食堂には、続々と宿泊客が集まってきた。

 冒険者、旅人、どっしりとした体格の商人たちが、思い思いの席に座り始める。誰もが腹を空かせているのか、料理が出てくるのを今か今かと待ちわびているようだった。


「エルくん、料理を運ぶのを手伝ってくれる?」


 女将さんの声に、俺は慌てて頷いた。


「はい…わかりました…」


 厨房の奥では、大鍋からスープをよそい、皿に焼きたての肉や野菜を盛り付ける忙しい作業が続いていた。俺はカウンターに並べられた料理を手に取り、それぞれのテーブルへと運んでいく。


「お待たせしました…」


 最初はぎこちなく運んでいたが、何度も往復しているうちに少しずつ慣れてきた。食事を運ぶたびに、客から「ありがとう」と言われるのが、なんだか少し嬉しい。


 そんな中、馴染みのある顔を見つけた。


「おう、エル! 調子はどうだ?」


 ラザバだった。彼の隣には、あの日の昼間に一緒にいた仲間たちも座っている。


「まあ…なんとかやってます」


 俺がそう言うと、ラザバはニヤリと笑って肩をすくめた。


「まあ、ここで働かせてもらえるだけでもありがたいだろ? こうやって動いてりゃ、そのうち要領も掴めるさ」

「…そうですね」


 彼らと軽く言葉を交わしながらも、俺はまだ仕事が残っているため、すぐに食堂を回る作業へ戻った。次第に料理が行き渡り、客たちも満足そうに食べ始める。次第に喧騒も落ち着き、宿の中はゆったりとした食事の時間へと移っていった。


 そして、客が少なくなった頃女将さんが俺に声をかけた。


「エルくん、そろそろあんたも食べなさい」

「あ、ありがとうございます」


 ようやく俺も食事にありつけることになった。カウンターで用意された皿を受け取り、食堂の隅に座る。


 俺の前にあるのは、大きな肉が入ったスープと、少し硬めのパン。スープは湯気を立てていて、香ばしい肉の匂いが食欲をそそる。スプーンを手に取り、まずはスープを一口すする。


「…うまい」


 肉の旨味がしっかりと出ていて、スパイスが効いている。日本で食べたシチューとは違うが、じんわりと体が温まる味だ。

 次に、パンをちぎってスープに浸してみる。硬くてそのままでは食べづらいパンも、スープを吸って柔らかくなり、噛むとじゅわっと旨味が広がる。


「…これ、めちゃくちゃうまいな」


 昨日は疲れ切っていてゆっくり食べる暇がなく、味わって食べられなかった。しかし、今食べてみると、濃い味の料理が体に染みて、涙が出るほど美味しい。

 今までの疲れが一気に吹き飛ぶような感覚だった。


 食べる手が止まらず、気がつけばあっという間に皿は空になっていた。俺は満腹になったお腹をさすりながら、ふうっと息をついた。


 異世界の食事。それは、思っていた以上に温かくて、美味しくて。ほんの少しだけ、この世界で生きていけるかもしれないと思えた瞬間だった。



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