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中堅冒険者 レン・サトウ  作者: なみなみくん
第一章 
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2 ギルドと宿

 街の中に入ると、さっそく冒険者ギルドと呼ばれる場所へ向かった。大きな石造りの建物で、出入りする人々はみんな武器や鎧を身につけている。扉を開けて中に入ると、ざわめきと酒の匂いが漂ってきた。


「こっちだ」


 男に案内され、俺は受付のカウンターへと向かう。カウンターの奥には、青い制服を着た女性が座っていた。


「ねえちゃん。こいつの冒険者登録をしたいんだが」

「かしこまりました。では、お名前と血判をいただきます」


 しかし、ここで不思議なことが起こった。渡された用紙に自分の名前である「佐藤蓮」と書いたところ、手が勝手に違う文字を書いていた。

 だが、何故か俺にはその文字が自分の名前だと分かる。


「レン・サトウ様ですね。では最後に登録料の銀貨2枚をいただきます」


 銀貨2枚。手持ちの大金貨の価値が分からないが、多分銀貨数枚のお釣りが貰えるだろう。


「これでお願いします…」


 机の上に置いた瞬間、周囲が静まり返った。


「えっ…!? 大金貨!?」


 受付の女性の目が見開かれる。他の冒険者たちも、俺の手元を見てざわつき始めた。


「お、おい、マジかよ…」

「登録料に大金貨とか、貴族か?」

「いや、どこかの国の王子様じゃねぇか?」


 困惑する俺をよそに、受付の女性は慌てた様子で上の階へ視線を向けた。


「し、少々お待ちください! 担当の者を呼びますので!」


 女性は慌ただしく奥へと駆けていく。やがて、落ち着いた雰囲気の男性が現れた。


「お客様、こちらへどうぞ。二階の部屋でお話を伺わせていただきます」

「え、あの…?」


 そして俺はまるで特別待遇のように、俺は二階へと案内された。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「こんにちは。申し遅れました、わたくし、レンバス冒険者ギルドのギルドマスターをしております、ロンド・ジャベールと申します。見苦しい場所ですが、少々お話を伺いたいと思います。本日はよろしくお願い致します」

「あ…は、はじめまして…」


 握手を求められ手を差し出したが、俺の手は震えたままだ。

 緊張もあるが、正直怖い。

 相手はいかにも偉そうな人なのに、俺に対してすごく畏まった口調で話してくるのが一番の理由だ。

 今から何が始まるのか、すでに喉は渇ききっており、飲み込む唾さえ出てこない。


「では早速、お伺いさせていただきたく存じます。レン・サトウ様は、いずれよりお越しになられたのでしょうか。また、如何なる経緯にて、此度この地へと足を運ばれることと相成りましたか。ご無礼を承知の上でございますが、差し支えなければお聞かせいただけますと幸甚に存じます」


 口調が硬すぎて話の内容が頭に中々入ってこないが、なんとなく分かってきた。薄々気づいていたが、俺が受付で大金貨を出すという馬鹿なことをしたせいで、今みたいにすごい金持ちだと思われている、ということだろう。


 直感であの大金貨は1万円位の価値だと思っていたが、もしかするとその倍、数十倍の価値のあるものだったかもしれない。

 しかし、結局手持ちがあの大金貨一枚しかなかったわけだから、結局どうにもならなかったような気がする。


「あの…、俺は、なんていうんだろうな…。今日、こちらの世界に来て…。前の世界は日本ってところで、こちらの世界とは全部が違って…、あの…、なんて言えばいいんだろう…」


 我ながら滅茶苦茶なことを言っている。しかし、ギルドマスターの初老の男は真剣な表情をしていた。


「なるほど。事情は理解しました。つまり、レン・サトウ様はこことは異なる世界からやってきた、ということでしょうか?」

「あ、はい、そうです!」


 え、すご。なんで分かったのだろう。


「なるほど。レイナ君、少し席を外してくれないか。あと、このことは他言無用でお願いするよ」

「かしこまりました、ギルドマスター。では、私は席を外してまいります」

「ありがとうレイナくん。では、レン・サトウ様、本題にはいりましょうか」


 ギルドマスターの表情がまた穏やかなものに戻った。しかし、場の空気はかなり緊迫しているのがわかる。


「先程の話ですが、レン・サトウ様は違う世界からいらっしゃった、ということですね。私はこれまでにあなたと同じような経験をされた方をいくつか知っております」


 彼の表情が、また険しいものに戻る。


「呼ばれ人。あなたのように異世界から召喚された方々を、我々はそう呼んでいます。そして、もう一つの呼び名として勇者とも」

「勇者…ですか…」


 俺はギルドマスターの言葉をそのまま繰り返した。異世界に召喚されて勇者と呼ばれる展開は、まるでファンタジー作品の王道だ。

 しかし、それが現実として語られると、途端に重みが増してくる。


「ええ。呼ばれ人は皆、特別な力を持っています。常識を超えた成長速度や、魔力の適応力、時には異世界の知識を活かした発明など…。どれも、並の者では成し得ない偉業ばかりです」

「でも、俺は…普通の人間ですし、そんなすごい力があるとは…」

「そう思うのも無理はありません。しかし、なにかのきっかけで自分の持つ力に気づくはずです」


 ギルドマスターは静かに言葉を続ける。


「呼ばれ人は、その力ゆえに大きな組織や国に利用されることが多いのです。彼らは強い力を持つあなたを手元に置こうとし、あるいは従わせようとするでしょう。場合によっては手段を選ばないこともあります」


 ゾクリと、背筋が凍る感覚がした。俺は無意識のうちに拳を握りしめた。


「ですから、レン・サトウ様。あなたはこれから、自分が呼ばれ人であることを決して公にしてはいけません。この世界で生きていくならば、その事実を隠し、慎重に行動することを強くお勧めします」


 ギルドマスターの声は穏やかだったが、その言葉の裏には重い警告が込められていた。

 その後は特に何があるわけもなく、淡々と軽い質疑応答をして終わった。


 しかし、ここで一つ嬉しかったことは、いま俺が持っている大金貨を両替、そして貯金してくれたことだ。

 もちろん手数料はいくらか取られたが、これで自由にお金を使えるようになったらしい。


 また、この冒険者ギルドについての説明を受けたが、簡単に言えば冒険者としての仕事をするに当たり、ほぼすべての作業は冒険者ギルドで行うことができるようだ。依頼の申し込み、依頼の承諾、素材の換金、そして、銀行のような役割も担っているという。


 さすが、大きく立派な建物だけあって、中身もしっかりしている。


「では、レン・サトウ様。また何かあれば私に申し付けください。レン・サトウ様が良き冒険者になることを心待ちにしております」


 最後まで異常なほど丁寧なギルドマスターに深く礼を言い、一階へと降りた。


 階段を降りるとき、吹き抜けのロビーにいる他の冒険者の視線は、興味、畏怖、そして嫌悪も混じっているのが分かる。

 俺はこの視線が嫌いだ。元の世界でもそうだった。異物を見るような視線で体を舐め回すように観察され、わざと俺に聞こえるようにコソコソと陰口を言う。この世界でも俺はそういう存在だったのかと、再確認される。

 なんで、どうして俺は…。


「おう!あんちゃん!話は済んだか?」


 ロビーの片隅から俺を呼ぶ声がした。見れば、先ほど助けてくれた男が豪快な笑みを浮かべ、腕を組んでこちらを見ていた。


「あ、はい…色々と説明を受けました」


  ぎこちなく答えながら俺は一歩前に出る。今さらだが、きちんと自己紹介もしていなかったなと思い、改めて口を開いた。


「あの、俺、レン・サトウって言います。助けてもらって、色々と本当にありがとうございました…」


 深く頭を下げる。すると、男は「レン・サトウか」と一度名前を繰り返し、大きな笑顔を見せた。


「俺はラザバ・ベレラントだ。ラザバでいい。お前のこともレンでいいか?」

「あ、はい…。ラザバ…さん?であってますか?」

「かたっ苦しいのは無しだ。お前はレンで、俺はラザバ。さんは無しな!」


 初めて会ったばかりなのに、彼は気さくに俺の名前を呼び、対等に接してくれた。その距離の近さが、なんだかくすぐったくて、少しだけ温かい気持ちになる。


 名前を呼び合う。それだけのことなのに、俺にとってはすごく特別なことのように思えた。これまで、誰かにこんなふうに自然に名前を呼ばれることがあっただろうか?

 学校では名字で呼ばれるだけ。施設でも、どこか事務的な呼び方しかされなかった。俺の名前は、ただの識別記号のようなものだった。

 でも今、ラザバが呼ぶ「レン」という響きには、俺をちゃんと「一人の人間」として認めてくれている温かさがあった。


「…わかりました。ラザバ」


 そう呼んだ瞬間、俺の胸の奥が少しだけ軽くなった気がした。


「それよりレン、お前、この街に宿は取ってるのか?」

「え? いや、そんなの全然…」

「だろうな。まあ、そうだと思ったぜ」


 そうだ。すっかり忘れていたが、俺には泊まる場所も無かったのだ。そもそも、宿がどういうところなのか、いくらなのかも全く分かるわけがない。


「だったら、俺たちの宿に泊まるか?ちょい割高だが、安全な所で飯もうまい。どうだ?」

「えっ、いいんですか?」

「いいも何も、ここで路頭に迷われる方がよっぽど困る。ま、俺が困るわけじゃないがな」


 ラザバはにやりと笑いながら俺を見た。

 この世界での初めての夜。俺は、ひとまずラザバたちの宿に世話になることになった。


 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――


 街の中を歩くことしばらく、俺たちは宿へとたどり着いた。


「ここだ、『赤龍の宴』って宿さ」


 ラザバが指さした建物は、頑丈そうな石造りで、二階建てのそれなりに大きな宿だった。扉の上には看板が掛かっており、確かに「赤龍の宴」と書かれている。

 窓からはほんのりと灯りが漏れ、誰かの笑い声や食器がぶつかる音が聞こえてきた。


「ここはいい宿さ。他と比べて割高だが、お前みたいな何故か金を持っているよそ者には悪くない選択肢だぜ」


 そう言いながら、ラザバが扉を押し開けると、ふわりと香ばしい肉の匂いが鼻をくすぐった。

 広い食堂にはすでに何人もの宿泊客や冒険者らしき人たちが座っており、それぞれ談笑しながら食事をとっていた。


「師匠いるか?」


 ラザバが店の奥へと声をかけると、カウンターの向こうで帳簿をつけていた男が顔を上げた。


「…ラザバか。何の用だ?」


 男は年の頃四十前後、ガッシリとした体格に、短く刈り込まれた赤い髪。

 シンプルだが質の良さそうな服を着ており、一見するとただの宿の主人に見えるが、眼光は鋭く、どこか只者ではない雰囲気をまとっている。


「師匠、部屋一つ空いてる?」


  ラザバが尋ねると、師匠と呼ばれた男は俺をじっと見つめた。


「その坊主は?」


  俺は思わず緊張し、背筋を正した。が、ラザバは軽く肩をすくめながら言った。


「こいつはレンだ。金だけは持ってる訳ありで、冒険者になりたいらしい」

「ほう…」


 その男はは興味深そうに俺を眺めたあと、静かに腕を組んだ。


「なるほどな。ま、お前が連れてきたんだ。悪い奴じゃねえんだろうよ」

「俺が保証するよ」


 ラザバが自信ありげに言うと、師匠は小さく鼻を鳴らしながら、奥の帳簿を手に取った。


「一部屋なら空いてる。宿代は一日銀貨1枚、食事付きだ」

「わ、わかりました」


 銀貨1枚が安いのか高いのか分からない。しかし、この提案を断れば今日の寝床がなくなるということを本能的に感じた。


「あ…そ、それでお願いします…」

「よし、それじゃ決まりだ。俺はゲンシ。ここの宿の主人だ。マスターでも主人でも薬屋でも、好きなように呼んでくれ」


 宿の主人、ゲンシがニッと笑い、軽く俺の肩を叩く。


「ようこそ、『赤龍の宴』へ。とりあえず、ゆっくりしていけよ」


 その後は、宿の説明を受け、自分の部屋でゆっくりしていると、ラザバから声がかかった。どうやら、この街を軽く案内してくれるようだった。


 冒険者ギルドの場所、屋台、広場、城門の場所。そして服を買い。絵に書いたような中世ヨーロッパの町並みだった。まるで旅行をしている感覚だった。


 しかし、ラザバと分かれた後、ふと足が止まった。

 目の前には、石畳の道と、歴史を感じる建物が並ぶ美しい街並み。

 活気のある市場からは果物の甘い香りや焼き立てのパンの匂いが漂い、行き交う人々の賑やかな声が聞こえてくる。


 まるでアニメや漫画の中に入り込んだような光景。けれど、それが現実なのだと理解した瞬間、俺の中に得体の知れない不安が押し寄せた。


 異世界転移。夢のような話だ。なりたいものになれるかもしれないし、何かすごい力を持っている可能性だってある。けれど、それが何になる?


 俺は、元の世界に帰る方法も知らない。知り合いもいない。頼れる人もいない。

 ラザバたちは親切だった。けど、彼らとは今日初めて会っただけの関係だ。これから先、ずっと一緒にいるわけじゃないし、どこかで俺一人になる時がくる。

 いや、それ以前に、俺はこの世界でまともに生きていけるのか?この世界の服を着たところで、俺は何も変わっていない。


 金を持っているとはいえ、それがどれほどの価値なのかも正確にはわからない。生活費、仕事、身を守る手段――何もかもが未知数で、何もわかっていない。


「俺、本当にやっていけるのか?」


 喉の奥が強張る。体の芯から冷たいものが這い上がってくる感覚がする。

 焦り、恐怖、不安。

 今までの人生でも、ずっと孤独だった。それは慣れているはずなのに、この感情はいつもと違うものだ。何をどうすればいいのか分からない。

 道標もなく、目的もない。ただ、放り出された世界の中で、俺はどうすればいい?


「…クソッ」


 無意識に拳を握りしめる。けれど、答えはどこにもなかった。




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