1 転移
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突然の出来事だった。学校が終わり施設に帰ろうとする最中、大通りの車が激しく行き来する光景が突如、木々の生い茂る森へと変わった。
制服に上着を羽織った格好が鬱陶しくなるようなジメジメとした微風が体の横を通り過ぎていった。
風、気温、音、感触。その全てがここは夢の中ではないと訴えている。状況を整理しようと考えたが、脳がうまく働かない。
ガサッ。ガサガサ。
ふと、背後で草が揺れる音がした。体が一瞬にして硬直する。ゆっくりと振り返った先にあったのは、絶望的な光景だった。
狼と言うにはあまりにも大きいその生き物、そして、頭部に一角というこの世の生き物ではない動物が唸り声をあげながら一歩、また一歩と俺に迫り来ていた。
人はこのような状況のとき何をするか。大声をあげて威嚇するか、勇敢に戦うか、それとも逃げるか。俺の選んだ選択肢はこうだ。何もできない。
理解してしまったのだ。生物としての格が違いすぎることを。恐怖が体を支配し、声どころか、指一本すら動かせない。その獣が飛びかかり、俺の顔を引き裂く。
数秒の後、傷口が燃えるように熱を持ち、経験したことのない痛みに襲われた。
声にならない悲鳴が喉から漏れた。息が詰まり、視界が滲む。顔から溢れる血が、体を熱く濡らしていく。
死。そう、このままでは確実に死ぬ。これが俺の人生の終わりなのかと、はっきりと思った瞬間。
「グオォォ――!」
獣の頭部にどこから飛んできた矢が刺さり唸り声を上げて後ろに引いた。更に矢が風を切る音が続き、獣の脇腹に突き刺さる。
獣は大きく吠え、俺を忘れて矢が飛んできた方向を向く。その間に、また別の人影が現れた。
「このまま一気に仕留める!」
力強い声とともに、男が前へと踏み出した。その手には、ずっしりとした厚みのある剣が握られている。
男は一瞬の隙も逃さず、一気に距離を詰める。
「はぁぁぁぁっ!」
掛け声と同時に、鋭い斬撃が繰り出される。獣の分厚い皮膚を切り裂き、鮮血が飛ぶ。
しかし、それだけでは止まらない。傷ついたことで怒り狂った獣は、低く唸り声を上げながら男に向かって突進してきた。
地面が震える。巨体が猛スピードで迫る。だが、男は微動だにしない。
「ふんっっっ!」
獣の爪が男の肩に届く瞬間、身を沈めるように足を踏み込み同時に剣を振り上げた。
刃が獣の前足を深く裂く。衝撃に耐えきれず、獣は前のめりに転倒する。その隙を見逃すことなく、男はすぐさま剣を振りかざし、今度は首元へと狙いを定める。
鋭い一閃。
剣が獣の首を貫き、肉を裂く鈍い音が響く。獣は苦しげな叫びを上げるが、それもすぐに途絶えた。
地面が揺れるような衝撃とともに、獣の巨大な体が崩れ落ちる。それと同時に俺の体の力が抜け膝から崩れ落ちた。
「おい!あんちゃん大丈夫か!?」
先ほどの剣を振るっていた男が声をかけてきた。返答したいが、痛みとパニックで声が思うように出ない。
「大丈夫じゃあ…ないな。シータ、火酒とルミナ草二枚、後は包帯持って来い」
「えー、そいつ助けるの?ルミナ草も高いんだよー?」
「んなこと言うな。よく見ろ、こいつの着てる服、珍しい形してるし素材もかなりいいの使ってやがる。恩を売って損は無いってことよ」
本人の前でそんなことを言うなよと思ったが、助けてくれるだけありがたいのかもしれない。
考えれば、こんな森の中で俺みたいなヒョロガリが一人負傷している事自体おかしいのだろう。
彼らの服を見ると、日本で見た異世界アニメの中に出てくる登場人物のような格好をしている。
革や金属製の脛当て、胸当て、篭手、剣、そして弓。全てが今まで生きてきた中で一度も見たことが無いものだった。
「ちょっと痛いと思うが我慢しろよ」
男が俺のえぐられた頬の傷に火酒を垂らす。
「ぎゃあっ、うっ、ああぁぁっ!!」
頬が燃えるような、というよりも実際に燃えている感覚が直接脳に貫き、痛みで意識が飛びそうになる。
俺が何か悪いことをしたか。前世では徳を積んだ訳では無いが、悪いこともしてないはずだ。なのに、どうしてこんな目に合わなければならないのか。
「よしっ、終わったぞ」
ようやくこの痛みから開放され、多少ホッとした。火酒で消毒した箇所には、ルミナ草と呼ばれた葉っぱを二枚貼ってもらったが、少し清涼な感覚があり、多分薬草みたいなものだろう。
「あんちゃん。最後の仕上げに治癒魔法かけるぞ。ちとキツイが我慢してくれ」
「あ…はい…。だ、大丈夫です…」
治癒魔法。魔法。ということは、本当に異世界に来たということなのか。
漫画やアニメの世界だけでしか見たことのないものが、このように現実味を帯びて来て
いる。それよりも、治癒魔法だ。多分、頬のえぐれた傷が一瞬で完治するような代物だろう。
良かった。痛くていたくてたまらない。
「じゃ、ロン。後は頼んだ。こいつは、治癒魔法を使えるんだ。あんちゃん運が良かったな」
ロンと呼ばれた男性は、黒髪を後ろで結んでいる若い男の人だった。そして、一番印象に残ったのは甲冑、日本の武士のような格好をしていたことだ。
東洋と言っていたので、もしかすると日本のような場所がこの世界にもあるのかもしれない。
「よろしく。拙者はロンだ。早速治癒魔法をかけるけど…我慢してくれ」
「あ…はい…大丈夫…です…」
「では、いくぞ」
徐々に彼の体が淡く光だし、傷口がピリピリとした感覚になっていく。
しかし、突然針で何度も刺されているような痛みに変わっていく。先程の火酒の消毒とは比べ物にならない痛みが脳を貫き、叫び声を上げる前に俺の意識は瞬間的に遠のいていった。
夢を見た。誰かに背負われながら空を見る光景を。澄み切った青空に浮かぶ雲、金色に輝く稲のような植物が広がっている。
これは、誰の記憶だろう。少なくとも俺の記憶ではない。生まれてこの方、俺を背負ってくれた人はいない。父も母も、顔を覚える前に死んでしまった。しかし、心地いい。このまま眠ってしまいたい。
「…い。お…い。おーい。あんちゃん」
「…ん?」
目を開けると、先程助けてくれた男におぶられていた。
「おう、起きたか。あまりにも目を覚まさねぇから、このまま街に連れて行くことになったんだ」
なる…ほど?この状況が理解できない。一瞬、拉致という文字が頭に浮かんだが、わざわざ拉致する人を治療することは無いと思う。
「気持ちよさそうに気絶してたな。そろそろ歩けるか?」
「あ、あ、ありがとうございます…」
男の背から降り両足で地面を踏む。広がる草原、風、太陽の熱。日本では見たことのない光景だった。やはりここは…。
「ところであんちゃん。気絶してるときになんか見えたか?」
「あ…はい。誰かにおぶられて、それで…きれいなところを歩いていたような…」
「なるほどな。そりゃロンの記憶かもしれないな。回復魔法を使うと、頻繁に相手の記憶が流れ込んでくることがあるんだわな」
回復魔法と聞き、頬の傷口を触ってみる。包帯と薬草の上からだが痛みはない。傷口も塞がっている…気がする。スマホを取り出し傷を見てみようと思った、が、ポケットの中にあったスマホはなにか違うものになっていた。スマホより薄く、全部が金属で出来てるような。
取り出してみると、それは金色に輝いていた。
「お、おい、あんちゃん。それどうした?」
男の声からは焦りと驚愕の感情が混じっていた。
だが、どうしたと言われても俺は何も知るはずがない。これは、小判なのだろうか。教科書で見たきりだが、形と色は似ている。
「な、なんか…ボケットに入ってて…あの…」
「はよ閉まっとけ。そいつは大金貨だ。盗まれたら洒落にならないからな」
金貨、ということはお金なのだろう。なぜポケットに入っていたのかは分からない。しかし、お金はあればあるだけいい。この大金貨の価値はよくわからないが、金貨というから1万円位の価値はありそうだ。
しばらくして街への入口、城門にたどり着くと、西洋甲冑を着た兵士が立っていた。鋭い目つきで周囲を見渡しながら、城門を通る人々の確認をしている。
「通行証か身分証を見せろ」
兵士が俺たちに向かって言うと、他の四人は迷うことなく腰のポーチやポケットから小さな金属でできたカードを取り出した。それぞれ、手慣れた様子で兵士に差し出す。俺も慌ててポケットを探るが、もちろん何も出てこない。この知らない世界に来たばかりで、そんなものを持っているはずがないのだ。
「あ…あの…俺、持ってないんですけど…」
そう伝えると、兵士は眉をひそめた。
「通行証も身分証もない? ならば通行料を支払ってもらう必要がある。銀貨1枚だ」
その言葉に、俺は思わずポケットの中の大金貨を取り出そうとしたが、男に止められた。
「こいつの分も俺が払う」
男は腰の袋から銀貨を取り出し、兵士に手渡した。兵士は受け取ると、それを確かめ、無言で頷く。
「…通れ」
「ありがとうございます…」
俺は男に頭を下げる。銀貨一枚の価値は分からないが、それでもまた俺を助けてくれた。人にこれほどまで優しくされたのはいつ以来だろうか。
「気にするな。それよりお前、外の人だろ?早く冒険者登録をしておけ。していれば、こんな面倒もなくなる」
そう言って、男は先へと進んでいく。俺は慌てて後を追いかけた。
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