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中堅冒険者 レン・サトウ  作者: なみなみくん
第一章 
23/42

23 傭兵

 翌朝、俺は装備を整えて南門へ向かった。そこには、大きな荷馬車が二台並んでいた。その周囲には、全身に装備を身に着けた男たちが何人もいる。

 だが、顔つきも雰囲気も、普通の冒険者とはまるで違う。

 どの男も、目に光がない。何度も戦場をくぐり抜けてきたのだろう、どこか人の感情を捨てたような顔をしている。


 そして、その中に、昨日のボスと呼ばれた男がいた。俺の姿を認めると、ニヤリと口角を上げた。


「おう、新入り。てっきり逃げ出すんじゃねぇかって思ってたぜ」


 俺は無言で頷いた。すると、ボスは薄暗く笑いながら指を指した。


「まあ、いいさ。乗れ」


 俺は、促されるまま荷馬車に乗った。他の男たちも次々と乗り込み、荷馬車の扉が閉められる。荷馬車がギィィと軋みながら動き出す。外の景色がゆっくりと流れていくが、俺の心はひたすら重かった。


 そして、荷馬車の中は最悪だった。男たちは、まるで悪趣味な酒場で飲み交わすように、殺しの話や女の話を大声でしていた。


「この前の仕事でよぉ、手配中のガキをぶった切ったんだがよぉ、アイツら最後は命乞いして泣き喚くんだぜ」

「おいおい、そんなんじゃまだまだだな。俺なんか、罪人を匿った村一つ潰したことあるぜ」

「やっぱ早く仕事終わらせて女抱きてぇな」


 俺は胃の奥から何かが込み上げるような感覚に襲われた。これは俺が知っている世界とは違う。殺しを生業にし、何の罪悪感もなく、人の命を奪うことを楽しんでいる連中。

 俺は、この場に居ていいのか?この先、こいつらと肩を並べて、同じ道を進んでいくのか?

 だが、今はそれしか選択肢はなかった。俺は、ただ黙って、じっと座っているしかなかった。


 昼になり、荷馬車が止まった。ボスが俺に近づき、言った。


「新入り。飯を作れ」


 俺は驚いたが、すぐに頷いた。そして、その場にあった食材を見て、いつものようにスープを作ることにした。料理をしている間だけは、不思議と心が落ち着いた。まるで、いつもの自分に戻ったような気がした。


 けれど、それも一瞬だった。

 食事が終わると、また荷馬車は進み始めた。


 二日目の朝、ボスが俺に近づいてきた。そして、一丁のクロスボウ・いしゆみを俺に手渡した。


「お前の武器はこれだ。練習しとけ」


 俺はそれを受け取り、少し戸惑った。

 弩か。昔、使ったことはあった。だが、俺が相手にしてきたのは、小型のモンスターがほとんどだった。

 弩は強力な武器だが、動きの速い敵には当てづらい。だから、あまり使わなかった。しかし、剣もうまく振れない俺にとって、この武器は最善の選択だろう。


 俺は休憩の時間を利用して、俺は弩の練習を始めた。的代わりに木を狙い、何度も撃った。だが、なかなか当たらない。少しずつ感覚を取り戻し、近くの的ならたまに命中する程度にはなったが、戦場で使えるレベルには程遠い。


 それからも、荷馬車はひたすら進み続けた。そして、ある時点から俺に料理を任されることはなくなった。

 理由は簡単だった。火を使えば敵にバレるからだ。それはつまり、戦場が近いということを意味していた。俺の中で、これまでとは違う恐怖が広がる。


「次に火を使うのは、飯を作る時じゃなくて、殺しの合図の時かもしれない」


 そんな考えが、俺の頭を支配していた。荷馬車の揺れが、妙に不気味なリズムを刻んでいた。


 夜、荷馬車が止まった。

 誰も声を上げない。無言のまま、全員が荷馬車から降りる。月明かりの下、森の中に沈む影のように動き始めた。


 一人の見張りを荷馬車に残し、俺たちは音を立てないように森を進んでいく。


「ここから散開する。各自所定の場所につけ」


 ボスの声が、ひそやかに響いた。指示を受けた男たちは、それぞれの持ち場へと散っていく。

 俺は、敵のアジトとは反対方向の小道に配置された。


「敵が通ったら、弩で射て」


 そう命令された。

 俺は、じっと木の影に身を潜めた。息を潜めながら、弩を構え、目の前の道を見つめる。

 どれくらい時間が経っただろう。遠くのほうで、突然戦闘の音が響いた。金属がぶつかる音、叫び声、怒声、悲鳴。


 戦いが始まったのだ。体が震える。息が苦しい。冷たい夜の空気で体の芯が凍りつくる。


 ——カサッ


 何かが動いた。足音が聞こえる。不規則な、急いでいるような足音。俺はすぐに木の陰に身を隠した。

 目を凝らし、足音の主を探す。暗がりの中、誰かがこちらに向かってきている。顔はよく見えないが、背が低い。装備も軽い。おそらく敵だ。

 俺は、言われた通り、弩を構えた。


「敵が通ったら射て」ボスの声が脳裏に響く。


 引き金に指をかける。だが、指が震えて、どうしても引けなかった。


「…っ」


 俺は唇を噛みしめた。撃たなくてはいけない。撃たなければ…。


 俺は今までモンスターしか倒したことがない。けれど、今度の相手は、人間だ。俺と同じように生きている人間なのだ。


 もし、撃った矢が相手の心臓に刺さったら?もし、そのまま死んでしまったら?その人には家族がいるかもしれない。仲間がいるかもしれない。そう考えた瞬間、体が凍りついたように動かなくなった。


 弩の矢が相手の体に突き刺さる瞬間を想像すると、心臓が張り裂けそうになる。けれど、このまま撃たなければ、俺は役立たずだと思われる。モカを探す金も手に入らない。


 俺は目をつぶった。目をつぶったまま、何も見ないまま引き金を引いた。

 当たってほしい反面、どうか当たらないでくれという思いがあった。


 ビュンッ!


 矢が放たれた。次の瞬間。


「ぎゃぁぁ!!!」


 悲鳴が聞こえた。俺は思わず目を開けた。当たってしまった。

 視界の端で、誰かがうずくまっている。相手の顔は見えなかった。けれど、そのかすかなうめき声は確かに、人間のものだった。


 俺が、撃った。俺の手で、人を傷つけた。

 呼吸が乱れる。胃の奥がひっくり返るような感覚がする。足が震える。

 俺は、これで金を稼ぐのか?これが、俺の選んだ道なのか?


「こっちに来たか?」


 その時、仲間の男がやってきた。俺は無言で頷き、矢が飛んだ方向を指さした。

 男は短く「行くぞ」とだけ言い、地面に倒れている敵の元へ向かった。


 倒れた敵は、俺と同じくらいの体格だった。顔も幼く、俺よりも若いかも知れない。そして、太ももには俺が放った矢が刺さっていた。血が滲んでいる。呻き声が続いている。命に別状はないのかもしれない。それでも、俺は見ていられなかった。


「行くぞ」


 男が倒れた敵の足を掴み、引きずり始めた。

 ズルッ、ズルッ

 土を擦る音が、妙に耳に響いた。


「おい、新入り。つっ立ってるんじゃねぇ」


 男が俺を呼ぶ。俺は、目線を合わせないようにしながら、ただ黙ってその後をついて行った。


 敵のアジトの前に着いた時、俺はその場で凍りついた。

 死体の山。地面に広がる赤黒い血溜まり。縄で縛られ、震えながら蹲る敵の生存者たち。

 仲間の男たちは、その地獄のような光景の傍らで談笑していた。楽しげに、まるでこれは日常だと言わんばかりに。


 そんな空気の中、ボスが俺のほうを見た。


「新入り。一人倒したか」


 俺は無言で頷いた。これで仕事はこなした。もう俺にすることはない。敵には悪いが、これから牢屋とかで過ごせばいい。

 しかし、それは叶わぬ夢だった。


「じゃあ、新入り、お前が殺れ」


 ボスの低い声が、俺の頭に響いた。


「えっ…?」


 自分の耳を疑った。今、何を言われた?


「お前が殺せって言ってんだよ。こいつをな」


 ボスが顎をしゃくった先に、俺が倒した男が座り込んでいた。太ももの矢のせいか、動けない状態のまま、俺を見つめている。


 目が合った。その瞳には、恐怖があった。逃げたい、助けてくれ、そう言わんばかりの目だった。


「無理です…俺にはできません」


 震える声でそう答えた瞬間、腹に鈍い衝撃が走った。


「ぐっ…!」


 思わず膝をつく。ボスの拳が俺の腹にめり込んでいた。そのまま後ろに倒れてしまう。


「いいか、新入り。ここで命令を拒否するってことは、裏切りと同じだ」


 ボスが倒れは俺を見下ろしながら冷たく言う。

 俺の首に剣が突きつけられる。


「やれ。今すぐ」


 心臓が跳ね上がる。握った短剣の柄が、異様なほど重く感じた。俺に、人を殺せと言うのか?俺は、そんなことをしていいのか?しかし、ここで「できない」と言えば、次に殺されるのは俺だ。


「…っ」


 やるしかない。そうしなければ、俺はモカを探す金すら稼げない。死ぬわけにはいかない。

 俺は、短剣を強く握りしめ、男の前に立った。男の表情が、絶望に変わる。


「頼む…助けてくれ…!」


 声が震えている。俺はその声を無視した。無視しなければ、俺の中の何かが壊れそうだったから。


「俺は悪くない…。俺は悪くない…。死にたくない…」


 俺は、自分に言い聞かせるようにそう呟いた。

 そして、目をつぶり短剣を振り下ろした。


 グッ——


 突き刺さる感触。刃が肉を裂き、鍔で止まる。。


「…っ!!!」


 男が苦しそうに身をよじる。足元に血が広がっていく。


「もっと深く刺せ」


 ボスの声が聞こえる。


「…っ」


 男の体に短剣を突き刺し、引き抜き、また突き刺す。何度も、何度も——

 その度に、血が跳ねる。その度に、俺の手が赤く染まる。

 取り憑かれたように剣を刺す。そのたびに胃液が逆流しそうな感覚がある。


 眼の前の男は人間ではない。そうだ、俺が刺しているのは木偶だ。

 俺はすでに正気を保っていなかった。


「はぁ…っ、はぁ…っ」


 俺は息が荒くなり、膝をついた。男の体は、もう動いていなかった。

 視界が揺れる。血の匂いが鼻を突く。指先が熱い。


「おい、新入り。お前、顔が真っ青だぞ」


 誰かが笑う声が聞こえた。


「初めてだからなぁ、仕方ねぇさ」

「そのうち慣れるさ、ハハハ!」


 仲間たちの笑い声が遠くで響いている。でも、俺にはそれが何よりも恐ろしかった。胃の奥がぐるりと捻じれるような感覚がした。


「…うっ…!!」


 俺は、その場で吐いた。全てを吐き出してしまいたかった。それでも、体に染み込んだこの感覚は、どれだけ吐いても消えてはくれなかった。


 そんな俺の傍らで、縄で縛られた敵の大半が、次々と殺されていった。

 人の悲鳴が夜の闇に消えていく。


 ボスから「お前が殺したのは、奉公先の主人を殺して手配されてた奴だ」と後から言われたが、それで納得することなど不可能。俺はただ、その場で震えながら、それを見ていることしかできなかった。


 その後、二箇所の敵のアジトを襲撃した。俺は弩を持ち、何度も矢を放った。初めに感じたような混乱や恐怖は薄れ、徐々に戦いという行為に慣れていったように思える。


 だが、それは決して戦いを受け入れたということではなかった。

 何度戦っても、身体と心は拒絶反応を示し続けた。戦闘後には必ず体が震え、息が上がり、吐き気が止まらなかった。気がつけば、食事を摂るたびに胃の中のものを吐き出すようになっていた。


 それでも俺は耐え続けた。なぜなら、稼ぐ必要があったからだ。

 モカを探すために、彼女を見つけるためなら、どんな苦しみだって耐えるつもりだった。

 やがて、すべての仕事が終わり、街へ帰還した。仲間も三人が死んだ。

 けれど、ボスはそれでも満足そうにしていた。


「上出来だ。十分な勝利だろう」


 街につき、俺は報酬を受け取った。袋の中身は妙に少なく感じたが、重さで分かった。中身は金貨だったのだ。相当な報酬だった。


 家に戻る。玄関のドアを開けても誰も迎えてくれない。明かりのついていない、静かな部屋。俺はぼんやりと、暗いリビングに座り込んだ。


「俺は、なんてこと…」


 吐き気が込み上げる。手が震える。額に冷や汗が流れる。目を瞑ると、俺が殺した人間の顔がはっきりと脳裏に浮かんだ。あの男の苦痛に歪んだ表情が、俺を見つめていた。


 その夜、疲れていたにもかかわらず、一睡もできなかった。朝になるのが、こんなに遅く感じられたのは初めてだった。


 次の日、俺はゲンシさんの宿に足を運んだ。生きていることを報告するためだ。しかし、ゲンシさんの顔を見た瞬間、俺の心は崩壊した。


「ゲンシさん、俺は、俺は…」


 涙が止まらなかった。震える俺の身体をゲンシさんがしっかりと抱きしめてくれた。


「いいんだ、もういいんだ…よく帰ってきた…」


 その言葉を聞いて安心したのか、俺はその場で気絶するように眠ってしまった。

 目が覚めると、ゲンシさんが隣に座っていた。


「起きたか、レン」

「すみません…」

「謝るなよ。お前は頑張ったんだろう?」

「俺は…人を殺してしまいました…俺はもう…」


 ゲンシさんは静かに言った。


「俺が紹介した仕事だ。お前がそのことで自分を責めるなら、その責任の半分は俺にある。レン、お前は悪くない」


 俺は何も言えなかった。静かに涙を流し続けるだけだった。ゲンシさんは続けた。


「だが、モカを探すんだろう?なら、しっかりしろ。やれることをやるしかない。俺もできる限り手伝う」


 俺は黙って頷いた。

 その後、俺はギルドへ向かい、その報酬で得た金をすべて使って捜索依頼の報酬を大幅に引き上げた。これで少しでも情報が集まることを祈って。


 しかし、それから一ヶ月が経っても、モカの手掛かりは得られなかった。そんな中、ふと頭に浮かんだのがラフェルセウス家のことだった。彼らは大貴族だ。もしかしたら何かを知っているのでは。


 すぐにギルドへ行き、ラフェルセウス家への手紙の送り方を教わった。震える手で紙に文章を書き、ガンスさんからもらった短剣の鞘についている家紋で封蝋を施した。そして、高額な金を払って、手紙を届けてもらうことにした。


 それから時間だけが過ぎていった。何をするにも、あの日俺が殺した人が、その光景が脳裏に映る。飯を食べてもすぐに吐き気がする。ひどいときには流動食のようなものすら食べれない日があった。


 俺は、それを忘れるために、狂ったようにいつもの依頼をこなしていき、金が貯まるごとにモカの捜索依頼の報酬を更新していった。


 半年が過ぎ去ったある日のことだった。

 家の前に馬のひづめの音が響き渡った。馬に乗った使者らしき男が家の前で止まり、俺に一通の手紙を差し出した。

 心臓が激しく鼓動するのを感じながら、震える指で封を開ける。その手紙には、端正で格式ある文字でこう記されていた。


『レン・サトウ殿

 貴殿の妻とおぼしき女性を発見いたしました。

 現在、我がラフェルセウス家にて保護し、療養させております。

 一刻も早く、当家まで足を運ばれますようお願いいたします。

 ラフェルセウス家現当主

 ロジャード・ラフェルセウス』




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