22 懸賞金
モカがいなくなってから、俺の毎日は捜索一色になった。朝から晩まで町中を探し回り、夜は家の前で待つ。何か手がかりがないかと、何度も何度も同じ道を歩く。市場、ギルド、商会、薬屋、酒場…どこを探しても、彼女の姿はなかった。
知っている人に聞いても、みんな首を横に振るばかり。僅かな情報すら得られない日々が続いた。自分の力だけではどうにもならないと悟り、ゲンシさんの宿を訪ねた。
カウンターでぼんやりと座っていた俺に、ゲンシさんが気づいた。
「…レンか」
「…ゲンシさん」
「話はもう聞いてる。モカが行方不明になったんだな」
俺は黙って頷いた。
「俺も、いろんな冒険者に声をかけている。けど、今のところは手がかりなしだ」
「他に、何か方法は…?」
「そうだな…。ギルドに捜索依頼を出すことだな」
「…!」
「報酬を決めて、冒険者たちに探してもらうんだ。お前ひとりで動くより、ずっと可能性は高くなる。まぁ、それでも情報がなけりゃ、動いてくれる奴は少ないがな…」
「ありがとうございます…俺、すぐにギルドに行きます!」
俺はその場を飛び出し、ギルドへ向かった。ギルドに駆け込むと、慌てた俺の様子に、受付の職員が驚いた顔で俺を見た。
「どうされましたか?」
「妻の捜索依頼を出したいです。」
受付の職員は一瞬驚いたが、すぐに冷静な表情に戻り、書類を取り出した。
「かしこまりました。では、奥様の特徴を詳しく教えてください」
俺はモカの特徴をできる限り詳しく伝えた。
「名前はモカ。白い髪で、青い瞳。身長は…俺より少し低いです。行方不明になったときは町用の服を着ていたはずです。あと、臨月も近いのでお腹も大きいです」
「承知しました。報酬はどうされますか?」
報酬。これが一番の問題だった。俺は家を買ったばかりで、貯蓄はほとんど残っていない。それでも、出せるギリギリの額を出すしかない。
「金貨4枚で…お願いします。」
ギルド職員が目を丸くした。どうやら、庶民の側索依頼としては破格な値段のようだった。しかし、どこに行ったかなどの情報が一切ない。なので引き受けてくれる冒険者は少ないという見込みらしい。
「分かりました。では、正式に依頼を受理し、掲示板に張り出します。なるべく早く多くの人に伝わるよう、私どもも尽力いたします」
「お願いします…!」
ギルドの掲示板に俺の依頼が張り出された。そこには、モカの特徴と、金貨4枚という高額な報酬が記載されていた。しかし、冒険者たちはそれを見て、
「行方不明者の捜索か…」
「白髪の女?あー、あの娘か。 でも情報が少なすぎるな…」
「報酬はいいけど、何の手がかりもないのはキツイな」
そう言って、依頼に手を伸ばす者はいなかった。
そんな中、俺はギルドの出口で見覚えのある男と鉢合わせた。
「レン」
「ラザバさん…」
ラザバは険しい表情で俺を見つめると、ゆっくりと口を開いた。
「話は聞いてる」
「…」
「俺たちも、知り合いにいろいろ聞き込みをしてる。だが、今のところ有力な情報はない」
「…そうですか」
「すまない。できる限り力になりてぇが…今の俺には、これくらいしかできねぇ」
「いえ、ありがとうございます。ラザバさん」
俺は必死に笑顔を作ろうとしたが、うまくいかなかった。それを見たラザバは、深くため息をつくと、俺の肩をがっしりと掴んだ。
「お前は、どんな状況でも諦めるな。どんな些細なことでも、気になることがあったら俺に言え」
「…はい」
「レン」
ラザバが少し言い淀んだ後、静かに続けた。
「お前はひとりじゃねぇ。忘れるなよ」
その言葉が、胸に深く突き刺さった。
その日からも、俺は町を隅々まで探した。それでも、モカはどこにもいなかった。
家に戻り、一人で冷え切った食事をとる。モカが隣にいたときは、どんな食事でも温かく感じたのに、今は、全ての料理が冷めているように感じる。
焦燥感が募る。このまま何もせずに待っていても、彼女が戻る可能性は低い。なら、どうすればいい?もっと多くの人に知ってもらうしかない。
そう。捜索依頼の報酬を、もっと上げて、みんなの目に止まるようにするのが良いだろう。しかし、薬草採取の依頼では、稼げる額が知れている。
何かあったとき、すぐにゲンシさんに頼るのは申し訳ないとは思っている。だが、いま頼れるのは彼しかいない。
意を決して、俺はまたゲンシさんの宿へと向かった。ゲンシさんは、いつものように店の奥で帳簿を眺めていた。俺が入ると、彼はすぐに俺の顔を見て、軽くため息をついた。
「まだ見つからないか」
「…はい」
「何か手がかりは?」
「…ありません」
俺はギュッと拳を握った。
「ゲンシさん…もっと金を稼ぎたいんです。」
「…」
「捜索依頼の報酬を上げるために、もっと金が必要なんです」
ゲンシさんはしばらく無言だった。
「薬草採取の仕事を増やすか?」
「それだと間に合いません。もっと今すぐ金を稼げる仕事が欲しいんです」
いくら薬草採取の仕事を増やしても、一日に稼げる額には限度がある。そして、時間が経つほど、モカの行方は分からなくなる。
俺の言葉に、ゲンシさんはしばらく思案していた。長い沈黙の後、彼はゆっくりと口を開いた。
「…レン」
「はい」
「モカのために、人生を捨てる覚悟はあるか?」
「…っ!?」
ゲンシさんの言葉に、俺は息を呑んだ。
「人生を…捨てる?」
ゲンシさんの表情は、これまで見たこともないほど真剣だった。
「俺が紹介できる仕事は、危険な仕事だ。俺の口から内容は言えないが、死ぬ可能性も大いにある。死ななかったとしても、心が壊れるかもしれない。それでもやるか?」
背筋に冷たいものが走った。ゲンシさんがここまで言うほどの仕事。しかし、まとまった金がすぐに入る。でも、それは相応のリスクを伴うということ。だが、それでも俺には時間がない。俺は迷わず言った。
「もちろんです。俺にできることがあるなら、なんだってやります。」
ゲンシさんは俺の目をじっと見つめた後、軽く目を閉じ、低く呟いた。
「…そうか」
しばらく沈黙が続いた後、彼はゆっくりと口を開いた。
「南門の近くに、大きな館がある。」
「館ですか?」
「ああ。そこで、お前が求める仕事を紹介してもらえる」
ゲンシさんの言葉に、俺はごくりと唾を飲み込んだ。
「どうすればいいんですか?」
「門番がいるはずだ。そいつに『夕焼けの鳥は緑色』と言え」
「合言葉…ですか?」
「そうだ。そいつにその言葉を伝えた後で、薬屋のゲンシの紹介って言え」
ゲンシさんは寂しそうに俯いた。
「…こんなことしかできなくて、すまない」
俺は力強く首を振った。
「そんなことありません…。いつもありがとうございます、ゲンシさん」
俺は深く頭を下げた。
「生きて帰ってこいよ、レン」
俺はゲンシさんに別れを告げ、南門へと向かった。
南門へと向かうにつれ、周囲の雰囲気がどんどん変わっていった。
最初は賑やかだった街並みも、徐々に人の活気がなくなり、どこか淀んだ空気が漂い始める。道端には荷車が放置され、壁には古びた張り紙が剥がれかけている。
スラム街とまではいかないが、明らかに治安の悪い区域だった。そして、門の近くまで歩いたとき、それは現れた。
目の前には、ゲンシさんが言っていた通りの大きな館があった。だが、思っていたよりも古びている。壁にはひびが入り、門の鉄柵にはところどころ錆が見える。それでも、館の存在感は圧倒的だった。
そして、館の前には、大柄な男が立っていた。
鋭い目つき、筋骨隆々の腕、そして、顔には深い傷跡がいくつも刻まれている。まるで、過去に何度も死線をくぐってきた男のようだった。
俺は、館の前で立ち止まる。話しかけるべきか、それとも様子を見るべきか。だが、どうしても男の威圧感に押され、すぐに声をかけることができなかった。
俺は館の周りをウロウロしながら、なんとかタイミングを見計らう。その時だった。
「おい、おまえ」
低く、重い声が背後から響く。ドクン、と心臓が跳ねた。振り向くと、先ほどの大柄な男がすぐ目の前にいた。
「…っ!」
思わず後ずさる。男は俺をじっと見つめながら、低く言った。
「さっきから何をウロウロしてる」
「こ、ここに来て、仕事を…」
男がグッと顔を近づける。俺の耳元で囁くように、ある言葉を口にした。
「夕焼けの——」
俺は一瞬戸惑ったが、すぐに合言葉を思い出し、小さく震えながら答えた。
「…と、鳥は緑色」
男の目が鋭く光る。
「…誰から聞いた?」
「く、薬屋のゲンシさんです」
男はしばらく俺の顔を見つめた後、無言で頷いた。
「…入れ」
鉄製の重い扉を開けると、館の中へと通された。
館の中に入ると、思っていたよりも豪華な造りだった。しかし、どこか異様な空気が漂っている。大理石の床、絢爛なシャンデリア、壁には美しい刺繍の絵画がかかっている。
だが、全体的に薄汚れていた。絨毯は埃っぽく、シャンデリアのガラスは薄くくすんでいる。まるで、過去には栄華を誇っていたが、今は落ちぶれた屋敷のようだった。
長い廊下を進む。いくつもの扉が並んでいるが、どれも閉ざされている。そして、館の奥へとたどり着くと、大きな部屋の前で男が立ち止まった。
「…ここだ」
男がノックすると、中から低い声が返ってきた。
「入れ」
男が扉を開き、俺を中に押し入れる。
「ボス。こいつ、ゲンシの紹介でここに来たみたいだ」
ボス、と呼ばれた男は、大柄な男だった。背も高いが、体全体が筋肉で覆われている。
髪は短く刈り込まれており、無駄なものは一切ない。だが、それ以上に印象的なのは、その目だった。
鋭い視線、まるで相手のすべてを見通すような冷たい目。戦場で生き残ってきた者だけが持つ、死線をくぐり抜けた者の目だった。
彼は俺を一瞥し、静かに口を開いた。
「…お前が、薬屋の紹介で来たやつか」
俺は緊張で喉が詰まりそうになりながらも、なんとか頷いた。
「…はい」
彼はしばらく俺を見つめていたが、やがて不敵な笑みを浮かべた。
「ほう…」
その笑みが俺の背筋をぞわりとさせた。
目の前の「ボス」と呼ばれる男は、俺をじっと見つめていた。その鋭い目は、まるで俺の内側まで見透かしているかのような視線だった。
呼吸を整えながら、俺は口を開いた。
「は、はじめまして…レンです」
彼は微かに鼻を鳴らし、椅子に深く座り直した。
「挨拶はいらん。要件は?」
俺は緊張しながらも、目的を伝えなければならない。
「…お金を稼ぎたくて」
彼は少し目を細め、俺の表情を見つめた。
「…俺達がどんな仕事をしているか分かるか?」
俺は口を引き結んだ。
「いえ…わかりません。けど、稼げると聞いたので…」
その言葉を聞いたボスは、ふっと低く笑った。
「…そうか」
そして、「薬屋のやつ、約束は守ったようだな…」と静かに呟いた。
俺にはその意味はわからなかったが、彼の呟きには、どこか意味深な響きがあった。
彼はゆっくりと椅子から立ち上がると、俺に向かって言った。
「俺達は傭兵だ。人を殺して金をもらう。そういう仕事だ」
その言葉を聞いた瞬間、俺の心臓は一気に冷えた。傭兵。戦い。人を殺す。
ボスは冷たく俺を見つめ、静かに問いかける。
「お前、人を殺す覚悟はあるか?」
俺は息を飲む。俺がこれまで生きてきた中で、人を殺す覚悟など、一度もしたことがない。剣を振ったことはあっても、それは生きるための技術であって、誰かを意図的に殺めるためのものではなかった。
でも、今ここで帰ったら、何もできないまま、また無力な自分に戻るだけだ。金がないと、モカは見つからない。それが現実だ。
俺は、目をつぶって深く息を吸い込む。そして、決断した。
「…やります」
ボスはしばらく無言で俺を見つめていた。その目の奥には、ほんの僅かだが興味を持ったような色が浮かんでいた。やがて、彼は薄く笑った。
「そうか」
「まあ、ゲンシの紹介だから特別だ。お前には、一応チャンスをやる」
そう言って、ボスは腕を組み、俺を値踏みするように見てくる。
「お前、何ができる?」
俺は一瞬戸惑ったが、正直に答えた。
「…今まで薬草採取をしてきました。あと、料理ができます」
ボスは微かに眉を上げた。
「…剣は?」
「苦手です」
彼は蔑むような目で俺を見て、、少し考え込むような素振りを見せた。
「なるほどな」
そして、ゆっくりと口を開く。
「…まあ、駒にはなるか。よし、明日の朝、ここに来い。ちょうど出発する」
「遅れたら裏切りとみなして殺す。いいな?」
俺は、喉が渇くのを感じながらも、しっかりと頷いた。
「…はい」
彼は俺を見据え、最後に言った。
「明日が、お前の始まりだ」
その言葉が、どこか不吉なものに聞こえたのは、俺の気のせいだったのだろうか。
その夜、俺は寝付けなかった。布団に横になっても、脳裏に浮かぶのは「人を殺す覚悟」という言葉だった。
俺は本当にできるのか?これまでの人生で、戦ったことはある。モンスターとも剣を交えたし、レントウルフを仕留めたこともあった。しかし、今度の戦いの相手は人だ。
胸の奥に重苦しいものが広がり、体を締めつけるような感覚が襲ってきた。
本当に、これでいいのか?
モカのためにやるんだ。それは間違いない。だが、この道を選んでしまった俺は、もう元の俺には戻れないのではないか。
考えれば考えるほど、答えの出ない問いが頭の中を巡った。
結局、一晩中まともに眠ることはできなかった。




