表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
中堅冒険者 レン・サトウ  作者: なみなみくん
第一章 
22/41

22 懸賞金

 モカがいなくなってから、俺の毎日は捜索一色になった。朝から晩まで町中を探し回り、夜は家の前で待つ。何か手がかりがないかと、何度も何度も同じ道を歩く。市場、ギルド、商会、薬屋、酒場…どこを探しても、彼女の姿はなかった。


 知っている人に聞いても、みんな首を横に振るばかり。僅かな情報すら得られない日々が続いた。自分の力だけではどうにもならないと悟り、ゲンシさんの宿を訪ねた。

 カウンターでぼんやりと座っていた俺に、ゲンシさんが気づいた。


「…レンか」

「…ゲンシさん」

「話はもう聞いてる。モカが行方不明になったんだな」


 俺は黙って頷いた。


「俺も、いろんな冒険者に声をかけている。けど、今のところは手がかりなしだ」

「他に、何か方法は…?」

「そうだな…。ギルドに捜索依頼を出すことだな」

「…!」

「報酬を決めて、冒険者たちに探してもらうんだ。お前ひとりで動くより、ずっと可能性は高くなる。まぁ、それでも情報がなけりゃ、動いてくれる奴は少ないがな…」

「ありがとうございます…俺、すぐにギルドに行きます!」


 俺はその場を飛び出し、ギルドへ向かった。ギルドに駆け込むと、慌てた俺の様子に、受付の職員が驚いた顔で俺を見た。


「どうされましたか?」

「妻の捜索依頼を出したいです。」


 受付の職員は一瞬驚いたが、すぐに冷静な表情に戻り、書類を取り出した。


「かしこまりました。では、奥様の特徴を詳しく教えてください」


 俺はモカの特徴をできる限り詳しく伝えた。

「名前はモカ。白い髪で、青い瞳。身長は…俺より少し低いです。行方不明になったときは町用の服を着ていたはずです。あと、臨月も近いのでお腹も大きいです」

「承知しました。報酬はどうされますか?」


 報酬。これが一番の問題だった。俺は家を買ったばかりで、貯蓄はほとんど残っていない。それでも、出せるギリギリの額を出すしかない。


「金貨4枚で…お願いします。」


 ギルド職員が目を丸くした。どうやら、庶民の側索依頼としては破格な値段のようだった。しかし、どこに行ったかなどの情報が一切ない。なので引き受けてくれる冒険者は少ないという見込みらしい。


「分かりました。では、正式に依頼を受理し、掲示板に張り出します。なるべく早く多くの人に伝わるよう、私どもも尽力いたします」

「お願いします…!」


 ギルドの掲示板に俺の依頼が張り出された。そこには、モカの特徴と、金貨4枚という高額な報酬が記載されていた。しかし、冒険者たちはそれを見て、


「行方不明者の捜索か…」

「白髪の女?あー、あの娘か。 でも情報が少なすぎるな…」

「報酬はいいけど、何の手がかりもないのはキツイな」


 そう言って、依頼に手を伸ばす者はいなかった。

 そんな中、俺はギルドの出口で見覚えのある男と鉢合わせた。


「レン」

「ラザバさん…」


 ラザバは険しい表情で俺を見つめると、ゆっくりと口を開いた。


「話は聞いてる」

「…」

「俺たちも、知り合いにいろいろ聞き込みをしてる。だが、今のところ有力な情報はない」

「…そうですか」

「すまない。できる限り力になりてぇが…今の俺には、これくらいしかできねぇ」

「いえ、ありがとうございます。ラザバさん」


 俺は必死に笑顔を作ろうとしたが、うまくいかなかった。それを見たラザバは、深くため息をつくと、俺の肩をがっしりと掴んだ。


「お前は、どんな状況でも諦めるな。どんな些細なことでも、気になることがあったら俺に言え」

「…はい」

「レン」


 ラザバが少し言い淀んだ後、静かに続けた。


「お前はひとりじゃねぇ。忘れるなよ」


 その言葉が、胸に深く突き刺さった。

 その日からも、俺は町を隅々まで探した。それでも、モカはどこにもいなかった。


 家に戻り、一人で冷え切った食事をとる。モカが隣にいたときは、どんな食事でも温かく感じたのに、今は、全ての料理が冷めているように感じる。

 焦燥感が募る。このまま何もせずに待っていても、彼女が戻る可能性は低い。なら、どうすればいい?もっと多くの人に知ってもらうしかない。

 そう。捜索依頼の報酬を、もっと上げて、みんなの目に止まるようにするのが良いだろう。しかし、薬草採取の依頼では、稼げる額が知れている。


 何かあったとき、すぐにゲンシさんに頼るのは申し訳ないとは思っている。だが、いま頼れるのは彼しかいない。

 意を決して、俺はまたゲンシさんの宿へと向かった。ゲンシさんは、いつものように店の奥で帳簿を眺めていた。俺が入ると、彼はすぐに俺の顔を見て、軽くため息をついた。


「まだ見つからないか」

「…はい」

「何か手がかりは?」

「…ありません」


 俺はギュッと拳を握った。


「ゲンシさん…もっと金を稼ぎたいんです。」

「…」

「捜索依頼の報酬を上げるために、もっと金が必要なんです」


 ゲンシさんはしばらく無言だった。


「薬草採取の仕事を増やすか?」

「それだと間に合いません。もっと今すぐ金を稼げる仕事が欲しいんです」


 いくら薬草採取の仕事を増やしても、一日に稼げる額には限度がある。そして、時間が経つほど、モカの行方は分からなくなる。

 俺の言葉に、ゲンシさんはしばらく思案していた。長い沈黙の後、彼はゆっくりと口を開いた。


「…レン」

「はい」

「モカのために、人生を捨てる覚悟はあるか?」

「…っ!?」


 ゲンシさんの言葉に、俺は息を呑んだ。


「人生を…捨てる?」


 ゲンシさんの表情は、これまで見たこともないほど真剣だった。


「俺が紹介できる仕事は、危険な仕事だ。俺の口から内容は言えないが、死ぬ可能性も大いにある。死ななかったとしても、心が壊れるかもしれない。それでもやるか?」


 背筋に冷たいものが走った。ゲンシさんがここまで言うほどの仕事。しかし、まとまった金がすぐに入る。でも、それは相応のリスクを伴うということ。だが、それでも俺には時間がない。俺は迷わず言った。


「もちろんです。俺にできることがあるなら、なんだってやります。」


 ゲンシさんは俺の目をじっと見つめた後、軽く目を閉じ、低く呟いた。


「…そうか」


 しばらく沈黙が続いた後、彼はゆっくりと口を開いた。


「南門の近くに、大きな館がある。」

「館ですか?」

「ああ。そこで、お前が求める仕事を紹介してもらえる」


 ゲンシさんの言葉に、俺はごくりと唾を飲み込んだ。


「どうすればいいんですか?」

「門番がいるはずだ。そいつに『夕焼けの鳥は緑色』と言え」

「合言葉…ですか?」

「そうだ。そいつにその言葉を伝えた後で、薬屋のゲンシの紹介って言え」


 ゲンシさんは寂しそうに俯いた。


「…こんなことしかできなくて、すまない」


 俺は力強く首を振った。


「そんなことありません…。いつもありがとうございます、ゲンシさん」


 俺は深く頭を下げた。


「生きて帰ってこいよ、レン」


 俺はゲンシさんに別れを告げ、南門へと向かった。


 南門へと向かうにつれ、周囲の雰囲気がどんどん変わっていった。

 最初は賑やかだった街並みも、徐々に人の活気がなくなり、どこか淀んだ空気が漂い始める。道端には荷車が放置され、壁には古びた張り紙が剥がれかけている。

 スラム街とまではいかないが、明らかに治安の悪い区域だった。そして、門の近くまで歩いたとき、それは現れた。


 目の前には、ゲンシさんが言っていた通りの大きな館があった。だが、思っていたよりも古びている。壁にはひびが入り、門の鉄柵にはところどころ錆が見える。それでも、館の存在感は圧倒的だった。


 そして、館の前には、大柄な男が立っていた。

 鋭い目つき、筋骨隆々の腕、そして、顔には深い傷跡がいくつも刻まれている。まるで、過去に何度も死線をくぐってきた男のようだった。


 俺は、館の前で立ち止まる。話しかけるべきか、それとも様子を見るべきか。だが、どうしても男の威圧感に押され、すぐに声をかけることができなかった。

 俺は館の周りをウロウロしながら、なんとかタイミングを見計らう。その時だった。


「おい、おまえ」


 低く、重い声が背後から響く。ドクン、と心臓が跳ねた。振り向くと、先ほどの大柄な男がすぐ目の前にいた。


「…っ!」


 思わず後ずさる。男は俺をじっと見つめながら、低く言った。


「さっきから何をウロウロしてる」

「こ、ここに来て、仕事を…」


 男がグッと顔を近づける。俺の耳元で囁くように、ある言葉を口にした。


「夕焼けの——」


 俺は一瞬戸惑ったが、すぐに合言葉を思い出し、小さく震えながら答えた。


「…と、鳥は緑色」


 男の目が鋭く光る。


「…誰から聞いた?」

「く、薬屋のゲンシさんです」


 男はしばらく俺の顔を見つめた後、無言で頷いた。


「…入れ」


 鉄製の重い扉を開けると、館の中へと通された。

 館の中に入ると、思っていたよりも豪華な造りだった。しかし、どこか異様な空気が漂っている。大理石の床、絢爛なシャンデリア、壁には美しい刺繍の絵画がかかっている。

 だが、全体的に薄汚れていた。絨毯は埃っぽく、シャンデリアのガラスは薄くくすんでいる。まるで、過去には栄華を誇っていたが、今は落ちぶれた屋敷のようだった。


 長い廊下を進む。いくつもの扉が並んでいるが、どれも閉ざされている。そして、館の奥へとたどり着くと、大きな部屋の前で男が立ち止まった。


「…ここだ」


 男がノックすると、中から低い声が返ってきた。


「入れ」


 男が扉を開き、俺を中に押し入れる。


「ボス。こいつ、ゲンシの紹介でここに来たみたいだ」


 ボス、と呼ばれた男は、大柄な男だった。背も高いが、体全体が筋肉で覆われている。

 髪は短く刈り込まれており、無駄なものは一切ない。だが、それ以上に印象的なのは、その目だった。

 鋭い視線、まるで相手のすべてを見通すような冷たい目。戦場で生き残ってきた者だけが持つ、死線をくぐり抜けた者の目だった。

 彼は俺を一瞥し、静かに口を開いた。


「…お前が、薬屋の紹介で来たやつか」


 俺は緊張で喉が詰まりそうになりながらも、なんとか頷いた。


「…はい」


 彼はしばらく俺を見つめていたが、やがて不敵な笑みを浮かべた。


「ほう…」


 その笑みが俺の背筋をぞわりとさせた。

 目の前の「ボス」と呼ばれる男は、俺をじっと見つめていた。その鋭い目は、まるで俺の内側まで見透かしているかのような視線だった。

 呼吸を整えながら、俺は口を開いた。


「は、はじめまして…レンです」


 彼は微かに鼻を鳴らし、椅子に深く座り直した。


「挨拶はいらん。要件は?」


 俺は緊張しながらも、目的を伝えなければならない。


「…お金を稼ぎたくて」


 彼は少し目を細め、俺の表情を見つめた。


「…俺達がどんな仕事をしているか分かるか?」


 俺は口を引き結んだ。


「いえ…わかりません。けど、稼げると聞いたので…」


 その言葉を聞いたボスは、ふっと低く笑った。


「…そうか」


 そして、「薬屋のやつ、約束は守ったようだな…」と静かに呟いた。

 俺にはその意味はわからなかったが、彼の呟きには、どこか意味深な響きがあった。

 彼はゆっくりと椅子から立ち上がると、俺に向かって言った。


「俺達は傭兵だ。人を殺して金をもらう。そういう仕事だ」


 その言葉を聞いた瞬間、俺の心臓は一気に冷えた。傭兵。戦い。人を殺す。

 ボスは冷たく俺を見つめ、静かに問いかける。


「お前、人を殺す覚悟はあるか?」


 俺は息を飲む。俺がこれまで生きてきた中で、人を殺す覚悟など、一度もしたことがない。剣を振ったことはあっても、それは生きるための技術であって、誰かを意図的に殺めるためのものではなかった。


 でも、今ここで帰ったら、何もできないまま、また無力な自分に戻るだけだ。金がないと、モカは見つからない。それが現実だ。

 俺は、目をつぶって深く息を吸い込む。そして、決断した。


「…やります」


 ボスはしばらく無言で俺を見つめていた。その目の奥には、ほんの僅かだが興味を持ったような色が浮かんでいた。やがて、彼は薄く笑った。


「そうか」

「まあ、ゲンシの紹介だから特別だ。お前には、一応チャンスをやる」


 そう言って、ボスは腕を組み、俺を値踏みするように見てくる。


「お前、何ができる?」


 俺は一瞬戸惑ったが、正直に答えた。


「…今まで薬草採取をしてきました。あと、料理ができます」


 ボスは微かに眉を上げた。


「…剣は?」

「苦手です」


 彼は蔑むような目で俺を見て、、少し考え込むような素振りを見せた。


「なるほどな」


 そして、ゆっくりと口を開く。


「…まあ、駒にはなるか。よし、明日の朝、ここに来い。ちょうど出発する」

「遅れたら裏切りとみなして殺す。いいな?」


 俺は、喉が渇くのを感じながらも、しっかりと頷いた。


「…はい」


 彼は俺を見据え、最後に言った。


「明日が、お前の始まりだ」


 その言葉が、どこか不吉なものに聞こえたのは、俺の気のせいだったのだろうか。


 その夜、俺は寝付けなかった。布団に横になっても、脳裏に浮かぶのは「人を殺す覚悟」という言葉だった。

 俺は本当にできるのか?これまでの人生で、戦ったことはある。モンスターとも剣を交えたし、レントウルフを仕留めたこともあった。しかし、今度の戦いの相手は人だ。


 胸の奥に重苦しいものが広がり、体を締めつけるような感覚が襲ってきた。

 本当に、これでいいのか?


 モカのためにやるんだ。それは間違いない。だが、この道を選んでしまった俺は、もう元の俺には戻れないのではないか。


 考えれば考えるほど、答えの出ない問いが頭の中を巡った。

 結局、一晩中まともに眠ることはできなかった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ