19 新居
次の日、俺はモカと一緒にギルドへ向かった。案の定、ラザバのパーティーが揃っていた。彼らはいつものように酒場の一角を陣取り、昼間から酒を楽しんでいる。
俺たちが近づくと、すぐにラザバが気づき、ニヤリと笑った。
「おー、レン。モカ。なんか良い報告でもあるんじゃねぇか?」
俺はモカと顔を見合わせ、笑いながら言った。
「俺たち、結婚しました」
一瞬の沈黙の後、
「おおおおお!!!」
パーティーのメンバーが一斉に喜びの声を上げた。
シエスタはモカの手を握り、「モカちゃん、おめでとう!」と笑顔で言った。
デントはグラスを持ち上げ、「祝杯だな!」と酒を一気に飲み干す。
ロンも静かに微笑み、「おめでとう」と一言、深々と頷いた。
ラザバはニヤリとしながら、俺の肩をどんと叩いた。
「いやぁ、ついにやったな、レン! お前、やっと男になったってわけだ!」
「へへ。そ、そうですね~」
この後、祝い酒としてこの場の飲み代を出そうとしたが、「馬鹿言ってんじゃねぇ。逆に俺達に出させろ」というラザバの言葉と同時に、6人で祝福の宴が始まった。
夜になり、今度は二人で俺のいる宿へ向かった。次は、ゲンシさんに正式に報告しなければならない。俺はカウンターの奥にいるゲンシさんの前に立ち、深く息を吸い込んで言った。
「ゲンシさん。俺たち、結婚しました」
ゲンシさんは驚いた後、満面の笑みを浮かべた。
「…そうか。ついに、か。レン、お前も大人になったな!」
隣にいた女将さんも、笑顔で俺を抱きしめる。
「レンくん、おめでとう。君がレンくんのお嫁さんね。うちのレンをお願いするね」
「は、はい!頑張ります!」
ゲンシさんは嬉しそうに頷き、急にカウンターを叩いた。
「お前ら!! うちのエルが結婚するってよ!!」
宿の酒場にいた客たちは、一斉に大歓声を上げた。
「おめでとー!!」
「こりゃ祝わなきゃな!」
「レン! いつの間にそんな良い嫁さんを!」
次々に客たちが俺たちのもとに駆け寄り、祝福の言葉をかけてくる。ゲンシさんがニヤリと笑い、俺の肩を叩いた。
「レン。こういうときはどうすればいいか、分かるよな?」
俺は深く頷き、大きな声で宣言した。
「今日の酒代は俺が持ちます!!」
「「「おおおおお!!!」」」
宿の中が歓声と拍手で包まれる。次々とグラスが持ち上げられ、俺たちを祝う声が飛び交った。
「お前ら、幸せになれよ!」
「レン、嫁さん泣かせたら許さねぇぞ!」
「二人とも、お幸せに!」
祝福の言葉が飛び交う中、俺はモカの手を握った。
「ありがとう、モカ。俺は幸せだ」
「ううん、私のほうこそ…本当に、幸せ」
最高に楽しくて、幸せな一晩だった。そして、この日からモカはフードを被らなくなった。
結婚してしばらく経った。俺たちは日々幸せだったが、やはり「家がほしい」という結論に至った。お互いに宿に住んでいる状態では、何とは言わないが、「できること」もあまりできない。
それに、二人きりの時間をもっと増やしたかった。結婚したのに、他の宿泊客や店の人たちの目を気にしながら生活するのは、さすがに窮屈だった。
なので、俺はまたゲンシさんに相談することにした。
「なるほどな…まあ、そりゃ家は欲しくなるよな。」
ゲンシさんは酒を片手に、ニヤリと笑いながら言った。
「それなら、ギルドに行け」
「え、ギルドですか?」
「知らなかったのか? 冒険者ギルドが、不動産の斡旋をやってるんだよ。数は少ないが、売りに出されてる家を紹介してくれるらしい」
「…マジですか?」
「マジだ。案外、冒険者ってのは一生独り身ってわけじゃねぇからな。結婚して引退するやつもいれば、仕事しながら家庭を持つやつもいる。そんな連中のために、ギルドが不動産の仲介をしてくれるってわけだ。」
ゲンシさんに礼を言い、俺はすぐにギルドに向かった。
ギルドの受付で「家を買いたい」と伝えると、すぐに別室へ案内された。そこでは、担当の職員が俺に色々なことを聞いてきた。
「予算は?」
「…わからないです」
「家の広さは?」
「…わからないです」
「立地の希望は?」
「…わからないです」
俺はまったく答えられなかった。考えてみれば当然だ。俺は今まで、家を持つということすら真剣に考えたことがなかった。
「…奥様と一緒に話し合って、改めて来てください」
「…すみません」
こうして、モカと一緒に行くことになった。その話をモカにすると、ものすごく喜んでいた。
「本当に!? レン、一緒に家を探してくれるのね!」
翌日、二人で再びギルドへ。すると、また別室に通され、俺そっちのけで話が進んでいった。職員が色々説明し、それに対してモカが的確に質問を投げかける。
「この家の間取りはどうなっていますか?」
「壁紙の素材はなにを使ってますか?」
「庭はどれくらいの広さがありますか?」
俺は隣でぼんやりしながら、「ああ、こういうのは彼女に任せたほうがいいな」と思った。家のことに関して、俺が意見を出せることなんて何もない。すこしさみしいが、俺の役目は最後の支払いだけだ。
最終的にいくつかの候補が絞られ、俺たちは実際の物件を見に行くことになった。
案内人と一緒に街を歩き、家を一軒ずつ回る。どの家も一軒家で、しっかりした造りだった。正直なところ、「こんな立派な家、俺の資産で買えるのか…?」と不安になった。
家の中を案内されると、モカは色々と質問をしながら、細かい部分まで確認していた。一方、俺は何を聞けばいいのか分からず、ただ頷くだけ。
「モカに全部任せる」
それが俺の結論だった。そして、お昼を過ぎた頃。
「レン!この家がいい!」
モカは、ついに納得する物件を見つけたようだった。
ギルドに戻り、契約書の手続きが始まる。職員が書類を用意し、俺たちは二人の名前を記入し、血判を押した。そして、支払いに移る。
「金額は――になります」
あれ?この額って…。そう。俺の資産では足りなかった。すると、モカがさらっと言った。
「じゃあ、私が全部出すね」
「待て待て待て待て!!」
俺は慌ててモカを止めた。
「レン、お金のことは気にしなくていいわ。私の貯金なら十分足りるし…」
「そういう問題じゃない! 俺たち二人の家なんだから、俺もちゃんと負担するよ!」
俺が必死に説得すると、モカは少し考えて、
「…じゃあ、二人で半分ずつ出し合う?」
「そ、そうするか…」
こうして、俺たちは正式に家を手に入れた。
改めて新居に行き、その家を見ると心の底から嬉しさが込み上げてくる。ここが俺の家だ。人生で初めての家だ。帰ればモカが待っている。もう独りじゃない。俺はこんな幸せでいいのだろうか。
と、考えていると、モカが「レン。どうしたの?」と声をかけてくれた。「なんでもないよ」と言って、二人で手をつなぎ、モカのいる宿まで送っていった。
モカと相談し、引っ越しは明日ということになった。お互い宿で暮らしていたこともあり、荷物はそこまで多くない。
俺は自室に戻り、荷物の片付けを始めた。思い返せば、本当に長い道のりだった。
この世界に来たときは、右も左も分からなかった。森の中でモンスターに襲われ、命を落としかけたこともあった。それでも、ゲンシさん、ラザバたち、モカ、多くの人に支えられながら、ここまで来ることができた。
最初は、宿の手伝いをしながら、薬草採取をして生きていくのが精一杯だった。しかし、今はどうだろう?立派な家を手に入れ、愛する人とともに歩んでいく道を選んだ。
俺は、ここで一つの節目を迎えたと実感した。
夜になり、宿の食堂に降りると、そこにはゲンシさんだけでなく、女将さんとリノもいた。
「レンくん、この宿最後の夜でしょ? だったら、みんなで食べようと思ってね」
女将さんが温かく微笑む。俺は「ありがとうございます」と言いながら席に座り、最後の夕食を味わった。
軽く食べながら、話も弾んだ。
ゲンシさんとの思い出、リノが最近覚えた算数の話、女将さんの昔話。笑い声が絶えず、温かい時間が流れていった。そして、ゲンシさんが酒を飲みすぎて酔っ払ったときだった。
「なぁ、レン…」
「はい?」
ゲンシさんが俺の肩をポンと叩き、酒臭い息を吐きながら言った。
「孫の顔を見せてくれよ」
「…孫?」
「何言ってる。お前は俺の息子みたいなもんだ。ここまで大きく育って、俺は嬉しいよ」
「ゲンシさん…」
何か言いかけたが、その前にゲンシさんはコトンと机に突っ伏して寝てしまった。
「まったく…」
女将さんが苦笑しながら、ゲンシさんの肩に毛布をかける。
「レンくん、たまには遊びに来てね。リノが寂しがるから」
「もちろんです」
すると、リノが目を輝かせながら俺の袖を引っ張る。
「ねぇ、今度レンお兄ちゃんの家に行ってもいい?」
「絶対誘うよ。いつでも遊びにおいで」
「ほんと!? 約束だからね!」
リノの笑顔を見ながら、俺は改めてこの宿で過ごした時間の大切さを実感した。
こうして、最後の夜は更けていった。
翌朝。俺は荷物をまとめ、最後にゲンシさんに部屋の鍵を渡した。
「今まで、本当にお世話になりました」
ゲンシさんは鍵を受け取りながら、しばらく無言で俺を見つめていた。そして、小さく笑いながら言った。
「…昨日、ちと恥ずかしいことを言っちまった。けどな、あれは本心だ」
「…」
「おめでとう、レン」
その言葉を聞いた瞬間、俺の胸に熱いものが込み上げてきた。気づけば、俺はゲンシさんの胸に飛び込んでいた。
「…っ、ゲンシさん…!」
「お、おい、泣くなって…まったく」
ゲンシさんの大きな手が、優しく俺の背中を叩く。
「お前はもう立派な男だ。胸を張って、新しい人生を歩め」
「…はい」
涙を拭いながら、俺はしっかりと頷いた。
すると、ゲンシさんが懐から小さな手帳を取り出し、俺に差し出した。
「ほら、新婚祝いだ」
「え…?」
手帳を開いてみると、そこには見覚えのある文字で様々な調合レシピが書かれていた。
「これは…?」
「俺特製のスパイスのレシピ帳だ。ずっと門外不出だったが、お前になら譲ってやる」
ページをめくると、見たこともない調合法がびっしりと書かれている。俺がいつも使っていたスパイスの調合方法も載っているが、それだけじゃない。
知らない香草の使い方、調合の分量、スパイスの熟成方法まで、まるで本格的な料理店の秘伝書のような内容だ。
ゲンシさんはにやりと笑った。
「これで嫁さんに美味い飯食わせてやれ。俺が作り上げた最高の味、引き継いでくれや」
俺は、胸が熱くなった。
ゲンシさんは、俺の人生を支えてくれた恩人だ。
「…本当に、ありがとうございます」
「気にすんな。お前はもう家族みたいなもんだ」
後ろを振り返ると、女将さんとリノが手を振っていた。
「レンくん! 頑張るんだよ!」
「レンお兄ちゃん、またねー!!」
俺は力強く手を振り返し、新居へと歩き出した。




