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中堅冒険者 レン・サトウ  作者: なみなみくん
第一章 
18/41

18 結婚

 季節は巡り、この世界に来てから何回目か分からない春がやってきた。森の草木が芽吹き、街の市場は活気に満ち、町を歩く人々の表情もどこか穏やかだった。


 そんな春の陽気の中で、ふと気づく。俺の体も、確実に変わっていた。身長が伸び、体つきは以前よりもずっとガッチリとしてきた。

 肩幅も広くなり、腕の筋肉は明らかに太くなった。何より、薄っすらとヒゲが生えるようになったことで、自分が大人になったという自覚が強まる。

 いつの間にか、俺もこんなに成長してたんだなと、改めて感じた。


 そして、彼女とは、定期的にパーティーを組むようになっていた。それだけではなく、お互い依頼がない日には二人で街を散歩することも増えた。


「ここ、前に行ったお店ですね」

「そうだな。あのとき、妙に辛い料理を頼んで、二人で後悔したな」

「ふふっ、でも、美味しかったですよ」


 たわいない会話をしながら、並んで歩く時間は、何よりも心地よかった。彼女の笑顔を近くで見られるだけで、胸が温かくなる。

 だけど、肝心なことが言い出せない。


 彼女に対する想いは、ずっと前から確信していた。だが、それを言葉にする勇気がない。もし告白して、振られたら?もし気まずくなって、彼女が俺を遠ざけるようになったら?そんな不安ばかりが頭の中でぐるぐると回り、結局、何も言えないままだった。


 ある日、ラザバに呼ばれた。指定されたのは酒場。席に向かうと、ラザバの隣にはシエスタさんもいた。


「おう、レン。座れ」


 酒を片手にしたラザバは、ニヤニヤと俺を見ていた。


「最近、いつもあの娘と一緒にいるじゃねぇか。そろそろいい頃合いだと思うぜ」

「いや、その…」


 俺が言葉を濁していると、ラザバは目を細めた。


「お前、あの娘に惚れてんだろ」


 ぐっ…!

 図星すぎて、何も言い返せない。


「なら、なんで言い出さない。もう長いだろ?あの娘も待ってるんだぞ」


 待ってる…?そんなはずは…と一瞬思ったが、シエスタさんが続けて口を開いた。


「女冒険者同士、あの娘と話すこともあるけど…あの娘もレンくんのことが好きよ」

 心臓の鼓動が、急に早くなる。

「…本当ですか?」

「本当よ。気づいてなかったの?」


 そんなこと、考えたこともなかった。でも、思い返してみれば、彼女が俺といるとき、嬉しそうな顔をしていたこと。何気ない会話でも、楽しそうにしていたこと。それらの記憶が、確かに心の中に残っていた。


「レン。男を見せろ」


 ラザバがまっすぐ俺を見て言った。

 俺はどうしたら…。


「ちょっと、考えさせてください…」

 その場を逃げるようにして、宿へと帰った。


 部屋に戻ると、ベッドに倒れ込んだ。

 告白か…。想像するだけで、心臓がバクバクする。もし彼女が俺の気持ちを受け入れてくれたら。

 それは、この世界で生きていく中で、何よりも幸せなことかもしれない。だけど、もし違ったら?もし、気まずくなって、これまでの関係が崩れたら?


 それだけは嫌だった。失うのが怖かった。でも…このままずっと何も言わずにいたら?それもまた、後悔することになる。


 結局、どうすればいいのか分からないまま、夜が更けていった。

 悩んだ末に、俺はゲンシさんの部屋を訪ねた。


 ゲンシさんは、酒を片手にくつろいでいたが、俺の顔を見るなりニヤリと笑った。


「なんだ、レン。難しい顔して。好きな女に告白でもするのか?」


 やっぱり、この人には何も隠せない。俺は意を決して尋ねた。


「ゲンシさん…結婚するとき、何を送ればいいですか?」


 ゲンシさんは驚いたように目を見開き、それからニヤリと笑った。


「そうか。ついにお前も、そういう時が来たか」


 そう言うと、ゲンシさんは胸元から金属製の小さなプレートを取り出した。


「これは俺の生まれたところの風習だな。二枚のプレートに二人の名前を彫って、お互いが身につける」


 プレートを指でなぞりながら、懐かしそうな表情を浮かべる。


「どんな事があってもその名は消えない。相手がどこにいようと、お互いが繋がっているって証だ」


 俺はじっとプレートを見つめる。俺は、彼女にこのプレートを渡したい。


「お前もついにか。大きくなったな、レン。」

 ゲンシさんはそう言って、俺の肩を軽く叩いた。俺たちはそのまま酒を酌み交わし、朝まで語り合った。


 翌日、俺は武器屋へと向かった。職人に急ぎで二枚のプレートを作ってもらうように頼む。


「急ぎで作ると、高く付くぞ?」

「構いません。すぐに欲しいんです」


 職人は俺の真剣な顔を見て、少しだけ微笑んだ。


「ほう…そういうことか。任せろ」


 その言葉を聞いて、俺の中の不安が少しだけ和らいだ。2日後、プレートが完成する。それまでに、俺はしっかりと準備をしなければならない。


 プロポーズを決意したら、やることは山積みだった。まず、髪を切る。適当に伸ばしっぱなしだった髪を整え、すっきりとした見た目にする。

 次に、ヒゲを剃る。普段はそこまで気にしないが、今日は特別だ。少しでも整った姿を見せたい。

 そして、街で一番のレストランを予約した。


「この町の住民が、一生に一度は行ってみたい」と言われる、敷居の高い店だ。

 問題は服だ。冒険者としての俺の普段着は、どう見ても高いレストラン向きじゃない。だから、新しく服を買った。

 シンプルだが品のあるシャツとジャケット。鏡に映る自分を見ると、普段の自分と違いすぎて少し落ち着かない。しかし、どこか格好良い印象がある。これで準備は整った、


 ―――――――――――――――――――――――――――――――


 レンが宿で寝付いた頃、ギルドの酒場にて、いつものように冒険者たちが酒を酌み交わし、依頼の話や武勇伝を語り合う騒がしい空間の一角に、珍しい組み合わせの二人がいた。


 モカとシエスタ。普段はあまり一緒にいることのない二人だが、今日ばかりは真剣な表情で向かい合っていた。

 モカは少し落ち着かない様子で、フードを弄りながら口を開いた。


「シエスタさん…実は、レンくんが明日、あのレストランで話があるって言ってて…これって…」


 その言葉に、シエスタは思わず微笑んだ。


「モカちゃん、それは間違いなくプロポーズよ」


 シエスタの言葉を聞いて、モカの顔が一気に赤く染まった。


「ぷ、プロポーズ…!? そ、そんな、そんなこと…」

「え? 違うの?」

「ち、違わない…とは思うんですけど…でも…」


 モカは、俯きながら小さな声で続けた。


「私がレンくんの隣にいていいのか、不安で…」

「どうして?」

「だって…レンくんは料理もできるし、知り合いもたくさんいるし、どんどん成長してる。私なんて、料理も苦手だし、知り合いも少ないし…」


 そう言いながら、モカは肩を落とした。シエスタは、そんなモカをじっと見つめると、優しく微笑んだ。


「ねぇ、モカちゃん。あなた、レンくんのこと好き?」


 モカはその問いに、一瞬驚いたような顔をした後、勢いよく頷いた。


「も、もちろんです!!」

「なら、それでいいと思うわ」


 モカは不安げな表情のまま、シエスタの言葉を待った。


「好きって気持ちがあれば、案外大抵のことはうまくいくのよ」

「…そうなんですか?」

「そうよ」


 シエスタは懐かしそうに微笑みながら、続けた。


「私もね、あいつと結婚して長いけど、色々あったわ。喧嘩もしたし、別れようと思ったこともあった。でも、やっぱり私はあいつが好きだった。だから、ここまで来れたのよ」


 モカは目を丸くしながら、シエスタに尋ねた。


「ちなみに、シエスタさんの旦那さんって?」


 シエスタはくすっと笑いながら答えた。


「あれ? 言ってなかったっけ? あいつよ、ラザバよ」


 モカは「あー、なるほど」と納得したような声を上げた。

 シエスタは改めて、モカの目をしっかりと見て言った。


「話を戻すけど、レンくんは優しい人よ。必死に努力して、必死に生きてる。だから、モカちゃん。あなたが支えてあげるの」


 モカは、少し考え込んだ後。


「…はい」


 そう小さく頷いた。彼女の表情には、まだ少しの不安が残っていたが、それでも決意を固めたように見えた。

 こうして、レンの知らないところで、モカの背中がそっと押されたのだった。


 そして当日。朝早く、武器屋へ向かう。プレートが完成しているはずだ。店に入ると、職人が俺を見るなり、カウンターの奥から小さな木箱を持ってきた。


「できてるぜ。注文通り、お互いの名前を彫った」


 木箱を開けると、金属製の二枚のプレートが光を反射していた。「レン」と「モカ」の文字が刻まれている。

 代金を支払い、職人に礼を言う。店を出る直前、職人がぽつりと一言。


「お客さん、頑張れよ」


 その言葉に、緊張が少しだけ和らいだ。


 周囲は街の灯りが柔らかく照らし、華やかな雰囲気が漂っている。俺は何度もプレートをポケットの中で確認する。手のひらが汗ばむ。心臓の鼓動が速くなる。

 大丈夫だ、落ち着け…。そう自分に言い聞かせていると。


「レンくん」


 ふと顔を上げると、そこには見違えるほど美しいモカの姿があった。

 フードを付けないためか、彼女は髪を灰色に染め、美しいドレスをまとっていた。


 綺麗だ。思わず息を呑む。


「待たせてごめんなさい」

「…いや、大丈夫。むしろ、待ってる時間も楽しかった」


 俺は正直に言った。モカは少し照れたように微笑んだ。


 レストランの中は、美しい装飾と静かな音楽が流れる落ち着いた空間だった。運ばれてくる料理はどれも洒落ていて、俺たちは乾杯をして、少しずつ食べ始めた。

 最初こそ緊張していたが、次第にいつものように談笑しながら食事を楽しめた。そして、デザートを食べ終えた時、俺は覚悟を決めた。


「…モカさん、いや、モカ。話がある」


 彼女も緊張したような表情になる。

 俺は息を整え、思いのままに言葉を紡ぐ。


「君に初めて出会ったときから、俺は君に惹かれていた。君の強さ、優しさ、一生懸命なところ…全部が好きだ。最初は、ただ一緒にいるのが楽しくて、君の力になれればいいと思っていた。でも、気づいたら、それだけじゃなくなっていた」


 心臓が飛び出るほど緊張していた。それでも、伝えなくてはならない。


「俺は強くないし、金持ちでもないし、顔立ちだって特別良いわけじゃない。だけど…誰よりも、君が好きだ」


 震える声で、最後の言葉を口にする。


「モカ、俺と結婚してくれないか」


 時が止まったように感じた。心臓は暴れる方に動き、全身から汗が吹き出しているのが分かる。

 しかし、彼女は、泣きながら笑っていた。


「…やっと言ってくれた。待ってたんだよ」


 モカは目に涙をためながら、震える声で続けた。


「私もレンくん…レンのことが好き。世界で一番。こんな私でも、レンの隣に立ってもいいの?」

「もちろんだ。君じゃないとダメなんだ。」


 彼女は、少し涙を拭ってから、


「不束者ですが、よろしくお願いします」


 俺たちはそっと抱き合った。その瞬間、店内に美しい音楽が流れた。店員の粋なはからいだろう。そして、俺はポケットからプレートを取り出した。


「これは、ある風習らしい。お互いの名前を刻んでいる」


 モカはプレートを受け取り、大切そうに首にかけた。


 こうして俺は最愛の人と結婚した。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――


 レストランを出た後、モカを宿まで送る。少しの沈黙の後、モカが静かに口を開いた。


「レン…夜、私の部屋に来て」


 鼓動が跳ね上がる。


「…わかった」


 女が自分の部屋に男を呼ぶということは…、そういうことだろう。俺は宿に戻り体を入念に洗い、いつもの服に着替えた。今までにない緊張の中、夜の街を歩きモカのいる宿につく。そして、モカの部屋の前に立つ。

 軽くノックをすると、扉が静かに開いた。


「…入って」


 モカの頬は赤く染まり、瞳は揺れていた。

 部屋の中は、窓から月明かりが差し込んでいるだけで、静かだった。

 扉を閉めると、モカがそっと俺に近づく。


「…レン」

 その小さな声とともに、彼女は俺の胸に飛び込んできた。俺は優しく彼女を抱きしめる。

 この瞬間、俺たちはお互いの心を確かめ合うように、そっと唇を重ねた。

 そして、二人だけの初めての夜を迎えた。





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