17 想い人と
その日から、俺は頻繁にギルドに通うようになった。
本来なら、俺がギルドに行く必要はない。俺は個人依頼を主にこなしており、すでに仕事の受注はゲンシさんや商会経由がほとんどだった。けれど、それでも俺は毎日のようにギルドに足を運んだ。
彼女がいるかもしれない。毎日、期待しながらギルドの扉を開く。
彼女がいたときは、胸が高鳴り、自然と顔がほころんだ。彼女がいなかったときは、心にぽっかりと穴が開いたような気持ちになった。
俺の心は、すでに彼女中心に動いていた。
そんなある日、ギルドのカウンター近くで彼女と顔を合わせた。
「レンさん、一緒にパーティーを組みませんか?」
その一言に、俺は驚いた。
「え…?」
彼女は恥ずかしそうに少し視線をそらしながら、言葉を続ける。
「西の森でモンスターの素材集めをしようと思っていて…。」
モンスター討伐か。正直、戦闘に関して、俺はそこまで得意じゃない。彼女一人でも十分にこなせるだろう。でも、西の森なら珍しい薬草が採取できるかもしれない。
そう言い訳じみた結論に至った俺は、迷わず答えた。
「行きます! ぜひ一緒に!」
翌日、俺たちは荷馬車に乗り、西の森へと向かった。驚いたことに、俺たち以外に誰も乗っていなかった。
「意外と空いてますね」
「そうですね。ちょうどいいかも」
彼女はフードを深く被りながら、静かに微笑んだ。荷馬車が動き出し、ガタゴトと揺れる。最初は少し緊張していたが、いつの間にか俺たちは自然に話し始めていた。
彼女が冒険者になったばかりのこと。俺が初めてモンスターを倒した日のこと。そして、あの日、初めて出会った時のこと。
話せば話すほど、俺たちはお互いを知ることができた。そして、ふと俺は思った。「このままずっと、この時間が続けばいいのに」
穏やかに時間が流れていった。
街につくと、俺たちは宿を取った。もちろん、別々の部屋だ。それでも、同じ宿に泊まっているというだけで、妙に嬉しくなる自分がいた。そして夜、宿の一階にある酒場で食事をとることにした。
俺たちは肉料理とスープを頼み、少しだけ酒を飲んだ。酒はそこまで得意ではないが、彼女と一緒に飲むと、なぜか楽しかった。
「お酒、あまり強くないんですね」
「そうなんだよね…すぐ顔が熱くなってしまいまって…」
「ふふ、かわいいですね」
そう言われて、思わず俺はむせそうになった。俺は照れをごまかすように、スープを口に運んだ。
楽しい時間はあっという間に過ぎ、明日に備えてそれぞれの部屋に戻った。
翌朝、俺たちは森へと向かった。西の森は、昼間でも薄暗く、湿気が多い場所だった。途中で野営をすることになり、俺はいつものように料理を作った。
「料理は任せてください」
持ってきた食材を使い、スープと焼いた干し肉を作る。彼女は静かにスプーンを口に運び、目を輝かせた。
「…おいしい」
その言葉を聞いただけで、俺は胸がじんわりと温かくなった。料理を覚えてよかった。ありがとうゲンシさん。そう思いながら、自分の分も食べた。
次の日から、本格的にモンスターの素材集めを始めることになった。今回狙うのは、一角狼のツノ。一角狼は、名前の通り一本の角が生えた狼のようなモンスター。
レントウルフよりも体格が大きく、群れることもあるが、一年の大半は単独で行動する。と、彼女は一角狼の生態について説明してくれた。
「群れになっていたら厄介だけど、単独なら油断しなければ倒せます」
彼女は剣の腕は確かだ。これまでの話や戦い方を見る限り、相当な実力を持っているのがわかる。多分、俺よりずっと強いのだろう。なので俺は戦闘には加わらず、彼女が一角狼を探している間に珍しい薬草を採取することにした。
森の中を歩きながら、手慣れた動きで薬草を摘む。薬草採取に集中していると、ふと遠くから彼女の声が聞こえた。
「レンさん! 見つけました!」
俺は急いで立ち上がり、彼女のもとへと向かった。彼女のいる方へ進むと、ようやく一角狼の姿を捉えた。灰色の毛並みに、額から鋭く伸びる一本の角。筋肉質な体躯は、レントウルフよりもひと回り大きい。それが一匹、獲物を求めるように森の中をゆっくりと歩いていた。
彼女は俺を振り返り、ニッと笑った。
「見ててください」
そう言うと、背負っていた荷物を地面に置き、剣を抜く。そして、静かに歩を進める。それに気づいた一角狼は、すぐに彼女を認識し、低く唸り声をあげた。
「グルルル…」
一瞬の静寂。次の瞬間、一角狼が飛びかかった。
「ハッ!」
彼女は一歩下がり、モンスターの爪を紙一重で避ける。爪が空を切る音が響く。その隙を見逃さず、彼女は地面を蹴って踏み込み、剣を振るった。
シュッ――!
刃が鋭く一角狼の前足を裂く。
「ギャウッ!!」
傷を負ったモンスターは怒り狂い、鋭い牙を剥き出しにして突進してくる。彼女はすぐにステップを踏み、回避。そのまま低く構え、敵の動きを見極める。
俺がこの戦いに参戦すれば、間違いなく足手まといになる未来が見えた。俺はただ、彼女の戦いを見守ることしかできなかった。
剣の腕だけでなく、動きの無駄がまったくない。焦ることなく、確実に敵の攻撃を避け、カウンターを狙っている。まるで舞うように戦っている。
だが、一角狼もただの獲物ではない。角を振り回し、鋭い一撃を放つ。
「危ない…!」
俺が思わず息を呑んだその瞬間、彼女は一角狼の角が動く軌道を正確に見極め、わずかな隙を突いて懐に潜り込んだ。そして。
ズバッ!!
剣がモンスターの首筋を鋭く斬り裂いた。
「ギャウウウウ――ッ!」
一角狼は苦しげにのけ反り、数歩後ずさる。次の瞬間、ドサリと地面に倒れ込んだ。
彼女は、剣をゆっくりと鞘に収め、振り返った。
「私、強いでしょ?」
満面の笑みを浮かべる彼女が、今までで一番眩しく見えた。
「…ああ、すごい強いですね…」
本音だった。戦い方、立ち回り、すべてが洗練されていた。俺があのモンスターを相手にしていたら、まず勝てなかっただろう。そんなことを考えているうちに、彼女は一角狼の死体のもとへと歩み寄り、鋸を取り出した。
彼女が手際よく角を切り落とし、それを俺が背負っていた籠に入れる。
この日、俺たちは二体の一角狼を倒すことに成功した。
夜になると、野営の準備をする。焚き火を囲み、いつものように俺が料理を作る。
「今日も美味しい。レンさん料理上手ですね」
彼女が微笑みながらスープを飲むたびに、俺の胸はほんのりと温かくなる。
この時間が、俺は好きだった。
次の日も、一角狼を探して森を歩き回った。そして、三日目には、八本のツノを集めることができた。
「これで帰れますね」
彼女が少し寂しそうに言った。俺も、同じ気持ちだった。楽しい時間だった。そして、この旅が終わるのが切なかった。
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街に戻ると、俺はすぐにゲンシさんのもとへ向かった。
「こんな感じで採ってきました」
ゲンシさんは俺が採取した薬草をじっくりと観察し、頷く。
「ほう、いい出来だな。半分は買い取ろう」
渡した薬草の半分が売れた。思っていたよりもいい値段がついたので、満足だ。
残りの薬草は、ギルドへ持ち込むことにした。だが、想像よりも安く買い取られた。しかし、他に買い取ってくれる場所も無いので、渋々報酬を受け取った。
ギルドの買取価格は、やはり買い叩かれている感がある。商会や個人取引と比べて、何でも買取してくれる分報酬が大きく下がるのは仕方ないことだ。
やっぱり、もっと直接取引できる相手を増やしたほうがいいのかもな。そんなことを考えながら、俺はギルドを後にした。
旅が終わり、日常に戻ったはずなのに、どこか寂しかった。焚き火を囲んでいた時間、二人で並んで歩いた森の道、荷馬車の中で話したこと。思い出せば思い出すほど、心がざわつく。
また一緒に行けるだろうか。俺は、次の機会を心のどこかで待っていた。




