表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
中堅冒険者 レン・サトウ  作者: なみなみくん
第一章 
14/40

14 勇者

 レンバスに戻り、ようやく馴染みの宿の前に立った。長い旅を経て、見慣れた木造の建物と、どこか懐かしい匂いが漂ってくる。

 宿の扉を開けると、すぐにゲンシさんの姿が目に入った。彼はカウンターの奥で帳簿を広げていたが、俺の姿を認めると、すぐに立ち上がった。


「…レン!」


 その声には、安心と驚きが混ざっていた。


「予定よりも、ずいぶん長かったな。お疲れ様」


 ゲンシさんの声を聞いて、体の力が抜けていくのを感じる。しかし、俺がどう説明しようか迷っていると、ゲンシさんはふっと目を細めた。


「実は、もう話は聞いてる」


 俺は驚いてゲンシさんを見た。


「昨日、話を耳にした」


 ゲンシさんはゆっくりと近づき、俺の肩を軽く叩いた。


「無事で良かった。ガンスのことは…残念だが、あの人も幸せだったのだろう」


 その言葉に、俺の胸が締め付けられる。ゲンシさんの表情は、どこか遠くを見つめているようだった。そして、しばらくして小さく笑った。


「レン、お前のおかげだ。ありがとう」


 俺は黙って首を振った。


「俺は…何も…」


 ゲンシさんは俺の肩をポンポンと叩き、笑った。


「何を言ってる。お前がいなければ、ガンスはあの草原で死んでいたんだ。帰るべき場所に帰してくれた。それはレン、お前が成し遂げた偉業だ。誇っていい」


 その言葉に、俺は少しだけ肩の力を抜いた。


 数日間、俺は宿でゆっくりと休んだ。その後、薬草採取と宿の手伝いを、交互に続ける日々が戻ってきた。森に入るとき、ガンスさんのくれた短剣を持っているだけで、不思議と力が湧いてくる。まるで、彼がいつもそばにいてくれるようだった。


 ガンスさんが見てくれている、そう考えるだけで、いつもの仕事により力を入れることができた。


 ある日、ギルドに行くと、いつもと違う光景が広がっていた。中央のテーブルで、一人の吟遊詩人が歌を歌っていたのだ。周囲には冒険者たちが集まり、酒を飲みながら聞き入っている。


 俺も興味が湧き、少し離れた場所で耳を傾けた。歌の内容は、「老兵ガンス・ラフェルセウスの生涯」だった。


 吟遊詩人の声が、ギルドの中に響く。


「老兵ガンス・ラフェルセウス。生まれてすぐに剣を握る」

「十のとき、初陣で大将首を討ち取る」

「十八のとき、一千の兵士とただ一人で戦い、勝利する」

「二十のとき、総大将として国を勝利へと導く」

「四十のとき、空を飛ぶ」


 周囲の冒険者たちは、真剣に聞き入る者もいれば、クスクスと笑っている者もいた。俺は、「どこまでが本当なんだ…」と呆れつつも、最後まで聞くことにした。


「表舞台から引退後、冒険者として新たな道を進む」

「どんなモンスターも、老兵ガンスの前では無力」

「晩年、弟子とともに赤龍を討伐する」

「相打ちで倒せたものの、深い傷を負う」

「弟子に家宝のラフェルセウスの短剣を託す」

「そして、老兵ガンスは死後、不死鳥となって空へ飛び立った――」


 歌が終わると、ギルド中が拍手に包まれ、何人かが硬貨を投げた。俺もつられて拍手したが、かなり誇張されてるな、と感じた。

 改めて思い返すと、ツッコミどころ満載だった。


 たしかにガンスさんは強かった。でも、「空を飛んだ」なんて話は聞いたことがないし、赤龍討伐なんてのも、きっとあの日の戦いを脚色しただけだろう。周囲の冒険者たちも、どこか楽しそうに笑っている。


「おいおい、空を飛ぶってのはさすがに盛りすぎだろ!」

「でも、なんかそれっぽいよなぁ!」

「確かに、老兵ガンスならやりかねん」


 みんな、それが事実かどうかなんて、どうでもよかったのかもしれない。


「英雄譚なんて、そんなもんさ」


 誰かがそう言った。

 吟遊詩人も、にこやかに言う。


「語り継がれることが、英雄にとっての永遠の証なのです」


 ガンスさんが生きた証。それは、こうして人々の口によって、長く語り継がれていくんだろう。どれだけ話が盛られていようが、ガンスさんが生きたことは事実だ。

 俺はふと、ガンスさんがこの場にいたらどう思うかを考えた。きっと、豪快に笑っていたんじゃないか。


「わし、そんなに強かったっけのお?じゃが、悪くない!」


 なんて、言いそうだ。


「師匠、あなたの話は、これからもずっと語り継がれていきますよ」


 そして、俺もまた、大切な記憶として忘れないようにしようと誓った。


 余談だが、老兵ガンスの物語は王都で爆発的な人気を獲得した。特に晩年、赤龍との死闘をモチーフにした舞台劇は、貴族のみならず、庶民にも広く知れ渡るようになる。

 そして、レンの知らないところで、「老兵ガンスの最後の弟子」という現実とは全く異なる人物像が形成されていたのである。


 ―――――――――――――――――――――――――――――――


 その日、いつものようにギルドへ足を運ぶと、異様な人だかりができていた。

 ギルドのカウンター前から広がるように、大勢の冒険者が集まり、ざわざわと話し合っている。


「…なんだ?」


 俺は少し背伸びしながら、奥の方を覗き込む。そこには、一際目立つ人物がいた。


 整った顔立ちをした黒髪の青年。彼を中心に、冒険者たちが緊張感を持って距離を取っているのがわかる。

 その立ち振る舞い、その眼差し。ただの冒険者ではないことは明白だった。周りの冒険者が噂し合っているのが聞こえてくる。


「おい、マジかよ…剣の勇者だぞ…」

「なんでこんなところに…?」

「もしかして、国からの要請か?」


 俺は驚いて、近くにいた男に尋ねた。


「あの人は?」


 男は小さく頷きながら、興奮した様子で言った。


「ああ、間違いねぇ。王国の勇者の一人、剣の勇者だ」


 剣の勇者。俺ですら、その名を聞いたことがある。王国が誇る最強の剣士の一人。その剣技は、人間の域を超えているとも言われているほどだ。そんな人物が、なぜここに?


 しかし、その疑問は、すぐに解決された。

 剣の勇者は、ギルド内を見渡しながら、静かに口を開いた。


「この中に、老兵ガンスの最後の弟子を知っている者はいないか」


 ギルド内が、一瞬で静まり返った。冒険者たちがざわつき始める。


「おいおい、それって…」

「まさか…?」


 そして、ある冒険者が俺を指さした。


「勇者様。こいつだぜ」


 俺は指を指され、思わず数歩後ずさる。剣の勇者が、俺の方へ歩いてくる。そして、彼は俺の前で足を止めた。


「君が老兵ガンスの弟子で間違いないか?」

「あ、はい。そう…です」


 緊張して言葉がうまく出ない。しかし、気がつくとギルドの応接室で、勇者と二人きりになっていた。


 静かな応接室の中、勇者は椅子に深く座り直し、落ち着いた声で言った。


「急に押しかけてすまない」


 俺は何も言えず、ただ頷いた。勇者は軽く笑いながら続けた。


「僕はタケル・タナカ。剣の勇者と呼ばれている」


 タナカ…?どこか聞き慣れた響きの名前だった。


「今日ここに来たのは、仕事のついでにこの街に寄って、老兵の弟子を見ようとしただけなんだ。王都でも、老兵と君のことは話題になっている。けど…想像と違ったね」


 まあ、そりゃそうだと、俺は思わず苦笑した。きっと皆は、ガンスさんの弟子なら俺も相当な実力者だと思っていたのだろう。だが、俺はまだ普通の冒険者にすぎない。


「君の名前は?」


 勇者が尋ねる。俺は少し息を整え、答えた。


「レン・サトウです」


 次の瞬間、タケルの表情が変わった。


「…サトウ?もしかして君は…日本人か?」


 俺は驚き、固まった。

 日本。この世界で、その単語を聞くことになるとは。それはつまり…


「もしかして、勇者様も…?」


 勇者は静かに頷いた。


「そう。僕も…日本から転移してきた」


 それから、俺たちはお互いの話をした。驚いたことに、お互いの日本は少しずつ違っていた。俺が知る日本とは少し文化や技術に違いがあったらしい。もしかすると、別の時代や、違う世界の日本だったのかもしれない。それでも、懐かしい話題がいくつも飛び交った。


「最初は大変だっただろ?」


 タケルはどこか懐かしそうに言った。


「僕は、やっぱり言葉を覚えるのが一番大変だったね」

「あれ?」


 俺は思わず首を傾げた。


「俺は、最初から話せましたよ?」


 タケルの表情が変わった。


「もしかして、他の言葉も話せたりする?」

「…あー。確かに話せます」


 これまで、言語に不自由することは無かった。聞こえ方に若干の違いがあるが、どんな言語、方言も聞き取ることができた。

 考えてみると、この世界のあらゆる言語を、俺は聞けばすぐに理解できる。それは、俺が異世界に来てから、ごく自然に備わっていた能力だった。

 勇者は納得したように頷いた。


「転移した人は、何か強力な力を持つ。それが僕は、剣だった。君は、言語に関する能力、ということだろう」


 タケルは自分の腰に差した剣を軽く叩く。そして、彼は真剣な表情になり、言った。


「でも、君の力は自分を守れない。だから、大きな組織の下で、その能力を使わないほうがいい。僕は武力というもので、組織と対等な関係を築いている。しかし、君は自分を守れない。いいように使われるだけだ」


 俺の背筋が凍る。


「もし、君がその力を国や貴族に見せたら…君の人生は、今みたいな自由なものじゃなくなる。もうこの日常は二度と戻ってこない」


 タケルの目は真剣だった。

 俺は、その言葉を噛みしめながら、静かに頷いた。


「…忠告、ありがとうございます」


 タケルは満足そうに微笑んだ。


「じゃあ、時間を取らせて悪かったね」


 タケルは立ち上がり、俺に手を差し出した。


「サトウレン。似た者同士、見かけたらまた声をかけてくれ」


 俺は少し驚いたが、すぐに彼の手を握り返した。


「タナカタケルさん。ありがとうございました。またどこかで」


 タケルは笑い、応接室の扉を開けてくれた。

 応接室を出ると、ギルド中の冒険者たちの視線が俺に向けられていた。しかし、その沈黙を破ったのは、とある冒険者の一言だった。


「老兵ガンスのお弟子様のお通りだ!」


 その瞬間、ギルド内が大爆笑に包まれた。


「ハハハ!頭下げねぇとな!」

「お前、どんどん大物になっていくな!」


 俺は苦笑いしながら、肩をすくめた。それでも、心の奥では、少しだけ誇らしく思えた。ガンスさんの弟子として、俺の存在が誰かに認められた。そんな気がしたのだった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ