11 老兵1
レンバスへ戻った俺は、再び宿の手伝いと薬草採取の日々に戻った。
朝は掃除や料理をこなし、昼には市場で買い出しをする。夜には酒場を、時々リノの勉強を見てやることもあった。
ある日は、ギルドの簡単な薬草採取の依頼を受けて森へ向かう。ワイバーン調査に同行した後だったからか、森の中にいるくらいではもうあまり怖さを感じなかった。
ラザバたちの仕事は輝かしいものだが、いま俺がしている薬草採取も、誇りを持てる仕事だ。慎重に草を摘み、薬草を採取し、夕方には宿へ帰る。そんな日々が続いた。
そんなある日、朝食の片付けをしていると、ゲンシさんが珍しく真剣な顔で俺を呼んだ。
「レン、ちょっと話がある」
「はい?」
ゲンシさんは少し腕を組みながら、低い声で続けた。
「お前に指名が来てる」
「指名?」
俺は思わず聞き返した。一般的に、依頼の指名なら珍しいことではないが、これまで俺にそんなことは一度もなかった。まず、俺の冒険者としてのレベルがそこまで高くないからだ。
「誰からですか?」
ゲンシさんは静かに言った。
「ガンス・ラフェルセウスだ」
心臓が跳ね上がった。
「ガンス・ラフェルセウス.…えっ!?あの老兵ガンスですか!?」
驚きのあまり、思わず大声を出してしまった。店の奥にいた女将さんが「静かにしなさいよ」と軽く注意するが、俺の心は動揺と興奮でいっぱいだった。
ガンス・ラフェルセウス。
俺でも名前を聞いたことがある名前だ。かつて戦場で活躍し、数多の戦士を指導し、そして今は余生を冒険者として過ごしている男。戦場の英雄、老兵ガンス。
そして、何よりも知名度がある理由はその強さだ。冒険者ギルドの古株たちが、酒を飲みながら語る伝説の一人。
「そんなすごい人が、なんで俺に?」
俺が戸惑いながら聞くと、ゲンシさんは肩をすくめた。
「お前に興味がわいたから、だそうだ」
「興味…?」
俺がますます困惑すると、ゲンシさんは少し笑いながら言った。
「あの人は、長く生きてる分、見る目は確かだ。何か気になるものがあったんだろうな」
「…」
俺は少し考え込んだ。
ワイバーンの調査に同行したことが、どこかで彼の耳に入ったのか?それとも、ゲンシさんが俺のことを話したのか?理由は分からない。でも、俺なんかで、務まるのか?
それが、今の俺の正直な気持ちだった。
嬉しさ反面、自信がない。ガンス・ラフェルセウスなんて、まさに「伝説上の存在」だと思っていた。そんな人と仕事をするなんて、俺にできるんだろうか?
しかし、ここで断ったら経験という名の莫大な財産が失われてしまう気がした。
俺は少し唇を噛みながら、ゲンシさんを見た。
「…やります」
言葉に出してから、自分の心臓の鼓動が少し早くなるのを感じた。
ゲンシさんは、それを聞いて静かに頷いた。
「よし、伝えとく。頑張ってこいよ」
俺は、拳をぎゅっと握った。これが新しい挑戦になるのか、それとも試練になるのか。俺の胸は、期待と不安の両方でいっぱいだった。
朝食の時間が終わり、誰もいなくなった食堂に、彼は現れた。
老兵ガンス・ラフェルセウス。その名の通り、彼の姿は圧倒的な存在感を放っていた。右目に眼帯を付けており、身長は俺より一回り、二周りも大きく、鍛え上げられた体は岩のように頑強だった。
腕は丸太のように太く、年齢を感じさせるはずの筋肉は、今もなお衰えることを知らないように見えた。伸びた灰色の髭が、さらにその貫禄を際立たせている。まるで歴戦の獣が人の姿をしているような、そんな印象を受けた。
俺は思わず息を飲み、圧倒されそうになる。だが、その重厚な空気を破ったのは、ゲンシさんだった。
「師匠、こいつがレンです」
ガンスは俺を見下ろし、顎に手を当てて唸った。
「おお…想像よりずっと小さいな」
その声は、まるで大地が鳴動するように低く、響き渡った。
「少年、こっちにこい」
俺は、緊張しながらも彼の前に座る。彼は椅子に深く腰掛け、俺をじっと見つめた。
「改めて、わしはガンス・ラフェルセウスじゃ。老兵ガンスと言ったほうが分かりやすいかの」
そう言って、軽く口角を上げる。俺は背筋を伸ばし、できるだけ失礼のないように答えた。
「レン・サトウです。よろしくお願いします、ガンスさん」
その瞬間、ガンスが目を大きく見開いた。
しまった! 何か失礼なことを言ってしまったか?そう思った次の瞬間。
「ガハハハハハ!!!」
爆音のような大笑いが食堂に響き渡った。
「ガンスさんか! わしのことを様付けしないのは、ゲンシとお主だけじゃよ!」
ガンスは腹を抱えながら大声で笑っている。俺は頭の中が真っ白になり、慌てて頭を下げた。
「す、すみません!!」
しかし、ガンスは俺の肩をバシッと叩き、豪快に笑う。
「気にするな、少年。わしのことは好きに呼んでくれ」
やらかしたかと思ったが、なぜか気に入られてしまったらしい。
ゲンシさんは苦笑しながら「こいつ、変なところで気に入られるんだよな」と呟いた。笑いが落ち着いたところで、ガンスの顔が真剣なものに戻る。
「では、本題だ」
俺は思わず姿勢を正す。
「わしは、ジャイアントラークを倒そうと思う」
ゲンシさんが目を細めた。
「…ついにやるのか」
「うむ」
俺は、ジャイアントラークという名前を聞いたことがなかったので、思わず口を挟んだ。
「ジャイアントラークって何ですか?」
ゲンシさんが腕を組みながら説明してくれる。
「でかい四足歩行のモンスターだ。陸の王とも呼ばれてるが、四足歩行のモンスターの中で最強と言われてる」
最強。その言葉に、俺は背筋が凍るような感覚を覚えた。
「ジャイアントラークは普段は温厚だ。だがな、あいつを怒らすと生きて帰れるやつはいない」
そんな恐ろしいモンスターを相手にするのか…。だが、ガンスは涼しい顔で頷く。
「ま、わし一人でも倒せるがな」
その自信には、何の誇張もないように思えた。
「お前にも付き合ってもらうぞ」
「えっ!?」
俺は目を見開いた。
「俺も、戦うんですか?」
「いや、お主に戦えとは言わん。少年、お前はわしのお供と、飯を作ってくれ。それだけでいい」
「…飯?」
「そうじゃ。戦う前にしっかり腹を満たし、戦った後にはうまい飯を食う。それがわしの流儀じゃ」
確かに、戦士にとって食事は重要だ。それでも、俺が選ばれた理由がよく分からない。
「わしは、飯のうまい奴を連れて行く主義なんじゃ。それに、わしの孫弟子の作る飯となれば、尚更興味が湧くもんじゃ」
ガンスさんはニカッと笑いながら言った。その言葉に、俺は妙に納得してしまった。
飯作りか。俺にできることなら、やるしかない。俺はしっかりと頷いた。
「分かりました」
ガンスは満足そうに頷いた。
「では、五日後にまた会おう」
そう言って、ガンスは立ち上がる。
「いいか少年、飯の支度はしっかりしておけよ?」
「はい!」
ガンスさんは最後にゲンシさんと軽く言葉を交わし、食堂を後にした。
俺は、まだ心臓の鼓動が早いのを感じながら、伝説の戦士と仕事をするという実感をかみしめていた。
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その夜、俺はゲンシさんに呼ばれた。
「レン、ちょっと座れ」
普段は見せない真剣な顔をしている。俺も静かに腰を下ろした。
「気付いてると思うが、ガンスは俺の師匠だ」
ゲンシさんは、ゆっくりと言葉を選びながら話し始めた。
「俺に冒険者としての生き方を教えてくれた。戦い方だけじゃなく、どう生きるべきかをな」
その目は、どこか遠くを見ているようだった。
「…でもな、ああ言ってるが、今回の戦いは厳しい」
ゲンシさんの声がわずかに低くなる。
「さっきも言ったが、ジャイアントラークは陸の王って呼ばれてる化け物だ。今までに奴を倒した人間は一人もいない。そんで、ガンスももう年だ。もしかしたら…ガンスは死ぬかもしれない」
その言葉に、俺は息をのんだ。
「ガンスは、それを分かってて戦いに行く。俺には止めることはできねぇ」
ゲンシさんは俺をじっと見つめる。
「だから、見届けてくれ」
俺の胸が強く締めつけられる。
「お前がいれば、ガンスは永遠に戦士として語り継がれる」
ゲンシさんは深く息をつき、ゆっくりと頼んだ。
「レン。ガンスを…師匠を頼んだ」
俺は、無言で拳を握りしめた。
「…はい」
俺にできることは何か。答えはまだ出ていなかったが、俺はこの戦いを最後まで見届けると決めた。




