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ふぇんりる!  作者: 豊縁のアザラシ
209/212

EP-209 ダークホース

「第一回、「Lese(レーゼ)zeichen(ツァイヒェン)」早食い選手権スタートです。はい皆さん拍手」

「「わぁー!」」


 この日「Lese(レーゼ)zeichen(ツァイヒェン)」にて、イベントの主催であるママが開催を高らかに宣言した。

 一体何がどうしてこうなったのか。未だに詳細を分かっておらず、浴衣のような和風の制服だけ着させられた私を置き去りにして、今日という日を待ち望んでいたらしい集まったお客様が歓声を上げる。

 これはつまりあれか。外堀を埋められたというやつか。


 どうしてこのようなイベントを唐突に始めたのか。答えは単純で、私や愛音達がグランピングのため家を留守にしている間に暇を持て余したママが思い付きで企画したのである。

 そんな適当なやり方で上手くいくか甚だ疑問だけど結果は見ての通り大盛況。イベント実施の連絡も僅か数日しかないのにどうやって皆んな知ったのだろうか。


「おはよう言ノ葉さん」

「いらっしゃい槌野(つちの)君。小鹿(おじか)さん。外は暑かったでしょ。アイスコーヒーあるよ」

「ありがとう。でも私は槌野(こいつ)の付き添いで来ただけ。全くいい迷惑なんだから」

「だって参加費無料でかき氷が食べ放題なんだぞ。そんなのもう参加するしかないって」


 歓迎のウェルカムドリンクとして配っているアイスコーヒーを一回で飲み干した槌野君は今日のイベントへの意気込みを饒舌に語る。

 彼が言った通り、今回ママが企画したのはかき氷の早食い選手権だ。読んで字の如くかき氷を早く食べたヒトが勝ちというゲームである。


 たかがかき氷と侮るなかれ。提供するのはふぇんりるミルクアイスかき氷。初めは知り合いを相手に遊び半分で作っていたそれは、今や夏の売り上げにおいて獅子奮迅の活躍をみせる「Lese(レーゼ)zeichen(ツァイヒェン)」の名物になりつつある。

 因みに一応夏季限定と銘を打っているけれど、一部の常連さんは冬場でも温かい飲み物と一緒に注文するヒトもいる。そうまでして食べたいなんてよっぽどかき氷が好きなんだね。


 そんな人気のふぇんりるかき氷だけどミルクアイスを使うため、作るためには少し準備が必要なメニューだ。

 しかしこれは主催者であるママがしっかり用意している。今回のイベントで大勢のヒトが食べても在庫が無くなることはまずない。かき氷機も追加でレンタルしているため備えは万全だ。


「優勝賞品はこちらの枕です」

「なんだそれ?どこのメーカーだ?」

「手作りの非売品です。中身の素材は企業秘密ですが」

「えー、いくら何でもそんなよく分からないものは要らないよ」


「そういえば愛音。この前は毛繕いのお手伝いしてくれてありがとうね」

「あー、換毛期のときのこと?」

「そうそう。抜け毛も片付けてもらっちゃったし」

「良いよ良いよ。キニシナイデー」


「皆さん。是非とも優勝目指して頑張ってください」

「うぉーー!」


 何やら参加者の熱意が突然急上昇したご様子。心なしか部屋の気温が上がったような気がする。暑いのは苦手だからもう少し空調の設定温度を下げておこうっと。

 それにしても皆んなはそんなにかき氷が食べたいんだねぇ。心配しなくても今回提供するかき氷は大きいサイズだし、何ならアイスコーヒーも付いてくる。心置きなく食べたまえ。


「それではまずは子ども部門から。準備は良いかしら?」

「むんっ。見ていてねしおんねーね。ノアの有志(ゆーし)を」

「あれ、ノアちゃんいつの間に参加したの?」

「さっき!」


 まさかの挑戦者(チャレンジャー)が参戦したことに戦慄する私を他所に、乃亜(ノア)ちゃんは開始の合図と同時にふぇんりるかき氷を一心不乱に食べ始めた。

 ちなみに子どもの部で提供するふぇんりるかき氷は大盛りではなく通常サイズ。飲み物は甘くて美味しいカフェモカになっております。

 しかし突然参加するなんて。一体何が乃亜(ノア)ちゃんをそこまで突き動かすのか。何なら他の子達もいつもより表情が険しいような。いや、流石に気のせいだよね。


「やったー!」

「おめでとうノアちゃん」


 子どもの部は順調に進み、最終的には乃亜ちゃんが優勝賞品を包んだプレゼントを高らかに掲げる勇姿を写真に収めることとなった。その後もしばらく興奮冷めやらぬ彼女に尻尾を追われながら私は次の準備を進める。

 大人の部に出場するのは常連さんや食べ盛りの学生達。槌野君をはじめ見知ったヒトが勢揃いだ。


「続きましてエントリーナンバー3。桜里浜(おりはま)高校野球部の新たなエース、間蛸(まだこ)(すぐる)!今朝も過酷な朝練を終えてここへ来たとのこと。飢えた悪魔は一体どんなタイムを叩き出すのか!」

「なんか変な紹介が始まっている」

「くっ、とんでもない強敵がいたものだぜ」

「そういう槌野。お前だってこの炎天下の中で走り込んだんだろ。このイベントのために」

「まぁな。お互い正々堂々戦おうぜ」

「よいしょ、よいしょ。お待たせしましたー」

「「あ、どうも」」


 大人の部は参加者が多いため予選と決勝の2回行われる。十数人でまとめて行う予選で勝ち抜いたヒト達が決勝で1位を決めるのだ。

 つまり勝ち抜いたヒト達はふぇんりるかき氷を2回も食べることになるわけだけど。大丈夫かな。お腹が痛くなったりしないといいんだけど。

 それにしても皆んな美味しそうにかき氷を食べている。良いなぁ。私はいきなり手伝わされたからまだちゃんとご飯を食べてないんだよね。お腹空いたなぁ。


「うはは、頑張っているねぇ。男子共」

「あ、音々(ねおん)さんも来ていたんだね。いらっしゃいませ」

「ノンノン。私のことはネネちゃんと呼んで。私も朝練終わりに寄ってみたんだけど、流石に男子達には勝てる気がしないからね。普通にご飯を食べに来たのさ」

「私と一緒だね。そうだネネちゃん。一緒にキッシュ食べようよ」

「それは名案!やっぱりメグミっちは分かっているね」

「言ノ葉さん。キッシュを一皿とアイスコーヒーを2つお願い」

「あとふぇんりるミルクアイスかき氷の普通サイズ2つ追加で!」

「はーい。承りましたー」


 早食い大会の傍らでそれを観戦しているお客様から定期的に普通の注文。大変ではあるけれどお店の売り上げは良い調子だ。

 これもまたママの狙い通りというわけだ。イベントの準備もあるから提供できるのは作り置きができる食べ物しかないけれど、お客様の評判は中々に好評である。


「ぐあぁー、負けたー!」

「悪いな槌野。烏賊利(いかり)帆立(ほたて)も出場している以上、俺はここで負けるわけにはいかないんだ」

「そうか。悔しいが完敗だぜ。俺を倒したからには絶対に勝てよ、間蛸!」

「槌野、お前。あぁ、任せろ!」

「男子って本当におバカね」

「ねー」


 イベントは順調に進んでいよいよ最終決戦。激闘の予選を勝ち抜いた5人の戦士がいま、同じ卓上に並ぶ。

 勝ち残ったのは間蛸君と烏賊利君。後はお世話になっている常連さん達。女性の方もいる。

 尚、帆立君の姿は見えない。どうやら予選で負けたらしくて、今は槌野君と羨ましそうに乃亜ちゃんを見ている。

 そんなにあの得体が知れない枕が欲しいのか。普通に売っているやつの方が使いやすいと思うけどなぁ。


「そろそろ決勝戦が始まるわね。ところで詩音。あなたもずっと動きっぱなしで疲れたでしょう」

「わうー。お腹空いたよ」

「折角だからあなたも食べちゃいなさい。かき氷はまだ余っているし」

「琴姉ぇ良いの?やったぁ」


 念のためママに聞いてみると二つ返事で了承を頂きました。この際だから私も大盛りを食べてしまおう。


・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

「しー姉ぇはコーヒーよりアイスカフェモカの方が良いよね。はいどうぞ」

「ありがとー」


 かき氷早食い大会を勝ち進んだ彼らの隣に座る詩音。その前に置かれたのは自分達と同じサイズの大盛りふぇんりるかき氷。

 これを見てその意図を理解できない者はこの場にはいない。ただ1人、詩音本人を除いては。


「ちょっと待て。これってもしかして」

「「「ふっふっふっ」」」

「見ろあの愛音ちゃんの悪い顔!間違いない。これは確信犯だ。あの一家やりやがった!」


 ここに来てまさかの詩音参戦。それは即ち、予選を勝ち抜いた5人の中で誰よりも早く食べるのは勿論のこと。そのうえで詩音よりも早く食べなければ優勝の座は得られないということだ。


「いや落ち着け。相手はあの言ノ葉さんだ。別に大食いでもなければ早食いでもない」

「「「クックックッ」」」

「いやでも絶対に何か裏があるぞ」

「だとしてもここまできたらやるしかない。散っていったアイツらの為にもな」

「それでは始めましょう。3・2・1・スタート!」

「「うおぉー!」」


 合図と共に匙を振い、猛然とかき氷を食らう参加者達。対して詩音は「頂きます」と丁寧に手を合わせて自分のペースで食べ始める。

 その差は歴然。瞬く間にかき氷の量を減らしていく決勝戦進出者達。一方で詩音は頬に手を当てて頬を綻ばせ、上機嫌に尻尾を揺らすばかり。その愛らしさに見ている者の心を和ませることしかできていない。

 しかし当然ながらこのまま終わるはずがない。暗躍する彼女の母と姉妹の狙い通り、あどけない表情のふぇんりるかき氷が遂にその牙を見せたのだ。


「ぐあぁ!」

「くっ、頭がキーンとする!」


 順調に食べ進めていた彼らだが、突如耐え難い頭痛に襲われた。

 冷たいものを勢いよく食べると起こるそれは所謂アイスクリーム頭痛と呼ばれるもの。冷たさで喉や口の血管が急激に収縮、拡張することで三叉(さんさ)神経が刺激されることが原因といわれている。

 とはいえこの頭痛は数分間休むことで治まるうえに、ゆっくり食べたり上顎を舌で温めることで症状を予防、軽減することができる。

 しかしこれらの対症療法は早食い勝負というルールと相反する行為である。勝つためにはこの苦痛に耐えて誰よりもかき氷を食べきらなければならない。

 隣にいるライバルよりも早く。その執念で匙を動かす彼らだが、ここにきて更なる逆風が襲いかかる。


「さ、寒い。寒過ぎる」


 頭痛に加えて彼らを苦しめるのは背中に走る寒気だ。いくら真夏とはいえここは空調が良く効いた室内。更には既に予選でかき氷を食べているため、その体は冷え切っていたのである。

 一方で詩音はこれが最初の一皿目。明らかにフェアではないが、抗議したところで認められることはない。何故なら正義は主催者(彼女達)にあるのだから。

 せめて温かい飲み物を。そう思うが傍らにあるのはたっぷりの氷が入ったアイスコーヒーのみ。

 流石に頼めばお茶の用意はしてくれるはずだが店員はあの言ノ葉姉妹である。お湯を沸かすなり何なりと理由をつけて提供を遅らせてくるのは明白。これを待つのは致命的な遅れとなるだろう。


 勝ちたいのならばこの苦行に耐えてかき氷を食べるしかない。最早目の前にあるふぇんりるかき氷はかき氷に在らず。雪山に遭難した彼らが倒れるのを待つ野生の狼だ。


「もぐもぐ。んー、美味しい!もぐもぐ」


 そんな中、一切手を止める事なくふぇんりるかき氷を食べ続ける者が1人いた。そう、詩音である。

 詩音はその体質故に熱いものが苦手だが、逆に冷たいものにはめっぽう強い。現に序盤につけられていた差を取り返しても尚、その速度は全く落ちない。

 加えてさも当然のように冷たいカフェモカに口を付ける詩音。たったそれだけの行為が相手の戦意を根こそぎ抉り取っていく。


「ふー、ご馳走様でした」

「おーっと、ここで詩音が食べきった!勝者は詩音。詩音です!」

「わふ?」


 全ては初めから仕組まれていた悪魔の宴。騙した方が悪いのか、騙された方が悪いのか。いずれにせよ参加者達がその栄光を手にすることは叶わなかった。

愛「もしもし人形先輩。例のブツ。とんでもない好評ですよ」


人『愛音ちゃん。どうしよう私、とんでもないものを生み出してしまいました』


愛「ほほう。それはまたどんなものを?」


人『抱き枕です』


愛「先輩、それは不味いですよ。非常に不味い」


人『ちなみに実寸大です』


愛「何ということを。それが世に解き放たれたら血で血を洗う世界大戦の引き金に」


父「ならんならん」


母「それなら良介君に預かってもらう?」


父「仕方ない。粛清しよう」


琴「やめてやめて」

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