2-3
まだ薄暗い時間から準備を開始し、アカード達は明るくなり始めた早朝には屋敷から出発した。外は夏の盛りだが、夜を引きずり涼しく、動きやすい温度だった。
『アカード様、昨夜はお時間頂きありがとうございました』
ひび割れた石畳を歩きながら、アミリアがアカードに礼を述べる。
「ううん。観て回れた?」
『ええ、変わり果てていますが、どことなく面影を感じる場所もありました。…少しだけ気持ちの整理が出来た気がします』
「そっか、なら、良かった」
『ありがとうございます』
「うん。所で何処まで歩いたの?前来たときに、ミクズと劇場跡?なんか半円で屋根が着いてる所に泊まったりしたんだけど…」
『…劇場…ああ!!懐かしい。まだ残っているのですね』
思い出したこともあったようで、アミリアの表情が明るくなる。
「うん。そこから見る星空が綺麗だったよ」
『そうでしたか。私も好きな場所でした。当時はソイ国の建国物語等が演じられており、私もよく観に行っておりました』
「そうなんだ。やっぱり、劇場だったんだ」
『ええ。…ですが、今回はそこまでは参れませんでした』
「あ、やっぱり、遠かった?」
『いえ、行こうと思えば、この身体なら、軽く行ける距離だと思うのですが…どうやら、アカード様から一定程度の距離を離れることが出来ないようなのです』
「え?」
『…あら、なにやら面白い話ですわね』
先を歩いていたミクズも興味ありげに振り返る。
『はい。恐らく、二百メータル程でしょうか…そこから更に進もうとすると、意識が薄らいでいく感じがするのです』
「意識が…?」
『ええ…まるで、また、あの暗い世界に沈んでいくような感じがしました』
『……それはまた、難儀です、ね』
『…故に、危険かと判断し、あの屋敷より半径二百メータル程の距離しか歩き回っておりません』
「…そうなんだ。うーん、ミクズはそういうことある?」
『いえ、私は今まで、主様より離れて行動したことがありません故、その感覚を感じたことは御座いません。…ですが、今後も気を付けた方が良いかもしれませんね。仮に、アミリアの言う通り、自我を失い、あの暗闇の世界に沈んでしまうなら、それは災いを振りまくことに繋がりますわ』
「…困るね。それは」
『ええ…二度とあのような経験したくはありません』
『まあ、主様より離れなければ問題はありませんから、そのような事態は易々とは生じないと考えられますが…』
「うん。僕も気を付けるよ」
『私も警戒しておきます』
とりあえず三人でこれから注意することにし、今は先へと進むをことに決める。
『…この辺りがいい塩梅ですわね』
そして、しばらく進み、少し開けた二本の石柱が転がっている広場のような場所で、ミクズが立ち止まった。
「…」
その言葉を聞いて、アカードも周囲を警戒し始める。
『さて、アミリア。この辺りのゴブリンを集めますが、準備は良いですか?』
ミクズはアミリアへと確認を取る。
『…はい』
アミリアは自分の右手に魔素を集めると、一本の諸刃の剣のような形を作り出す。そして、それを軽く振り、構える。
『…いつでも構いません』
「…」
アカードもミクズへと頷く。
『では、始めましょうか…主様はアミリアに露払いを任せて頂けると、アミリアにとっても良い肩慣らしになるかと思いますわ』
ミクズは魔素で作った虹色の玉を広場の真ん中に放ち、アカードに伝える。
「…あ、そうだね。アミリアさん、お願い出来る?」
ガーディに直して貰った刀から手を放して、アミリアへと道を譲る。
『御意』
広場に虹色の魔素が拡がっていく。しばらくすると周囲から荒い息遣いや、刺すような鋭い視線を感じ始める。
「…二十体くらい?」
『惜しいですわ。六十体程集まっておりますわ』
「…ちょっと、恥ずかしい」
自信あり気に言ってしまったため、恥ずかしがっているアカードをミクズが愛おしそうに見つめる。
『…え、えっと、では、行って参ります』
なんとも締まらない雰囲気の中、アミリアがゆっくりと歩いていく。
『いってらっしゃいませ。お手並み拝見ですわ』
さして心配した様子もなく、ミクズはアミリアを送り出す。
アミリアも迷うことなくスタスタと進んでいき、丁度、広場の真ん中に辿り着いたところで立ち止まり、だらりと両手の力を抜く。
『…じらされるのは嫌いなんだ。さっさとかかってこい』
≪げえええええええあああああああああああ≫
アミリアの一言により、堰を斬ったようにアミリアへとゴブリンの大群が押し寄せていく。錆びたナイフや木の枝、中には素手で立ち向かっている個体もいるようだ。
『ふむ。ずいぶんとなめられているな』
一振り。虹色の軌跡を残して、諸刃の刃が振るわれる。
≪げっは≫
たったの一振り、それだけで右側面にいたゴブリンの集団が吹き飛ばされる。
『ほら、おかわりだ』
そう言って、左側面に迫って来ていたゴブリンの群れにも一振り。同じく、ゴブリンが肉塊となり、吹き飛んでいく。
『アミリア、しっかりと魔素も集めなさい』
ミクズがアミリアに声を掛ける。
『承知』
虹色の粒子を全身で吸い込みながら、歩を進めていくアミリア。果敢にも飛び込んでいくゴブリンが真一文字に、袈裟に逆袈裟に、回り込んでの唐竹割りに、次々と切り刻まれていく。その 勢いは留まることを知らず、むしろ斬れば斬るほど加速していく。
『…スー…」
周囲のゴブリンを切り飛ばし続けていくと、一点、ポカリと開けた場所が出来た。その中心で剣を肩に担いで腰を落とすアミリア。
『…ずいぶん、昂ってますわね』
ミクズはそう呟き、アカードを抱き寄せる。
「え?み、ミクズ?」
≪ゲガああああああああ≫
一拍の空白を挟み、再びアミリアへ同心円上にゴブリンが津波のように迫っていく。
アミリアの肩に担がれていた虹色の剣は眩しく輝き始める。
『…滅びろ』
円を描くような大振りの一閃。
アミリアを中心に黒い衝撃波が拡がっていく。それは、周囲にいたゴブリンをバラバラにしながら、アカードの目前に迫ってきた。
「う、うわ!」
『危ないですわ』
ミクズが片手をかざすと、衝撃波はアカードとミクズを避けるようにして、過ぎていった。
恐る恐る、アカードが目を開くと、周囲は瓦礫も死体も吹き飛んでおり、荒涼と開かれていた。そして、その中心にアミリアが立っており、恍惚とした表情で、周囲から魔素を吸い上げていた。
アミリアは一息つくと、ミクズに抱き締められているアカードに気付く。そして、自分の一撃がアカードやミクズにも届いたことを悟り、赤から青に、文字通り血相を変えて走り寄ってくる。
『も、もう、申し訳ありませんでした!!!』
滑り込むように、座り込み、片膝を立てる体勢で、頭を下げるアミリア。
「う、うん。だ、大丈夫だよ」
まだ、ドキドキとなっている心臓を押さえつけるようにアカードが声をかける。
『全く、久々に動けて嬉しいのはわかりますが、少しは周囲を見なさい。あの小娘といい、ヴァンヘルムの血はすぐ我を忘れるのですか?』
ミクズがアカードの髪を撫でながら、アミリアを軽く叱責する。
『か、返す言葉がありません』
「…でも、ミクズも結構派手に暴れ」
アカードはミクズの暴れっぷりを思い出して、ミクズがに突っ込むも、言いきる前にミクズに口を塞がれる。
『…み、ミクズ様?』
ふがふが言っているアカードを抑え込むミクズ。
『…とにかく、少し気を付けてください』
『承知しました』
頭を下げながら、アミリアは二人に見せないように、少し、微笑んでいた。
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その後も、アミリアやミクズは、アカードも巻き込みながら王宮の周囲のゴブリンをあらかた片付ける勢いで殲滅し、魔素を蓄えっていった。
『…どうやら、もうゴブリンの群れはあらかた片付いてしまったようですわ』
「…ずいぶんと倒したしね。流石に、百体を斬った辺りから、数えるのを止めたよ…」
疲れた表情でアカードが呟く。
『お二方ありがとうございます。かなりの魔素を蓄えることが出来たと思います』
アミリアが艶々とした表情で礼を述べる。
『いえ、私も蓄えられましたし、主様も実地訓練が出来ましたし、良かったですわ』
「…うん。疲れたし、お腹空いたけどね…」
夕焼けで赤く照らされた空を眺めるアカード。
『確かに、良い時間になってきましたわね。そろそろ夕食の準備と致しましょう。それで主様、屋敷に戻りますか?それとも、折角ですし、野宿に致しますか?』
「うーん…」
ちらりとアミリアを見るアカード。
「…野宿にしよう」
『承知ですわ』
『御意』
「…それで、ミクズ、野宿だし、あそこに行って欲しいんだけど」
『…ええ。委細、承知致しました』
ミクズはアカードの意図する所を察して、微笑むと、美しい大狐に姿を変える。そして、アミリアはコン石となり、アカードがポケットに仕舞った。
そして、燃えるように赤い空へとミクズは駆けだした。
=== ===
暫くすると、ミクズはある場所へと降り立った。
「ありがとう、ミクズ。アミリアさんももう良いよ」
アカードに言われて、アミリアが実体化する。
『…ここは…』
「うん。この街で僕が一番好きな所」
アカードがミクズに依頼した所は、半円形の屋根で覆われた一段高くなっている舞台であり、以前、ミクズと野宿した場所であり、かつては演壇としてアミリアが好きだった場所として語っていた場所であった。
『…懐かしい…』
アミリアは夕日に照らされているボロボロとすり減っている演壇を愛おしそうに手で撫でる。
『さて、準備をしますわ。アミリアも手伝ってください』
先に舞台に上がったミクズがアカードに手を貸して舞台へと上げている。
「アミリアさんも」
そして、アカードがアミリアへ手を伸ばす。
『…御意』
アミリアもアカードの手を握り、舞台へと上がった。
そこから、アカードは火の準備をし、ミクズとアミリアは何かごそごそと相談しながら夕食の準備をしていく。
今日の戦闘の話や、かつてのソイ国の話、ミクズがやらかした事、アミリアがやらかしたこと、アカードが今までやらかして来た失敗談等で盛り上がりながら食べる夕食はやはり美味しく、温かかった。
「それじゃあ、明日からだけど…」
夕食が終わり、寝る準備もある程度終わった所で、アカードが明日のことを相談し始める。
『ええ。中心にある王宮に向っても問題ないかと思いますわ』
『はい。私も、準備が整いました』
「分かった。それじゃあ、明日は王宮に向おう」
明日からの方向性が決まった頃にはすっかり夜も深まっていた。
アカードはお湯を飲み、寝る支度を始める。そして、毛布にくるまろうとした時に、ミクズがアカードの毛布の中に滑り込んできた。
「…み、ミクズさん」
『こちらの方が、温かいのですので』
「…確かに、そうかも、だけど」
合理的な理由を言われ、アカードは口ごもる。
『アミリアも、どうですか?温かいですよ?』
ミクズがアミリアを誘う。
『…い、いえ、あの、私は、えっと、そ、そうだ!!アカード様、また二百メータル程ですが、周囲を見て回って参ります。どうぞ、先にお休みください』
少し赤くなった顔を隠すように、慌てて、アミリアは駆けだしていく。
『ずいぶんと、彼女も初心ですわね。ただの添い寝だと言うのに…』
ミクズがアミリアの背中を見送りながら呟く。
「いや、普通だと思うよ」
アカードの返答を聞くと、ミクズはアカードの顔を、その豊かな胸に埋めて、反論を封じる。
「ん!んんんー」
アカードが何か言っているが、ミクズは気にせず「おやすみなさいませ」とだけ言って、アカードを抱きしめるのであった。
そうして、夜は優しく、三人を包み込んで行った。




