2-2.出発
カーディから鍵を受け取り、治療院の一階ロビーに降りてくると、何か騒がしいことに気付く。
「だから、院長は誰だって聞いてんですよ」
赤い髪のスラリとした女性が、受付の女性に迫っていた。
「ですから、何度も申した通り、院長様の所在は不明なのです。誰なのか、何処にいるのか、私は元より、各部長ですら存じ上げていないのです」
受付の女性も負けじと言い返している。
「そんなことある?天下のモトアザ中央治療院のトップが、正体不明って何の冗談?…こちとら、アレクシア王国特殊事態対策課として、協力要請書類も有るんだよ?」
「そうは言いましても、分からないものは分からないですし、案内出来ないものは出来ないのです」
ピシャリと受付の女性が言い切る。
「…埒があかないね…」
タバコを胸ポケットから取り出す女性。
「…院内は禁煙です。喫煙は外でお願いいたします。また、他の患者様のためにも、これ以上叫ばれますなら、警備を呼ばせて頂きます」
睨み合う両者。周囲にもピリピリした雰囲気が漂い始める。
「…ハハッ」
突然、赤髪の女性は笑い、グシャとタバコを握りしめて、無造作にポケットにしまう。
「…いいね、あんた。どうだい、仕事が終わったら一杯?」
「…お断りいたします。ご用件を」
少しも動揺を見せず、受付の女性が問う。
「…はー、つれないねぇ、分かったよ。もう院長とかは言わないので、最近同じような症状で担ぎ込まれる患者について、詳しい人、話せるかい?」
「はい。そういうことでしたら、少々お待ちください」
瞬時に営業スマイルを浮かべ、受付の女性が何処かに連絡をとり始めた。
(『中々の見物でしたわね。さて、主様、参りましょう』)
(「う、うん」)
ミクズに声をかけられ、アカードは治療院を後にした。
その後、暫く街でダンジョン滞在用の食糧等を買い出して、レイやレミィに挨拶してから、第二層のアカードの家に戻って来た。
あの事件以降、レイやレミィ、そしてカーディは部屋が余っているから屋敷に一緒に住んではどうかと提案をしてきていたが、アカードは祖母との思い出が詰まったこの家に愛着もあり、やんわりと断り続けていた。
「なんだかんだで、この家が落ち着くんだよね」
『私は主様と一緒ならば、荒野でも、砂漠でも、都ですわ』
室内で実体化したミクズがボロボロとささくれ立っている壁を撫でる。
『…』
アミリアも実体化したが、表情は硬い。
「…うん。あのフカフカのベッドは慣れなくて、ね」
そう言って、狭い室内を見渡す。そして、カーディから貰った服から、黒装束に着替える。外は日暮れで、薄暗くなってきていた。ミクズに乗って、ダンジョン〔沈んだ都〕まで移動するため、人目につきにくく、黒装束が良く馴染む夕暮れに出発する予定であった。
「よし、行こうか」
フードも被り、マスクも着用し、少々の荷物を持って、アカードは扉を開ける。
『承知ですわ』
『…御意』
ミクズは金色の大狐に代わり、アミリアは一礼すると、コン石に変わり、アカードのポケットに収まった。
『まだ、夜は明けておりませんわ』
ミクズはアカードに軽く告げる。
「…うん」
アカードは軽く頷くと、ミクズの背に乗った。
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ミクズは順調に夜を駆け抜け、数時間もしない内に、ダンジョン内に存在するボロボロの木製の扉の前に辿り着いた。
夜は深まっており、周囲は真っ暗であり、ミクズが狐火を灯す。
「ありがとう…よし、開いたよ」
開錠音が響くと、目の前が開けて、大きな屋敷へと続く綺麗な石畳が現れる。
『…ここは…』
実体化したアミリアが屋敷を見て、固まる。
「…カーディさんから、レイさんやレミィさん達が隠れていた場所って聞いてるよ。だから、アミリアさんにとっても懐かしい場所だよね?」
『…左様です。我が一族の隠れ家として所有しておりました屋敷です。…残っていたのですね』
少し、懐かしそうな表情をした後に、閉じ行く門の外の廃墟を眺める。
『…儚いものですね』
そして、ポツリと一言述べる。
『…盛者必衰ですわ。…さて、アミリアも食事の準備を手伝ってください。主様は今の内に入浴でもしてきてください』
「え?僕も手伝うよ?」
『あら?主様は私達と一緒に入浴されたいのですか?でしたら、すぐにでもお風呂へ参りましょう』
アカードを抱きしめ、引きずり出すミクズ。
「ち、ちがう!違うよ!!先に行ってくるから!」
慌ててアカードはミクズの腕を振りほどき、屋敷の中へと走り去って行った。
『…さて、女同士、ようやく二人っきりでお話出来ますわね』
アカードの背中を見送って、ミクズが呟く。
『ミクズ様…』
『少し、貴方には主様の生い立ちを伝えておかないといけませんからね』
『生い立ち…?』
ミクズはアミリアに先立って屋敷の扉を開けて進んで行く。
『ええ、私も全て知っている訳ではありません。ですが、モトアザに来てからのことなら、まぁ、ある程度は推測も交えますが、知っているつもりです。そして、それはアミリア、貴方にも関係があることです』
後ろから着いてくるアミリアに振り向かずに、ミクズはキッチンへと進んで行く。
『…それは、覚悟して聞かなければいけないことですね…』
自嘲気味に笑いながら、アミリアは拳を強く握る。
『…料理でも作りながら、お話しますわ』
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風呂から上がったアカードは食堂へと向かっていた。
既に途中の廊下か味覚をくすぐる良い匂いが漂ってきており、アカードは腹鳴のするお腹をさする。
「良い匂いだね…ってすごい!!」
食堂のテーブルには、瑞々しいサラダや、程よく焼かれたステーキ、柔らかそうなパン、そして、暖かそうなスープが並んでいる。
『さて、主様。食事にしましょう』
『…』
ミクズが椅子に座り、アカードも座る。だが、アミリアは立ったまま、背筋を伸ばしている。
「どうしたの?アミリアさん?」
『…いえ、アカード様とご一緒の席に着くのは恐れ多き事でございます。お二人の食事が終わった後に、頂きます』
「うーん。出来れば一緒に食べたいんだけど、ダメかな?」
『で、ですが、もし、不測の事態が起きたら…』
上目遣いに頼んでくるアカードに、アミリアは心が揺らぐ。
『不測の事態が起きるとでも?』
そして、ミクズから凄まじい圧を感じて、アミリアは渋々と席に着く。
「ありがとう。じゃあ、いただきます」
そこから、アミリアのギクシャクも続いたが、三人は他愛もない話をしながら、暖かい食事を残さずに平らげた。
「…さて、それじゃあ明日からなんだけど」
三人で食器を片付けて、デザートを食べた所で、アカードがこれからの予定について切り出す。
アカードは明日から、ミクズ、アミリアの魔素補給がてらに周囲を探索し、メインダンジョンである宮殿に向かう計画を二人に伝える。
「…と思ってるんだけど、どうかな?」
『異論ありませんわ。今の私達なら、そのまま迷宮に挑んでも問題はないかと思いますが、念には念を、備えあれば憂い無しですわ』
『…私も異存ありません。正直、この状態になって、ここまではっきりとした意思をもって戦うのは初めてですので、直接挑むより、肩慣らしをしていただけるなら、ありがたいです』
アミリアも同意し、明日からの方向性が決まった。
「うん。ミクズの時もそう言って全然問題なかったから大丈夫だと思うけど、念には念を、だね」
明日からの指針も定まった所で、ミクズは温泉に向かう。アミリアは「少し、街を観たいです」と話し、アカードから屋敷の鍵を受け取り外出した。
皆思い思いの過ごし方で明日への準備を整えていく中、アカードはある部屋へと向かって、暗くなった屋敷を歩いていた。
「ふー、こんなにしっかりここの本を観たのは始めてだな…」
魔石を使ったランプを片手に、何かダンジョンの攻略に役立つヒントがないかと、アカードは一階の図書室に足を運んでいた。
「…礼儀作法、剣術指南書、料理本、薬草学の本…ソイ国の歴史…これかな?」
数多ある本の背表紙を撫でながら、見て回り、それらしき本を見つけて取り出す。それほど厚くはないが、翼を広げたドラゴンと剣の絵が描かれた立派な表紙がついており、しっかりと重さを感じる本を机に持っていくと、ペラペラとめくり始める。
部屋には、ランプに照らされ、椅子に座っているアカードの影がユラユラと揺れ始める。
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…ソイ国。その起源は遥か西方の国、獣人族の国のさらに西にある大樹を奉る国にある。その国は人間よりもエルフ族や吸血鬼、ワーウルフ等の亜人が多く住んでおり、その内の一つが海を渡り、大陸ユアの西岸に建国したのが、このソイ国である。そのため、ソイ国は始祖であるソイ家を王家に据えて、亜人、獣人、人族の区別なく、混合国家として成り立ってきた…
…また、大樹を守る国から出国する際に、黒翼のドラゴンがソイ家に加護を与えたという伝説から、王家の家紋にはドラゴンが描かれている…
…ソイ国の黎明期、ソイ家を守護し、多くの武功を立てた者がおり、その者に一本の剣と、土地等の褒章や家名を与えたという歴史から、騎士が武功を立てると王家が褒賞を出すという制度が続いている。そのため、家紋にはドラゴンと共に、騎士の剣が描かれるようになった。
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「…長い、な」
パタンと本を閉じて、目をこするアカード。
『こちらにいましたか』
ミクズが図書室の扉を開けて中に入ってくる。
『何か、収穫はありましたか?』
「うーん。ダンジョンの情報が少しでも手に入るかなって思ったんだけど、ソイ国の歴史が少し分かったぐらいだったよ」
『左様ですか。ですが、並大抵のトラップやモンスターは、私やアミリアが居れば問題ないと思いますよ』
そう言って、ミクズは胸を張る。
「そうかもしれないけど」
『念には念を入れて、ですか?』
ミクズがアカードの言葉を先んじる。
「…うん。そういうこと」
『ええ、良い心構えですわ』
食堂での会話を思い出して、アカードは外出しているアミリアの顔が浮かぶ。
「アミリアさん…今の状況はやっぱり望んでいなかったのかな…」
『…分かりません。ですが、自分が壊してきたもの、守れなかったもの、変わったもの、そして新たに守るもの、複雑に絡まった糸の様に、まだ整理が付いていないことは確かだと思いますわ』
「…うん。こういう時、僕はどうするのが良いんだろう?」
『…それも、答えを持ち合わせておりませんわ。…ですが、私は主様と話す時間や、笑い合う時間、そして食事を共にする時間、そんな、なんて事の無い日常によって、主様のことがどんどん好きになっていきましたわ』
「…ありがとう」
照れて、ハニカミながらアカードは礼を述べる。
『…変わらないモノは変わるということのみ、ですわ』
敢えてアカードが何をすべきかまで言及せず、ミクズはアカードの髪を撫でる。
「…うん。明日からも普通に接していくよ」
『ええ。そのために、今日はもう休みましょう』
「そうだね。だいぶ眠くなってきたよ」
大きく欠伸をして、アカードは席を立つ。
そして、ミクズと共に以前滞在した時と同じ寝室へと向かい、図書室から出ていった。テーブルには、黒翼のドラゴンと剣が描かれた表紙が、月明かりに照らされていた。




