1-31.要望
「…失礼します。お目覚めですか?」
「…はい、ここまで運び込んでくださり、ありがとうございます」
ゆっくりと近付いたカーディがベッドサイドで姿勢を正し、アカードも座りながらも背を伸ばす。
「ははは、屋敷に戻ってきたら、ボロボロのアカード様が倒れ込んでいらっしゃるので…本当に、驚きました」
「驚かせて、ごめんなさい」
「いえいえ、お気になさらず。…どうやら課題もクリアされたようですね」
「はい、なんとか」
「改めて、おめでとうございます。そして、全て、お知りになられたのですね」
「…はい。手紙は読ませてもらいました。…でも、今、カーディさんが無事にいるということは、もう、終わったってことですよね?もう、カーディさん達は自由なんですよね?」
「…変わらず、お優しい方ですね。順にお答えします。まずは、おっしゃる通り、コン石の脅威は無くなりました。街の様子はどこまでご存じですか?」
「えっと、たどり着いたのが昨日の夜で、すごい爆音とかを聞きましたけど、よくは分からないです」
「そうでしたか…、昨夜、モトアザの多くを巻き込みながら、コン石は消滅致しました。我々自身も、未だに信じられませんがね」
「そうだったんですね。…終わったんですね」
「ええ、ですが、我々だけでは、不可能でした」
そう言って、カーディはじっとアカードの目を見る。
「…アカード様ですか?」
『ダメですよ!主様、絶対に認めたらダメですよ!』
『…おおお、なんだこの感覚は…。アカード殿、私も、そう思うぞ、認めたらマズイ』
アカードの脳内にコン石組からの喜色が滲んだ警告が鳴り響く。
対してアカード自身は、いつか自身のスキルを話そうとした時と同じように、首が締められ始め、切実に危機感を覚える。
「??えっと、はい。アカードですけど…」
『素晴らしいとボケっぷりですわ!』
『これは、癖になるな…』
「…失礼しました。あまりにも立派になられていたので、つい、確認してしまいました」
「て、照れますね。ありがとうございます」
「ハハハ。ご謙遜を。…さて、話がズレましたが、コン石の脅威が無くなった今、我々は自由になったか、ですが、ある意味ではそうかもしれません」
「…?というと?」
「コン石、いや、アミリアを封じるという使命に我々は縛られていましたが、それ故に我々でもあれたのです。その縛りが無くなった今、ここにいるのは、何も償わずにいる、ただの罪人です」
そう言って、カーディは深々と頭を下げる。
「か、カーディさん、そんな頭を上げて下さい!」
「いえ…アカード様、我々は許されぬことをしてきたのです。アカード様のおばあ様、そして、それ以外にも沢山の方の命を奪ってきてしまいました」
『…』
アミリアも先ほどまでの余裕はなく、コン石自体が、重く、沈み込み始める。
「…皆が見ていた悪夢が終わった、それで良いんじゃないですか?」
「…ありがとうございます。ですが、そういう訳にもいきません。悪夢なら醒めれば日常が始まりますが、我々は数えきれないほどの方々を、悪夢の中に閉じ込めてしまったのです」
カーディがそっと銀色の担当を取り出す。
(この流れは、まさか…)
「ご存知の通り、我々は吸血鬼であります。この身体は、普通の斬る、突くでは死にません。ですが、この銀の短刀で心臓を突かれれば、殺すことが可能です。だから、どうか」
そして、アカードに担当の柄を向ける。
『血を感じますわね』
『…元凶たる私が言えることではないが、これしか思いつかなんだ。ことの責任を取る方法が』
「…」
とりあえず、奪い取る意味から、アカードはそっと短刀を受け取る。
『…また、面倒な。忘れて生きれば良いものを…主様、ここは一つ、無理難題を突き付けては如何ですか?このままだと、主様が始末せずとも、こやつら、抜け殻になりますわ』
(?どういうこと?ミクズ)
『その執事の言った通り、積年の悩みが解決された、ですが、時間が掛かりすぎましたわ。もはや、こやつらは今の状態であり続ける意味を失いました。だから、意味を与えない限り、責任とやらで自らを終わらせることしか考えなくなりますわ』
(…意味を与える…)
『…私からも、頼む。巻き込んでしまったのは私だ。罰ならどんなことでも、私は、受け入れる。代償が必要なら私が払う。だから、どうか、カーディやレイ、レミィを助けてやってくれないだろうか…』
石の状態のはずなのに、アカードの脳内には土下座しているアミリアの姿が浮かぶ。
(…うーん、でも、どんな…?)
『富でも、名声でも、大きいことを言えば良いのではないですか?主様を満足させられることであれば…あ、肉欲を満たしたいのであれば、私にぶつけて下さいませ』
(に、肉欲って、うん?ちょ、ちょっと待って…要は僕が満足したって、そう、許さなければ良いんだよね?)
『ええ、恐らく』
脳内に、興味を無くしたミクズが、狐の姿になって飛び回っている姿が思い浮かぶ。これはダメだとアミリアに確認を取る。
(…アミリアさん、もし、出された課題に対して、成果が十分だと認められなければ、それは課題に応えていない…そう受け取りますか?)
『…自分でいうのもアレだが、我らは自他の評価に対して厳しいからな。相違ない』
「…申し訳ありません。アカード様に重荷を背負わさてしまいそうですね…」
アカードが躊躇っていると解釈したカーディが短刀を取ろうと手を伸ばす。
「…プリン」
「?い、今なんと?」
「…美味しいプリン。レイさんやレミィさんが怒るぐらいに卵をふんだんに使って、これでもかってぐらい甘いプリンを。僕が認めるような美味しいプリンを作ってくれない限り、許しません」
カーディの書いた日記に書いてあったプリン。それが頭に浮かんだのだ。
「…そ、そんなものを?」
「それが食べたいんです。それとも、カーディさんは許されるつもりが無いからって、償いもしないんですか?」
無意識に釘を刺す。
「…め、滅相もありません」
「僕は、そう簡単には認めませんからね。ひょっとした一生認めないかもしれません」
「そ、それは…なんとも、困り、ますなぁ」
カーディは泣きそうに歪んだ顔を見せぬように、再び深く頭を下げた。
===
「…あちらでお嬢様達…いや、レイやレミィがお待ちです。…どうか、よろしくお願いいたします」
カーディはアカードをある部屋の前に案内した。
「はい。ありがとうございます」
(…なんか、気が重いな…)
この後の展開を想像し、少し重くなった右腕を上げて、アカードはドアをノックする。
「…失礼します」
扉を開けて中に入ると、胸元が露になっている露出の多いドレスを身に纏ったレイとレミィが、入り口付近で立って待っていた。
「え、ええと」
アカードは二人の姿を見て、今までの流れから、そっと扉を閉めようとした。
「どうぞお入りください」
だが、そうはさせじと、レミィがアカードの腕を取り、自分の胸を押し付けるように密着する。
「え、えっと、レ、レミィさん?」
「こっちに」
振りほどこうとするアカードの残りの腕をレイが握り、同じように自分の胸を押し付けるように密着する。
『はて、主様、両腕にゴミが付いてますわ。今、灰塵に帰しますわ』
(み、ミクズ、落ち着いて)
『…こんな謝り方を覚えたのか…』
(アミリアさんは、感動しないで…!)
「どうぞ、座ってください」
アカードは、ずるずると引きずられ、部屋の真ん中にあるフカフカした椅子に有無を言わさず座らされた。
部屋の床には金の糸で見事な刺繍がされている高級そうな絨毯が広がり、天井には爛々と輝く大きなシャンデリアがぶら下がっていた。
「…この部屋は…?」
「この部屋は、私達ヴァンヘルム家にとって特別な部屋なの」
レミィがアカードの手の上にそっと自身の手を重ねながら話す。
「主の間、っと私達は言ってて、その椅子は、当代のヴァンヘルム家の主のみが座ることを許されてきたんだ」
レイがいつもと違った艶のある声と、潤んだ瞳でアカードを見つめながら説明する。やはり、アカードの手に自分の手を重ねている。
「あ、主のみが座って良い椅子なんですか!?」
慌てて立とうとするアカードを、二人が抑え込む。
「聞いて。私達は呪いの中にいた。でも、だからといって許されぬことをしてきた…沢山の人達を殺めて、もはや償う術はない」
レイが自身の服をずらし始める。
「…だから、せめてアカード君には償わせて欲しいの」
レミィがレイと反対側からアカードの耳に囁く。
「え…か…」
アカードは何か言おうと口を開くが、上手く話せない。どこからか甘い匂いも漂ってきて、思考すら鈍くなっていく。その姿がレイとレミィの紅い瞳に映っている。
「好きにしていいんだよ。どんなことだって。首を絞めて抱き殺してくれたって良いよ。ただ、欲を発散するための道具として使って」
レイが脱ぎ。
「飽きたら、最後は、カーディにしたみたいに、終わらせて」
レミィも服を脱ぎ始める。
『悪気はないと思うんだ…だが、すまない。妹達は、どうやら、その、こ、興奮しすぎているのか、チャームを発動しているようだ…はしたなくて、すまない。本当にすまない』
『主様、そんなはしたないチャーム、早く破ってくださいませ!!もう堪忍袋の緒が切れそうですわ!!』
両サイドのポケットのコン石が脈打ち、アカードの手足に力が戻ってくる。
「…ふ、二人とも、ちょ、ちょっと待って…くだ、さい!そして、服を…着て!」
歯を食いしばり、レイとレミィを制止する。そして、立ち上がる。
「え、あれ?!」
チャームを破ったアカードにレイが驚愕する。
「…しぶといわね…」
レミィはぼそりと、何かを呟く。
アカードは椅子から降り、二人もそれにならい、高級そうな赤い絨毯の上に座る。
「なんで、こんなことを?」
「…カーディから、全部聞いたんでしょ?私達がしてきたこと」
「聞きました」
「なら、おばあ様の死因に関わっているのも知っているんでしょう?」
「…はい」
「だから、せめてアカード君には、償いたくて…ただ始末されるよりは、せっかくなら使い潰してもらってからの方が償いになるかなって」
「ちょっ、ちょっと待ってください」
「あら?不満??」
レミィが胸を持ち上げる。
「…ふ、不満とかではなく『不満ですわ!』…あ、いや、そもそも、カーディさんは死んでません」
「え?」
レイとレミィが驚いて顔を上げる。
「カーディさんには、今、プリンを作ってもらってます」
===
「すっごく美味しいわ!今までのプリンの中で一番よ。…でも、本当に良いの…アカード君?」
アカードはレイとレミィにカーディに突き付けた要望を説明し、三人はカーディが腕によりをかけたプリンを食べていた。
「これで、良いんです。カーディさん、本当においs…でも、まだまだなんだと、思います」
「…失礼しました。精進致します…お口直しに、コーヒーをご用意致します」
「…」
とてつもなくプリンは美味しいが、それ以上に空気が重い。
『…カーディは堅物だ。プリンという要望では、覚悟は打ち消せないだろう。レミィはまぁ切り替えられるだろうが、レイも根が真面目だからな。カーディにだけでなく、この三人に改めて、なにか依頼をした方が良い』
(依頼って、どんなものが良いんですか?)
『うーん…そこがな…』
アカードとアミリアにはこの場を乗り切る答えが出ない。
『…全く、本当に人間とは、面倒な生き物ですわ。主様、ここはシンプルにいってはいかがですか?』
「し、シンプルって?」
『主様が、この群れの主になり、生殺与奪の権利を握るのです』
(僕が主!?)
『ええ。それが一番納まりが良いですわ』
(そ、そんなこと…)
『いや、一理ある』
(あ、アミリアさん!?)
『無意識か意識的かは分からないが、主の間に呼び出した時点で、三人の気持ちは決まっていたのだろう』
(な、なんで…)
『正体は明かしていない。だが、恐らく、昨夜の戦いに、ある、お、お前が関わっているのを薄っすらと気付いている』
(だからって、なんで??)
『どんなに言葉で飾ろうとも、薄皮一枚剥がせば、人とて獣。自分より強いモノは理屈無しで認めてしまいますわ。それが宿願を叶えてくれた存在なら尚のこと』
(…主って何すれば?)
『…一つ、考えがある』




