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1-30.朝から始まる

 暖かい暗闇の中、頭の下に柔らかい感触を感じる。

 

 「…」

 ゆっくりと目を開くと、高い天井が映り、アカードの顔を覗き込むミクズの顔が見えた。そして、頭の下の感触と体勢から、アカードは、いつかのようにミクズに膝枕されていることを理解する。


 「…ミクズ??ここは」

 アカードはフカフカで太陽の匂いのするベッドに横になっており、部屋を見渡せば、床は高級そうな絨毯で覆われ、高級そうな家具が並べられていた。


 『執事たちの屋敷ですわ』


 「…実は、夢だった、とか?」


 『あらあら、ご冗談を』

 理解を超えた一晩の出来事を無かったことにしようとしたアカードに、ミクズが優しく、釘を刺す。


 「で、ですよね…、じゃあ、なんで、ここに?」


 『そうですわね、気を失われていましたので、どこから説明すればいいか…主様が消えた所から説明申し上げましょうか』


 「ええ!?消えてたの、僕?」


 『はい。分からなかったかもしれませんが、主様が崩れ落ちる化物に触れた途端、主様とあの化物は虹色の光に包まれて、(かすみ)のように、消えてしまいました…ですが、主様の気配は感じ取れていましたし、目に見えないだけで、すぐ傍にいることも分かっていました。この現象には心当たりもありましたので』


 「…やっぱり、あれ、ミクズの時と同じ、コン石の中だったの…?」

 

 『…ええ、今思い出しても美しい契りでしたわ……』

 四肢を切断されて、苦しんだ記憶に顔をしかめるアカードと、恍惚とした表情で思い出にふけるミクズ。


 『あら、失礼しました。恐らく、本来ならコン石の中に介入することは、招かれない限り無理なのだろうと思います。ですが、主様はそれが出来る。そして、その従者である私も、暫くしたら、あの黒く冷たい空間に介入出来ましたの』


 「…刀になったミクズが突然現れた、あの時か…」

 

 『その後は、主様もご存じの展開だと思いますわ。ただ、決着が付き、あの空間が崩壊した際、主様は気を失われておりました。なので、一番近くて、清潔で、とりあえず安全だろうこの屋敷の前まで、お運びしました』


 「そうだったのか…ありがとう」

 柔らかいミクズの膝枕に沈み込み、改めて昨夜の出来事を思い返す。レイ、レミィ、カーディは吸血鬼で、100歳以上年上で、モトアザを呪っていたコン石の正体はアミリアで、ミクズに殺されかけて、自身のスキルが深化して、ミクズに殺されかけて…

 じっと綺麗なミクズの顔を眺める。


 『?』


 「…色々ありすぎたけど、とりあえず、終わったんだね」

 言いたいことを全て丸のみにして納める。


 『ええ。一幕は』


 「それにしても、コン石の中って一体なんなんだろうね…」


 『…あれは、牢獄のようなものなのです』


 「え?」


 『主様に出会う前、私もずっとあの世界に囚われておりました。欠けた身の上、詳細までは思い出せませんが…あの暗さ、あの冷たさ、この魂に刻まれております』

 訥々(とつとつ)と、ミクズが言葉を(こぼ)していく。


 『あの空間では、自分が悔い残した記憶が延々と繰り返されるのです。…憎み、恨み、妬み、嫉み、そして、災う…ただただ過去を呪い続け、叫び、自分の魂も、世界も、何もかも壊していく。私も何度か化物だったのかもしれません』

 そこまで話して、ミクズは一息つく。そして、アカードの頬を優しく、愛おしそうに撫で始める。


 『…そんな中から、主様は私を救い出してくれたのです』

 大きな黒いカラスをとミクズと出会ったあの夜を思い出す。

 

 『…あの時の温もりが、どれほどの光であったか、いくら言葉を尽くしても御伝えすることは叶わないでしょう。…欠けていたためか、悔い残した記憶は思い出せません。ですが、主様に出逢って、私は、掬い(すくい)出されたのです。あの牢獄から』


 「そっか、僕の方こそ、出会えてよかったと思っているけどね」


 『ありがとうございます。でも、どうせなら、そこは〔だから、ミクズは僕のモノだから〕、ぐらい言って頂いても宜しかったですわ。あの女に使ったように』


 「そんな…うん?…あ、あの…おん、な?」

 嫌な汗が噴き出す。何か、重要なことを無意識的に触れないように避けている気がする。


 『ええ、私()は主様のモノで、主様にならどんなことをされても構いませんし、どんなこともして差し上げたいと心より思っております』


 「私、達?」

 

 『ええ、ええ、亡君の化物は討たれ、闇は散りました。そして、その魂は救われ、再び騎士となって、主様に忠誠を誓いました…主の前で、いつまで寝ているつもりですか?』

 ミクズが問いかけると、アカードのポケットから黒い綺麗な石が飛び出して、虹色の光を放ちながら人型に変わっていく。


 『……』

 目の前に片膝を立て、拳を床に着き、深々と頭を下げている、鎧を身に纏った一人の女性が顕現した。


 「…ア、ミリア…さん?」

 アカードに名前を呼ばれ、びくりと、白銀の髪を揺れる。


 『…好き勝手にやりおってからに…よもや、夢だったとは言わせんぞ…』

 姿勢と言動の温度差に風邪を引いてしまいそうである。


 「え、えっと…」

 

 『アミリア、少し落ち着きなさい。主様が困っているでしょう。とりあえず、顔を上げなさい。そして、もう少し楽になさい。主様もその方がやり易いですわ』

 

 「う、うん。そうしてくれると助かる、かな」

 ミクズが淡々と、要領よく場をまとめていく。

 

 『…』

 不満そうな顔をしながらも、ちょこんと、その場に正座するアミリア。身に着けている鎧に傷は無く、空いていた胸の大穴も塞がっていた。端正な顔立ちと銀色の髪の毛が合わさって、彫像のようにすら見える。ただ、その中で、眼だけが紅く燃えるように輝いていた。


 『さて、アミリア。あなたはどこまで覚えていますか?』


 『…昨夜のことは全て覚えている。それ以前の記録は…私が討たれた所までは、はっきり覚えている。その後の記憶は、終わらぬ悪夢を見ていたような、そんなうっすらしたものしかない…ただ、自分が犯してしまったことだけは、なんとなくだが、理解している』


 「犯したこと…」


 『この世界に対して影響を与えたこと、だ』


 『そうですか…』

 耳を立てながらミクズは、目を閉じている。


 『…沢山の人を殺めたと思う。レイやレミィ、カーディも苦しめ続けてきたのだと思う。…罪のない人を、守りたいと思っていた人を、苦しめ、奪い、壊してきたんだろう。だけど、私は、それを、楽しいとすら、思って…いた。そう感じるんだ…』

 押し黙るアミリア。ミクズは目を閉じたまま、何も言おうとしない。部屋の暗さが一層増した気がした。


 『…くどいかもしれないが、なぜ、助けた?…貴様に救われる、いや誰であろうとも、救いの手を差し伸べられる、そんな資格は、私には無い』

 腰に下げていた剣を抜き、自身に切っ先を向け、アカードに柄を向ける。


 『だから、頼む』

 真っすぐとアカードを見つめながら、アミリアは望む。自身の終わりを。

 アカードはアミリアを傷つけないように恐る恐る、その柄を取る。


 「…イヤだ」

 そして、剣を自分の後ろに隠した。


 『な!?』

 アミリアは驚いて目を丸くし、ミクズは笑っていた。アカードは、アミリアの求めていることを分からないほど子供ではなかった。だが、説き伏せられる程、素直に従ってやる程、大人でもなかった。


 『な、なぜだ!?』


 「イヤなものはイヤだ」


 『そ、そんな、子供のような』

 アカードの背後の剣を取ろうとするアミリア、取らせまいとベッドから降り立ち、間合いを取るアカード、お互いにがぐるぐると柔らかい絨毯の上で円を描く。


 『全く、無礼ですわ。主がイヤだというのに、無理強いするとは、何事ですか?』

 クスクスと静観していたミクズが、頃合いと見て、アミリアにピシャリと良い放つ。


 『だ、だが…、ミクズ殿』


 『ミクズで結構。アミリア、覚えているなら、昨夜、騎士として主様と共に生きていくと誓ったのはお忘れではないですよね?』


 『い、いや!あれは無理やり、身体が勝手に!!』


 『はて?本当に無理やりだったのですか?あの暗闇は、貴方の世界です。主様の強い意志があったとて、抵抗しようと思えば出来たはずです』


 「そ、そうなの?」


 『ええ、精神や心というものは、簡単に奪うことはできません。操作することは意外と簡単ですが…奪うことが出来るのは、考えることを放棄した時と、どろどろに溶かされる程、恋心に焼き尽くされた時ぐらいですわ。…アミリア、ひょっとして、主様に惚れたのですか?』


 『そ、そんな訳ないだろう!!』

 真っ赤になったアミリアが声を荒げる。


 『では、考えることを放棄した、その中で、主様の提案も”悪くない”と思ったのですわ。そうでなければ、何よりも大事にしていたその剣に、主様の血印を受け入れる訳ががありません』


 『…そ、それは…』


 『どちらにせよ、無理矢理ではありません。認めたくないのかもしれませんが、主様の手を取ったのは貴方自身です』 

 ミクズがアカードに視線を送る。


 「…はい」

 下を向いて考え込んでいるアミリアに、アカードが剣を差し出した。


 『…私は…』


 「…僕に仕えるとか、そんなことは思わなくて良いから、今は一緒に居よう」

 精一杯、アカードが考えた言葉を絞り出す。


 『…ぎょぃ…いや、分かった』

 アミリアは剣の柄を握り、腰の鞘に納める。相変わらず表情は曇ったままだが、とりあえずは落ち着いたようだ。


 『…さて、とりあえずは一段落した所で、主様、執事が来ます。この部屋に運び込んだのも、あの執事ですが、お会いするということでよろしいですか?』


 「うん。ちょっと緊張するけどね」

 

 『…流石ですわ。承知致しました。主様は屋敷の前で倒れていたという設定になっております』


 「わかった。能力のことや昨夜のことは言わないし、知らないってことで話すよ」

 二人は、二つのコン石となり、アカードは優しくポケットに入れた。

 

 コンコンコン


 扉から、聞きなれた、だけど懐かしい、ノックの音が聞こえた。


 「失礼いたします」

 そして、少し疲れた表情のカーディが入室してきた。

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