1-29.夜明けへ
目の前に、幼い男の子の姿が映る。生意気な顔、泣きべそをかいている顔、怒っている顔、そして、無邪気な笑顔。様々な少年の表情が浮かんでは消えていく。
その傍に、一人の女性が立っている。
白銀に輝く髪を持つその美しい女性は、時に戦い方を教える厳しい師として、時に弟とじゃれつく姉のような存在として、そして、王族を守る誇り高い騎士として、その少年に接していた。
(…この人達は…)
稽古で打ち負かされた少年が、悔しそうに「いつか超えてやる!!」と啖呵を切り、女性が微笑みながら「お待ちしております」と応える。その姿は、凛と輝き、誇りに満ちていた。
浮かんでいた映像が切り替わり、成長した少年が、装飾が為された剣で、右手の親指を軽く切っている。
「僕の騎士になって。アミリア」
「…この命に代えて、お仕え致します」
白銀の騎士、アミリアは剣を頭上へと掲げ、少年がその柄に自身の血を軽く押し付けた。
≪見るなあああああああああああああああ!!≫
暗転。ボロボロの鎧を身にまとったアミリアが斬りかかってくる。
「うわ!!」
アカードは、その一撃を転がって避けた。
そして、刀を、ミクズを探すが、見当たらない。それどころか、周囲には何もなくなっており、ただただ黒い空間が広がっていた。
≪貴様、なぜここに居る!!≫
折れた剣をアカードへと振り下ろしてくるアミリア。
「!」
≪!≫
再び映像が流れ込んでくる。馬に騎乗した騎士達が、全速で草原を駆けている。その中心には少年を後ろに載せたアミリアがいる。騎士達は皆、何処かしら怪我をしており、中には既に虫の息でありながら、気力だけで馬にしがみついている者もいる。
一行の前方に、橋が見えてくる。
「カンナ様!あの橋を渡れば、ゴアの国境まですぐです!!」
アミリアが叫び、後ろにいる少年に伝える。
「わかった!!」
気丈に返事をするも、アミリアの背を握る少年の両手は震えている。
数発の破裂音が響き、先陣を切り、橋の手前に辿り着いた騎士が崩れ落ちた。そして、土手から、魔銃を構えた伏兵が湧き出てきた。
「くそッ!」
騎士達が剣を抜き、捨て身の突撃を開始する。だが、伏兵は魔銃を連射し、先頭の騎士が次から次へと崩れ落ちて、絶命していく。
「…ッ!」
アミリアも被弾しつつも、手綱を決して離さず、猛進していく。
だが、馬が撃ち抜かれ、倒れ込み、橋の上にアミリアとカンナと呼ばれた少年が投げ出されてしまう。
≪やめろやめろやめろ!!!≫
再び、黒い空間にアカードとアミリアは戻ってくる。アミリアは血涙を流しながら、乱雑にアカードへ剣を振るう。
「…く、この」
先ほどより太刀筋が見切りやすくなり、アミリアの腹部へとアカードは蹴りを入れる。
≪…あ、ああ、貴様ぁ≫
アミリアの顔は血涙にまみれ、血だらけだった。
『――――さま…!ある…ま!!』
どこか遠くからミクズの声が聞こえる。気付けば、アカードの右手には、カーディから借りていた刀と同じぐらいの大きさになった、黒い刀が握られていた。
「ミクズ!?」
それは、ミクズが姿を変えた刀に違い無かった。
『ご無…―か!?』
刀の存在に気付いても、未だにミクズからの声は遠い。
≪ああああ、許さない!!許さない!!≫
アミリアが剣を振り回して迫ってくる。鬼気迫る血塗られた表情で、でたらめな太刀筋で。
アカードは一撃をいなそうと、刀で剣に触れる。
「ッ!」
周囲の場面がまた橋の上になる。馬から転げ落ちたアミリアは、もはや立ち上がれずにいた。だが、それでもカンナを、主を、自身の大切な存在を守るため、膝で立ち、真っすぐと剣の切っ先を、魔銃を構えた伏兵達へと向けている。
「…カンナ様!!走って!!」
背後にいる、泣きそうな顔をしたカンナに振り向きもせず、アミリアが叫ぶ。伏兵が逃がすまいと、邪魔になるアミリアへ一斉に発砲する。
アミリアは自身の身を盾に、一秒でも多く時間を稼ぐつもりであった。それが、騎士として、守る存在としての、せめてもの、そして最後の意地であった。
「―――――!」
魔銃の破裂音、チラつく閃光。視界に飛び込むナニカ。剣も折れ、鎧も砕けた。そして、視界が赤く染まる。
真っ赤な視界の中、倒れ込んでいくナニカを、アミリアは咄嗟に、必死に抱き留める。
「…あ、アミ、リア…」
そして、それが自分を庇うために飛び出したカンナであったことを認識する。
「カンナ様!!なぜ!!あああそんな!!!しっかり!!」
アミリアは折れた剣を捨て、カンナの傷口を塞ぐ。だが、塞いだ両手の隙間から血が流れ落ちていく。
「死んで、欲しくなかっ、た…」
息も絶え絶えに、カンナがアミリアの腕を握る。
「だめ、だめだめだめ!!カンナ!!しっかりして!!」
カンナの小さな手から力が抜けていく。
「……き…て…―――」
聞き取れない言葉を紡ぎ、カンナの瞳から光が消えた。
「ああああああああああああああああ!!!」
アミリアの慟哭が周囲を震わせる。
伏兵が、完全に戦意を喪失したアミリアへ近づくも、アミリアはカンナを抱きしめたまま動かない。長筒の魔銃の銃口が、アミリアの頭部に突きつけられる。
「……い」
「?」
アミリアから消え入りそうな声が聞こえ、伏兵が首を傾げる。
「…ゆるさ、ない、一人残らず」
アミリアの全身が強く脈打ち、流れ落ちるカンナの血を吸い上げ始める。
その異変に気付かぬまま、一笑に付した伏兵が、引き金を引いた。
一発の破裂音。
瞬く銃口の閃光の後に、アミリア、そしてカンナの亡骸は、伏兵の眼前から消えていた。
ぐらりと視界が傾いていく伏兵。そのまま視界が回転し、橋の木目が目に入る。他の伏兵の悲鳴や肉が潰れる音を聞が聞こえる。そして、消えゆく意識の中、自分の首が落とされたことを悟った。
「許せない…許せるものか…なにもかも…」
いつの間にか振り出した雨の中、血肉にまみれた橋の上に、アミリアが立っていた。そして、一つの雷鳴が響くと、アミリアは夜へと消えた。
暗転。鍔迫り合いをしたアカードとアミリア以外、色を失った黒い世界へと意識が戻ってくる。
「…あなたは…」
≪見るなあああああ!≫
アミリアがアカードを押し飛ばす。押し飛ばされたアカードは距離を取り、刀を構える。間合いを取りながら、二人は見つめ合う。
音も無い世界、無限とも思える沈黙が流れ、アカードが刀の切っ先をゆっくり下げていく。
「…守り、たかったんですね。…あなたも」
そして、代わりに言葉を紡ぐ。
≪!!!しゃべるな!!知るな!!!お前には何も分からない!!!≫
アカードの言葉に斬りつけられ、アミリアは顔を歪めて、剣を振りあげた。
『主様!!な…を!!』
抵抗しないアカードに、はっきりしてきたミクズの声が、慌てて問う。
「…その剣だけはそのままだった」
だが、アカードは刀を構えず、真っすぐとアミリアを見つめたまま、続ける。
≪黙れえええええええええ!!≫
踏み込んでくるアミリア。
「だって、それが、彼との繋がりだから」
その言葉に、アミリアの剣が止まる。
「…折れても、砕けても、それだけは変えられなかった」
《だま、だまれ!》
アカードの腹部をアミリアか蹴り込む。ダメージを負わない程度の勢いだったが、アカードはよろよろと下がる。
「…」
アカードの脳裏に、死んでいった父親や母親の背中がちらつき、アミリアに何かを伝えようと口を開くも、言葉にならない。
「…なら…」
言葉にならないなら、と、アカードは刀の切っ先を持ち上げ始める。そして、そのまま、屋敷で闘ったスケルトンがアカードに示したように、自身の全身全霊を駆ける合図として、相手を認めた証として、天へと構えた。
《あ、ああ、貴、様、その、構えは…》
アミリアはアカードの構えに動揺し、目を見開く。
「カンナ・ソイのために」
《な、なんだというのだ?貴様は!何故、貴様がカンナ様の名を語る!?!》
カンナの名前を出されてことにより、アミリアは更に動揺する。
「きっと、背中じゃ伝えられないから」
『主様って、たまに脳筋ですよね。でも、嫌いじゃないですわ』
《戯言を!……カンナ様の名を使った無礼、万死に値するぞ、小僧…申し開きがあるならば、このアミリア・ヴァンヘルムを倒して伝えてみせよ!》
アミリアも折れた剣を高々と天へと向ける。
≪参る!!≫
「!」
二人が踏み出したのはほぼ同時だったが、アミリアの鋭い踏み込みにアカードはついていけてない。
だが、折れた剣が届くほど、アカードも遅くは無かった。
「おおおお!!」
薄く身体を剣で切られながらも、アカードは踏み込み、その一閃はアミリアの鎧を削り肉を裂いた。
《!!貴様!!》
振り返ったアミリアの脳裏に、戦場で幼いアカードの庇って散っていく二人の男女の姿が浮かぶ。
≪!?≫
今度は、アカードの手を引き必死に走る祖母の後ろ姿が、浮かぶ。
≪な、なんだ?!≫
レイやカーディが、アカードを守るために、満身創痍で立ち塞がる姿が、浮かぶ。
≪…な…≫
流れ込む映像は、とれもが、自分の命を懸けてでも、恐怖を抑え込んででも、守り抜こうとする姿だった。
『強く、生きろ』
振り向かずに、幼いアカードを背中で見送る男の声が、響く。
『死んでほしくない』
カーディの声が。
『さよなら、愛しい人』
レミィの声が。
『帰ってこないと、魔石にしちゃうから』
レイの声が。
次々に、頭に響く。
≪な、なんだこれは…?何が言いたい?!≫
アミリアが、理解を拒むように叫ぶ。
「…あの時、カンナさんもあなたを守りたかった。例え、自分の命と引き換えにしてでも、『生きて』欲しかった」
≪…生き、て…≫
頭のどこかでは理解していた、だけど認められない真実。カンナの最後の願いは自分に生きていて欲しいということである、と。
≪そんなこと…許されるわけないではないか…≫
だが、守るべき存在を護りきれなかったアミリアは、その願いを、自分自身を許すことが出来なかった。
故に、彼女は死ぬために生きて、自身を呪い続けて、世界を壊し続けてきた。
≪…どうしたら、いいと、言うのだ?死にきれず、かといって、カンナ様の、最後の願いすら、もはや、叶えてやれない…≫
アミリアが膝から崩れ落ち、暗闇の空間に涙を落とす。もはや戦意は感じられなかった。
≪…頼む。私の敗けだ、欲しいものがあるなら、なんだってくれてやる…だから、頼む。この悪夢を、終わらせてくれ≫
そして、顔をあげないままに、かすれた声で、アカードに懇願する。
「…」
『主様、…例え、祖母の仇を取ろうとも、世界を敵に回す決断を下そうとも、私は側にいますわ』
「…ありがとう、ミクズ…」
そう言って、アカードは目を瞑り、祖母の顔を思い出し、ミクズが変化した刀を強く握った。
《…》
アミリアは顔を伏せ、静かに終わりを待っている。
「…自分を許せないなら、それで構いません。知ったことではないです」
一歩、アカードがアミリアに近づいていく。
「…死にたいと願う、それも構いません。思うことは自由です」
刀を構えて、進んでいく。
「…それでも、命を賭したカンナのため、あなたが死ぬことは許しません」
そして、アカードは自分の親指を刀で軽く切った。
≪なッ!?何を言っている?!》
アミリアの透明だった表情が驚愕と恐怖に変わっていく。
『…つべこべ騒ぐな。黙って従え。それとも、かつての主の命を賭した最後の願いを叶えるチャンスより、自分のプライドを優先すると?』
アミリアが押し黙る。
戸惑っているアミリアの目を、迷うことなく真っ直ぐと見つめ、アカードは血が滴る親指を差し出す。
《な、なんだ、なぜ…身体が》
アカードの身体が白く光り始める。そして、アミリアの意思に関係なく、アミリアは折れた剣をアカードにゆっくりと掲げていく。
「…せめて、僕が死ぬまでは、付き合ってよ」
次第にアカードを中心に黒い空間が白み始めた。
≪…き、貴様…≫
アカードはアミリアが掲げた剣に自分の血を押し付けた。
黒かった空間は白く輝き始め、崩れていった。




