1-28.抗う者、夜を超える
ミクズが放った特大の光線により、広場は目を開けているのも辛い程、白く輝いていた。
≪あああああ…あああ……ああ≫
途切れ途切れに化物の声が聞こえてくる。
(ま、眩しい…)
『…頃合いですね。次いでに、ハエも叩いておきましょう』
ミクズはそう言うと、まるで空に絵でも描くように光線を暫く走らせる。
空気を裂く音や、身体を震わていた振動が、徐々に止んでいき、光線が消えていく。
「…どう、なったの?」
恐る恐る、アカードは目を開けた。
『…全ては焼き切れませんでしたが、月ぐらいは見えるようになりましたわ』
空を覆っていた夥しいコウモリはまばらになり、赤い月が空に輝いている。そんな夜空から雨のように、火だるまとなったコウモリが降ってきていた。
「…」
火が降っているという奇妙な光景に一瞬目を奪われたが、アカードは化物がどうなったか確認するために、化物がいた方へと目をやった。
「…………」
そこには何もなくなっていた。化物はおろか、その奥に連なっていた建物も、石畳すら溶けて無くなり、大きな抉られた跡が残っているのみであった。その跡も果てしなく伸びており、第一層の壁まで到達しているように思えた。
『この先からは、人の気配は感じられませんでしたので、ご安心下さい』
ミクズが何か言っている。確かに、跡が伸びている方角は富裕層が住むエリアであり、ほとんど避難しているのだろう。だが、目の前の光景を理解出来ず、アカードは何も答えられない。
「な、なんて、威力…」
「…な…んと」
「…確かに、攻撃してって、言ったけど…」
それは、レミィ、カーディ、レイも同じだったようで、唖然としながらその光景を眺めていた。
≪………アアああああああああああああああああああ!!!≫
呆然としているアカード達の真上から、雷鳴のような声が響き、火を降らす赤い夜空に黒い靄が集まっていく。
『良い加減しつこいですわね。まあ、もはや実体を維持出来ないようですが…ああなってしまっては、もはやオウマと変わりありません。私の攻撃は吸われてしまうでしょう』
靄を睨みながらミクズが吐き捨てるように話す。
(…ありがとう、ミクズ。あそこまでいけばレイさんが封じられるかもしれない…)
アカードは、レイを見つめる。
「…言われなくとも!!」
レイが再び、持ち得る全ての魔素を注ぎ込み、右手に虹色の巨大な槍を生成する。止まっていた血が吹き出すが、歯を食いしばって激痛を抑え込む。
「……こ、れで、終わりだああ!」
レイが渾身の一撃を空へと放つ。吸い込まれるように黒い靄へと、音も無く一直線に突き進んで行く。
対して、黒い靄は人型を形成し、左手を魔素の一撃へと、レイへと向けた。それは抵抗というより、ただの悪あがきのように思える行動だった。
「…ッあ」
そう思えたのに、たったそれだけの抵抗で、レイが大量の血を吐き出して倒れた。
(れ、レイさん!?…カーディさんもレミィさんも!!)
レイは瓦礫へと崩れ落ち、魔素の一撃は空中で分解されていく。そして、アカードの後方で倒れていたカーディやレミィも、うめき声をあげながら痙攣し始めている。
『…繋がりを利用したのか…』
倒れている三人からは虹色の粒子が立ち登り、夜空にまばらに残っていたコウモリと共に、人型の黒い靄へと吸い込まれていく。
≪アアアアアアアアア、きゃははっはあはあっはっは!!!≫
喘ぎ声とも、子供の無邪気な笑い声にも聞こえる、不快で不釣り合いな音が、夜空から降ってくる。
「な、に…あれ」
黒い人型は夜空に、夜よりも黒い、影のような触手を、四方八方に伸ばし始める。それは果物に出来た一点のカビが、果物全てを腐らせていくかのように、夜空を犯していく。
触手が夜空に根を張り終ると、実を着けるように、触手の先に三つの虹色の玉を成した。
(…あれって)
次第に黒く染まっていく玉を見つめて、アカードは嫌な可能性に気付く。
『主様!撤退のご準備を!!』
その玉はダンジョンでミクズが魔物を寄せ集める時に使ったモノと瓜二つであり、目的も同じだろうと思われた。ただ、大きく違うのは、ここはダンジョンではなく、大量のコンセキが漂う街であるということであった。
黒一色へと変わった虹色の玉が、腐った果実のように、地上へと落ちてくる。そして、それは潰れて、弾けて、散らかって、やがて、何処までも黒く、禍々しい異形の存在へと形を成した。
「…オ、ウマ…」
目の前のオウマは、一見サルような形だが、異様に長い腕を鞭のように振り回していた。その後方には、巨大なムカデのようなオウマと、ハエのように、耳障りな羽音をまき散らしながら空中に浮遊するオウマが生まれ落ちていた。
「え」
サルのようなオウマが腕を振りあげて、アカードの方に振る。殺意も感じられない、無意味な動きに思えたが、一瞬でアカードの目の前にオウマの腕が迫っていた。
『主様!!』
ミクズが反応して、火球を打ち放った。だが、それはオウマに触れると音も無く、吸い込まれていく。
「くっ!」
ギリギリの所でアカードは刀でオウマの拳を受ける。だが、弾けるでもなく、斬れるでもなく、水に斬撃を打ち込んだ時のように刀は重くなり、動かない。
「がッ」
握った柄から感じていた重さが、刀が砕ける音と共に急に無くなる。そして、腹部に今まで味わったことのないような衝撃を受け、アカードは吹き飛ばされた。
『ご無事ですか、主様!!』
「…げはッ!」
ミクズにより、地面への衝突は避けられた。だが、衝撃は凄まじく、その場で吐いてしまう。
『主様が何と言われようが、撤退し―』
ミクズがアカードを操り、無理矢理立たせた時には、巨大なハエのようなオウマが、大きく口を開けて迫ってきていた。
『―――――――ッ!』
アカードに噛みつく寸前で、オウマが側面から何かに弾かれた。薄っすらとしたアカードの視界に、オウマを弾いた赤黒い物体が地面に落ちるのが映る。
「ゃ、はやく、行っ…て」
その声を聞いて、ハエ型のオウマの一撃を防ぎ、目の前に降ってきた物体が、未だに半身がもげたままでいるレイだと気付いた。
「…ここが、我々の…正、念場です…ね」
そして、音も無く迫っていたムカデのようなオウマ一撃を両腕と盾を犠牲に、カーディが弾き受けていた。
ぼんやりとした視界に映る、黒と赤、そして顔に飛びついた熱い液体の感触。
「ほら、行って!!」
レミィがアカードを後ろへと突き飛ばす。
空は紅く、まるで燃えているようで、そんな中、三人の男女がアカードを守るために満身創痍で立ち塞がり、逃げろと叫んでいる。そんな光景に、アカードの頭の奥がズキズキと鈍く痛みだす。
視界はチカチカと明滅し、立ち塞がるカーディとレイに、ぼんやりと、二人の男女が重なって見える。その残像は、何処か遠くに封じ込めた記憶のようで、酷く懐かしく、暖かく、だけど、とても冷たくて、胸を張り裂くように暴れている。
――あちこちから上がっている火、建物は崩れ落ちている。そして、沢山の人が倒れている――
――逃げるわよ、と幼いアカードの手を強く引く、炎に照らされた祖母の必死な顔――
――そして、アカードを守るために立ち塞がり、斬り殺されていく二人の大好きな人達――
「…父、さん…母さ、ん…」
アカードが呟く。アカードは幼い頃に同じような光景を見ていたのだ。
「い、や…だ。いや…」
自分が大好きな人達が、自分を守るために死んでいく姿を。
『主様!!今しかありません!!撤退します!!』
ミクズに操られたアカードが、飛び上がる。
「これで、良い…誰かは分かりませんが…ようやく、守れました、よ」
「後は、笑って死ぬだけ、だね」
カーディとレイは、勝ち誇った笑みを浮かべて、目の前のオウマを睨む。そして、レミィは、飛び上がるアカードに「さよなら」と満足そうに呟いた。
(あ…!あああ…ああ)
眼下で、小さくなり始める三人にオウマが迫っていく。
繰り返すのか。また、守られて、失っていくのか。
大好きな人達を。
守りたいと思った人達を。
自分の心を。
ーどうか、どうか、一人で生きていける強さをー
違うだろう。生きてるだけでは。
ーどうか、どうか、一人で戦える強さをー
もう失わないよう、心を殺さぬよう、強くなりたかったんだろう。
アカードは気付けば、言葉にならない声をあげていた。そして、心の底から願った。
ーどうか、どうか、守るための強さを、自分の心を殺さぬために、戦い抜く強さを!ー
それは一瞬の事だった。全身が総毛立ち、電流が走り、アカードはまるで生まれ変わったような感覚に包まれた。
そして、アカードは自分の身に何が起こったのか、瞬時に理解する。
『…あ、主様!!!?』
その変化はミクズにも伝わっていた。
「ミクズ!!!」
まだ視界はぼやけ、胸も締め付けらたままで上手く声が出せない。だが、アカードはスキルが深化した|今なら、何が出来るか分かっていた。
『…!御意!』
ミクズが応えると、アカードが纏っていた白銀の衣が虹色に輝き、一振りの大太刀へと形を変えた。
その刀身は光を吸い込むように漆黒で、紅い波紋が走り、金色の柄の先からは三本の尻尾が生えていた。
優にアカードの慎重を超える長さを持っているが、右手に吸い付くように軽く、アカードはまるで重さを感じない。
(間に合え!!)
ハエ型のオウマが両腕を失って動けないカーディの頭を噛み砕こうと迫っている。
無意識に、次から次へと空中に魔素で足場を作り、踏み込み、加速していくアカード。
「おおあああああああ!!」
地面との衝突など一切考えない速度で突っ込み、ハエ型のオウマを頭上から両断する。
「…な!??」
カーディは目の前に隕石が降ってきたような衝撃を受けて、後ろに倒れ込む。
「おああ!!」
アカードは、衝撃で生じた土煙を散らしながら、レイへと迫るムカデ型のオウマの首を、下段からの一閃で切り上げる。
『主様!前方より、来ます!!』
ミクズの声が頭に響くとほぼ同時、土煙の中からサル型のオウマの腕が伸びてくる。アカードはその腕を二枚におろすように斬り込みながら、オウマ本体へと距離を詰めていく。そして、上半身を切断して、走り抜けた。
疾風迅雷。ミクズが変異した刀に斬り捨てられたオウマは、黒い煙をあげながら露散していく。
倒れ込み、ボロボロの三人を横目に確認する。
(…守るんだ、皆を)
そして、大太刀を夜空の化物へと向け、ミクズの指導を思い出し、誰にも聞こえないように宣言する。
「推して参る」
『百点ですわ!!』
アカードは飛び上がり、刀身の紅い波紋を流しながら、夜空を駆けていく。伸びてくる触手を躱し、斬り捨て、魔素の足場を踏み込んで、中心部へと突き進む。
『主様、今の私ならコンセキすら斬り捨てられます!!故に本体を斬り捨てれば、あの化物を滅することができます!!』
「…わかった!」
目の前に、右手に剣を握った黒い人型が見えてくる。迫りくるアカードを剣を振りあげて迎え撃つ。
「遅い!!!」
だが、その動きはアカードにとっては止まっているかの如く遅く、一閃のもとに化物の本体部分を両断する。
≪ああああああああアアアアアアアアアア!!!≫
切断された傷口から大量の魔素が漏れ出て、夜空を虹色に染めていく。
≪許せない許せない許せ…ない…許さない許さ…ない≫
黒い化物は、白銀の髪をした女性へと変わり、紅い瞳をした目から、涙が頬を伝っていく。
≪なにもかも…許さない…私は、私を、許さ、ない…≫
豊かな白銀の髪を広げながら、ゆっくりと女性が地面へと墜ちていく。
「え?なんで…あ」
その姿、その表情、そして、その言葉に、アカードはつい手を伸ばす。
『主様!!』
カチリ、とアカードの中でスキル【魂魄術】により、アミリアと繋がりが形成された。
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第一章、もう暫し、お付き合いくださいm(--)m




