1-27.影打ち、真打ち
「カーディ!しっかり」
レミィがカーディを引っ張り上げ、自身の魔素を使って応急処置を開始する。カーディの内臓は潰され、背骨や肋骨、腰骨は砕けている。一般人なら間違いなく死んでいる状態だが、レミィから魔素を送られ、カーディの傷が再生していく。
「…じ、じょ…うは?」
骨が再生し始めると、息も絶え絶えにカーディがレミィに問う。
「姉さんが特大の魔素をアミリア姉様に打ち付けたわ。あのナイフや、私達との闘いで魔素を消費している今なら、姉さんの魔素量で封じられるかもしれない…!」
半身を失って倒れているレイへと視線を送ると、レイが見つめ返してくる。少しづつだが四肢の再生が始まっており、意識もあるようだ。
「お、ねが…ぃ」
顔の左半分の皮が再生され始めたレイが、呟く。気付けば赤い月は雲に隠れて、アミリアを包み込む魔素だけが、周囲を怪しく照らしていた。
「…た、のむ」
内臓の再生が始まったカーディが、右手の片手剣を強く握る。アミリアの両脚が魔素に包まれた。
「…終わって」
レミィは触れていたカーディの肩を強く握り、祈る。アミリアを包んだ魔素は巨大な虹色の卵のようになっており、残すは胸の穴だけだった。
じわじわと胸の穴が、小さくなり始める。後、一息でアミリアが魔素に包まれる、そんな時だった。
「…え?」
レミィの背後から風を残して、何かが通過していった。その黒い物体はアミリアの穴の中に吸い込まれ、消えていく。
「こ、うもり?」
黒い物体がコウモリだとレミィが認識した時、四方八方から無数のコウモリがアミリアの胸の穴へと吸い込まれていく。
「な、なに!?」
「…ま、さか…」
倒れたまま、空の雲を見つめていたカーディは、それが雲ではなく、おぞましい量のコウモリであることに気付いた。そして、ある可能性が頭をよぎる。
考えてみれば、おかしなことであった。
いくら多くの人が避難したとはいえ、昼間、残ってる人々が確かにいたはずだった。
だが、これだけの戦闘を経ても、窓をこっそりと開けて様子を窺う人々さえいないのだ。
「あ、アミリア、きさま…まさか」
「なんなのよ!?なにが起こっているの?!」
弾を装填したレミィが、アミリアへと吸い込まれていくコウモリを何体か撃ち落とす。
石畳みに墜落したコウモリから、大量の血液が溢れ出した。
「街中の…血を集めたのか!!アミリアああああ!!」
かろうじて内臓の再生を終えたカーディが、激高しながら立ち上がる。
死体が魔素になるならば、生ける人から切り離された肉や血はどうなるのだろうか。
アミリアのぽっかりと空いた胸の穴の中で、コウモリが破裂して、赤い血が虹色の魔素へと変わっていく。
「そんな…」
左肘まで再生されてレイが立ち上がろうとするが、左脚は再生されておらず、上手く立ち上がれない。
―――ぴき―――
そんな音が聞こえた気がして、三人は虹色の巨大な卵の一点を見つめる。そこには黒い亀裂が入っていた。それは、震えながら卵全体に、ヒビを広げていく。
「…来なさいよ…」
「…よ、せ…ミィ…」
フラフラしているカーディを後ろに隠し、立ち塞がるようにレミィが魔銃を構える。
そのレミィの言葉を合図にするが如く、勢いよく卵の殻が砕け散った。
中から、アミリアと巨大な六本脚の馬が融合したような化物が顕現した。黒く、禍々しい身体、その左肩からは巨大な捻じれた角が生えており、右手にぶら下げた折れた剣だけが、鈍く、銀色に光っている。
化物は、二本のぐにゃぐにゃに曲がった黒いナイフをレミィの足下へと吐き飛ばした。
「…化物…」
その異形の姿、存在感に、レミィが構えた魔銃が震え、照準が合わない。
≪ゆる、さない…ゆるさない、ゆるさないゆるさないゆるさないいいい……なにも、かも!!!≫
叫びながら化物が、脚の蹄で石畳を踏み鳴らす。衝撃で石畳が砕けると同時に、レミィを黒い影が貫いた。
「え?…」
レミィの腹部を貫通した黒い影が、レミィをそのまま空中で固定する。
更に、四本の影が、レミィの両手、両足を貫き、レミィは空中に張り付けにされた。
「…かッ」
喀血しながらも抵抗するが、レミィは首しか動かせない。
「レミィ!」
カーディは斬りかかろうとするも、その場に倒れこんでしまう。レイも、未だに立ち上がれずにいる。
ゆっくりと化物がレミィに近づいていく。右手に握られた剣からは禍々しい量の魔素が溢れ出ており、周囲の空間を歪めている。いくら吸血鬼とはいえ、その一撃を喰らえば、跡形もなく滅んでしまうだろう。
「…ごめん、なさい。…先に」
レミィは覚悟を決めて、化物を見つめる。心は冷えて、痛みすら感じなくなっていく。暗く狭まっていく視界に、化物が剣を振りあげた姿が映る。
(ああ、ここで、終わるのね…)
目から血涙を流しているアミリアの顔をした化物が、剣が振り下ろした。
途端、音が消えた。
一拍遅れて爆音が響き、爆風が化物とレミィを呑み込んだ。
「…え」
キリモミに飛ばされ、地面に衝突するという寸での所で、レミィは誰かに抱き止められた。
「…だ、れ?」
レミィを抱きかかえる存在は、見たこともない白銀の衣を纏った男とも女とも分からない人物で、ちらりと見えた瞳は見たことのない金色であったが、どこか安心する瞳であった。
「……ッ!!!!ッ!!」
その人物はレミィの腹にぽっかりと開いた穴を見て、激しく動揺している。
「あ、ああ?これ?大丈夫よ。すぐに塞がるわ」
「………」
『主様、その者、その程度の傷では死にませんわ』
アカードの脳内にミクズの声が響く。
(そ、そうなの!?吸血鬼ってすごいんだね…)
『私なら、首が飛んでも平気ですわ』
(張り合わないでよ…)
「あ、なた、何者なの…?」
ミクズとのやり取りに気を取られていたアカードにレミィが問う。今のアカードはミクズが化けた白銀の衣で全身を覆っており、顔も、周囲にアカードと認識できないように術が掛けられていた。
『しゃべったらバレますからね!』
(分かってる!)
以前、アカードがカーディに自身のスキルを話そうとした際、首が独りでに締まっていったことから、ミクズはある仮説を立てていた。
ー-アカードのスキルが人に知られたら、何かマズイことになるーー
だから、ミクズはアカードだと分からないように自身の術でもって変装させることにしたのだ。
『…それにこちらの方がそそりますわ』
(なにか言った?)
『いえ、主様は本当に楽しませてくださると思いまして…、さて、うまくやってくださいませ』
アカードは優しくレミィを地面に下ろし、無言で頷いた後、立ち上がる。
「ちょ、ちょっと…!あなただけでなんとか出来る相手じゃないわ!!」
ボロボロだが、カーディもレイも生きていることを確認し、アカードは安堵する。
「…に、逃げなさい!!」
地面に倒れながら、血の泡を飛ばし、今まで見た事ないような恐ろしい表情でカーディが怒鳴っている。たが、アカードは引かない。二人を背に、化け物に向かって、ゆっくりと歩き始める。
(怖いけど、…男は、背中で語るんでしょう?)
『ええ!ええ!素敵ですわ!ここは派手にいきましょう!主様、お手を』
(?こう?)
右手を伸ばすと、ミクズがそこに魔素が集め、身の丈程ある大太刀を形作っていく。
脈動するように、その大太刀の輝きは強くなっていき、遂には周囲の空間が歪み始めた。
(み、みくず…これ、なんかやばくない?)
『…加減を間違えましたわ…主様、間違っても落とさないでください。…絶対に』
(えええぇ…どうす)
魔素を圧縮しすぎた大太刀がガタガタと震え始める。
『あ、主様!!ぶった切ってください!!』
(わわわわ、分かった!)
アカードが大きく踏み込み、眼前にいる化け物に向かって刀を、振り放つ。
≪ああああああああああああああああああああああああああ≫
石畳みが切り裂かれる轟音に、化物の悲鳴が混じる。
限界まで圧縮された魔素で作られた刃から放たれた一撃が、地形もろとも、化物の左半身が斬り飛ばしていた。
(や…)
「………ば…」
切断された石畳や家屋が、果てもなく入っている光景に、一瞬固まり、思わず声が漏れた。
『止まってます!主様』
「!」
ミクズの一言で、アカードが矢のように走り出す。
ミクズもアカードの周囲から風の刃を放ち、化物に追撃を加え始める。
「ッス!!」
アカードは加速し、電光のような速さで、化物の右半身に残っていた3本の脚を切り落とした。間髪入れず、ミクズの支援放火が炸裂し、化物は後方へと飛ばされていく。
だが、吹き飛ばされなぎらも、化物は空中で瞬時に脚を再生し、石畳を砕きながら着地、殺意を込めた、視線をアカードに向けた。
目の前に、追い付いたアカードがいた。
「!!」(かったい!!)
脳天からの強烈な唐竹割りは、化物の頭蓋骨を少し斬った所で止まり、慌てて引き抜いて距離を取る。
(……なんか、また早くなってない?僕…)
『素晴らしい成長ですわ!!流石、主様です!!』
いぶかるアカードに、褒めて誤魔化すミクズ。緊迫した状況の中で、余裕すら見せる二人を、カーディとレミィは呆然としながら見つめていた。
「…信じ、られない」
自身の眼では追えない速度で展開される攻防。正体不明の人物の動きはカーディらを超えていた。
「…あなたは、一体…」
返されることないカーディの問いが、消えていく。
「そのまま削って!!」
そんな中、瓦礫に隠れて、回復した顔だけ出してレイが叫ぶ。
≪アアアアアアアアア≫
空気を切り裂くように、化物が金切声をあげながら立ち上がるも、ミクズの風刃が脚を切断し、再び倒れ伏す。
(まだいける?)
『愚問ですわ!』
アカードの頭上に煌々と輝く火球が生成される。周囲の石畳がその熱さで紅く燃え始める。
(か、加減は?)
『忘れましたわ』
狐のような形に成型された爆炎が火球が化物に喰らいついた。
瞬間、昼間のように広場は明るく照らされ、爆音と爆風が波のように周囲に広がっていく。
爆心地には、大穴が空き、そこから、溶岩のような赤く粘着質な物資が噴いている。
「…め、めちゃくちゃ…!!でも、…姉様、いや、その化物に攻撃を続けて!!魔素を削れば、封印出来るかもしれない!!」
爆風に煽られながらも、レイが叫んで伝える。
『だそうです、主様』
周囲は瓦礫の山となっており、目の前には一直線に入った亀裂が第一層の防壁すら切り裂いている。
だが、燃え盛る大穴から、所々溶け落ちた化物が飛び出した。
(ま、まだなの?!)
『…ここまで来たら、もう滅ぼすつもりでやりましょう!』
(なにを!?なにを滅ぼすの?!)
アカードから、三本の尻尾が生え、大きく広がり、正面の空間に、三角形の魔法陣が形成される。
『あああ、国落としは心が躍りますわ!』
三角形の中心から周囲を白く照らすほどの紅い特大の光線が化物へと放たれた。
≪アアああアアアアアアアアア!!!!いあああああアアアアアアアアア≫
悲鳴と共に、その黒い姿は光線に飲まれて、見えなくなっていった。




