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25/39

1-25.朔日

 モトアザでは、朝から、大きな荷物を持って魔列車に向かう人、長蛇の馬車の列に並びに行く人などが、慌ただしく動き回っている。そして、急いでいる人は皆、一様に不安そうな表所を浮かべていた。そんな人々を、広場に近いテラス席からレイとレミィが眺めている。


 「…少しは噂が広まったんだね」

 レイが、紅茶を飲んでいるレミィに話を振る。


 「みたいね。…先日、モトアザの上層部に匿名の警告文が届いて、まずはギルド長や幹部が避難、その後はそれなりに地位がある富裕層が〝疫病が流行る"という情報を得て避難、そして、その富裕層が目を掛けている優秀な人材が後に続いて…ようやく、モトアザ以外にも滞在出来る基盤がある庶民が、最後のノアの箱舟に飛び乗ってるってわけ」


 「それで、何も知らない大多数の庶民は何事もないような一日を過ごしている、と」

 周囲を見渡せば、軒先の花壇に水をあげている婦人や、職場に向かっている男性、ギルドで依頼を受けているパーティーが目に入る。


 「…日常と非日常か」

 コーヒーに注いだミルクが、白い渦巻状になっている。


 「知る者と知らない者、持っている人と持っていない人、白と黒…私達は、どっちでしょうね」

 レミィが紅茶と共に注文したケーキを食べ始める。


 「…それ、美味しい?」

 美味しそうに頬張るレミィを見て、尋ねる。


 「ええ。ケーキに関してはカーディより上ね。だって、()()()()()()と思うもの」

 レミィは笑顔でレイに感想を告げる。


 「…うん。私も()()食べたいご飯があるな…」

 自傷気味に笑いながら、空に向かってレイは呟く。


 「どうやら、決まりね」


 「…うん。例え、無理だろうとも、私たちは、終わりを夢見るぐらいには、長く生きたよ」

 そして、二人はテーブルに会計以上のお金を積んで、席を立ち、歩き出した。


===

 「カーディさん!!」 

 日記を読み終えたアカードとミクズは、急ぎ、カーディがいる屋敷へと戻ってきた。だが、屋敷は、静まり返っており、人の気配はない。そして、屋敷の前の広場にいた馬も居なくなっていた。


 『遅かったですわ』


 「…カーディさん、一体どこに…」

 

 『主様、これを』

 ミクズが、食堂のテーブルの上にある封筒を見つけ、アカードに差し出す。


 「…」

 震える手で薄く厚みがある封筒を受け取り、裏を見る。そこにはカーディの名前が書かれていた。

 息を一つ着いて、封を破く。中には何枚かの手紙が入っていた。


---------------------------------------------------------------------------------------------

親愛なるアカード君へ


 今、この手紙を読んでいるという事は、あの場所に置かれた日記を読んで、私に尋ねたいことがあってこの屋敷に帰ってきた、ということなのでしょうね。まずは課題達成、おめでとうございます。この短期間でここまでの成長をするとは、正直、驚きました。

 死力を尽くして辿り着いたあなたには、本来、直接お会いして、返答することが礼儀だと存じますが、このような形になること、どうかお許しください。


 …あの日記の内容は信じられないかもしれませが、事実です。そして、レイやレミィ、そしてアミリアは私の姪であり、あの日記を書いた情けない老兵は、私なのです。

 また、もう気づいているかもしれませんが、あなたの唯一の肉親である祖母を死に追いやった疫病も我々の仕業なのです。

 

 あの戦争の後、母国を滅ぼさた我々は、モトアザに隠れ住んでおりました。一番近かった、ということもありますが、魔石になったアミリアの暴走を促すことも目的としていました。

 …恥ずかしながら、当初、我々の力で、敵国の民が死んでいく姿に、胸がすく思いがありました。


 ですが、長い、本当に長い時間は、憎悪を風化させ、挨拶をかわす婦人の笑顔、元気な町娘、レイやレミィにちょっかいを出し撃退される冒険者…そんな敵国の民を、知人や隣人、そして友人へと、変えていってしまいました。

 

 我々は変わってしまったのです。


ですが、恨石となったアミリアの思は変わりません。故に、その後も、何百、何千という人が、目の前で死んでいきました。友人も、知人も、皆、為す術無く、悉く、死んでいきました。結局、我々は、失い続けて、負け続けてきたのです。いつからか、我々は、終わりを夢見始めていました。


 そんな時です。アカード君。君が現れたのは。


 貴方は本当に、不思議な人です。貴方と話す言葉一つ一つが、向けてくれる表情が、零れ出る感情が、雪解けを生じさせる春風のように、我々に感情を戻していきました。

 あなたのおかげで、本当に久方ぶりに、鮮やかな朝を、暖かい食事を味わえた気がします。

 

 だからこそ、貴方だけには死んでほしくないのです。

 赤い月が出るその日、アミリアが現れます。恐らく、モトアザは滅ぶでしょう。だから、どうかここに留まっていてください。我々は、我々の夢を叶えに行って参ります。

 いつか、遠い、いつか。彼岸でお会いできることを心より楽しみにしております。


 親愛と感謝を込めて、


          ソイ国一番隊隊長

          カーディ・ヴァンヘルム

---------------------------------------------------------------------------------------------


 「…こんな、ことって…」

 手紙を読み終えたアカードが、食堂にあった椅子に座り込む。


 『…』

 傍で手紙を覗き込んでいたミクズも、押し黙って考え込んでいる。

 沈黙が屋敷を包み込み、薄暗くなり始めた廊下に、時を刻む時計の音だけが響く。


 『…主様、まずは身体を清めませんか?』

 暫しの沈黙の後、ミクズが、さも何も無かったようにアカードに提案した。


 「え?」


 『しばらくはこの屋敷に滞在するのです。どれぐらいの滞在になるのかは分かりませんが、少なくとも、今夜はここで過ごすのです。…まずは、疲れと汚れを温泉で落としませんか?』


 「…で、でも、カーディさんやレイさんやレミィさ」


 『主様は裏切るのですか?彼等の思いを』

 アカードの迷いに、ミクズが諭す。


 『それに、終わらせてやるのが優しさではありませんか?奴等は主様のおばあ様を含め、数え切れない程、殺してきたのですよ?』


 「そ、れは…」

 (確かに、来ることは望まれていない)


 『恨石がどれほどの力を有しているかは分かりません。ですが、只々暴走する恨石は、災害そのものです。いくら主様が強くなったとはいえ、天災に人が抗う術がないように、何が出来るわけでもないのですよ。私とて、力を蓄えましたが、オウマのような相手には、手がありません』

 ミクズの言葉にいつもの優しさはなく、冷たくを追い詰めていく。


 「…」

 (確かに、行った所で何も出来やしない)


 『…今は耐えてください、主様。例え、今辛くとも、時間と私が徐々に癒して差し上げます』

 追い詰めたアカードを抱き寄せ、甘い言葉と共に、頭を優しく撫でる。

 暖かいミクズの胸の中で、アカードは固く目を閉じる。


 (確かに、このまま、ここで…)


 暗い視界の中、これまでのレイやレミィ、そしてカーディとの記憶が蘇っては消えていく。


「私は夜が好き、朝は見たくない物を隠してしまうようで」「この思いだけは何度洗っても、落ちません」「男の門出でしょ」「無事に帰ってくること」「お土産よろしくね」「あなただけには死んでほしくないのです」


 ゆっくりと、暖かく、安心出来るミクズの抱擁を解くと、ひんやりとした空気がアカードを包んだ。

 『主、様?』


 「…ごめんね、ミクズ。僕のことを心配してくれてるんだよね…でも、僕はここで、ただ震えて待ってはいたくない…」


『それは蛮勇でございます。命を捨てるおつもりですか?あの者達の願いを無視してまで、死地に赴くと?』


 「…確かに、ここに居れば生きてはいられるよ。だけど、それだけなんだと思う。きっと、何かがここで死ぬことになる。だから、行かなきゃ、例え、蛮勇だとしても」


 『…それが、主様のご決断なのですね?』

真っ直ぐと見つめるアカードにミクズが問う。


 「…」

 只、頷く。


『…もう少し、分別がある方かと思いましたが…』

 残念そうに下を向くミクズ。


「…ごめんね。ミクズ。止められても、1人でも行くよ」

 ミクズの協力は得られないと考え、アカードは、ミクズに背を向けて一人で歩き出す。依然立ち寄った村で馬を借りれないか等、モトアザに少しでも早く着く方法を考えながら、食堂を出ようと扉に手をかける。

 

 「あ、あれ?」

 食堂の扉は、固められたように堅く閉ざされている。


 『本当に残念です。あの時、初めてコン石から出れたあの日、主様に術を破られたのが、本当に悔やまれますわ…』

 ミクズから赤いオーラが溢れ、その足元から黒い何本もの影が伸び始めている。


 「…ミクズ…なにを?」

 振り返ると、ミクズは泣いているような、喜んでいるような、今までに見たことのない顔をしていた。


『なにを?はて?愛している者を自分のモノにしようとするのは当然ではありませんか?』

 ミクズの影が部屋を包み始め、アカードはいつか金縛りにかかったように、その場で動けなくなる。


 『何も考えずとも、決めずとも良いのです、…全て、主様の全てを私がしてあげますわ』

 天井の一部を除き、見える世界の全てが黒に塗りつぶされた。


 「これは…」


 『ようこそおいでくださいました、主様。ここが、私の世界』


 「コン石の中ってこと?」


 『恐らく、けど、些末なことです。大事なのはここで主様は私のモノになる、それだけです』


 「…あの…凄く情熱的で、嬉しいけど、なんで、武器を出してるの?」

 ミクズの手には紅い刀が握られている。


 『だって、主様、心を折らないと立ち上がるでしょう?』

 ミクズが拗ねたような声を出す。


 「いやいやいや、そんなことは…ないと思うんだけど…」


 『あら?違いましたか?まぁ、どちらでも構いません。全てをお世話するためにも、いらないものは切り落としてしまいましょう』


 「い、いらないものって?」


 『腕とか脚ですわ』


 「いるいるいる!絶対にいる!」

 アカードの反応にクスクスと笑い、ミクズは尻尾を広げ、優雅に一礼をした。


 『ああ、そうですわ。こういう時は、こんな文句はいかがでしょう?約束通り、私と踊ってくださいませ』

 ミクズの目が金色に輝き、凄まじい圧力がアカードを包んだ。


 「くっそ!話をきいてよ!!」

 アカードも刀を抜き放った。

 

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