1-21.夕暮れ
冷たく湿った風で目が醒める。どうやら早朝のようだが、あいにくの曇り空で、正確な時間は分からない。
『おはようございます、主様』
ミクズがそっとアカードの頭を撫でる。
「おはよう、ミクズ。朝なんだね」
『ええ、嫌な天気で気持ちはパっとしませんが、朝ですわ。主様、これを」
ミクズが手のひらの上に魔素でお湯を作り出す。アカードは、そのお湯を使って、顔を洗う。ぼんやりとしていた頭が冴えていく。
その後、朝食を食べ、装備を纏い直して、軽く身体を伸ばす。
「ふー」
と、一息、三日目が始まった。
===
ミクズとアカードは、昨夜立てた方針通り、屋敷へと戻ってきていた。
『主様、多分、この扉ですわ。私はコン石となっておりますので、ご用命の際は、なんなりとお呼びください』
「ああ、そうだね。ここだ」
目の前には古い、所々割れた木製の扉がある。近寄ると、カビと土の匂いが鼻に突く。
――ガチャ――
扉の鍵穴に、カーディから渡されたスペアキーを差し込み、廻す。
途端、視界は虹色に歪み、目の前が開けて、綺麗な屋敷へと続く道が出現した。
足元の石畳は整えられており、道の外れには来た時に利用していた馬車が停まっており、その奥では、馬がのんびりと水を飲んでいた。
「なんか、三日ぶりなのに、ずいぶん久しぶりな感じがするな…」
アカードが独り言ちる。
『それほど主様が濃い時間を過ごされたということですわ』
(…ありがとう)
そう、口には出さずに返礼し、屋敷に向かって歩ていく。アカードが進むと、音も無く、門として開いていた扉が閉まり、背後は大きな壁になった。
「ただいま、です」
綺麗な石畳を歩き、屋敷に辿り着いたアカードはそう言いながら、扉を開ける。
「…おや、お帰りですかな?」
通路の奥から、執事服を着たカーディが隙もなく、相変わらず惚れ惚れする綺麗な所作で歩いてくる。
「はい…といっても、まだ課題の途中なんですが…」
「そうですか、とりあえず無事で何よりです」
そう言ってカーディはアカードの様子を上から下まで観察する。
「…これは…また…順調、といったところですかな?」
静かに驚きながら、カーディはアカードをマジマジと観察している。
「ええ、なんとかやってます、それで実は…」
アカードは、これまで体験を、ミクズのことを除いてカーディに話していく。ゴブリンとの闘いの日々、冒険者の死、救助、そして刀が折れてしまったこと。
まるで冒険から帰った子供が、親に話すように、話していった。
「…なるほど、積もる土産話があったのですね…刀を拝見しても?」
アカードの話が一区切り着いた所でカーディがアカードの刀を確認する。
半分に折れた刀は、折れている以外にも、刃こぼれからノコギリのような有様であった。しかも、柄の部分もアカードの血によって黒ずんでおり、装飾は剥げてしまっていた。
「…ごめんなさい、借りた刀なのに」
真剣に刀を観察するカーディの様子を観て、アカードは縮こまっていく。
「…いえ、よくここまで使ったものだな、と思いましてね。そして、よくご無事に帰ってきましたね。刀は、ふむ。御安心を、修理は可能です」
「で、出来るんですか?!」
素人目にも修理は不可能に思えるその刀を、修理するというカーディの発言にアカードが驚く。
「ええ、ですがその前に、まずは、お風呂に行きなさい。アカード君、気付いていなかもしれませんが、今、君はとても汚いですよ」
有無を言わさないカーディの笑顔がそこにはあった。
三日振りに温かいお湯に浸かり、ポカポカとした身体で屋敷の廊下をうろついていたアカードを、カーディが、食堂の奥の部屋に連れて行く。
(…初めての入る部屋だな…)
アカードは、主に浴室と二階の掃除を担当していたため、一階にどんな部屋があるのかほとんど把握していなかった。
招かれて入った部屋はカーディの私室のようで、よく整理されたこじんまりとした部屋であった。部屋の隅には手入れされて、いつでも着用できる状態である鎧と、アカードをボコボコに殴った片手剣や盾が置かれていた。
「狭くてすみません。そちらにどうぞ」
カーディに促され、近くにあった椅子に腰かける。高価なものは無さそうだが、どれも丁寧に使い込まれていた。
カーディも椅子に座り、机を挟んで二人は向かい合う。その机の上には折れた刀と切っ先を置かれていた。
「…さて、こちらの刀ですが、直してしまいましょうか」
まるで、雑用を片付けるような気楽な感じで、カーディが言う
「え?そんな簡単に出来るんですか?」
「まあ、見ててください」
微笑みながら刀を握ると、仄かにカーディの身体から黄金色の光が溢れてくる。
握られた刀が虹色に輝きだし、刃こぼれでボロボロだった刃が虹色の光に包まれ、折れた切っ先も接合していく。
「まあ、こんな所でしょうか?」
しばらくしてカーディの身体から光が引くと、握られていた刀は新品のように鋭く、刃こぼれ一つ無くなっていた。
「…凄い、本当に、直ったんですね…」
「ええ、これが私のスキルでしてね…不屈と言うのですが、このように武器を再生出来るのです」
「凄いスキルですね!」
手に取った刀は新品のように輝いているが、その実、使い込んだ馴染みの良さわ感じる。
「…ありがとうございます。まあ、武器しか直せないのですがね…」
少し悲しそうな笑顔を浮かべてカーディは応えると、部屋の棚からクッキーを運んでくる。そして、魔石コンロを用いて、お湯を沸かし始めた。
「紅茶も用意しますが、クッキーでもどうぞ。暇な時に作ってみましたが、如何でしょうか?」
「ありがとうございます…美味しいです!!」
カーディのくれたクッキーはふんわりとバターの味が口に広がる、適度に甘い、優しい味だった。
「それは良かった…ところで、スキルは如何ですか?レイお嬢様より、深化スキルである旨は伺っておりますが、ダンジョン探索で経験を積み、だいぶ腕も上がったように思いますが…?」
カーディが銀製のポッドに軽くお湯を注ぐ。そして、棚から茶葉が入った陶磁器の入れ物を選んで、机に置いた。
「…スキルですか…実は、あ」
アカードはカーディに、もう正直に『コン石と交流出来るようになった』と伝えたくなった。だが、伝えようと口を開くと、喉が締めつけられ、声が出ない。
(!?な、なに、これ)
『あ、主様?!大丈夫ですか!?』
ミクズもアカードの反応に驚いている。
「どうかされましたか?」
顔色が悪くなっていくアカードを心配して、カーディが声をかける。
「…ま、まだ、正直良く分からないんです」
「…左様ですか」
カーディは一言返すと、温めたティーポッドに茶葉を二人分入れ、ぐつぐつと沸騰したお湯を注いで蓋をする。
(…な、なんだったの今の?ミクズ、何かした?)
『そんなことしません!!』
(ご、ごめん)
『…ただ、原因に心当たりはありますわ』
(…え?それって?)
「焦る必要はありません。今は教会で成人の儀も兼ねて発現させていますが、本来は深化したり発現するタイミングは人それぞれなのです。…私のスキルが発現したのも実は三十代の頃だったんですよ」
「え?」
ミクズに確かめようとして、カーディの話に驚く。
「中々、スキルが発現しなかったものですから、落ち込みもしました。一層、スキルは所持しない人間なのだと覚悟を決めて武術に励んでいたのですが、ね。いつかお話した、隣国から攻め込まれた戦争。あの時です、私のスキルが発言したのは」
そう言って、カーディはアカードとカーディのカップに紅茶を注ぐ。
「なにか、きっかけとかあったんですか?」
「あの時は、一方的に宣戦布告をされ準備不足ということもありましたが、元々、勝てる見込みは限りなく低い戦争だったのです。戦えば、生きては帰れない。ですが、せめて民が逃げる時間を稼ごうと、我々は戦地に赴いたのです」
カーディは紅茶に視線を落として、振り始めた雨のようにポツポツと話し出した。
「…ですが、現実は物語のように優しくはありません。敵国は魔銃という当時最先端の武器を使った戦術を使いこなして、騎兵隊が主であった私達は為すすべなく撃破されていきました。…仲間達の血肉で赤く染まった戦場のあの光景は生涯忘れることはないと思います」
「…」
「…運良く生き残った私達は後退しながら、文字通り命を懸けて時間を稼いでいました。そして、森に逃げ込み、奇襲による戦法で敵兵を仕留めていきました。ですが、気付けば、夜の暗い森の中、ボロボロの鎧と、折れた剣を握って、私は一人、息を殺していました」
暫くの沈黙、部屋には紅茶の匂いが広がっている。
「死ぬのは怖くありませんでした。ですが、断じて、ただで殺されるつもりはありませんでした。だから、目の前を歩いてきた、三人の敵兵を道連れにしようと、そう、決めました。一人目は折れた剣で背後から、二人目は喉を嚙み千切りました。…ですが、その際、魔銃で撃たれしまい、最後の一人を前にして、もう動けなくなりました。…折れていない剣さえあれば、命に届くのに、そう思って砕けた剣の柄を握りしめていた、その時です、私のスキルが発現したのは」
カーディがコトリとカップを皿に置く。
「…」
話に聞き入っていたのもある、だが、話を聞いて浮かんできた信じられない可能性にアカードはその場に縫い止められていた。
「これが、わたしのスキルの発現でした。スキルは心の底で強烈に望んだものが能力になるのでしょうね」
「……」
百年前に滅んだ国、そのダンジョン内に存在するこの屋敷、レイがいつか語っていた、モトアザより前にあったという家系、そして、カーディの昔話。それらがガタガタと頭の中で組み合わさっていく。
『…主様、この男は』
「…カーディさん、あなたは…」
アカードが質問をしようと口を開くと、カーディは微笑み、手でそれを制した。
「アカード君、その答えは、課題の場所にあります。そこに行けば、分かります。知りたいことも、知りたくなかったことも、知って欲しくなかったことも…」
ガーディが古ぼけた鍵をアカードに渡す。
「これは?」
アカードの問にカーディは首を横に振る。
「渡すつもりは無かったのですがね。たどり着けないだろうと思っていましたから…本当に耄碌したものです。どうか、ご武運を。明日には赤い月が出ます」
そう言って、紅茶を飲んで、カーディは目も口も閉ざしてしまった。




