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1-20.名無し

 太陽が真上に登り、空はどこまでも青い。湿気を含んだ青草の匂いに包まれた森の小道を、少女を背負ったアカードが歩いていく。


「…」

 村は木の杭で囲まれており、その唯一の入口に、この道は続いている。村から人の笑い声や話し声が聞こえてくるが、門の前には守衛らしき人影は確認出来ず、アカードはすんなりと村へと入った。


 「おい、誰だ?お前?」

 アカードが門をくぐってようやく、冒険者らしき男がアカードに気付いて声を掛ける。年齢は四十代程だろうか、年期の入った防具を着用しており、腰には、使い込まれたハンドアックスがぶら下がっている。背丈はアカードよりもはるかに高く、ガタイが良い。


 『あ、主様。敬語はなしで、堂々と伝えてください。怪しまれないために』


 「…この子を保護した」

 突然言われたミクズからのリクエストに、アカードは思いつく限りのイメージで応えた。


 『主様、ぶっきらぼう過ぎて、素敵です!』

 笑いを堪えているミクズの声に、少し腹が立つ。


「…おい、そいつは、バリーの所の…」

 そんなアカードの心境を知る由もなく、男は話を進めていく。そして、気絶している少女をそっと受け取り、男は大声で村の奥にある建物向けて、声を上げる。


「おい!!レナが運ばれてきた!!意識がねえ!回復出来る奴、いねえか!!?」

 その声を聞いて、ざわざわと、装備をまとった冒険者や村人がアカード達の下に集まってくる。そして、法衣を着た、恐らく神聖魔法の使い手が少女の容態を確認し、回復魔法を使用し始める。


 「何があったんだ?お前、知らねえ顔だが…?」

 ハンドアックスの男がアカードに尋ねる。先ほどより警戒は緩められているが、隙無くアカードを観察している。


 「…ゴブリンの群れに襲われていた。彼女を庇って一人の男が死んでいた。他は知らない。ただ、彼女以外に人の気配は無かった」

 ここまで来たら続けるしかないと、端的に、無駄を一切省いた口調で、状況を説明する。


 「…生き残りはレナだけか…馬鹿共が、なめてかかるなってあれほど言っておいたのに…」

 苦い顔で男が吐き捨てる。


 「…こいつらの代わりに礼を言う。確かに、こいつらはこの村のパーティだ。最近、ゴブリンを掃討して自信を付けてたんだが、その結果、油断しちまったんだろうよ…」


 『さてはて、素敵な主様も観れましたし、長居は無用。戻りましょう』

 

 「…そう。じゃあ、これで」

 ミクズに急かされ、背を向け、立ち去ろうと歩みだすアカード。


 「おい、もう行くのか?」


 「…」

 その場で立ち止まり、ただ一度、頷く。


 「…俺はラガン。この村を拠点にダンジョンに潜っている。お前は?」


 『…主様、こういう時は、"名乗る程の名は無い"というのが相場ですわ!!』

 ミクズが嬉しそうに、アカードに提案する。


 「…名はない」


 「…は、そうかよ。それじゃあ、名無しさんよ、連れてきてくれた礼に、一つ、警告だ。明後日には赤い月が出る」


 「…赤い月?」


 「やっぱ、この辺のやつじゃねえか…ダンジョンの吸血鬼も知らないのか…?」

 一瞬だけ、ラガンは険しい表情をする。


 『…ほら、すぐにボロが出ますわ』


 (仕方ないじゃん。反応しちゃったんだし…)

 

 「…まあ良い。なんだ、簡単に言えば、あそこの魔物は赤い月が出た晩、凶暴になっちまうんだ」

 ラガンを頭をポリポリと掻く。


 「…だから、せいぜい死なないように気を付けな」


===


 『…良いですわ、周囲に人の気配はありません』


 「…緊張したよ」

 アカードはラガンの警告を受けた後、足早に村を出た。そして、周囲に誰もいないことを確認したミクズが人に戻る。


 『左様で?背を向けて立ち去る主様、かなり様になっていましたわ。痺れるぐらいに』

 クスクスと笑いながらアカードの頭を撫でるミクズ。


 「すぐ、僕で遊ぶんだから…」

 

 『いえいえ、男に対しては背中で語れば良いんですよ。口説くのは女に対してだけで十分ですわ』


 「…」

 ご機嫌なミクズをアカードはジト目でにらむ。

 

 『…もちろん、口説いて頂くなくとも、主様から夜伽への誘いがあれば、いつでも私は歓迎ですわ』

 ふいにアカードの耳元に近づき、しっとりとした誘惑をアカードに流し込む。


 「!!ちょっと、また、そうやってすぐからかう!!」


 『あらあら、大真面目ですのに…して、主様、これより如何いたしますか?』

 深追いは上手くないと、ミクズが現実的な問題に話しを振る。


 「うーん、そうだね。またダンジョンに戻ろうか?目的も果たしてないし」


 『そうですわね、まだ主様も、私も余裕がありますし』

 ミクズが金色の大狐に姿を変える。


 『参りましょう』


===

 【死者の都】に戻っから、再び二人はゴブリン狩りを再開した。それは戦闘や狩りというよりは、殲滅という表現が正しく、百を超えてもアカードの体力は余裕があった。


 (成長している…でも、こんなに余裕があるものなんだろうか?)

 自身の体力の余裕さ、研ぎ澄まされていく技の冴えに、徐々に違和感が大きくなっていく。


―――バキッ―――


 「え?」

 何体目になるか分からないゴブリンの首を斬り落とすと同時に、骨を断つ音とは異なる、乾いた音が聞響きく。

 見れば、刀が中程で折れていた。


 『主様…ここはお任せを』

 瞬時にミクズがアカードの支援に周り、周囲のゴブリンを風の刃で肉塊に帰した。


 「…あ、ありがとう、ミクズ」


 『いえ、お怪我がなくてなによりですわ』

 周囲のゴブリンが魔素になって吸収されると、廃墟に静けさが広がっていく。


 「うん、大丈夫だけど…、刀が折れちゃったよ」

 折れた刀をミクズに見せる。よく見れば、刃は全体的に欠けており、まるでノコギリのような有様になっていた。


 『むしろ、よく、ここまで持ちこたえてくれたものですわ』

 ミクズが、そっとアカードの手からボロボロな刀を受け取り、折れた先端部分も大切そうに回収する。


 「うん。どれだけ斬ったかわからないや…」

 自然と狂人めいた発言をするも、事実であるが故に、誰も突っ込めない。

 

 『ええ…主様、そろそろ日が沈みます。刀を含め、今後については一度、寝床を探してから相談致しましょう』


 「確かに、そうだね」

 アカードとミクズを撫でる風が、夜の冷たさを孕み始めていた。


 『では、ここから近いですし、昨夜と同じ場所へ移動致しましょう』


 「分かった」

 ミクズに抱き着き、空中散歩を経て、昨夜も利用した半円状の屋根がある劇場跡に辿り着く。

 二日目ということもあり、テキパキと野営の準備を始める。アカードが火を起こし、ミクズが食事の準備をする。周囲に闇の帳が落ちた頃には、焚火がぽかりとアカード達のいる空間を照らしていた。


 「ごちそうさま!やっぱり、すごくおいしいよ」


 『お粗末様です』

 一摘みの愛情が山ほど入った夕食を、あっという間に食べ終わった二人は、今後について話し始める。


 「やっぱり、刀が折れちゃったから、一度、カーディさんの所に戻ろうかと思うんだ。代わりの武器を貸してくれるかもしれないし…」


 『そうですわね。確かにそれが良いかと思います、食料の補充もしたいところですし、期限まで折り返し地点でもありますしね』

 一週間で目的の場所に辿り着く、それがカーディから課された課題であり、明日で三日目だった。


 「うん、明日は屋敷に戻ろう。それで、代わりの刀を借りられたら、また壊すのも申し訳ないし、目的地を目指そう」


 『そうですわね。だいぶ私も魔素を蓄えられましたし、課題を早く終わらせてはいけないという理由はありませんしね』

 明日からの方針が決まると、二人は寝る準備を始める。ミクズが用意したお湯を使って、アカードは身体の汚れを落とす。屋敷の風呂には比べられないが、濡れた布で身体を拭うだけでも、だいぶ心持ちが違う。


 『寝ましょう』


 「…」

 有無を言わさず、アカードに抱き込むミクズ。しかも、アカードが息苦しくないように絶妙な加減で胸に顔をうずめさせる。

 

『…夏が近いとは言え、夜は冷えます。こういう時は共に温め合うのが効率的ですわ』

 男としてこれで良いのかという思いと、安心するし暖かくて離れがたいという葛藤が生じるも、毎回毎回、ミクズが最もなことを言い、葛藤するアカードに逃げ道を提供する。


 (効率的か…うん、そうだよな)

 アカードの中の葛藤は、()()()という大義名分を得て、解消されてしまった。


 『…本当に主様は可愛らしいですわ…なのに、なかなか落とせませんわ…』

 アカードに聴こえない程度に、ぼそりとミクズが呟く。


 「?なんか言った?」

 

 『いえ、おやすみなさいませ』

 そして、アカードの意識は沈んでいった。

 周囲は、焚火のはぜる音や、時折吹く風の音が木霊し、空には薄く赤い月が輝き始めていた。

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