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1-19.型「モフモフ」

 「この子は?」

 人が一人分入れる程度の、瓦礫の隙間に丸まっている少女。


 『恐らく、彼らのパーティの一員でしょう。そして、最後の一人ですわ』

 絶命している鎧姿の青年を見下ろしながら、ミクズが話す。見れば、歳はアカードより少し上程度だろうか、その顔にはまだ少年のような幼さが残っていた。


 「…生き残り、彼女以外は、…もう?」


 『ええ、しばらく先から人の血の匂いがします。一人分にしては匂いが濃いので、恐らく二人分はあるかと。それ以外に人の気配はありませんわ』


 「…そっか…とりあえず、彼女を安全な所に連れて行こう。ミクズ、この辺りにあるキャンプか村の場所って分かる?」


 『ええ、また飛んでいけば、半刻もしないところに村がありますわ。…ですが、そこまでやる必要がございますか?すでに周囲のゴブリンは殲滅しました。後は、生きるも死ぬも、この小娘の意志に任せれば良いのでは?』

 とことん無関心な様子で、ミクズが冷たく言い放つ。


 「うーん、でも、ここまでやったからさ。助けられる存在なら、助けたいんだ」


 『…わかりましたわ。もう、主様は、お人よしなんですから…』

 アカードの答えに、ミクズは腕を組んで、溜息をつきながら応える。


 「ごめんね。でも、ありがとう」

 ミクズが嫌々ながらも協力してくれる意志を示し、アカードは素直に感謝を述べる。


 『…ですが、流石に私でも二人を抱えながら空中散歩はしたくないですわ…』


 「うん、僕も怖いかな」

 確かに、ミクズに掴まって移動すれば、早くダンジョン外の村に辿り着けるかもしれない。だが、いくらミクズと言えど、一度に二人を運ぶのはバランスが悪い。かといって、アカードと離れると、コン石である自分はどうなるか分からない。

 アカードも気絶した少女を担いで歩くしかないかと、半ば覚悟を決めようとしていた。


 『全く、仕方ないですわね。まだ、この姿は主様には見せたくは無かったのですが…』

 本当に嫌そうな顔をしつつ、諦めたようにミクズが話し出す。耳は折られ、尻尾も落ち込んでいるように垂れている。


 「何か方法があるの?」


 『ええ、ですが、その前に主様…大事な質問が御座います。どうか、心して、正直にお答えください』


 「…わかった」

 いつになく真剣なミクズの表示に、アカードも姿勢を正す。しばらく見つめ合った後、ミクズが口を開く。


 『…主様は、犬派ですか?…猫派ですか?』


 「…ううん?えっ?」

 文字通り、アカードは狐につままれたような表情になった。


 『お願いです。正直にお答えください』


 「…ええと、どちらかと言えば犬かな」

 その答えを聞いて、若干、ミクズの尻尾が揺れ始める。


『で、では、犬と…狐でしたら?』


「犬と狐…」

 アカードも近所の野良犬に餌をあげたりしており、犬は嫌いではない。だが、狐となると、農作物や、旅人の荷物を荒らす等、良いイメージがあまりない。


 (…だけど、ミクズって犬よりも狐っぽいんだよな…)


 なぜ、こんな質問をされているのかは分からない。だが、アカードは直観的に()と答えてはいけない気がした。答えれば、色々とめんどくさくなりそうな気がしたのである。


 『…』

 判決を待つ囚人のような顔で、アカードの言葉を待っているミクズ。


「…狐かな。あのモフモフとした尻尾が好きだよ」

 世の中には優しい嘘も必要である。

 アカードの答えを聞いた途端、ミクズの尻尾が大きく広がり、嬉しそうに左右に揺れる。耳もピンと立っている。


 『本当ですか!?そんなに狐が好きなんですか?』


 「う、うん。好きだよ。あの毛並み滑らかさとか、孤高な感じとか」


 『他には?他には如何ですか?』

 ぐいぐいとミクズが距離を詰めてくる。


 「ほ、他?他は、そうだな…」

 必死でアカードは頭の中の狐の知識をかき集める。モトアザに来てから何度か狐を観たが、どれも畑を荒らしに来たのを追い返した思い出であり、その姿しか思い出せない。


 「後は…そう、脚が早い。しかも、滑るように移動出来るし、まるでこちらが考えていることを見透かしているみたいに賢い」

 ミクズが頷きながら、アカードの話を聞いている。逃げる狐の姿を必死に思い出し、苦しめられた所を長所に変換して伝えていく。

 そんな時、ふと、狐が子狐を連れて歩いているのを観たことを思い出した。


「あ、子どもに優しいこと。親離れさせる時は、本当に怖いって聞くけど、しっかりと愛情を持って育てられる動物なんだと思う」

 自分でも不思議なことを言っているなと思いつつも、話しながら、アカードも暖かくるなっていく。


 『…』

 毛並みや、動きの滑らかさ、そして、賢さといったことを褒められている時は、ミクズは尻尾を振って喜んでいたが、子育ての話になった途端にキョトンと動きが止まり、アカードを見つめる。


『ふむふむ…全く、主様は甘えん坊なんですね』

 そして、そう言って、アカードの頬を優しく撫で、クスクスと笑い出す。


 「いや、違うよ。狐の話しでしょ!甘えん坊とかじゃなくて!!」

 アカードは恥ずかしくなって必死に否定するが、否定すればするほど、ミクズはクスクスと笑う。


 『まあまあ、男の子はいつまで経っても、甘えん坊ですわ。どんなに屈強な男ですら女がいなければ、ただの人ですわ』


 「…もう」

 膨れて、下を向くアカード。その頭を優しく撫でながら、ミクズが続ける。


 『…さて、主様がそこまで狐が好きなら仕方ありませんわ。私のもう一つの姿をお見せしましょう…ただ、驚かないでくださいよ?』

 そう言ってミクズが一歩下がると、ミクズの身体が虹色の光に包まれていく。そして、次第にその光は大きくなっていき、一際眩しく輝くと、収まっていった。


 「…ミクズ…なの?」

 そこには、金色の毛並みを眩しく輝やかせながら、長い三本の尻尾を揺らす、一匹の大きく、美しい狐がいた。


 『…ええ、驚かれましたか?』

 脳内にミクズの声が響く。その声は隠そうとしているが、隠し切れない不安で揺れていた。


 「ううん。とっても綺麗だよ」

 だから、アカードは嘘偽りのない感想を口に出す。


 『…ありがとうございます…もし、主様が猫派だったらどうしようかと…本当に主様が狐派で良かった…』


 「う、うん。だから、あんな質問をしたんだね」


 『ええ…』

 ユラユラと尻尾が揺れている。その尻尾はとても柔らかそうで、とても気持ち良さそうだった。


 「ね…もし良ければなんだけど、尻尾触って良い?」


 『え!?し、尻尾ですか?か、構いませんが…そのくすぐったいので、少しですよ?』

 そう言って、ミクズが地面に伏せて、三本の尻尾でアカードを包む。


 「ありがとう!うわー、柔らかくて、暖かいよ。このまま寝れちゃいそうなぐらいに」


 『あ、主様、そんな、抱き着かないでください。く、くすぐったいです』


 「あ、ご、ごめん」

 そう言って、アカードはミクズの尻尾を解放する。


 『いえ、えっと、そ、それで、この人間ですが…』


 「うん。運んで貰っていい?」


 『わかりました。ですが、主様以外を背に乗せたくはありません。たとえ、その者がメスであってもです。私に乗って良いオスは主様のみですからね』


 「えええ、うれしいけど、状況が変わってないよ」


 『いえ、くわえられます』

 鋭い歯が並んだ口を開けて提案するミクズ。


 「…食べない?」

 

 『食べません!これ以上譲りませんわ』

 

 「…わかったよ、信じるよ」

 ミクズにアカードがまたがると、ミクズは少女をくわえた。


「…起きたら、説明が大変そうだね」


『ええ、もし起きるようなら、気絶させます。…どのように状況が転がるか分かりません、最悪、主様の敵に回るようなことをするかもしれません』

 巨大な狐にくわえられていると気付いたら、誰だって泣き叫ぶだろうし、その狐にまたがるアカードは狐を操る悪者にしか見えないだろう。


 「…うん、出来れば穏便に生きたいけどね」

 だから、アカードもミクズの物騒な提案を受け入れた。


 「でも、どうやって気絶させるの?」


 『ああ、ちょっと噛みます』


 「…本当に食べない?」


 『…さて、では、参りますよ、見つからないように、空の色と同じ色になって、慎重に飛びますわ』

 返事もせず、飛び上がると、ミクズが青空と同じ色になる。


 「おおお…こんなことも出来るんだ!」


 『ええ、狐としてのたしなみですわ』


 「僕の知ってる狐と違う…」

 青空へと飛び込むミクズは、そのまま駆けるように進んで行く。人型の時よりも早いが、獣型のミクズの乗り心地は良く、安定して身を任せられた。また、股下にはミクズの背しか見えず、下界が見えないことから安心感も強かった。


 「風が気持ちいいね」

 そのため、アカードも状況を楽しめていた。


 『ええ、私も久方ぶりにこの姿になれました。羽こそありませんが、羽を伸ばせている気持ちです』

 ミクズも嬉しそうに、空を蹴っていく。


 「…あれ?地面を蹴らなくても飛んでるの?」


 『ああ、これは魔素で足場を作っているのですよ』

 得意げにミクズが話す。


 「え?そんなことが出来るなら、さっきもやってれば、あんなに急降下しなくても済んだんじゃ…」


『……』

 ミクズから、しまったというような沈黙が流れ込んでくる。


 『あ、主様、見えてきましたよ。村です。人もいますし、どうやら冒険者と言われるモノ達もいるようですわ』

 これ幸いとミクズは話を変えた。


 「全く、でも、本当だね!」

 その村は、川の側の森を切り開いた村で、木造の家が立ち並ぶ、規模の小さな村だった。村の中に、何人かの村人もいることも確認出来た。


 村の近くの森に、ミクズは気付かれないように、音も無く着地した。


 『…主様、ここから私はコン石で参りますわ。恐らく、ダンジョンから少女を連れ戻ったという状況は、何かと聞かれて面倒事になるかと思われます。ですので、少女を適当に誰かに渡して、出来るだけ目立つ前に、さっさと立ち去りましょう』


「…うん、そうだね」


 『ああ、その装束、都合よく顔を隠せますから、隠して行きましょう』

 そういってミクズがアカードにフードを被せて、首元の余っていた布を持ち上げ、口元を隠した。


 「…なんか、悪い事をしてるみたいだね」


 『過ぎたるは及ばざるが如し、獣人の国や、西方の大陸に伝わる格言ですわ。過ぎたる善行も、災いのもとになりますわ』


 「そんなものかな?」


 『そんなものですわ。さ、済ましてしまいましょう』

 ミクズはコン石になり、アカードのポケットに自分から納まった。


 「ま、そんなもんだよね」

 アカードは、少女を背負い、村に向かって歩き始めた。 

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