1-18.人間らしく
周囲が明るくなってきて、アカードは目を醒ました。ミクズは既に起きており、薄く明るい廃墟の街を眺めていた。
「おはよう」
『おはようございます。良い朝ですわ』
「そうだね」
早朝の空気は冷えており、アカードは火を起こそうと、焚火に薪をくべ始める。
『主様、こちらをどうぞ』
ミクズの右手の先には、白い湯気を立てた頭一つ分程の水玉が浮かんでいる。
「ありがとう」
アカードはその水玉からお湯をすくって顔を洗い、うがいをする。
『それと、朝食も任せて下さい』
「ええ、でも…」
『良いのです。恐らく、今日も大変ですから』
何から何まで世話をしてくれるミクズに、アカードも手伝おうとするが、ミクズはそう言って譲らず、テキパキと朝の支度をしていく。
ぼんやりと廃墟を観ながら待つこと、暫し。アカードの前には美味しそうな朝食が用意されていた。
「温まるし、美味しいよ。ありがとう。ミクズ」
『ええ、良かったですわ。…ところで、主様。今日、というか今後の予定になるのかもしれないですが、これから如何いたしましょう。周囲のゴブリンは殲滅しましたが、ゴブリンはウヨウヨいます。なので、期限一杯まで狩り尽くし、六日後に目的の場所に辿り着いて、屋敷に戻るというのが良いでしょうか?』
ミクズも一口スープを飲む。
『それか、このまま、ダンジョン本体の王宮に乗り込むか』
「え…?」
ピタリとアカードの動きが止まる。
『大きな問題はありません。罠があると面倒ですが、並大抵の罠なら排除出来ます。それに、魔素を探ればダンジョンに眠る、魔道具などの探索も可能ですわ』
「そ、そうなの…確かにミクズがいればなんとかなりそうだけど…」
アカードとしても、ダンジョンの中には興味がある。時に発見される常識破りな魔道具、隠された宝物、ダンジョンは一攫千金を夢見る人間が目指すべき場所である。
それに、ミクズと共に行けば、ほぼ確実にダンジョンを攻略出来るだろうし、運が良ければ、魔道具や宝物も手に入れられるだろう。
(…でもな…)
ただ、あまりにミクズに依存するのは、何故かとても恐い。破滅に突き進むイメージしか浮かんでこない。
「…まだ、もう少し鍛えていたかな」
そのため、アカードはカッコつけて、その提案を断った。
『…ええ、きっと主様ならそういうと思いましたわ』
どこか嬉しそうに、だが、残念そうに、ミクズが微笑む。
「うん。本当はダンジョンの中にも行きたいんだけど、きっとまだ、僕じゃ歯が立たないだろうし…だから、もう少し強くなってから一緒に挑んでくれたら嬉しい」
『…あああ、なんと愛おしいのでしょう』
アカードの素直な告白に、ミクズが我慢できず抱き着いてくる。
「ちょっと、ミクズ!!すぐに抱き着いてくるんだから」
『そうはいっても主様が悪いのですよ』
「ええええ、なにそれ」
ミクズに抱き着かれつつ、朝食を終え、準備を整えると、二人は出発することにした。
『では、今日もゴブリン狩りということで宜しいですね?』
「うん、そうしよう」
ミクズと共に空に飛びあがり、二人は滑るように移動を開始した。少し先に王宮へと繋がるメインストリートが見えてきた所で、ミクズの耳が動き、なにかを感じ取る。
『…主様、昨日より多くのゴブリンに挑んでみようかと思うのですが、如何ですか?』
「え?昨日より多く?」
『はい、百体程』
「ひゃ、百?!なんでそんなに一気に?!」
『…ええ、実は私達の眼下に、ゴブリンが集まってきているようなのです。丁度良いかと思いまして』
「?魔素も撒いてないのに?」
『他に餌になるものがあるのでは?』
興味なさげに、ミクズが応える。
「…魔素の代わり?死体…とか?」
『良い線かと。あるいは、そうですね…死にかけの冒険者、とか。まあ、どのみち死体になるのだから、流石、主様、正解ですわ』
「み、ミクズ、助けるよ!降りて!!」
『ですが、下には、百体程集まっているようですよ。ずいぶんとド派手に暴れて、かき集めたようですわ。宜しいので?』
「…ここで放っておくわけにはいかないよ」
『…既に何人かは死んでいるようですし、ほぼ全滅しているかもしれません。かなりの量の人の血の匂いが混じっていますわ』
「そんな…」
『気にすることはありません。彼らの結果は彼らが選択したものなのですから。故に、ここは、彼らが、足掻き、ゴブリンを消耗させてくれるのを待った方が得策ですわ。どうせ死体さえあればいいですし、主様もリスクを冒さずに済みます』
ミクズの言葉は間違っていない。確かに、ダンジョンに挑むことは、命を懸けて危険な博打であり、全ては自己の選択による結果だ。
「…だけど、ここで放っておいたら、明日の目覚めが悪いよ。それに、どうせ戦うなら、今からでもあまり変わらない、と思うんだ」
それでも、そんなに簡単にはアカードは割り切れなかった。目の前で救えるかもしれない存在がいるならば、手を差し伸べたいと思うのだ。
『…それが主様の選択なら、是非もありませんわ』
空中で尻尾を畳み、急降下していくミクズとアカード。急激な浮遊感を感じながらも、アカードは刀の柄を握る。
地面が見えてきた所で、速度が緩やかになる。見れば、何十体ものゴブリンがうろついている。
『散らしますわ』
そう言うと同時に、ミクズを中心に鋭い風の刃が飛び散っていく。
<ゲエエエエエエエ!>
<ゲッ>
アカード達の着地と同時に、周囲からゴブリンの悲鳴や怒号、そして瓦礫が崩れ落ちる音が聞こえてくる。
「いくよ!!」
ミクズから離れ、刀を抜き放ったアカードにゴブリンが襲い掛かってくる。刹那の抜き去り際、アカードの一閃がゴブリンの首をはねる。
(え…!?)
自分でも驚く程、身体が軽い。しかも、ゴブリンの動きは昨日よりも遅く感じられ、ゴブリンが放った粗末な刺突は止まっているにすら見える。アカードが通り抜けただけで、三体ものゴブリンを切り殺されていた。何も考えずとも、自分の身体が勝手に動いている。
『お見事ですわ!主様!!』
ミクズの声で、夢から覚めるように、はっと我に返る。
「あ、ありがとう」
瞬時に周囲を確認する。近くにいたゴブリンの群れが波のように迫ってくる。
『固まってくださるとは、手間が省けますわ』
アカードの背後から四方にミクズの風刃が放たれる。当然、アカードに触れることはなく、アカード自身もそれを疑うことはない。故に、気にせず、崩れたゴブリンの群れへと突進する。
<ゲェッ>
<ゲエエエエエエエ>
<ゲャアアアアアアア>
阿鼻叫喚。数で圧倒していたゴブリンはその油断と戦意を打ち壊され、恐怖に呑まれた個体があちこちで立ち尽くし始めた。
「…止まったら、終わりだよ」
骨身に染み渡った言葉を呟きながら、アカードは固まったゴブリンを切り捨てていく。一体二体三体…四体五体六体…十一、十二…十五…二十…
時に、混乱の中にあっても身の危険を感じ取り、アカードに向かってくるゴブリンもいた。だが、動揺し、振り回しただけに過ぎない粗末な一撃がアカードに届くことは無い。
「ッ!」
鋭く息を吐き、ゴブリンの喉を刀で貫く。既にアカードは三十余りのゴブリンを屠っていた。
『…流石、主様。この短期間で凄まじい成長ですわ』
ミクズの声に振り返ると、既に周囲のゴブリンは殲滅され、死屍累々と転がっている。その中を、虹色に輝く魔素を纏うように吸収しながら、ミクズがアカードに歩み寄ってくる。
「…うん。自分でも驚くぐらいに身体が軽いんだ」
事実、三十体程のゴブリンを切り捨てても、まだ体は軽く、気力も充実していた。調子は良い。すこぶる、これ以上ないくらいに良い。だが、それ故に昨日と比べ、その調子の良さに不安になるアカード。
(こんなに、一日で変わるものかな?)
『…それはそれは、頼もしい限りですわ。きっと主様の成長は始まったばかりですよ。まだまだ化けますわ』
「そ、そうかな?」
『ええ、成長期が始まった男児は皆、初めはその変化に怯え、混乱するものです。ですが、自然と受け入れ、その変化を楽しんでいくものですわ』
そっとアカードの頬を撫でながら、ミクズが微笑む。
「成長か、そうか、成長したのか…」
アカードは自分の手を見つめ、湧いた違和感を握り潰すことにした。
『…ところで、主様、まだ生きてる人間の反応があるようですが、如何いたしますか?』
「え?あ!そうだ!どこにいるの?!」
ミクズの案内を頼りに、慌てて生存者の元に向かう。
「…いた、でも…」
アカードとミクズの目線の先、瓦礫の山に倒れこんだ一人の探索者の背中が見える。だが、その背には無数の切り傷がつけられており、鉄製であっただろう防具は、ボロボロになっていた。
『既に息は無いですわ』
見れば、苔むした石畳が赤黒く染まっている。
「そっか…」
ミクズがその探索者に近づき、何かを確認する。
『ですが、どうやらこの者は守り切ったようですよ』
そう言って、死体をそっと押して退かす。そこには、人が一人入り込める穴が開いており、涙を流しながら気絶している少女がいた。




