1-17.一つまみの愛情(特盛)
大立ち回りを演じ、ゴブリンを魔素としてミクズが取り込んだ後、アカードとミクズは一息ついた。
「…つ、つかれた…」
アカードは石畳の大の字に転がり、空を仰いだ。ゴブリンとは言え、実戦となると神経の消耗は激しく、それも一度に多頭を相手取ったとなると、気が抜けた時の脱力は相当なものだった。
『お疲れ様です。雄々しくて惚れ惚れする戦いぶりでした。それに動きも良くなっていましたわ』
ミクズが地面に置かれたアカードの荷物から、水筒を取り出し、手渡す。
「…色々とミクズに言いたいことあるけど、とりあえず、ありがとう」
アカードの制止を聞かず飛び上がったこと、了解を得る前に魔素を散らして再び大量のゴブリンを呼んだこと、文句を言いたいことは沢山あったが、疲れて話す気力も湧いてこなかった。
『…さて、そろそろお昼時ですわね。主様はそのままで少々お待ちください』
アカードが疲れているのをこれ幸いと、ミクズが話を変えていく。諦めと、疲れと、達成感で、呆然と青い空を眺めるアカードを、初夏の温かさを抱いた風が撫でていった。
『主様、お昼の準備が出来ましたよ』
少しうつらうつらとしてきた所で、ミクズから声がかかる。
「あ、ありがとう…って、あれ?いつの間に、お湯なんか沸かしたの?」
傍で準備をしており、そんなに時間も経過していないはずなのに、温かいスープも用意されていた。
『魔素でお湯を作り出すことなんて造作もありませんわ』
そう言って、ミクズが指を立てると、空中に大きな水玉が出来上がる。そして、そこから徐々に白い湯気が上がっていく。
「…なんか、ミクズって万能だよね…」
『ありがとうございます。主様のためならこのミクズ、なんだってやってのけますわ』
「うん…確かに、出来ちゃいそう」
温かいスープが喉を通り、身体の内側から温めていく。
「おいしい!」
ただ、干し肉を入れただけなはずなのに、香ばしい味が口に広がる。
『ええ、少し、味付けを凝ってみました。それと、疲れを取るために少々、隠し味を混ぜましたわ。お口に合えば良いのですけど』
「うん、とっても美味しいよ。身体も温まるし、それに身体も少し楽になった気がする」
『良かったですわ。どうぞ、お肉とパンも食べてみてください』
そう言って、ミクズも微笑む。
「…これも美味しい。調味料なんて持ってきてなかったよね?なんで、こんなに味が付いてるの?」
アカードが詰め込んだ時は、乾いたパンと硬い干し肉だったはずなのに、今はまるで焼き立てのように柔らかく、ほんのり甘味すら感じるパンと、香ばしく噛み応えがある干し肉に変わっていた。
『一つまみの愛情ですわ。美味しいですか?』
「うん、とっても!元気も出てくるよ」
事実、冷たく重たくなっていた四肢は温まり、軽くなっていた。
『…良かったですわ。もし、主様に余裕があるならば、この後もゴブリンを殲滅していこうかと思いますが、如何でしょうか?疲れて動けないというなら、無理にとは言いません。ただ、主様の動きは実戦を経れば経るほど鋭くなっていますし、良い訓練にもなるかと思いますわ』
「そうだね、元気も出てきたし、あ、でも、いきなり飛びあがるとか、流れるように魔素をまき散らして大群を呼ぶとかは勘弁してね」
『ええ、了解致しましたわ。…本当に主様は可愛いですわ』
美味しい物を食べ、疲労も回復したアカードはコロコロとミクズに転がされているのに気が付かない。
「?」
『いえ、美味しそうに食べてくださるので』
「だって、美味しいよ?」
美味しそうにパンを頬張るアカード。
『ありがとうございます』
優しく微笑みながら、ミクズの尻尾が揺れていた。
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『どうやら、この辺りは先ほどの一戦で片付いてしまったようです。また、移動して探そうと思いますが、宜しいですか?』
「…また、飛ぶの?」
アカードが顔をしかめる。
『ええ、ご安心下さい。もうコツは掴みました』
胸を張り、アカードを迎えるために両手を広げるミクズ。
「うん、それなら…でも、やっぱり抱きつくのは変わらないんだね…」
照れて、下を向きながらミクズに抱き着く。
『主様、もっと強く抱きしめてくださいませ』
「う、うん…こう?」
強くミクズを抱きしめる。
『良いですわ。それでは参りますわ』
嬉しそうに耳や尻尾を動かし、ミクズが飛び上がる。それは優しく、浮き上がるような感覚であった。
「…確かに、全然違うね」
緩やかな川を流れるように、青空を進んでいく。
『落下速度も操れるようになってきました。このまま一度着地して、また進みますわ』
そう言って、ふわりと石畳に降り立ち、また浮くように飛び上がる。
「やっぱり、ミクズって万能だね…」
『もっと、褒めて下さっても良いんですよ?そして頭を撫でて下さっても構わないんのですよ?』
「こんな感じかな…?」
そう言って、たどたどしく、アカードがミクズの頭を撫でる。
『ええ。何よりのご褒美ですわ…』
嬉しさからか、空中で左にフラフラ、右にフラフラと揺れていく。
「ミクズ!?しっかり!!落ちちゃうよ」
慌ててアカードがしがみつく。
『ああ、しかもこんなにミクズを強く求めて下さって、感激ですわ』
更に高度がフワフワと不安定になっていく。
「こわいこわいこわいこわい!!」
抱き締めているミクズの身体しかアカードには寄る辺は無く、だが、きつく抱きしめれば締めるほど飛行は不安定になっていった。
騒ぎながら空中散歩をすること、暫し。ふわりと、幸せそうな表情をしたミクズと、青く疲れた顔をしたアカードが石畳に降り立つ。
『楽しかったですわね、主様』
「うん…そうだね…」
力なく、気のない返事でアカードが応える。
『さて、どうやらこの辺りでまた大群を呼べそうですわ。主様、準備は良いですか?』
そう言ってミクズの右手に虹色の塊が生成される。
緩んでいた気持ちを刀を抜くと同時に打ち捨てる。
「…どうせ、やめてって言っても、やるんでしょ?」
呼吸を整えたアカードが、覚悟を決めて言い放つ。
『なんのことやら…では、いきますわ』
ニヤついたミクズの手から、魔素が放たれた。
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本日三度目のゴブリンの大群を終えた頃には、辺りは暗くなり始めていた。
「流石に、今日はここまでかな…」
周囲のゴブリンを狩りつくし、静かになった廃墟の広場の真ん中に、二人は立っていた。
『ええ、良く動きましたわ。明日に備えて、この辺りで野営の準備を致しましょう』
「うん。そうだね。あそこに丁度良い屋根もあるし」
アカードが指差した先には、半円上の屋根が覆っているドームのような廃墟があった。
『良いですわね。…かつては劇場として機能していたのでしょうか?』
「劇場?演劇とかをする場所のことだよね?」
『ええ、主様は見たことありますか?涙を誘う悲劇や、落ち込んだ気持ちを励ましてくれる喜劇、そして、人間の力や正義を称える人間賛歌』
夕日に仄かに照らされた劇場に向かいながら、ミクズが流れるように述べていく。
「うーん、モトアザにもあるけど…生活で一杯一杯だったから、雑用をやってた時に、ちらりと観たぐらいかな…」
ミクズの後を追いながら、アカードも劇場に近づく。
『そうなのですか…では、今度、是非ご一緒に参りましょう。何事も経験ですわ』
ひょいと、自然に、ミクズが演壇に飛び上がる。そして、追い付いたアカードに手を伸ばす。
「ありがとう」
アカードもミクズの手を掴み、演壇へと上がる。
『ご一緒にロマンスなども観てみたいですし』
アカードの手を放さず、そのままアカードを抱きしめて、踊るようにくるくると、演壇をミクズが歩く。
「ととと…もし、これが演劇なら、立場が逆なんじゃない?」
ミクズに抱きしめられ、振り回されながら、アカードが冷静に突っ込む。
『あら?抱きしめて踊って下さるので?』
「…いや、えっと、こんど、今度ね」
そもそも踊り方なんて分からない。
『あら、残念ですわ…でも気が変わったらいつでもお誘い下さい。その時を楽しみにしておりますわ』
幼い少女の様に無邪気に、傾国の美女のように妖艶に、ミクズがアカードの耳元で囁く。
「う、うん」
アカードは、紅くなった顔を隠すように、野営の準備を始め、ミクズは慌てるアカードを微笑みながら見つめていた。
夕食の準備が整った時には、日は完全に沈み、満点の星空からの儚い明かりと、焚火の明かりのみがアカード達を照らしていた。
「ごちそうさま。とっても美味しかったよ」
アカードの感想に嘘偽りは無い。食材は保存食だけなのに、まるでカーディが屋敷で作ってくれていた食事のように美味しいのだ。
「…ミクズ、一つまみの愛情って?」
『ええ、大盛りですわ』
「なんだか、変だね」
そう言って、アカードとミクズはクスクスと笑い合う。その間を優しく、静かな風が吹き抜けた。
「…かつてはこの街にも大勢の人が住んでいたんだよね…それが、全員いなくなって、街だけ残ってる。きっと、僕たちが座ってるこの場所も、昔は沢山の演劇とかがやってて、沢山の人が見に来てて、なんか、変…というか、不思議な感じだね」
ミクズに語るというよりも、自分の中に湧いた気持ちを整理するようにアカードが呟く。
『ええ、変わらないモノは変わるという真実だけですわ。だから、私達は今を繰り返していくしかないのです』
言いながら、ミクズがアカードに毛布を被せる。
「ありがとう」
『主様、夜はまだ冷えます。それに明日も早いですわ。そろそろお休みになりましょう』
「そうだね」
そう言って、毛布に包まると、自然にミクズが寄ってくる。
『二人の方が暖かいですわ』
ミクズはアカードの顔を自身の胸に抑え込み、物理的に反論を封じた。
「…もう、おやすみ」
自分で思っていた以上に疲れていたアカードは、早々に抵抗を諦めて、ミクズの胸の中で呟いた。
『おやすみなさいませ』
そんなアカードの頭を愛おしそうに撫でながら、ミクズが応えた。空には満天の星が煌めき、周囲は深く眠りについたように静かで、優しい夜に二人は包まれていた。




