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1-16.コン石と魔素

 「…ミクズ。モンスターを呼ぶにしてもびっくりするから、ちゃんと相談してからにしようよ」

 大漁のゴブリンを片付け、石柱も何もかも吹き飛び、瓦礫の山と化した広場にミクズを座らせて、アカードは説教を試みていた。


 『申し訳ありません。でも、主様となら問題ないと思ったのです。実際、大丈夫だったでございましょう?』

 しおらしく耳を畳み、上目遣いにミクズが話す。


 「確かに大丈夫だったけど、もしダメで、ミクズや僕が大怪我したらどうするの?避けられる危険なら、避けた方が良いよね?」


 『…申し訳ありません。』


 「えっと…分かってくれれば、いいんだけど…」

 いつもとは違う、しおらしいミクズの姿に、ついアカードの攻勢が緩む。その隙を逃さず、アカードに分からないようにミクズはニヤリと微笑み、立ちあがる。


 『…もし、万が一にでも主様が怪我をされたなら…食事の口移しは勿論、身体のお世話から、下のお世話まで、主様がドロドロになって溶けて、私から離れられなくなるまで、尽くして、尽くして、尽くし抜いて、支えていきますわ』

 そういって瓦礫の足場に立ち、アカードを抱き寄せる。自然、アカードの顔がミクズの胸に埋まる。


 「ちょっ!そういうことじゃ」

 抵抗しようとするも、花のような甘い匂いに包まれながら、頭を優しくなでられ、抵抗する力が奪われていく。


 『大丈夫ですよ。大丈夫。主様。無茶はしませんから…ね』

 

 「…もう。そうやってすぐ誤魔化す…」

 こうなると、アカードに勝ち目はない。完全にミクズはアカードを巻き込む手段を心得ていた。


 『はい!もちろんです!』

 途端に笑顔になり、更にアカードを強く抱きしめるミクズ。


 「ちょっ、ちょっと、ミクズ離して、苦しい、から」

 豊かな胸で顔を包まれ、息が出来なくなったアカードのくぐもった声を聞き、ミクズが拘束を緩める。


 「全く、調子が良いんだから…で、ミクズは確かめたかったことを確かめられたの?」

 照れて赤くなった顔を隠すように、アカードは矢継ぎ早に質問をする。そんなアカードを、微笑ましそうに眺めて、ミクズが続ける。


 『…ええ。主様のおかげで確認出来ましたわ。私の考えが正しかったことが』

 ミクズの右手に虹色の刀が作り出される。それは、以前よりも濃く、大きく、鋭くなっていた。


 「あれ?形が変わった?というか、なんか強そうになった?」


 『そうです。強くなってます』

 そう言って、目の前の廃墟に向かって虹色の刀を一振りする。轟音と共に、目の前の廃墟が切断され、先の先まで、石畳には亀裂が走っていた。


 「…」

 パラパラと破片を飛ばし、土煙が昇っている空間を眺めて、アカードは絶句する。


 『今はまだこんな所、でしょうか』


 「…いやいやいやいやいや、充分でしょ!?」


 『?まだまだですわ。世界を敵に回しても、主様を守りぬけるぐらいの力が必要ですわ』


 「回さないから、世界を敵に回さないから!」

 キョトン顔のミクズの本気とも戯言とも分からない発言に突っ込み続けること、暫し。


 「…とりあえず、なんでそんなに強くなったか聞いて良い?」

 

 「ええ、勿論ですわ!要は、扱える魔素の量が増えたのですわ』


 「魔素の量が増えた?」


 『そうです。えーと、僭越ながら説明させて頂きますわ。まず、私はコン石を核として、この身体、そして武器に至るまで全て、魔素で構成されています』

 いまいち理解が追い付かないアカードの様子を観て、ミクズが説明を続ける。


 「う、うん」

 そして、つい忘れそうになる事実だが、ミクズは魔素を得たコン石なのだ。


 『…魔素で作られているというのが、あの女ののっぺら坊と同じで、癪なのですが…』

 本当に悔しそうに、恨めしそうに話すミクズを、アカードは刺激しないように慎重に頷くだけで応じる。


 『…話しを戻しますわ。主様はあの日の夜、のっぺら坊が自分の左腕や頭を引っこ抜いて武器にしたのを覚えていますか?』


 「…あ、うん。びっくりしたし、覚えてるよ」


 『あれは、あの女が扱える魔素の限界が、のっぺら坊一体分だったのでしょう。だから、新たに魔素を使って武器を作らず、左腕や頭を引っこ抜いて武器に変えるしかなかったのです。…つまり、大気中には莫大な魔素がありますが、扱かう側に限界があり、出来ることが制限されていたと考えられます』


 「なるほど…だから、自分の身体を作り変えていたのか…」

 あの夜の、レイが作り出した死体が、自身の左腕や頭部をもぎ取った光景が頭をよぎる。そして、同時に一つの疑問が生じてきた。


 「ってことは、ミクズにも扱える限界があるの?」


 『それこそが、この威力をもってして、まだまだと言った理由です。…結論から申し上げますと、私に限界は、ほぼありません』


 「な、ないの?えっと、つまり、それは、どこまでも強くなれちゃうって、こと?」

 アカードは、これ以上の威力を想像して、背中が寒くなる。


 『ええ、恐らく。大気中に存在する微細な魔素は扱えませんが…魔石から吸収して、蓄え、増やせば増やすほど理論上可能ですわ』


 「蓄えられちゃうの?」


『ええ。…ああ、キョトン顔の主様も可愛いですわ。食べてしまいたいぐらいに!』

 そういってまた、ミクズがアカードをきつく抱きしめる。


 「ちょっと、くるしい…でも、どれくらい?」

 ミクズの腕の力に抵抗し、胸に押しつぶされないように、隙間を作る。だが、その温かさと甘い匂いに抗いきれず、抱き着いたままを良しとして、会話を続ける。


 『…どのくらい蓄えられるかは、私自身でも分かりませんが、なんとなく感覚として、このダンジョン一つは飲み込めるかもしれません』


 「…」

 ミクズの話をまとめるなら、人間は大気中の魔素を扱えるが、扱える量に限界が存在している。対して、コン石は大気中の魔素は扱えず、蓄えた魔素しか扱えないが、蓄えた分だけ利用することが可能であり、ミクズの感覚を信じるならば、限界は底知れない。


 「つまり…ゴブリンとかを倒せば倒すほど、ミクズは強くなっていくってこと…?」

 ようやく、アカードは現在の状況を理解した。


 『ええ、その通りです!しかも、主様もどんどん実戦訓練を積めて一石二鳥ですわ』


 「た、確かに、強くなれるなら、良いかも、しれない…のかな?」

 ミクズが驚異的な存在になってしまう。脳裏に災いという言葉がよぎる。


 『ええ、そうと決まれば、主様、しっかり捕まっていてください』

 そう言って、ミクズはアカードが考え込む前に行動を起こした。

 アカードを抱きかかえ、軽々と飛び上がった。

 アカードの視界から瓦礫や廃墟が消え、青く眩しい空が視界に広がっていく。


 「み、ミクズ!?飛べたの?!」

 廃墟を軽々と超える高さまで飛び上がったミクズ。二人の眼下には廃墟の街が広がっていた。


 『いえ、ただ跳ねただけですわ。でも、良いですわね。身体的な能力も強化されていますわ』

 尻尾を広げ、風を拾い、ミクズが空を滑る。アカードは振り落とされないように、必死でミクズに抱き着く。


 『もう、主様ったら、甘えん坊なんですから』


 「ワザとでしょ!?絶対ワザとやってるでしょ!?」


 『なんのことやら。あら、主様、あちらのエリアにゴブリン共がいるようですわ。移動して宜しいですか?』

 アカードが許可を出す前に、ミクズが尻尾を畳み、地面に急降下する。


 「えええええええええええ」

 アカードの叫び声を響かせながら、ふわりと地面に着地したミクズ。かなりの高さから落下したにもかかわらず、音すら聞こえない静かな着地であった。


 「ま、まってえええええええええええええ」

 そして、間髪入れず飛び上がり、また二人は青空を滑る。


 『…そろそろ着きますわ。主様、準備は宜しいですか?』

 ミクズの手にはまたしても虹色の玉が作られている。


 「み、みくず、少しゆっくり…」

 目を回したアカードの、力ない声がミクズの胸元で響く。


 『くずぐったいですわ。行きますね』

 右手の虹色の玉、改め、撒き餌が眼下に広がる広場に放たれる。虹色の玉は石畳に触れると露散し、風に乗って広がっていく。そして、そこに、ふわりとミクズ達が静かに降り立った。


 『…寄ってきてますわ。主様、ご準備を』

 アカードを解き放ち、ミクズが声を掛ける。


 「…うえぇえ、フラフラする…」

 千鳥足でふらつきながら、アカードは刀を抜く。そして、呼吸を一つ。長く息を吐く。


 「…本当にミクズは、自由だよね」

 頭を振りながら、皮肉を吐き、揺れていた視界を整える。


 『ありがとうございます。ですが、主様あってこその私ですわ』

 微笑みながら、両手に虹色の扇子を構える。


 「…よく分からないけど、それなら、僕が待ってて言ったら、待ってくれるはずだよね?」

 冷ややかな目でミクズを睨むアカード。


 『風の音が大きくて、良く聞こえませんでしたわ』


 <ゲエエエエエエエエエエエエエエエエ>

 あちこちから、叫び声が聞こえてくる。


 「全く、よく言うよ」

 ミクズに言葉を投げ捨て、周囲へと注意を張り巡らす。


 『それでも、一緒に戦ってくれる主様が、私は大好きですわ。…前から二十、主様の前方より十、接近中ですわ』

 尻尾を嬉しそうに揺らし、ミクズはアカードに背を向ける。


 <ゲエエエエエエエ>

 二人が武器を構えると同時に、周囲から堰を切ったようにゴブリンが襲い掛かってくる。


 「…!」

 流石に、童貞は捨てたと言え、十を超すゴブリンの群れにアカードの身体が固まる。


 『主様なら、造作もありませんわ。主様が戦ってきた日々に比べれば、蟻のような取るに足らない存在ですわ』

 ミクズの声と共に、後ろから轟音と、ゴブリンの悲鳴が聞こえてくる。前方のゴブリンの勢いがなくなり、その場で固まって動かなくなる。それどころか、アカードの後ろの光景を震えながら見ており、徐々に後ずさりしている。


 『背中はお任せを』


 「やるしかないか…!」

 自分の固まりかけていた足を叩き、刀を握り直す。


 (止まったら終わりだ)


 踏み込み、眼前のゴブリンを切り捨てる。


 「まずは一つ!!」

 

 『その調子ですわ!!』

 アカードとミクズの大立ち回りが始まろうとしていた。


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