1-15.狐、暴るる
【沈んだ都】。その中心には王宮があり、そこから同心円状に街が広がっている。そして、この王宮がダンジョンのメインとして機能しており、地下には何層もの迷宮が存在し、未だに広がり続けているという。
探索者達は王宮に通じるメインストリートを進んでいくことが多く、アカード達が滞在している屋敷はそのメインストリートから離れているため、滅多に探索者や人間が立ち寄ることはなかった。
今回、一日の休日を挟んだ後に、カーディから新しい訓練として指示されたのは、同じくメインストリートから離れた位置に存在している建物に、一週間以内に到着するというものであった。つまり、廃墟を進むアカード達の周囲には崩れかけの建物とモンスターしか存在せず、他の冒険者とも会うことがない。
そして、この事実に狂喜するものが一人、居た。
『…ようやく私の出番ということですわ!!』
実体化したミクズが嬉しそうに胸を張る。
「ええっと、ミクズって、戦えるの?」
刀の訓練ではあれこれアドバイスをもらったが、実際にミクズの戦う様子は見たことが無かった。
『…多分』
「多分?」
『いえ、違うのです。薄っすらと存在する記憶が正しければ、私もそれなりに戦えるはずなのです。ですが、このコン石という存在になってから戦闘をするのは初めてで、正直、やってみないことには』
言われてみれば、ミクズが自我をはっきりと取り戻したのはアカードと接触してからだ。そして、それから危険な目にも合ってきたが、戦闘する機会は無かった。
「そうだよね。…えーっと、とりあえず、僕の刀使う?」
アカードが差し出した刀を、ミクズは手で制止し、謝辞した。
『それも含めて、色々と試してみたいのです。…ですので、まずは適当なモンスターを探しましょう』
「えぇ…、僕モンスターと戦うの初めてなんだけど…?」
『大丈夫です。今の主様ならゴブリンぐらいなら造作もありませんわ。そして、この周囲には、恐らくゴブリン以上のモンスターはおりませんわ』
「そうなのかな…」
一抹の不安を抱きながら、ミクズに案内され、廃墟を往く二人。一応、カーディから必要最低限の物資と屋敷に出入りするためのスペアキー、そして、地図は渡されており、「もし、武器が壊れたり、食料が尽きたら戻ってきてください。それ以外は現地でなんとかしてください」と指示を受けていた。
(…大丈夫かな…?)
『あ、主様、手頃な所にゴブリンが二体程いますわ。ここを真っすぐいった所です』
「…ミクズはモンスターの位置が分かるの?」
迷うことないミクズの案内に、アカードは疑問に思う。
『ええ。モンスターは魔石の気配が…いえ、あの女の言葉を借りれば魔素が漏れ出ていますわ。それを探れば良いので、簡単ですわ』
「そうなんだ」
『…さて、出てきますよ』
そう言ってミクズが立ち止まると、前にある廃墟から、緑色の肌をした人間の子供ぐらいの背丈のモンスターが飛び出してきた。所々土にまみれた肌、申し訳程度に巻かれたボロ布、拾ってきたであろうこん棒、間違いなくゴブリンであった。
「本当にいた!」
『当然ですわ。さて、主様、ここは私に任せて下さい』
そう言って、ミクズは右手をゴブリンの一体に向ける。ゴブリンはミクズの様子を観察しながら何か相談するようにお互い鳴き合っている。
『一つ』
ミクズの身体が赤く輝きだす。
<ゲェゲ?>
手を向けられたゴブリンの動きが止まる。そして、小刻みに震えだす。その震えは徐々に大きくなり、自分の身体を抱きしめながら地面に倒れ込む。ゴブリンの身体は指先や足先といった末端から虹色に溶け始め、ミクズの手の平へと吸い込まれ始める。
<ゲエエエエエエエ>
大きく痙攣すると、黒い煙を上げて、そのままゴブリンは虹色の粒子となり、ミクズに吸収された。
『…まずはこんなところですかね』
そして、手をぐっぱと握り、右手に虹色の玉を作り出す。そのまま右手を空へと掲げ、一振り。ミクズの右手の虹色の玉が、刀のような形に変わる。
『二つ』
スタスタとゴブリンに向かって歩きながら、虹色の刀を振りかぶる。ゴブリンは事態を把握出来ず、おろおろと逃げるでもなく、戦うでもなく、固まっている。
『えい』
可愛らしい声と共に、まだ先にいるゴブリンへと、刀を振るう。
<ゲ?>
ゴブリンの身体が縦に一閃され、勢いそのままに足下の石畳を薄く長く伸びた虹色の刀が切り裂く。ミクズはそのまま縦に裂かれて絶命したゴブリンに手をかざす。死体が一瞬で、黒い煙を上げて虹色の粒子に変わり、吸収されていった。
『どうですか、主様?中々じゃないですか、私も』
くるりと嬉しそうに振り返り、尻尾をフラフラと揺らすミクズ。
「…」
対してアカードは、驚きで空いた口が塞がらなかった。
『主様?』
ミクズがアカードに近づいて、手を眼前で振る。
「…あ、ご、ごめん。でも、一体なにがどうなったの?」
我に返り、ミクズに尋ねる。
『えーとですね。あの女が作り出したのっぺら坊を覚えていますか?』
「のっぺら坊?あの女?」
のっぺら坊は意味が分からないし、ミクズが言うあの女とは誰の事かアカードは絞り切れなかった。
『ほら、オウマと戦ったあの夜のことですよ』
「ああ!!レイさんと、魔素で作った死体のこと」
『…私、主様の口から他の女の名前を聞きたくありませんわ』
途端、ミクズの尻尾が垂れる。
「…えぇ…」
『まあ、今は置いておきましょう』
「あ、ありがとうございます」
『良いですわ。それで、続きなのですが、あの日の戦いを観て、そして、あの女の説明を聞いて、魔素を自由に扱えれば、形も変幻自在な武器を作れるということだと思ったのです』
「な、なるほど。それで、あの虹色の刀を作ったのか…でも、その前にゴブリンを生きたまま魔素に変えてたよね?あれは、どうやって…?」
『…なんとなくですが、昔、あのように力を吸い取っていた気がしたのです』
ミクズがそっと目線を逸らして呟く。尻尾も垂れ始めた。
「ええ?それって、凄いことだよね?死体にならないと魔石に変えられないのに、生きたまま出来ちゃうって」
『あらあら、ミクズの強さをお認めになって下さるんですわね』
再び、嬉しそうに尻尾が揺れ出す。
「だって、凄いよね?死体だけじゃなくて生きてるモンスターも…吸収、出来、る…あれ?」
一つの嫌な可能性にアカードが気付く。
「あの…ひょっとして、人も?」
アカードはミクズがやってのけたことの凄さに、そして恐ろしさに改めて気づく。
『…いえ、申し訳ありません…、ゴブリンでもホブゴブリン等の成長した個体や人間には無理だと思いますわ。ご期待に応えられなくて、面目有りません』
尻尾と耳が元気なく垂れる。
「いやいやいやいやいや、そんなことは期待してなかったよ。むしろ、とっても安心したよ!」
『あら?そうなんですの?私としては、主様に盾突く森羅万象、有象無象をことごとく、灰塵に帰してやりたいのですが…』
「望んでない、望んでないよ。途中から何を言ってるのか分からなかったけど、望んでないよ…」
『ご要望とあれば、なんでも応えられないようでは、主様を私無しの身体に出来ませんからね。頑張りますわ』
「そうか、うん…程ほどにね。…でも、そうなると、なんでゴブリンは吸収出来たの?」
ゴブリンは出来て人間はダメ。確かに違いはあるのだろうが、双方共に生きているということには変わりない。
『そうですわね…なんというか、感覚的な話なのですが、ゴブリンは脆いのです』
「脆い?」
「ええ。不完全というか、完成されていないというか…大きさがバラバラな石を泥で固めて、壁を作ったとして、触ればればすぐに壊れますでしょ?ゴブリンどもはそんな感じなのです。対して、人間はそんなすぐには崩せません』
「そうなんだ。確かに感覚的な話だね。とりあえず、人には危害を加えられないってことで良いんだよね?」
『…ええ。今は。…あ、この先にまだ居ますね。主様、もう少し確かめたいことがありますので、お付き合いをしていただいて宜しいですか?』
「え?今は?あのミクズさん?」
アカードの声を笑顔で受け流して、ミクズが歩き始める。
(まあ、いざとなってもミクズなら大丈夫か…)
アカードは無理やり自身を納得させて、ミクズの隣に走り寄り、共に更に廃墟を進んでいった。
『…いますわ』
暫く歩き、二本の石柱が転がっている広場のように開けた場所で、再びミクズが立ち止まる。
「あ、いるんだ」
『ええ、でも、ここには二体、少し先に三体、と、バラけていますの。一度に片付けてしまいたいですわ…そうだ。実験といきましょう』
ミクズの手に再び虹色の玉が生成される。そして、それを広場の真ん中に放り込む。虹色の玉は石畳にぶつかると少しずつ形が崩れ、粒子が空中に散っていく。
「…?ミクズ?なにしてるの?」
『…釣り人は、魚を釣る際に、その周囲に餌を巻くそうです。そうすると、魚が寄ってきて釣りやすくなるのだそうです』
「…」
なんとなく、アカードは嫌な予感がしてきて、刀の柄を握る。
『恐らく、ゴブリンを始めとするモンスターが死肉を漁るのは、死体を魔素に変え易いのと同様に、吸収しやすいからだと思うのです』
「…つまり?」
『モンスターは魔素に寄ってくると推測されます。なので、撒いてみました』
何でもないことの様に、ミクズが笑顔で話す。
<ゲエエエエエエエ>
気付けば廃墟のあちこちから、唸り声が聞こえてくる。アカードは刀を抜き放ち、周囲に注意を張り巡らせる。
『主様、主様、釣れました!!』
嬉しそうにアカードに報告するミクズ。
「ミクズ!?どれぐらい呼んだの?」
『ざっと、二十といった所でしょうか?大漁ですわ!…あら?主様も刀なんか抜いて、血が騒いできましたか?流石、男の子ですわ』
「いやいやいやいやいや、戦わないと死んじゃうでしょ!?」
『いえ…これぐらいミクズ一人で十分なのですが、主様も興奮してきてしまいましたし、少しお分け致しますわ』
「聞いてる?!ねえ!?僕の話聞いてる?」
『一つ』
ミクズが、右手にいつの間にか握られていた虹色の扇子を振るう。すると、突風が前方に吹き荒れ、煽られたゴブリン達は身体中に無数の切り傷が刻まれ、四肢がもげていく。
『主様、私の背中を預けても宜しいでしょうか?』
楽しそうに妖艶に、見惚れるような笑顔を浮かべて、ミクズがアカードに請う。
「もう!やるしかないんでしょ!!頑張るよ!!」
半ばやけくそであったが、アカードも腹をくくり、刀を構える。
『ああ…主様との初めての共同作業、胸が高鳴りますわ!!』
「後で、お説教だからね!」
<ゲエエエエエエエ>
アカードの前方より、三体のゴブリンがこん棒や鋭い石を持って襲い掛かってくる。
(…あれ?)
アカードはあまりにゴブリンの動きが粗く、遅いことに驚く。
「スッ」
ゴブリンの雑な一撃を軽くいなして、そのまま斬りつける。その身体は脆く、一太刀で命を刈り取る。肉を断った嫌な感触が手に伝わり、一瞬顔をしかめるアカード。
<ゲエエエゲエエ!>
――止まるなと言ったでしょ?――
だが、すぐに気持ちを切り替え、次に襲い掛かってきたゴブリンを袈裟斬りに切り捨てる。そして、その勢いのまま三体目のゴブリンを胴を刀で切り抜ける。
「…ふーー」
一息。自分でも驚く程落ち着いている。
『流石、主様!見事ですわ!!』
いつの間にかミクズは両手に一本ずつ扇子を持っており、ミクズの目の前は竜巻が如く、風が吹き荒れ、土煙や瓦礫と共に大量の緑色の肉片を巻き上げていた。
そして、ミクズの身体へとそこら中から虹色の粒子が集まっていき、それと同時に竜巻は消えていった。
『主様、片付きましたわ』
相変わらず、怖い程綺麗な笑顔で、ミクズが振り返った。




