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1-14.空を掴む

 『主様、相手が盾を持っていたとしても、それに捕らわれてはいけません』

 ミクズが部屋にあったトレイを持ってアカードに殴りかかる。


 「わ、わかってるけど…」

 刀の鞘でトレイをおさえるアカードを、ミクズが持った箒が襲う。


 「いて」

 箒がアカードの脇腹を叩く。言うほど痛くはない。


 『それに、抑えるのでなく、弾くか、いなすのです。あるいは、そうですね、盾を持っている手首に打ち込んでみるとか…攻撃が最大の防御ですわ』


 「弾く、いなす…でも、どうやって?」


 『例えば、こう』

 ミクズが踏み込み、箒で刀の鞘を弾く。


 『踏み込みで、勢いをつけて弾くのです。今の主様はただ力で押しているだけですわ』

 

 「えっと、こうかな?」

 踏み込み、手首のスナップを効かせて、鞘で箒を弾く。


 『ええ、良いですわ。でも、何をするにしても止まってしまったら、相手に斬ってくださいと隙を曝すだけですわ。次の一手を仕掛けるか、動くか、とにかく、止まってはダメですわ』


 「うん、そうか…わかった!」

 午前の作業が早めに終わると、ミクズは実体化し、アカードと指南書の内容を話したり、ミクズの気付いた点をアカードに伝えたり、ミクズがアカードの身体を操ったりと、こっそり二人で訓練をするようになっていた。

 滞在して今日で遂に一か月が経つ。カーディとの訓練は熾烈を極め、今やカーディも手甲や胸当て等、必要最低限の装備を身に着けるようになっていた。


 だが、未だにカーディには一撃も与えられず、アカードは詰将棋のように追い込まれて、最後には斬り負けてしまっていた。

 つまり、この一か月休みなしでぶっ続けで訓練をしているのである。

 もはやアカードの休みに対する渇望は狂人の域に達していた。なにがなんでも、かすり傷の一つでも負わせたいと、アカードは今日もカーディと対峙していた。


 「…さて、今日こそは、今日こそはと意気込んでいるようですが、続けますか?…ええ、気合は十分でしたよ。頑張りました。なにせ私の一撃を八回も耐えたのですから」

 殴られ、蹴られ、本日八回目のダウンを記録して倒れているアカードに、カーディが皮肉を吐く。


 (…強い…ってか、ここまで頑張ったら、もう少し、こう優しくてもいいじゃん…)

 石畳の上に横たわり、空を睨む。


 『恐れながら、主様。今の主様では…とても勝てませんわ。同じ道を歩くことに慣れてしまっています。つまり、決めつけていますわ、勝てない、と』

 ミクズの声が頭に響き、心が揺らぐ。


 (…だって、怖いもんは怖いよ…)


 「ああ、そうだ。今朝確認したら、まだ物資は余っていましてね。あと1か月は滞在出来そうなんですよ。当初、1か月と言いましたが、この体たらくでは、もう1か月延長しましょうか?」

 片手剣を突きつけ、カーディが酷く冷たい声で、絶望を投げかける。


(…あ、あと1か月!?…耐えられる訳がない…)


『…獲物を仕留められなかったフクロウが、同じやり方で飛び続けても、やがて死ぬだけでしょう…ん…主様、やはりここはミクズと共に逃げませんか?まだ飛べる内に』


 (…)

 憎たらしく滲んだ青い空。その中を一匹の鳥が飛んで、彼方に消えていく。ミクズの提案を乗るのも手だなと本気で思い始める。


 「…ててて」

 目をこすり、ミクズに操られることなく、激痛が走る身体にムチを打って立ち上がるアカード。満身創痍だが、自分の足でまだ立つことは出来るし、刀は落としていない。


 『あ、主様?逃げるなら、倒れていてください。今はこの場を納めましょう?』

 立ち上がり、荒い呼吸を整える。ミクズの声が頭に響くも、全身の痛みで聞こえない。


 「…本当に…隙もないし、無暗に攻めれば、叩き切られるし、鎧越しでも骨が折れそうに、痛いし…口は鉄の味しか、しないし、喉は、焼けつ、きそうです…()()()は、僕が知ってる中で、一番強い人、です」


 「…ありがとうございます」

 表情も雰囲気も変えず、カーディが応える。


 「…越えられないんじゃないか、本当にそう思ってます」


 「ええ、ええ、であれば、もう1か月鍛えましょう」


 「でも、それも嫌なんです!!」

 もう恥も外聞も吐しゃ物と共に流し切ったアカードは本音を叫ぶ。


 「やはり、子供でしたか…じゃあ、どうするというのですか?」


 「…例え、今越えられずとも、お休みを貰います!!意地でも!!!!」

 冷静な判断なんて出来はしない。1か月続くという脅迫により完全にタガが外れたアカードは、明日休めるかどうかが判断基準の全てとなっていた。それこそ、命を掛けるに値すると思うほど。


 『……また、加減を間違えたかしら?』

 今度こそ折れたと思っていたのに、アカードは、刀を握りなおした。


 「だから、斬ります。たとえ、腕が無くなろうとも!!」

 刀を持つ左手の小指に力を込めた、それだけで、アカードの構えは自然と整っていった。

 極度の酸欠になった脳が、無駄な感覚を切り捨てて、音は消え、身体も、感情も、何も感じなくなっていく。


 「はははは!!その意気や良し!!」

 豪快に今まで見せたことのないような獰猛な表情でカーディは笑う。

 そして、カーディ、アカード、共に動かず静かに、お互いが相手の中心を取り合った。


 「…参りますよ」

 カーディが呟く。

 刹那、鋭く踏み込み、盾を突き刺すように打ち込んでくる。アカードは側面へと滑るように移動すると同時に、刀を振りあげ、盾を持つ左手へと振り下ろす。


 「おっと」

 盾による攻撃を諦め、防御に構えるカーディ。だが、アカードは盾に当てる前に刀を引き、そのまま下段へと構え直す。


 「おおッ!」

 そして、一気に盾を目掛けて刀を斬り上げる。だが、カーディはその一撃を腰をひねり、左手を引いてかわす。引いた勢いをそのまま乗せた片手剣で、隙だらけなアカードの左肩に斬りかかる。


 「止まるなと」

 ”言ったでしょ?”そう言いかけたカーディの言葉は、アカードの左肩のタックルで止められる。片手剣はアカードの左肩の大袖で受け止められ、今度はカーディに隙が出来る。

 

 「く?!」


 「オオオ!!」

 抱き着ける程に近い間合いの中、アカードの刀がカーディを袈裟斬りにする。


 「…これはこれは」

 だが、カーディも敢えて一歩踏み出して、アカードの刀を胸当てで止める。そして、左手で持った盾をアカードに叩きつけようと振りあげる。


 「…よッショ!」

 掛け声と共に、アカードの頭突きがカーディの顎を捉える。


 「なッ!!」

 アカードの石頭を顎に喰らったカーディは体勢を崩し、後ずさる。


 『まさか…』


 「…行きます!!」

 カーディが下がったことで出来た一足一刀の間合い。アカードは刀を腰の後ろに構えて、踏み込む。


 「オリャああああ!!」

 そして、カーディの胴を輪切りにするように、切り抜ける。カーディの腹部の鎧と刀がぶつかり合い、甲高い金属音が周囲に響いた。


 「…フー」

 早鐘の心臓を抑えるように、息を長く吐き、振り返るアカード。カーディはアカードに背を向けたまま、空を仰ぎ見て、動かない。


 「…見事。見事です。アカード君。…まさかたった一月でここまで成長するとは…」

 そう言って振り返ったカーディの顔は酷く穏やかで、まるで父親のような表情をしていた。


 「…あ、ありがとう、ございます」

 息も絶え絶え、刀を下ろす、そのまま沈んでいきそうになる意識を必死で押さえつける。


 「ここまで見事に一撃を入れられたのなら、もう、何も言えません。本日をもって、私との訓練を終了します!!」

 

 「そ、それじゃあ、明日は、やすめるのでしょうか?」

 

 「ははは…良いですとも。それと、今日の晩御飯は少し豪勢にしますからね。お風呂にでも入って、期待していてくださいね」

 

 「は、はい!!やったあああああああああ」

 そのまま、アカードは石畳に倒れこんだ。


=== 

 『主様、あの頭突きは見事でしたわ』

 クスクスと笑いながら、お風呂の岩陰からミクズが話しかけてくる。


 「…お祖母ちゃんにパンで鍛えられたからね」

 照れくさそうに、だけどどこか誇らしく、アカードは自分の頭を撫でる。そして、腕を伸ばして、赤くなり始めている空を握る。当然、何も掴めはしないが、自然と笑みが零れる。


 『ええ、そうでしたわね…あら、主様。あの男が来ますわ。少し、気配を消していますね』

 瞬時にミクズの気配が消える。そして、暫くして、カーディが入ってくる。


 「…ご一緒させていただいて宜しいですかな?」


 「どう…ぞ」

 カーディの鍛え抜かれ、傷だらけな身体に驚き、言葉が詰まるアカード。


 「…ふー、いいお湯ですなぁ…」


 「はい。傷やアザに効きます…」

 普通に応えたつもりだったが、殴っていた本人の前では皮肉になってしまうと気付く。


 「…それはそれは、ボコスカ殴られましたからね。私に」

 笑いながら、カーディが応える。


 「いや、そんな」


 「…まあ、中々、私も顎と腹に染みますねぇ。本当に、良い一撃でしたよ」


 「…ありがとうございます」

 しばらく沈黙が流れる。露天エリアが吹き込んでくる風が火照った顔に当たり、心地いい。空は夕日に染まっている。


 「…昔、本当に昔、私は小さな国の騎士団に所属していたのですよ。その国は、そこまで豊かではありませんでしたが、王族も民もまるで大きな家族のようでした。そして、私はそんな国を守りたいと、日々、ダンジョンから溢れてくるモンスターと戦っていました」


 「…そうだったんですか、道理で、強いわけですよ」

 

 「ええ、そうだったんですよ。この身体の傷の多くはその時に負ったものなんですよ。なので、誇りすら感じているんです。日々、愛する民を守れることは何物にも代えられない喜びでしたから」

 一息。長い溜息がカーディから吐き出されると、明るく、楽しそうに話していたカーディの雰囲気が変わる。


 「…ですが、そんな平和な日々も、ある時、突然に、残酷に…終わってしまいました。隣国から、突然宣戦布告され、我が国は敗北したのです。必死に、我々も、必死に戦いました。倒れる仲間、敵の返り血、焼け付く痛み、轟音、焦げ臭く匂い、罵声に怒声…全て、昨日のことのように覚えています」


 「…」

 アカードは沈黙で応える。


 「この思い、記憶だけは鎧を脱いでも、いくら身体を洗っても、こびりついては離れないのですよ。…だから、脱げるなら脱いでしまいなさい。何よりもお風呂は気持ちよくなくてはいけません」

 カーディは沈んでいた声を、明るい調子に変えて、珍しく大きな声で笑った。


 「…ああ、すみません。つい長話が過ぎました。そろそろ、私は夕飯の仕上げに掛かることにします。どうぞ、ごゆっくり」


 「あ、は、はい」

 カーディが浴室から退出していく。


 『…主様、中々、沈黙にも耐えられるようになりましたね』

 再びミクズが、岩陰からこっそり話しかけてくる。


 「…もう。なにか言えるような話じゃなかったよ」


 『ええ。確かに。亡国の騎士、ですか…』

 ミクズといい、カーディといい、温泉に浸かっていると昔話を話したくなるものなのだろうか、そんなことを思いながら、アカードも温泉から上がり、部屋へと向かった。



===

 「どれもこれも、凄く美味しかったです!!」

 豪勢な夕食を終え、久しぶりに満面の笑みでカーディにお礼を言うアカード。


 「お口に合って良かったですよ」

 アカードと一緒に食器を片付けていたカーディが微笑む。そして、テーブルの上が綺麗になって一段落した頃、カーディに促され再び、アカードが椅子に座る。


 「さて、アカード君。君は私の予想を遥かに超える速度で成長してきました。正直、この一か月でここまで来れるとは…あの時、刀を持った君の直観は正しかったのでしょうね」


 「…ありがとうございます」


 『ほら、言いましたでしょ?ミクズの目は間違っていませんでしたわ』

 

 (……)

 沈黙でミクズに答えるアカード。


 「それで、明日1日のお休みを挟んだ後、別の訓練に移行します。アカード君、君には一週間でダンジョンのある部屋まで辿り着いていただきたいと思います」


 「ダンジョンの?」


 「ええ、肝試しというやつですよ」

 にやりと、どこかで見たことあるような不吉な笑みを浮かべてカーディがアカードを見つめていた。

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