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1-13.高い空

 「また足が止まっていますよ」

 カーディのヒザがアカードの腹部に刺さる。衝撃を逃がすために、そして距離をとるため、大きく吹き飛び、起き上がる。


 「…距離を取って油断しないこと」

 滑るように間合いを詰めてきたカーディの片手剣による追撃。なんとか刀で受けはするが、勢いを殺しきれず、更に吹き飛ばされる。


 「刀を落とさなかったことは成長ですが、そもそも受け流せない時点で失格です」

 勢いをつけたカーディの右拳がアカードの顔面を殴りつける。


 「ツッ!」

 口の中に広がった鉄の味を吐き出しながら、地面に倒れるアカード。


 屋敷に滞在して一週間が経過していた。午前中の仕事は毎日課せられていたが、午後の訓練も休むこともなく続き、アカードは急速に身体ができ始めていた。だが、受け身は身についてきていたが、未だにカーディに傷どころか、盾を持たすことすら出来ないでいた。


 「十回程、少し強めに殴ったのですがね…」

 石畳に大の字に横たわり、空を仰ぎ見る。憎たらしい程、青く澄んでいる。


 『…やはり、やりますね』

 

 (………)

 ぶっちゃけ、アカードの心はこの一週間で何回も折れていた。だが、意識を手放し、終わりにしたくとも、ミクズが身体を操り、失った意識をたたき起こしていたのだ。午前中の掃除の時ですら、『こう掃除した方が、良い筋肉がつきますわ』と嬉々として負荷をかける形にアカードの身体を操り、動かしていた。

 そして、今も、ぬらりと、アカードの意思に関係なく、ミクズによって立たされるアカード。


 「……まさか、まだ立ち上がってくるとは…」

 

 「ぜーーーーはーーーーーはーーーー」

 (もう、倒れたいんですうぅぅ!!)

 アカードの叫びは荒い呼吸に押し込まれる。


 「この1週間、根性なしなら音をあげると思っていたのですがね」


 「ぜーはーーはーーーぜーーー」

 (上げてます!!声なき声を!!全力で!!!)


 『主様、思うことと、行動に移すことには天と地程の差があるのですよ』


 (いやいやいやいやいや、行動!!移させてくれないじゃん!!)


 「私も耄碌しましたね。助言にも従わず、刀なんてキワモノを選ぶ、ただのガキかと思っていましたが…」


 「ぜーはーはーはー…」

 (それもミクズなんです!!!脅されたんです!!僕は片手剣を選びたかったんです!!!)


 「刀の使い方といい、ただの小石ではなさそうですね」


 『主様をみくびらないで頂きたい!!』

 正直、痛いし、逃げられるものなら逃げたい。だが、なぜか逃げようとすると、ミクズがノリノリに身体に負荷をかけるため、既にアカードはこの一週間で、抵抗することを諦めていた。


 「いいでしょう。もし私に一太刀でも入れたならば、明日は訓練はお休みにしましょう」


 「!!!!!!」

 死んだアカードの目に光が戻る。休める。たとえ一日であったとしても、息がつける。今のアカードには、カーディの提案はどんな報酬よりも輝いてみえた。


 「…フー」

 (やるしかない)

 刀を構える。切っ先は相手の喉元と直線で結ぶように、脚の力は抜いて、重心は股の間から真下に落とし、踵は少し浮かす。指南書に描かれた基本の構えを思い描く。


 『素晴らしい。身体への馴染みがここまで良いとは思いませんでしたわ…ああ、後、主様、肩の力も抜いてください。脇を絞めるんです』

 ミクズからのアドバイスも頭に響き、筋肉が骨が、中心にまとまっていく。


 「…構えだけは、一丁前になってきましたね」

 カーディがニヤリと笑う。


 「……スッ!」

 小手先を考える余裕などないし、手加減なんて出来るわけもない。ただただ息を鋭く吐いて、前に踏み込む。殺す勢いで、刀の切っ先をカーディの喉に向けて突き放つ。


 「バレバレなんですがね」

 カーディが軽く片手剣で刀をいなす。


 「アアアア!」

 『ここ!』

 いなされ、カーディの側面に外れた突き。そこからアカードは身体をひねる。それはミクズも考えていた最良の手であり、二人分の力が乗った刀の横一文字のがカーディに叩きつけられる。


「!面白い!!」

 嬉しそうなカーディの声。だが、アカードの一撃がカーディに触れる前に、片手剣が刀を下から切り上げる。


 「…グッ…お、おも!」

 アカードは意地でも刀を離さなかった。ここ一週間でカーディに散々怒られたことだったからだ。だが、それ故に、打ち上げられた刀に吊られて、万歳のように両手が上がってしまう。


 「十一回目、ですかね?」

 カーディの右膝がアカードの溝内に叩き込まれる。隙が出来た状態で叩き込まれた一撃に、アカードは再び倒れ込む。


 「ぐぇ…」


 「まだまだ踏み込みは甘いですし、力が入り過ぎています。故に、相手に勘づかれて容易に捌かれてしまいます。…ですが、今の一撃は中々、良かったですよ」


 「うぇぇえぇええ」

 強烈な吐き気と、身体が酸素を渇望する荒い呼吸が混在し、息が上手く出来ない。


 「さて?明日も頑張りましょうか。アカード君」

 結局、カーディは汗すら流さないまま、その日の訓練は終わった。


===

「……」

 温かい温泉に浸かり、手足を伸ばす。お湯に、固まっていた筋肉を、そして気張っていた気持ちを溶かされ、油断すれば意識ごとお湯に持っていかれそうになる。


 『フー…良いお湯ですね、主様』

 落ちかけた意識が、ミクズの声で戻される。アカードの背後の岩に隠れて浸かるようになっており、姿は見えない。


 「…うん、この温泉の効能?とか言ってたんだけど、打ち身とか傷に効くんだって、後、筋肉痛。だからかな?筋肉痛や打ち身で痛くて動けないってことがないのは。もう動けなくなった方が楽かもしれないけど…」

 手の平を、ぐっぱぐっぱと握っては開いて、痛みがほとんどないことを確かめるアカード。最近分かったことだが、ミクズはアカードが弱音を言えば言うほど、嬉しそうに過酷な負荷をかける癖がある。

 だから、遠回しに、小さな抵抗を示す。


 『そうなんですの、道理で。でも、必要でしたら、いつでもミクズが主様をマッサージしてさしあげますからね』


 「う、うん。どうしてもって時は…その、お手柔らかに?お願いします」

 ミクズが立てる水音が艶めかしい響くも、そこに反応する元気は残されていない。


 『…昔、私の知り合いに主様のように鍛錬に励んでいる知り合いがおりました。あ、勿論、少女ですよ?』


 「え?ああ、うん」


 『…その子も、初めは踏み込みで足を挫いたり、振り向きざまに腰を痛めたり…それはそれは、見ているこっちが心配になる程だったのですが、他の子が諦めていく中で、彼女は諦めなかったんです。来る日も来る日も努力して、ボロボロになって、それでも立ち上がって…そうしたら、気付いた時には、そこらの男に負けることはない程、強くなっていましたの…懐かしいですわ。嫁の貰い手が居なくなるなんて、周囲からは言われてて』

 クスクスと懐かしそうに話しながら、ミクズが笑う。


 『…ああ、ごめんなさい…主様がいつ強くなれるのか、分かりません。ですが、なにか成りたいと思う物があるならば、諦めないということが、ミクズの知っている限りで、唯一の道ですわ』


「…うん」


 『まあ、主様が強くならなくとも、私がいつでも守り抜きますから構わないのですよ?刀を捨て、鎧も脱ぎ、自由に、振り向きもせず、この館をミクズと一緒に飛び出しても』

 ミクズの提案は、字面だけならば甘美ですぐにでもつかみ取りたくなるものであった。だが、膝を付き、全てをミクズに委ねたならば、どんな負荷が掛けられるのか分かったものではない。


 「…いや、もう少し頑張ってみるよ。こんな機会、中々、というか一生得られないかもしれないし」

 だから、精一杯の強がりを示す。 


 『そうですか…ですが、気が変わりましたら、いつでもご相談下さいね。このミクズ、逃走経路は確認済みです』


 「…ありがとう。でも使わないように頑張るよ」


 『そうですか…でも、その内、ミクズなしでは生きられないぐらいにして差し上げますわ』


 「そ、それは、ちょっと、怖いな…」


===

 滞在して、二週間が経過した。午前中の作業は、手際よく短時間で終わるようになっていた。気付けば階段の往復、雑巾がけで足腰は鍛えられ、ブラシ掃除により、上半身も引き締まってきていた。


 「スッ!」

 カーディとの訓練においても、身体の変化に加え、ミクズの手解きが相まり、動きの無駄が減り、しなやかに、鋭い一撃を繰り出せるようになってきていた。


 「いいですよ。だいぶ成長しましたよ」

 片手剣でアカードが繰り出す一の太刀、続く二の太刀を捌く。信じられない成長に、カーディも徐々に本気になってきていた。そう、信じられない速度でアカードは洗練されてきていた。


 カーディが、アカードの袈裟斬りを捌き、そのまま側面に入る。だが、アカードは腰の回転をかけ、踏ん張り、横一文字に刀をカーディに振るう。


 「アア!!」

 気合と共に、アカードの体重が載った一撃。カーディは捌ききれずに、片手剣で受ける。だが、刀の勢いを殺しきれずに、数歩飛ぶように、滑るように、後ろに下がる。


 「…おお」

 カーディの驚きと、嬉しさが混じったような声が漏れる。見れば、額から一筋の汗が流れている。


 「…素晴しい。よくぞ、二週間でここまで仕上げました。正直に申せば、異常な成長速度です」

 まるで自分のことのように嬉しそうに笑い、カーディがアカードを見つめる。


 「…これなら、少々本気を出しても良さそうですね」

 そう言って、置いてあった盾を左手で持ち、アカードの正面に立つ。その瞬間、今までとは比べようにならない程の威圧感がアカードを包む。盾と片手剣を構えるカーディの姿に隙はなく、ただ対峙しているだけなのに、アカードの足がすくむ。


 「ふーーーーー」

 変わらず、アカードの目は死んでいるが、一週間前には無かった小さな意思が宿っている。

 (おやすみまで、あと一歩おおおお!)


 「まずは、一撃。…参りますよ」

 盾を前面に突き出して、鋭く間合いを詰めるカーディ。アカードは反応しきれず、後ろに下がる。


 「甘い!!」

 空気を裂くようなカーディの縦一閃。危険を察知し、飛び退き、かろうじて躱すアカード。轟音と共に、カーディの一撃で石畳に亀裂が生じた。


 「…フー、ハーーーー、はーーーー」

 荒い呼吸を整えるアカード。ようやくお休みまでに手が届きそうなのに、その一歩が遠い。


 『主様、お気をつけください。あの男も、ようやくスイッチを入れたようですわ。あの一閃は、鎧越しとはいえ…骨が折れますわ』

 ミクズに言われずとも、カーディの雰囲気が変わったことも、一撃を喰らうことの不味さも理解している。だが、躱すだけの逃げの一手では、ジリ貧なのも分かっている。


 「…ハアアアアー…」

 ミクズに叩き込まれた呼吸法で息を吐き出す。自然、身体の力を抜けていく。


 「オオオオオオ!!!!」

 裂帛の気合と共に、踏み込み、渾身の一閃を振るうアカード。だが、その一撃は、カーディの突き出した盾に弾かれ、アカードの腹部の隙を作り出す。


 「…あ」

 脇腹に叩き込まれたカーディの一撃。手加減され、剣の腹で打ち込まれたようだが、痛み、衝撃は今までの比ではなく、アカードは吹き飛び、転がり、そして、胃の中身を全て、吐き出してしまう。


 「…ふむ。成長はしていますが、まだまだですね。手加減はしましたが…今日はここまでにしましょう」

 四つん這いで嘔吐しているアカードを放置して、カーディはスタスタと屋敷に戻っていく。


 『…主様、大丈夫ですか?』

 胃の中身を吐き切ったアカードに、ミクズが声を掛ける。


(…お、お休みが…)

 そのまま、石畳に倒れ込み、空を仰ぐ。自分の胃液に焼かれた喉が、ピリピリと痛む。視線の先には憎たらしい青空が、どこまでも遠く、高く、広がっている。


 『??…主様?なぜ、笑っているのですか?』


 「え?」

 気付くと、アカードは笑っていた。何故だかは自分でも分からなかった。


 「分かんない。でも、なんか楽しくなっちゃって」


 『…まさか、ここまで手強いとは…』

 ミクズの驚いたような声が響く。


 「え?」


 『いえ、その意気ですわ』

 

 「…でも、お風呂、入りたい…ちょっと臭いや…」

 自分の吐瀉物が頭部に巻いている黒い布にも付着しており、不快な匂いを放っている。


 『ええ、まずはともあれ、お風呂でさっぱりしましょう』

 そうして、ミクズの力も借りながら一人、フラフラと、アカードは歩き出した。

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