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1-12.温泉とご飯と修行

 アカード達が出発して、いつも通りに静まり返った屋敷の食堂で、レミィが書類を読んでいる。


「おはよう。朝ごはんは食べたの?…って何を読んでるの?」

 二度寝して、いつも通りの格好に着替えたレイが、目玉焼きを載せたパンの皿を持って、食堂に入ってくる。


「おはよう、姉さん。うん、以前渡した、アカード君の資料よ」

 レイがアカードを裏ギルドに縛り付けるために利用した、個人情報がびっしりと書かれている資料だった。


「…ああ、それね。調べてくれてありがとうね。助かったよ」

 光を失ったような暗い笑みを浮かべるレイ。


「…そう。でも、良いの?彼、戦闘経験もないし。私塾や学園に通ってた訳でもないから、戦う技術も知識もないのよ?なのに、カーディの訓練を受けるとはいえ、いきなりダンジョンだなんて…」


「ダメなら、そこまでだよ。私達の生きる世界では、どうせ、長くない」

 乱暴にパンの皿をテーブルに置いて、レイが椅子に座る。


「…でも、死んでほしくは無いんでしょ?オウマの時だって、彼を連れてきたけど、ずっと後ろに置いて庇っていたでしょ?まるで、大切な子供を守るみたいだったわよ」


「…なにが言いたいの?可愛い部下を守りたいって思ったらダメな訳?」

 手を強く握り、目が座っている。無理ならそこまで、そう言って切り捨てた発言と矛盾していることにも気付いていない。

 

「何を焦っているの、姉さん?」

 いつもの軽く、ふざけた感じを出す余裕もない。何かを一人で抱え込み、独りでボロボロになっていく、いつもの悪い癖が出たとレミィは気付く。


「…なんでもない」


「あら?隠し事はなし。それが私達の約束だったはずよ?どうしてもと言うなら…強行するわ」

 レミィの身体が青白く光り始める。


「…ッ」

 暫く睨み合う二人。お互い譲る気はないが、レミィに強行されれば隠し通すことが難しいことは、誰よりもレイが知っている。


「…わかった。わかったよ…話すよ」

 程なくして、下を向き、諦めるレイ。


「…」

 レイの返事を聞いて、レミィの青白い光が収まっていく。一つ、長い溜息を吐いて、レイが話始める。


「カーディにも言ったけど、しばらくしたら、()()()が出るんだ」


「ええ、私も聞いた時は驚いたわ。前回との間隔が短すぎるって…でも、わざわざ危険なダンジョンに送り込まずとも、守りようはあったでしょ?それこそ、部屋に閉じ込めて結界を張っても良かったし」

 言いながら、レミィの脳裏に二年前の出来事がよぎる。たが、レイはレミィと目を合わせず、下を向きながら首を横に振る。


「…そんなレベルの話じゃないんだ。二年前は、周期的な影響でしかなかったけど、次は何もかも違う…多分、次は今までの比じゃない」

 言いながら震え出し、途切れ途切れに声を絞り出す、レイ。


「…え?ちょっと姉さん?」


「…多分、終わるよ…この街…」


「…だから、カーディに頼んで、アカード君をこの街から離れたダンジョンに?」

 モトアザが破滅することに気付いたレイが、アカードを守るため、カーディと共にダンジョンに送り込んだと、レミィは悟った。


「彼は…もう、二年前にさ。失っているじゃん…、きっと知ったら、許してはくれないだろうな…」

 肩を震わし、レイの声が、気持ちが崩れていき、ポロポロと涙が落ちていく。


「…姉さん…」

 レミィが、レイを抱きしめる。


「…だから、せめて、今回は、今回だけは、彼を巻き込みたくなくて…」

 

「…私も最後まで一緒にいるから」

 そう言って、レイの手を強く握るレミィ。広い食堂にはレイの嗚咽交じりの泣き声が響いていた。


===


 「ううん…」

 花のような匂いに、柔らかい感触。デジャブを感じながら、アカードは目を開ける。


 『お気づきになられましたか?主様』


 「また、気絶しちゃったのか…」

 

 『いえ、よく、耐え抜きましたわ。それに今回は、目覚めるまでそんなに掛かっていませんし、成長されてますわ』

 自身の太ももに乗せたアカードの頭を撫でながら、ミクズが微笑む。


 「いててて、そうかな?でも、ミクズ。忘れてないからね。途中から、僕のこと操ってたでしょう?」


 『ええ、手解きですわ。身体の動かし方を覚えるなら、実際にそう動かすのが早いですから』


 「…死ぬかと思ったよ」

 

 『主様が死ぬなんて、ミクズが許しませんわ。腕の一本ぐらいなら再生してみせますわ』

 

 「えぇぇ…それ人間じゃないよ…」

 げんなりしながた、膝枕から起き上がり、周囲を見渡す。


 『それにしても、あの男、やるとは思っていましたが、あそこまでとは…ああ、ここにはあの男が連れてきてくれましたよ。屋敷の二階の客室のようですわ』

 ミクズの耳が動き、フワフワと揺れていた尻尾が止まる。


『…上がってきますわ』

 コン石へと姿を変えたミクズをアカードはポケットにしまう。


コンコンコン


 規則正しいノック音。カーディがいくつかの本を持って入ってきた。


 「おや?もうお目覚めですか?アカード君」


 「…はい。すみません。…気絶してしまいました」

 ベッドから立ち上がり頭を下げるアカード。


 「いえ、初めての稽古にしては頑張った方だと思いますよ。それに途中から、何かに憑かれたように動きが格段に良くなっていました。初めてあそこまで出来たなら、きっとそれは才能ですよ」

 

 「あ、ありがとうございます」

 そうなんです、”本当に取り憑かれているんです”と喉まで上がってきた言葉を押し込む。


 「この屋敷には温泉があります。ポーションの原料にもなる成分が入っているそうで、回復が早まりますから、この後、入ってきてください。恐らくアザだらけでしょうから。…ああ、それと、刀の指南書です」

 カーディが何冊かの部厚い本をアカードに手渡す。


 『温泉ですって…』

 ミクズの嬉しそうな声が、頭に響く。


 「戦い方は身体だけでなく、頭でも覚えられるものです。滞在中はしっかりと勉強してください。他にも礼儀作法などの本も、一階の書庫に御座います。自由に読んで下さって構いませんので」


 「!ありがとうございます」

 独学で文字を覚えたぐらいには、アカードは学ぶことが好きであった。


 「ええ、ですが…働かざる者食うべからずですし、いくら訓練に来たとはいえ、一日中鍛えるわけにもいきません。そこで、アカード君にも、この屋敷で一緒に働いてもらおうと思います」


 「は、はい!」


 「ですが、今は、身体を休めてください。また、夕食の時間になったら声を掛けますので」

 そう言って、アカードに背を向けて、部屋から出ようとして、立ち止まる。


 「そうそう。今日はお肉を使った料理ですから、期待していてください」

 いつか見せた、少年のような笑顔で、アカードに告げる。


 「はい!」

 嬉しそうなアカードの顔を見て、満足そうに頷いて今度こそ退室していった。


 『主様、まずはお風呂に行きましょう!』


 「うん、そうしようか」

 痛む身体が少しでも楽になるならばと、ミクズに反対することもなく、アカードは温泉に向かう。

 広い屋敷をうろつき、本館から少し離れた温泉にたどり着く。温泉は広く、お風呂というより、池という感じであり、半分は屋根の下にあり、もう半分は露天になっていて、外の景色を楽しめるようになっていた。


 「ててて、染みるー」

 身体をお湯で洗い、温泉に入る。体中に出来たアザや傷にお湯が染みていく。

 広い空間に一人、ポツンと浸かる。頭の中にはここ最近の怒涛のような出来事が浮かんでは消えていく。

 

 「色々ありすぎて、整理できないや」

 

 『何を整理しておりますの?』

 一糸まとわぬミクズが、いつの間にかアカードの側に来ていた。


 「!!ちょっっと、待って!!」

 慌てて、逃げ出すアカード。一瞬見えた、綺麗な白い肌、豊かな胸、そして、流れるような黒い髪が、アカードの動悸を一気に高める。


 『もう、主様ったら、初心なんですから…まあ、まだ主様には刺激が強すぎましたかしら?』

 そういって、ミクズは自分の豊かな胸や、美しく引き締まった腹部を指でなぞる。


 『まあ、今夜は私も久方ぶりの湯あみを楽しむこととしましょう。これからいくらでも時間はありますからね、主様』

 遠く、露天エリアへと逃げていくアカードを見つめ、ミクズが少し残念そうに、だが妖艶な笑みを浮かべて、呟く。


 『ああ、それにしても貸し切り温泉で、主様と二人きり、最高ですわ…』

 そして、溶けるように、彼女の主であるアカードよりも温泉を堪能するのであった。


====

 「今日も美味しそうです!!いただきます!!」

 温泉で温まった後、カーディに案内され、二人は夕食を共にしていた。

 アカードは席に着くと、堪え切れずに手を合わせて、食べ始める。


 「…それは、アカード君の家の食事前の作法なのですか?」

 アカードが手を合わせて食べる様子を観て、カーディが尋ねる。


 「作法…かどうか分かりませんが、お祖母ちゃんが食べ物に感謝を表すために、って教えてくれました」


 「…なるほど。ひょっとしたらアカード君のお祖母様はヒノクニの出身なのかもしれませんね。ヒノクニにはそういう習慣があると聞いたことがあります」


 「そうなんですか?実は、お祖母ちゃんの出身とか聞いたことなくて…」

 他愛もない会話をしながら、美味しい夕食があっという間に終わる。そして、カーディから明日の朝に仕事を教えるということを言われ、その日は解散となった。

 

 「こ、これは、きつい…」

 翌日、夕食後に「客人という意識は持たないこと」と念を押され、ある程度は覚悟をしていた。

 だが、覚悟の上をいく重労働についアカードの口から弱音が漏れていた。

 初めはただの拭き掃除かと思ったが、「汚くなった水を使い続けて綺麗になると思いますか?」とカーディから笑顔で圧を掛けられ、三回洗ったら水を取り換えるという鉄のルールを課せられた。その結果、この広い屋敷の二階の掃除を終えるためには数十回の往復が必要となった。

 そして、拭き掃除が終わるとすぐに、カーディからブラシを渡されて、広大な風呂の掃除を課せられる、それが終わったら、今度は庭園の掃き掃除、どれも厳しいチェックが入るため、当然、手抜きは出来ない。


「つ、疲れた」

 全てを終えた時にはお昼になっていた。

 滞在期間中、料理はカーディが作ってくれるということで、昼食もどれも美味しい料理であったが、昨日の訓練の疲れが抜けきらない状態に加え、今日は朝から馬車馬のごとく働いた結果、アカードには味があまり分からなかった。

 

 「うんうん、お疲れ様です。良く出来ていましたよ。…なので、明日からもお願いしますね」

 その上で、カーディから衝撃的な言葉が放たれる。


 「え?」

 つまり、滞在期間中は毎日、今日と同じ仕事をしろということだった。笑顔のカーディは反論を許してくれそうになく、アカードは唯々頷くしかない。


 「よろしい。…さて、食べ終わったら、三十分の休憩を挟んだ後、装備を装着し、準備を整え、また玄関前に来て下さい」

 追撃のごとく、これからが本番だと予定を告げる。


 「返事は?」


 「は、はいぃぃ」

 カーディが出し始めた武人然とした雰囲気に、勢いよく返事をするアカード。


『ファイトです!』

 気楽なミクズの声が頭に響き、アカードは、これからのここでの生活に対して不安が増していくのであった。 

つまりは『合宿』みたいなタイトルになってしまった…

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