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1-11.鉄の味

 コンコンコン


 まだ薄暗い早朝に、アカードの客室がノックされる。


 「どうぞ」

 アカードは返事をして、腰掛けていたベッドから立ち上がる。


 「おはようございます。どうやら、支度は整っているようですね」

 兜以外の装備を身に付けているアカードを見て、カーディが頷く。


 「はい。…今日からお願いします」


 「こちらこそ、宜しくお願いします」

 カーディから早朝に出発すると聞いていたが、目が冴えてしまい、アカードは未明から準備を整えていたのだ。


 「では、行きますか。朝食は途中で食べることにしましょう」


 「はい」

 カーディに連れられ正面玄関に用意されている馬車へと向かう。外は薄明るくなり始めているようだが、まだ夜の気配が色濃く、なんとなくアカードは、屋敷を静かに歩く。


 「さて、いよいよですが、忘れ物はありませんか?」

 玄関前にて、カーディが最後の確認をする。


 「はい。大丈夫です」


 「思い残したこともありませんね?」


 「は、はい。大丈夫、かと」


 (エ?ボク、帰ってこれないの?)


 『大丈夫ですわ。ミクズが地の果てまでお供しますわ』


 「宜しい。では、参りましょう」

 いたずらっぽく笑うと、カーディは玄関の扉を開いた。


 外は、東の空から昇る太陽に照らされ明るく輝やき、朝露の匂いがほのかに漂っていた。そんな中、一人の女性が馬車の馬を撫でている。


 「おはよう。準備万端だね」

 白を基調にした、柔らかそうなガウンを着ているレイが、アカードとカーディを待っていた。いつもの露出の多い服装ではなく、落ち着いた女性的な魅力に溢れているレイに、アカードは挨拶も忘れてしまう。


 「おはよございます、レイお嬢様。お見送り、ありがとうございます」

 カーディがにこやかに一礼し、慌ててアカードも頭を下げる。


 「うん。頼りにしている執事と可愛い部下の出陣だからね。頑張って早起きしたよ。流石にちょっとだけ眠いけどね…」


 「そんな、…ありがとうございます」


 「…フフフ、いくらカーディがいるとはいえ、ダンジョンだからね。油断すれば帰ってこれないよ。まぁ、許さないけどね。絶対に」

 絶対に許してくれなそうな表情で断言するレイ。


 (でも、行けって言ったのレイさんなんだけどな…)


 『主様、絶対、今それを言ってはダメですよ。この女、結構めんどくさいですわ』

 ミクズのフォローの元、アカードは真剣な顔で頷くにとどめる。


 「よろしい。それと、カーディ、アカード君のことは任せたよ」


 「はい、心して、鍛え上げます」


 「…ありがとう。それと、()()()が出そうな気配があるから、気を付けて」


 「…承知しております。そちらも何卒、気を付けて下さい」

 レイとカーディの雰囲気に、少し緊張が混じる。


 「ほらほらぁ、朝からそんな一生の別れみたいな雰囲気を出さないの。男の門出よ?女はハグの一つでもしてやるのが、昔からの相場ってやつでしょ?」

 そんな雰囲気を壊すように、眠そうな声を出しながら、玄関からネグリジェ姿のレミィが出てくる。


 「れ、レミィさん!?」

 あまりに際どい服装であり、アカードはついガン見してしまう。そして、レイに蹴られ、ミクズに罵倒される。隣のカーディは頭が痛そうに手で額を押さえていた。


 「いきますよ!アカード()!!」

 カーディがアカードの首根っこを掴み、馬車の荷台へと押し込める。


 「行ってらっしゃい。帰ってこないと、アカード君の死体、魔石にしちゃうからね!!」


 「行ってらっしゃいー、お土産宜しくねー」

 二人の見送りに背中を押され、御者席に乗ったカーディが馬を鞭打ち、走り出す。


 「行ってきます!!ちゃんと帰ってきますから!!」

 アカードはレイとレミィが小さくなって見えなくなるまで手を振り続け、馬車は順調に速度を上げていった。


=== 

 旅は順調に進み、途中、何度か休憩を挟んだが、お昼過ぎにはダンジョン【沈んだ都】が見えてきた。


 「あれが、ダンジョンですか…なんか、普通の大きな街みたいですね…」

 アカードがそんな感想を漏らす。 


 「ええ…かつては実際に栄えていた国なのですよ。ただ、時代の流れに打ち勝てず、戦争に敗れ、滅んだのです。それが今ではダンジョンとして蘇り、名を馳せている…数奇な運命を持っている国ですよ」

 どこか寂しそうに、遠くにあるダンジョンを見つめるカーディ。場に暫しの沈黙が訪れた。


 「…あの、今日はどこまで行くんですか?やっぱり近くの村とかに滞在して、そこから、ダンジョンに行くんですか?」


 『…主様は沈黙が苦手ですよね』


 (だって、どうすれば良いか分からないじゃん…)


 「ああ、失礼。説明していませんでしたね。確かに、普通の冒険者の方は近くにある村や、ダンジョン外で野営するようですが、我がヴァンヘルム家…ああ、レイ様、レミィ様の家名なのですが」

 カーディから言われた家名にアカードは全く反応しなかった。というか、知っている家名なんてアカードにはなかった。


 「…ご存じないようですね。古い家柄でございますが」


 「あ、えっと、その…すみません。あんまり第一層には縁が無くて…」


 「いえいえ、こちらこそ嫌に言い方になってしまい、申し訳ありません。話を戻しますが、ヴァンヘルム家はあのダンジョンに縁がありまして、ダンジョンの中に長期滞在出来る拠点を有しているのです」


 「え?それってすごいことなんじゃ?」


 「ええ、凄いんですよ。なので、我々はそこに、つまりはダンジョンの中で一か月程過ごします」

 胸を張りながら、カーディが答える。そして、「では、行きましょうか」と声を掛けて、馬車で進めていった。


====

 ダンジョンの中は、巨大な廃墟のようであった。敷かれた石畳はひび割れており、周囲には崩れた家屋が広がり、雑草が生い茂り、沼のような水溜まりがあちこちに広がっていた。加えて、空気は淀み、カビ臭さと土の匂いが混じったような匂いが充満していた。


 ガタガタと揺れる馬車の荷台で荷物が崩れないように、アカードが抑えている。


 (揺れるね)


 『少しの辛抱かと…それにしても、あちらこちらから人ではない気配を感じます。…美味しそうですわ』


 (…うん?倒したモンスターは魔石に出来る…あれ、ひょっとしてミクズがあまりレイさんの提案に反対しなかったのって?)

 

 『…勘の良い主様も素敵ですわ』


 (お腹が空いてたって話!?)


 「さて、到着しました」

 ミクズが黙秘に徹し始めたころ、カーディに声を掛けられ、荷台から降りた。

 目の前には周りの廃墟と同じようにボロボロで、崩れかけた小さな家がある。


 「ここが、拠点ですか?」


 「いえ、ここは入口です。これからご案内しますよ」

 カーディがニヤリと笑いながら、家に近づき、今にも壊れそうなドアの鍵穴に、ポケットから出した銀色の鍵を差し込む。


 ガチャン


 しっかりとした開錠音を響かせ、家が歪む。


 「え?」

 アカードが目を擦るも、家の変形は止まらない。ぐにゃぐにゃと虹色に溶けて、家は門へと姿を変えた。

 門の先には馬車を停めても余裕がある広場があり、奥には廃墟とは思えない綺麗な屋敷が建っていた。


 「驚きましたか?」


 「…これは…」

 言葉を失うアカードに対して、カーディが嬉しそうに頷く。


 「良い反応をして下さり、嬉しいですよ。この鍵は、ダンジョンから産出される魔道具の一つなのですよ…まあ、詳細は秘密ということで。行きますよ」


 「は、はい!」

 カーディと共に敷地の中に入ると、再び門は姿を変えて、壁となる。これで、この空間は全てを壁に囲まれ、外部からは見えなくなった。


 「さて、まずは、荷ほどきですね。一緒にお願いします」

 カーディの指示の従い、荷馬車の荷物を屋敷に運び入れていく。二階建ての屋敷の中は、ここ最近は使われていない様子はあるが、清潔であり、基本的な物資は屋敷に揃っていた。

 そのため、食材等、運び込む物資は多くなく、1時間程で運び終わっていた。


 「よし、終わりましたね」

 そう言って、まだ日が高い空をカーディが眺める。


 「時間的には、充分ですかね…早速ですが、アカード()。兜も装着し、刀も持って、またここに来て下さい」


 「え?は、はい!」

 カーディに言われた準備を終えて、再び広場に戻ると、そこには片手剣を構えたカーディが待っていた。


 『あらあら、よく見れば、この男も主様程ではないですが、美味しそうですわ』


 (…それって?)


 『経験値が豊か…つまり、とても強いということですわ』


 (ええええぇえ)


 「さて、アカード君。改めて、ダンジョン、沈んだ都へようこそ。ここでは全てを差し置いて、力こそが真実であり、正義となります」

 カーディが、片手剣の切っ先をアカードに向ける。片手剣は良く手入れされているが、使い込まれている。


 「鍛えると言った手前、本来なら基礎から教え込むのでしょうが、時間もあまりありません故、細かいことは置いておきます。ですから、四の五の言わず、死ぬ気でかかってきて下さい」

 カーディから、見えない壁が迫ってくるような圧を感じる。


 「…ッ」

 アカードは、今すぐ逃げたい衝動に駈られるが、気圧された際に、つい刀を抜いた。

 

 『口火を切るってやつですね』

 嬉しそうなミクズの声が響く。

 

 (あ、あれ?)

 ふと、カーディが身を守る防具は着けていないことに気付く。


 「…ああ、あなたに傷を付けられることはありませんので、遠慮はいりませんよ。むしろ、ご自身の心配をしてください。加減はしますが、誤れば腕ぐらいは無くなりますよ」


 (…こ、こわああああ!!)

 恐らく、カーディの言ってることが嘘ではないとわかり、アカードの全身が固まる。


 『主様、ファイトです!!』

 

 「さて、かかってこないなら斬りますよ?」

 カーディからダメ押しの気迫がアカードを追い詰める。


 「…ッつ」

 やらなきゃやられる、やけっぱちな覚悟を決め、アカードは両手で握った刀を振りあげた。


 「あああああ!!」

 気合とも悲鳴とも取れる声を上げ、アカードはカーディに走り寄り、刀を振り下ろす。が、カーディは事も無げに身体をズラしてその一撃を躱す。


 「…なにを止まっているのですか?」

 アカードの脇腹にカーディの蹴りが入る。黒装束には鎖が編み込まれているにも関わらず、重い衝撃が走り、アカードが吹き飛ぶ。


 「ぐええ?!」

 息が無理矢理吐きだされる初めての感覚。アカードはボールのように地面を転がり、刀も落としてしまう。


 「…立ちなさい。まだ腕は必要でしょう?」

 カーディが滑るように移動し、瞬時に間合いを詰め、寝転ぶアカードに片手剣を振り下ろす。


 「…ッちょ、うわ」

 慌てて転がり距離を取って、立ち上がる。カーディは、石畳の上に転がっている刀を蹴って寄こした。


 「さて、もう一度」

 

 (こ)

 

 『こ?』


 (…こ、ころされる…)

 痛みからなのか、息が出来ないからなのか、アカードの視界は曇り、全身を恐怖が縛る。


 『あらあら、主様、大丈夫ですわ。ミクズがついております!』

 ポケットの魂石が震えたかと思うと、アカードの身体が勝手に動き始めた。


 (え、ええ!?な、なにこれ!?ミクズ??!)


 『私からも手解きしますわ!』


 (いや、えんりょ)


 「う、うわあああ!!」

 アカードの叫びを無視したミクズは、アカードの身体を操り、カーディに突進していく。その動きは先ほどの突進の数倍滑らかであった。


 「!!おお、伊達に刀を選んだ訳では無かったのですね!!」

 嬉しそうにカーディは笑うと、振り下ろされた刀ごと、アカードを吹き飛ばした。


 『…やりますね、行きますよ主様!!』


 (し、しぬ…)

 何回も何十回も、アカードは操られカーディに斬りかかる。だが、どの一撃がかすることもなく、カーディの反撃に、全身がバラバラになりそうになっていく。

 どれ程の時間が経ったか分からないが、最早、アカードは立って、息をするので一杯一杯であり、身体に力は入らず、かろうじて右手で刀を持っているという状態になる。


 『流石に、これ以上は主様が危険ですわ』


 (…………)

 アカードには何も返す気力が残っていなかった。


 「…ふむ。まだ一時間も経っておりませんが、今日はこれぐらいに致しましょうか」

 汗一つ流していないカーディが、そう言って、片手剣を鞘に納める。


 「…」

 アカードはその光景を見ると、視界が暗転していく。


 『主様?主様!?うううん、少し、やりすぎましたか…』

 前にも、こんなことがあったなと思いながら、その場に倒れこみ、アカードは意識を手放した。

 

 加減って、出来ている人と出来ない人で全く別物ですよね

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