1-10.飲み込むということ
「とりあえず、朝御飯にしましょう。お腹空いたわ」
レミィが、固まっているアカードの肩に手を置く。
「そうだねー。まずはご飯にしようか」
「ええ。せっかくの朝食が冷めてしまいます」
カーディが微笑みながら、朝食を配膳していく。
柔らかそうなパンに、湯気が上がっているスープ、程よく半熟な目玉焼きが載った厚めのベーコン、新鮮なサラダ、そして、プルプルとしたプリンが並んでいる。
「……」
新鮮な食材をふんだんに使ったであろう料理の数々にアカードはの目線は釘付けになり、漂ってくる料理の匂いに何も思考が出来なくなる。
『主様、気持ちは分かりますが、頑張って』
そんな蕩けた頭にミクズの声が響く。
「…は、え、えっと、でもレイさん、ダンジョンって?」
「うん?食べないの?美味しいよ?」
「ええ、私が腕によりをかけて作りました。特にこのプリンはお勧めですよ」
カーディが胸を張る。
「そうね。カーディの作る料理がまずかった記憶はないわ。モトアザの有名なお店に、引けは取らないわね」
「でも、ダン」
「そうだ。カーディ、アカード君にバターもあげたら?」
「おお、食べ盛りでしょうからね!」
カーディが自然な流れで、白く、とろりとしたバターをパンに塗っていく。ベーコンの良い匂いとバターの匂いが鼻腔をくすぐり、アカードの口が、胃が、飲み込めと強く要求してくる。
「…いただきます」
『あ、主様!?』
(た、食べてからでも話を聞くのは遅くないと思うんだ…)
アカードは遂に我慢できず、食べ始める。今まで味わったことのないおいしさに、アカードの警戒心は露散していく。
『仕方がありませんね』
諦めたような、だが、どこか嬉しそうなミクズの声が響き、アカードは至福の時間を胃袋に詰め込んでいった。
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「…ごちそうさまでした。本当に美味しかったです。…ありがとうございます。カーディさん」
アカードが心からカーディにお礼を述べる。
「恐縮でございます。お口にあったようで、なによりです」
ニコニコとカーディが応え、食器を片付けていく。
「美味しかったでしょ?私達以外、滅多に食べられないからねー。あ、でも明日からカーディが一緒にダンジョンに行ってくれるから、色々と食べられるかもね」
「え?」
「うん?…ああ、流石にダンジョンにいきなり一人で向かわせる程、私も鬼じゃないよ。カーディはね、家事も完璧なんだけど、かなり腕も立つんだ。だから、アカード君はカーディから戦い方、そうだね、最低限、オウマから身を守れるぐらいかな?を学んで欲しいんだ。こっちでの仕事は大丈夫、バッズさんの所には連絡してあるから」
「ぼ、ぼくの…」
「カーディのご飯美味しかったでしょ?」
僕の意思は?そうアカードが尋ねる間を与えず、ニコニコとレイが問いかけてくる。
「…はい」
満腹になったことで、思考力が低下したアカードは、さほど抵抗することなく、腹をくくった。
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その後、一日かけてダンジョン探索の準備を整えていくことになり、レイが用意してくれた馬車にカーディからの指示を受けながら、荷物を積んでいく。ダンジョンまでは徒歩なら二日掛かる距離だが、馬車なら一日でたどり着ける。そして、暫く滞在して、身体の動かし方、戦い方をカーディがアカードに教えていくことになった。
「さて、荷物はこんなところでしょう。次はアカード様の装備でございます」
「装備、ですか」
「ええ、徒手空拳で挑める程、ダンジョンは甘くありません。こちらにいくつかの武器と防具を用意させていただきました。私もこちらにある武器なら、手解きが出来ます故、恐縮でございますが、何卒、こちらから選んで頂ければと」
カーディに案内された部屋には、恐縮も何も、槍、片手剣、両手剣、ハンマー、魔銃、鞭、バトルアックス、等々、アカードでも知ってる有名所の武器は全て揃っていた。他にも反れている片刃の剣や、片手剣より小さいナイフ、そして短い棒により短い棒が垂直に刺さっている武器と見たことないような武器も置いてある。
「…えっと、逆にどれを選べば良いんでしょうか?」
「そうですね。どの武器にもメリットデメリットがございます。初心者なら、盾と併用出来ます片手剣がおすすめではありますが、相性というのもあります。実際に触って確かめてみるのが一番かと」
促されて、アカードは武器を見て回る。
『主様、主様、そちらの片刃の剣を持ってくださいませんか?』
ミクズの声が頭に響く。
(これ?)
『そうです、その刀です』
カーディの手前、自分で悩んで決めたように、ミクズが刀と呼んだ武器を手に取る。
「…重ッ!」
肉厚な両手剣に比べて細く、薄いその武器は、見た目に反して重く、アカードは慌てて片手から両手に切り替える。
「また、マニアックな得物を…。それは、ヒノクニにてカタナと呼ばれる武器で、一撃で致命傷を与えることに特化しています。それ故に、恐ろしく良く斬れますが、扱いが難しく、玄人向けでございます」
カーディがスラスラと刀について説明する。
「あ、じゃあ、他の」
『主様、これに致しましょう』
(えぇ、これ玄人向けって言ってるよ?まずは扱い安い片手剣からの方が良いんじゃない?)
『ですが、私も刀なら手解きが出来ます。他の武器は私では教えられません』
(え?でも、カーディさんが教えてくれるって)
『私も教えたいのです!』
(…ええと、ミクズさん?)
『いえ、あの、その、そう、そうです。確かに、そのカーディという男、かなりの手練れです。教われば、短期間で、そこそこの基礎は押さえられるとは思います。ですが、いつまでもその男に教われますか?基礎は身に付けられても、その後の精進のためには師が必要となります。そこで、主様が身に付けられるまで、私も教えられる刀が良いと思うのです』
しどろもどろになりながらも、途中から我が意を得たりと、饒舌にミクズが弁明していく。
「…アカード様、如何されますか?玄人向けで苦労をされることになるかと思いますが、その刀でダンジョンに挑んでいきますか?」
刀を手に、ミクズとあれやこれやと相談しているアカード。カーディには、刀に手に取って何事かを感じ取っている姿に見えていた。
『主様、どうか、ミクズにも尽くす機会を…』
泣きそうなミクズの声が頭に響く。
(ええ…でも、まずは初心者用から…)
『…もし、選ばないなら、大声で泣きます』
(ずるくない!?)
『3,2,1』
「…はい。この刀で、やっていきたいと思います」
結局、アカードはミクズの脅迫に屈し、刀を選ぶことにした。
「…左様で。では、防具はこちらになります」
カーディは一瞬考えたようだったが、特に反対もせず、アカードに防具を見繕っていく。
「刀に合わせた防具を用意致しました。同じくヒノクニでシノビと言われている者たちが使用する防具を改良したものです。どうぞ、こちらとなります」
そう言って、アカードに黒を基調とした、モトアザではあまり見かけない鎧を渡していく。それは鎖が編み込まれているキモノという服の上に、急所を守る防具が装着される装備だった。肩にはカーディが大袖と呼んでいる板のようなプレートが着いており、腰にも同じような鉄のプレートが垂れている。脚にはスネ当てを装着した後に、余裕のあるズボンのような、これまた鎖が編み込まれた服を履いていく。鎖が編み込まれているが、普段の洋服よりも柔軟性が高く、装着してみても、とても動きやすい装備だった。
「いいですね。本来であれば、武士と言われる、彼の国の軍人の装備をお勧めしたいのですが…ダンジョンでは機動力が大事になります故。さて、そして最後に、こちらが頭を守る兜でございます」
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一時間程した後、レイとレミィの前に、黒い装備を纏ったアカードがカーディに連れられてきた。
「良いじゃん良いじゃん、似合ってるよ。顔も良い感じで隠れているし、…悪い事一杯出来るね!」
レイが笑いながら、アカードの周りをウロウロと歩き回る。顔は鉄の帽子のようなものを被った後に、首の布をあげて口元が隠し、黒いフードも被るため、目元以外は見えなくなっている。
「そうね、武器も刀…だったかしら?良く似合っているわ。少し、男らしくなったかしら?」
レミィは素直にアカードをほめてくれる。
「…ありがとうございます」
モゴモゴとアカードが答える。褒められ、からかわれ赤くなっている顔を隠すために、今の装備は丁度良かった。
からかわれること、ひとしきり。カーディがアカードを客室に案内する。明日は朝が早いということで、もう一泊することになったのだ。
「では、アカード様。私は最後の確認をして参りますので、明日までにそちらの装備をご自身で装着出来るよう確認しておいてください。もし、分からない所などありましたら、正面玄関の馬車の辺りに居ると思いますので、遠慮なくお声掛けください。それと、ご夕食の準備も完了次第、お知らせ致しますので、それまでこちらの部屋でおくつろぎ下さい」
カーディが一礼し、慌ててアカードも一礼を返す。
「カーディさん、本当に、色々とありがとうございます」
「…いえ、こちらこそ。レイお嬢様に良くして頂き、ありがとうございます」
「そんな、いつもお世話になってばか…り?ですよ」
「…」
まるで、全て知っていますよ、というメッセージを込めるように、カーディが微笑みながら、アカードを見つめてくる。
「…確かに、たまにとんでもない目にあわされますけど…」
この人には、表面的なお世辞は通じないと感じて、正直にアカードが白状する。
「ハハ、素直なことは良いことですよ。ええ、ええ、どうか、これからもレイお嬢様、レミィお嬢様を宜しくお願いいたします」
自然に、綺麗に、そして先ほどよりも長めに、カーディが一礼をする。
「え?あ、はい!こちらこそ!」
「…では、また後程」
そう言って、カーディは客室を後にする。カーディが行き、暫く経った後、アカードは自分の装備を外し始める。
『主様、よくお似合いですよ』
嬉しそうな声と共に、ミクズが現れ、アカードに抱き着く。
「全く、よく言うよ。こうでもしないと泣く、なんて脅かした癖に」
アカードはミクズの脅迫を思い出して、口を尖らせる。
『申し訳ありません。でも、主様のお側にいて、足手まといにはなりたくなかったのです。…それに、主様の身体に刀が馴染み良いのも事実ですわ』
そう言って、ミクズが刀をアカードに渡す。
「でも、重いよ。扱えるかな?」
刀は見た目に反して重く、前のめりにならないように、アカードはしっかりとお腹に力を入れる。
『ええ、やはり、良く似合っていますわ。…明日から頑張りましょうね、主様』
ミクズが何か懐かしものを見るような目でアカードを眺めて、微笑む。
「うん。多少、強引だったけど、強くなれるチャンスだしね」
『ええ、その意気ですわ』
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馬車の荷物を確認し、自身の装備をチェックしているカーディの元へ、レイが歩いてくる。
「ごめんね。また、無理を押し付けちゃって」
「いえ、私も身体を動かさないと鈍ってしまいますので、ありがたいです。それに、久しく行けてませんでしたからね。あの場所も手入れをしないと…」
片手剣と盾を確認するカーディ。二つとも良く手入れされている。
「そう?なら、お願いね。それで、アカード君はどうかな?カーディから見て。刀なんて、キワモノを選んでたけど…」
「ええ、私も彼が刀を選んだ時は正直に言って、驚きました。ですが、これが不思議と良く馴染んでいるのです。触ったこともないと思うのですがね」
「だから、反対しなかったんだ?」
「はい。一から身体の動きを作るより、今の身体に合わせていく方が覚えは良いでしょうから」
確認が終わった装備を馬車に積み込む。
「そっか。でも、もし彼が駄目そうなら…」
「そこまででしょう。あそこで駄目なら、レイ様達のいる世界ではどのみち長くは生きられないでしょうから」
一瞬で、武人ような雰囲気に変わるカーディ。
「…そうね。任せる」
レイは一瞬寂しそうな顔を見せるも、ただ頷くのみで、カーディに背を向ける。
「かしこまりました。さて、ではそろそろ私も夕食の準備をして参ります」
すでに武人然とした雰囲気はなく、ニコニコと柔らかい表情に戻ったカーディはレイに一礼して、その場を後にする。
「…期待してるからね」
誰に向けたか分からないレイの呟きが、夕焼けの空に消えていった。




