第16話 2回目の無報酬クエスト
ゴブリンを無償で討伐してからというもの、報酬を支払うのが難しい他の村からのゴブリン討伐の依頼が殺到していたため、ジョセフは仕方なくその討伐依頼を引き受けようと思っていたのだったが躊躇っていた。
今回は偶然上手くいっただけで次もまた無事に帰れる保証もない。
「ジョセフ、本当は討伐依頼を受けたいんじゃないのか?」
テレサがぽつんとジョセフに問いかけてきたのだ。
「そうだがみんなは賛成してくれるのか?」
「もう~ジョセフ、そんな辛気くさい顔してないで依頼受けちゃいなよー」
ジンジャーはニヤニヤとジョセフの背中を軽く触りながら押していた。
「人がいるようなところで背中を押すなよ、誰かにぶつかって怪我でもさせたら大変だろ!」
「ジョセフが俯いているからよ」
ジンジャーは唇に指を当てながらジョセフに言った。
兎にも角にも、誰かが困っているのを見過ごせるほど心が荒んででいるわけではなく、他のメンバーも寧ろ依頼を受ようと言ってくれたのがジョセフはとても嬉しく思っていた。
「こんなにもいい仲間に巡り合えたことを神様に感謝したくなるくらいだ……」
ジョセフはリサ達と出会ったことで少しずつ仲間の大切さを知り、心に余裕を感じていた。
受付でゴブリン討伐を求めてる男性の方へとジョセフは向かっていった。
「ゴブリンの討伐の依頼を受けたいのだが、報酬は出るのか?」
「それが、このところ災害続きで報酬の支払いはすぐには…」
「分かった、無報酬で引き受けるから討伐後には食事を提供してくれないかな?」
受付のお姉さんもこれで2回目だったからなのかそれほど驚くことではなかったのだが無報酬で討伐を引き受けることに関しては動揺していた。
「そりゃそうだろうなあ、クエストを無報酬で引き受ける冒険者なんて現実的に考えたらありえないんだもの」
佐藤夏樹はジョセフの方を向きながら皮肉を言う。
ジョセフでなければ間違いなく引き受けることのない依頼なんだろうが村一つ無くなるってことはその分ジョセフ達が普段口にしている食べ物を作ってくれる人間が減るということでもあるため放っておけなかった。
依頼を承諾し、すぐさま依頼先の男性とその村に向かうことにしたのだ。
男性の話によるとその村の近くには洞窟があり、その洞窟に最近ゴブリンが住み着いているらしいのだ。
そのおかげで最近では畑周辺にはゴブリンの足跡が大量に見つかり、村の人はゴブリンの襲撃を受ける前に手を打たなければいけないと考えていたのだ。
冒険者ギルドを出た後に一部の冒険者がヒソヒソとジョセフのことを訝しげに話題していたのだった。
「あの金色の髪をした目元を隠している男、この前ゴブリンを無報酬で討伐したらしいけど本当なのかな?」
「どうだろ?どうせ無報酬とか言いながらそれなりに謝礼金だの色々貰っているに違いない」
「何ぃ?もしそれが本当ならあの男は極悪非道だな」
いかにもモテなさそうな雰囲気をしていた小汚い格好をした冒険者達は嫉妬紛いのことを噂していたのだ。
「それにあの男、女ばっかり連れ歩いて本当にムカつくぜ!」
「クソお、俺達にもあんなカワイ子ちゃん達を連れ歩きたいなあ」
「お前じゃ無理だっつーの」
冒険者達は皮肉交じりに冗談を言いながら笑いを飛ばしていた。
本当は聴こえていたのだがジョセフは全く気にしていなかった。
冒険者をやっているなら誰かを僻んだりするのはよくあることだと割り切っていたからだ。冒険者に限らず日本でも業績のいい営業マンを陥れようとする人間もいるくらいだからどこの世界でも人間の本質というものは変わらないものだなとジョセフは異世界に来て思い知らされた。
依頼主の男性と共に村に徒歩で向かって行くのかとばかり思っていたが男性は馬車を使って冒険者ギルドに来ていたみたいだ。
その馬車は幌の無い荷台をつけただけのシンプルなものであったが徒歩で何日もかけるよりはまだマシな方だ。ゴブリンの討伐を依頼しようにも報酬の支払いが出来るかも分からない状況らしいから無理もない。
御者台にゆっくりと乗った依頼主から荷台に乗るようにと促されジョセフ達はそのまま乗り込み、依頼主は全員が荷台に乗ったのを確認し馬をゆっくりと走らせた。
涼しい風が優しく吹き、ジョセフの長い金色の髪がなびいては右往左往と揺らいでいた。
「おいジョセフ、その長い髪どうにかならないのか?」
「言いたい気持ちは分かるけどヘアゴムを持ってないから髪の毛を結ぼうにも結べないんだよ」
佐藤夏樹はジョセフの長い髪を指摘していたのだ。長い髪がなびいては佐藤夏樹の顔に時々当たっていたらしい。
「ジョセフ、ヘアゴムとはなんだ?」
「髪を結ぶ紐のことだよ」
ヘアゴムに関して何なのか疑問に感じたテレサはジョセフに質問をしたため即答で髪の毛を結ぶために必要なものであることだけを伝えた。
この世界にはゴムというものは存在しないのか疑問に思ったジョセフはこの世界に来てまだそんなに時間が経ったわけではないけどゴムのように伸び縮みする道具を見かけたことがなかった。もしかしたらゴムという概念がまだこの世界にはないのだろう。
「髪の毛を結ぶ紐が欲しいのであれば私のを一つ使うといい」
「…ありがとう」
テレサはさりげない態度でジョセフに髪の毛を結ぶ紐を渡してくれた。テレサの手は毎日剣を握って戦っている手とは到底思えないほどに柔らかく、暖かさを感じた。
(これが女性の手というものか、日本にいた頃女性との交流が殆どなかった俺からしたらいい体験なのかもしれない。神様の手違いで転移させられたけどもしかしたら俺はこの世界で女性との交流を深く、人間らしい心を取り戻すためにこの世界に送り込まれたのかもしれないな)ジョセフはふと、自分は手違いで転移させられたのではないのではと思い始めるようになる。
ジョセフはテレサ達女性陣に危険がないように全力でカバーしていこうと心がけることにした。
髪の毛をうなじが見えないように低めに紐を結んでいるジョセフは少し気なっていることがあった。テレサが最近ジョセフに対してとても優しくなった気がしたからなのだ。
「テレサ、この紐いつかちゃんと綺麗に洗って返すよ」
「べっ、別に返さなくてもいいんだから!その代わりちゃんと大切に使ってよ」
テレサはツンツンとした表情をしながらデレていたのだ。
それを見ていたリサの視線が気になりつつあったのだがこれは間違いなく嫉妬していた。リサは普段ほんわかそうに見えて妙に独占欲というか他の女性と軽く会話しているだけで眉間にしわを作ったり顔が引き攣るからだ。
「リサ、勘違いしていると思うがこれは別に意味はないよ…」
「分かってます、でもやっぱりジョセフ様に構ってもらわないと寂しいんです!」
少しご機嫌斜めのようだ。リサも一国の王女様だしその辺りは仕方のない部分ではあるのだがこうもすぐ機嫌を損ねているようではジョセフも不用意に声をかけづらく感じていた。
ジョセフは髪の毛を何とか結び終え、纏まった髪はさっきよりも激しくなびかなくなり、自分の後ろに束ねた長い金色の髪の毛が何処に行ってしまったのか一瞬分からなくなっていた。
「髪の毛を結んだことがなかったがこんな感じなんだな」
「そんなに髪が長いのに今まで結んだことなかったの?」
食事をするときはヘアゴムをしたりなどはしたことあるけど普通の紐で髪の毛を結んだのは今回が初めての出来事であったからだ。
中世ヨーロッパ風の世界というのは色々と不便に感じるものが沢山あるがジョセフ達は今までに体験したことのない未知なるものを体験できる楽しさを味わっていた。
ジョセフは今はこうやって頼れる仲間達と共に、ゴブリンを討伐したりと知らない場所へ旅に行ける。日本にいた頃はこんな風に楽しめるなんて思いもしなかったのだ。
空気も綺麗で辺りは草原に囲まれていて自然を感じることができ、ギターを弾きたくなりそうだ。ジョセフが弾けるのはエレキの方だからこの世界に持ち込んだとしてもアンプから音を出すための電力をどうやって供給するか疑問に思ったが常時魔法で電流を流せるわけでもないこととボルト数にワット数を考えれば素人が簡単に電気を操れるとも到底思えない。
自家発電所か水力発電所さえあればなんとかなるのだろうがジョセフには化学の知識のないため一から作り上げることは不可能に近い。
ジョセフは日本にいた頃を懐かしく感じ口元が緩くなってしまった。
「フッ」
「ジョセフ、何ニヤケテるの?」
「少し昔のことを思い出しただけだよ」
「昔のことねえ」
ジンジャーはジョセフの過去に興味津々な様子で話を聞き出そうとしている様子が伺えた。
「俺のいた国では魔法を使わなくても快適に暮らしていて、いろいろな娯楽があったんだ」
「「「「えっ!?」」」」
女性陣は一気に驚愕した様子でいたのだ。勿論御者台で馬を扱っている依頼主も。
「まず電気を作る施設があって夜でも灯りが付いているんだよ」
「電気を作る?」
「それだけじゃないよ。写真ていうものがあって紙に人や建物を映し出すことだってできる」
みんなはうんうんと頷く。
「おいおいジョセフ、俺達のいた世界のことをそんなに言っちまっていいのかよ?」
佐藤夏樹が心配した様子で俺の耳元で小さく囁く。
「悪いことではないと思うがいいすぎない方がいいかな?」
「俺達がこの世界の人間でないことがバレれば大騒ぎになって魔女狩りとかされることだって…」
「二人とも、何の話しているの~?」
「何でもないよ、アイリス。佐藤夏樹には男だけの大切な約束をしていたんだよ」
「そうそう、俺達ちょっと二人だけの大事な話しててよ…これだけはどうしても他の人には言えなくてさ」
佐藤夏樹は「誤解を招くような言い方をするな」と言いたそうな表情であわあわとしながら俺の話しに合わせていた。
もしかしたらジョセフは同性愛者疑惑を持たれてしまった可能性がるかもしれないがリサに後で説明すればちゃんと理解してもらえるはずだとジョセフは思った。
リサは人の心が読めるからだ。
村へと到着し、ゆっくりと幌のない荷台から降りたジョセフ達を待ち構えていたのは村人達であり、何やら様子がおかしかった。
第一印象がまずそこだったのだが何故村人達の様子がこんなにも険しいのかはジョセフ達もなんとなく分かっているつもりであったがここまであからさまにされると少し不安でいっぱいだった。
「おい、アンガス!何故よそ者を連れてきた!?」
「父さん、この人達はゴブリンを討伐してくれる冒険者の方々だよ。もうこれでゴブリンの被害に喘ぐ必要も…」
「何をバカなことを言っている!この村には冒険者を雇うような資金が残っているとでも思っているのか?バカ息子が!」
てっぺんが禿げていた白髪の老人は金銭面を心配していたのかジョセフ達をすぐにでも追い払おうと農業用のフォークを持ち上げ襲い掛かりそうな勢いで向かってきた。
「お前達冒険者ってのはどうせ金の為だけに動いて払えなかったらこの村をほおっておくつもりなんだろう?何とか言ったらどうだ若造が!」
老人がジョセフに睥睨しながら難癖をつけてきた。
「爺さん、何か勘違いしているみたいだから説明するけど俺達は無報酬でゴブリンを討伐しに来たんだ。だからそれを下ろしてもらえないか?」
「チッ、若造が!生意気なことをぬかしやがって…」
そう言いながら舌打ちをし、農具用のフォークを降ろし後ろを振り向き老人はそのまま舌打ちをしながら自分の家へと戻っていったのだ。
「すみません、うちの父は数年前とある冒険者に依頼をしたんですけど、組合からこの村では払いきれない金額をを請求されたことが原因で偏屈になっているんですよ…」
「そうだったんですか…」
依頼主の男性が深々と頭を下げ、それを見たリサは慌てて頭を上げるように促す。
「ゴブリンが生息している洞窟だがどこにあるか分かるかな?」
「ちょっとジョセフ様!」
「いえっ、大丈夫です。恐らくこの村の北にある洞窟にゴブリンは拠点にしているかと…」
「ありがとう、それではゴブリンが活動する前に今からその拠点を叩いてくるよ」
「ジョセフ様、待ってください!」
ジョセフはすぐさま北の洞窟へと向かい、置いていかれないようにリサ達は必死について行った。
「ジョセフ様、さっきはどうしてあんなことをされたんですか?」
「あそこで長居してても時間の無駄だと思ったからさ」
「だからって、ぶっきらぼうにしなくても…」
少し心配そうにしていたリサはジョセフの依頼主への態度が不愉快に感じたからなのかさっきの態度について指摘しようとしていた。多分これはリサに限らずテレサ達も思っていたことなのだろう。
それからというも、沈黙とした空気が洞窟に到着してしまい、ジョセフは一旦足を止めみんなに呼び掛けた。
「この洞窟にはゴブリンが潜んでいる。だからそこで提案だがマリーの魔法で一気に殲滅しようと考えている」
「えっ?あたしが殲滅しちゃっていいの?」
「ああっ、情報によればゴブリンに誘拐されている人間は一人もいないみたいだからな。だが油断は禁物だ。もし誰かが捉えられたらその人を救出することだ」
そう言いながら暗い洞窟の中に潜るのだが、その前に松明に火をつけデコボコとした地面を慎重に歩いた。
洞窟の中はほぼ1本道でかなりの距離を歩いたのだが一向にゴブリンの気配を感じないな。もうそろそろゴブリンに遭遇してもいい頃だとは思うのだが。
そう思いながら歩いていると2つに道が分かれていた。
「道が分かれているね」
ジンジャーは声を出した。
「そう来たか、道理で今まで気配を感じなかったわけだ…」
ジョセフは顎に手を当てながら少し考え込んでいた。ここは二手に分かれて探索するかそれとも全員で一つずつ探していくか。
「ここは全員で行った方がいい」
「テレサはそう思うのか?」
「二手に分かれてどちらかが危険な目に遭うことだってことだってあるだろう。そうなったときに支援ができるようにしておいた方がいいと私は思う」
「他のみんなはどうだ?」
「「「「テレサの意見に賛成」」」」
「決まりだな。よし、行こう!」
ジョセフ達はまず右の道を渡ることにした。右の方は段々と下っているのか、急に傾斜が酷くなって足元を踏み外せばすぐにでも転げ落ちそうだ。
こんなゴツゴツとした地面でこければ間違いなく大怪我してしまいそうだった。ここは慎重にゆっくりと渡らねば命が幾つあっても足りないと思う程に危険であった。
洞窟の中に潜ってからジョセフはずっと、何の気配も感じずにただひたすら歩き続けていたのだが近づけば近づくほど血の気が濃くなってきていた。
「間違いない、これは人間の血だ」
ジョセフは地面に落ちていた血痕を指で掬い取り臭いを嗅いでいた。
ゴブリン討伐の依頼を受けた他の冒険者が油断してゴブリンに殺されてしまったのだろう。松明で周辺を照らすとそこには死体が転がり込んでいた。
その死体はまだ白骨化していないようなのでここ数日くらいしか経っていないのだろう、洞窟の奥で空気も少し薄いため死体が腐るのには時間がかかるのかもしれない。
リサとアイリスは死体を極力見ないように気を付けていたのだがジョセフ達だって死体なんて見たくはない。見たくはないのだがしっかりと向き合わなければいけなかった。
「死体を見ると気分が悪くなるのか?」
「はい…死体を見るのは初めてですので…」
リサは少し顔色が青くなりかけていたのだ。こんな年端のいかない少女がいきなりこんな光景を目の当たりにしたらそうなるだろうな。アイリスも同様であった。勿論ジョセフも人間の死体など見たことはない。
「ジョセフ~、くっついてもいいか?」
「私もいいですか?」
アイリスとリサ上目づかいでジョセフを見つめ離れようとしなかった。
「二人とも、何があっても俺から離れるなよ」
「「うん」」
そう頷きながらリサはジョセフの腕にしがみつき少し安心していたようだ。
冒険者と思わしき死体があるだけでゴブリンが潜んでいる気配は全くなかった。
それから他に通路はないか確認してみたのだが行き止まりだったためジョセフ達は一旦引き返すことにした。
傾斜がとても酷く足元も危ういため、1時間は歩いているではないかと錯覚してしまう程で、次は左側の道を調査することにした。
今度は心臓破りの傾斜もなく、先程のように足元もマシであったためかサクサクと進むことができた。
「みんな、いつでも戦闘できる準備を整えておこうか」
「そうだな、ジョセフの言う通りだな」
テレサは鞘から剣を抜き出し構え、ジンジャー達も武器を取り出していた。
「でもよぉジョセフ、もしかしたらゴブリンはいないんじゃないのか?」
「それも想定しての準備だよ」
佐藤夏樹はジョセフにそう言いながらゴブリンはいないんじゃないかと疑問に思っていたようだ。実のところジョセフもゴブリンはこの洞窟にはいないのではないかと思い始めていたのだけれどさっきから感じるこの違和感を拭えずにいた。あれからまた進んでいあたのだがさっきと同じでまた行き止まりだ。これ以上進める場所もなく、ゴブリンも見当たらないってことはジョセフ達はもしかしたらハメられたのか?だとしたらここに長居するのは危険だな。
何か接近しているな、ゴブリンか?いや、違う。ゴブリン以上に感じる悪がこの奥に潜んでいるような…そんな気がしてたまらない。
後ろから誰かが走っているのだろうか?激しい足音がだんだんとジョセフ達の方へと急接近していた。
「お前達、この洞窟で何をしている!?」
「あんたはさっきの村にいたおじさん?どうしても何もゴブリンの討伐をしているんだけど1匹もいなくて…」
あの禿げた意地悪な老人が怒鳴りながらこちらの方へと近づき、ジンジャーが説明をしていた。
「ゴブリンの討伐だと?お前達にあのゴブリンが倒せるのか?」
爺さんはジンジャーを見下すかのような言い草で仁王立ちしていた。
「一応、倒せるだけの人数はいるけど」
「小娘が、早くこの洞窟から出るんだ!」
「おいおい爺さん、あんたの村がどうなってもいいのか?」
「何じゃ、若造が!その目つきの悪い顔はなんじゃ!」
ジンジャーはそう答えると老人はまたもや否定し、佐藤夏樹は老人を睨んだ目で見ていた。
ジョセフは初めて会った時から老人の様子がおかしい感じ尋ねる。
「なあ爺さん、さっきから気になっていたんだが本当にゴブリンはいるのか?」
「当たり前じゃ、この洞窟の奥にはお前達若造が勝てるようなやわではないゴブリンがいるのじゃ!」
「そうかそうか、それはご苦労さんだな」
ジョセフは老人の顔面に一発正拳突きを入れ、老人はそのまま地面に倒れ込んだ。
「ちょっとジョセフ!いきなりおじいさんを殴るなんて…」
テレサは冷や汗をかきながらジョセフに何故殴ったのか問いただそうとしていた。
「テレサ、気付かなかったのか?あの爺さんはさっきから血の匂いが激しかったことに」
「「「「「「えっ!?」」」」」」
テレサ達は一斉に声を合わせて驚いていた。そしてテレサ達はジョセフの言うように臭いを嗅ぐと血の臭いが漂い鼻腔を刺激していた。
「本当だ。血の匂いがさっきよりも酷く感じるぞ!」
「少なくともジョセフ君が気付いていなかったらあたし達は今頃殺されてたでしょうね」
「さっきの死体といいゴブリンが1匹も見当たらないのには何か理由があるに違いない」
「ぐぬぬぬっ、おい若造!このわしが怪しいといつから疑っていた?」
「お前のようなジジイがいるか?ジジイならもう少しシワをつけておくべきだったな」
老人の顔をよく見てみると、頬に加齢による皺らしきものが一つも見当たらなかったのだ。
「いいだろう、バレてはしょうがないな」
老人の肌の色は急に紫色に変色し、やせ細った体は急激に膨張していき、160cmくらいだった身長も200cm近くまで伸びていた。
「わしは魔人族のゴンザ、この世界を支配し魔王となる存在だ」
ゴンザは自己紹介をし終え、右拳を振り上げてジョセフ達にめがけて攻撃を仕掛けてきた。
地面の形はクレーター状へと変形し、ニキビ跡をレーザー治療しなければいけない程にまで酷くなっていた。だが今はそんなことを考えている場合ではなかった。
このゴンザとかいう魔人族を何とかして討伐する方法を練らねば。
「マリー、あの化け物を倒せそうな魔法はあるか?」
「色々あるけど試してみるわ」
「おっと、魔法は使わせん」
ゴンザはすぐさまマリーの方へと向かい呪文詠唱の妨げをしていた。
マリーはゴンザの攻撃をかわしてばかりで魔法を発動するのに余裕がなかった。今までみたいに小者が相手であればすぐさま発動できるのだがこんな状況では流石のマリーもお手上げのようだ。
ゴンザの攻撃はジョセフ達が立ち止まろうとする暇すら与えてくれず、まともに指示すら出せない状況でいた。
「お前達人間はここで死ぬのだ」
そう言いながらゴンザは怒声をあげていた。
このまま無抵抗なままジョセフ達もやられるつもりはなく、眼前にいる化け物を倒す方法があるに違いないと模索していた。
「イチかバチかやるしかないな……光魔法『スパーク』」
青白い電流がバチバチと俺の左手を覆っていた。あの化け物の脳神経を狂わせられればいいのだが今のジョセフの魔力で奴に通用するのかは疑問に感じてもいた。
ジョセフは『スパーク』で覆われていた左拳でゴンザの頬にパンチを一発入れることに成功した。
ゴンザは殴られた頬をさすりながらニヤリとした表情を浮かべていたのだ。
「う~ん、さっきの攻撃は少し痛かったぞー。だがその程度の攻撃ではこのわしは倒せんぞ?」
(やはりゴブリンや並の人間と違い俺の魔法攻撃では倒せないのか?1秒でもいい、奴の動きさえ止めれれば)ジョセフはこのままでは全滅することを脳内に過らせていた。
「腹の足しにもならなかったが中々楽しかったぞ。さらばだ人間!」
ゴンザは奇声にも似た声をあげ右拳を振り下ろした。
「ジョセフ!」
テレサがジョセフのもとへと駆け寄ろうとしていたが距離もある程度あったため間に合いそうになかった。
「なぬっ!?」
ジョセフは(ここまでか……?)と思った瞬間、ゴンザの体が硬直し始めていたのだ。
「きっ、貴様!このわしに一体何をした!?」
「光魔法『スパーク』でお前の脳神経を狂わせたのさ」
「そっ、そんな…使…いっ、方が…」
ゴンザは言葉も発せられないほどに麻痺が生じ、これが攻撃のチャンスだと思ったジョセフはマリーに魔法を発動するように声を張り上げた。
「今だマリー!奴を倒すんだ!」
「ジョセフ君、さっきはヒヤッとしたけどホントにあたしが倒していいんだね?」
「頼む」
マリーの杖から特殊な光が球状に集中しており、その光の球は段々大きくなっていった。
「神よ、この力を私に貸してくださいませ。『ホーリーライトビーム』」
ゴンザの麻痺が解け、マリーの方へと突撃しようとしていた。
「そうはさせない!」
「ぐあぁっ!」
テレサはゴンザの足から太ももまでを剣で斬り捨てた。かなりの大物を相手にしたためかテレサの剣はゴンザを斬り捨てたと同時にポキリと半分に折れてしまった。
「おのれ、人間風情がこのわしに傷を負わせるとは…」
ゴンザはマリーの『ホーリーライトビーム』の光を激しく浴び、吸血鬼が太陽の光を浴びながら体が解けていくかのように分解されていた。
「いいかよく聞け!このわしを倒したということは必ず貴様らに死が訪れることになる…ぐぎゅわぁあああ!」
ゴンザの体は原子レベルで完全に消滅してしまい、その光は天へと昇り流れ星のように散りばめられていった。
「テレサ、奴の攻撃を止めてくれてありがとう」
「何を言っている。ジョセフが動きを一瞬だけでもくれなければ私達は全滅していた」
「まっ、ジョセフ達が足止めしなくてもあの程度の雑魚なら普通に仕留められたけどね」
マリーは口を滑らせて場の空気を乱していることに気付いていなかった。
「マリーそれ酷くない?ジョセフとテレサがあんなに頑張ったっていうのにその態度は」
ジンジャーはマリーの発言に対して指摘をするのだったが一向に反省の色を示す気配はなかった。
「だって本当のことなんだもん。でも二人ともありがとう…」
マリーは照れ隠しをしながら感謝の言葉を述べていた。
「マリー、さっきのあの魔法は俺にも使えるのか?」
「一応光属性の魔法だから習得できるはずだけどジョセフ君の今の魔力量を考えたら少し難しいかも…」
「そうなのか、魔力量を上げる方法とかはあって?」
「どうなんだろう…多分あるのはあるんだろうけどその辺はあたしにも…」
マリーはところどころ止めながら言っていたけど何か隠している様子でこれ以上はジョセフも尋ねるのは本人にも悪いと思い質問することを辞めた。
あのゴンザという化け物、ジョセフの『スパーク』で麻痺したはずなのに自力で解ける力があったということは奴よりも強い化け物がいることは明らかだ。
もしあれがジョセフ一人で挑もうものなら確実にジョセフは死んでいた。そのくらいゴンザは強かった。
ジョセフ達はゴンザを倒した後もゴブリンがいないか洗いざらい探してみたけれどゴブリンは見当たらなかった。
洞窟を無事に抜けだし、あの村にゴブリンはいなかったこととゴンザについて尋ねなければいけないと思ったジョセフはすぐさま村へと向かった。
村へと無事到着し、ジョセフ達が戻ってくるのを待っていた村人達は決して顔を合わせようとせず、ずっと俯き黙り込んでいる様子が伺えた。
「冒険者の皆さん、ご無事で…」
「ゴブリンではなかったが村を脅かしていた悪魔なら討伐したぞ」
村の人々はハッとした表情で顔を上げた。
「ほっ、本当ですか!?あの悪魔をあなたは倒したと?」
「ああ、俺達であいつを倒した。だが俺一人では到底倒せる相手ではなかったよ」
村人達は魔人族のゴンザを倒したことを知りざわざわとした雰囲気が漂い始め半信半疑ながらもその言葉を信じるしかなかった。
「ところでゴブリンは一匹も見当たらなかったがゴブリン討伐の依頼の件だがあれはあの化け物を討伐するための嘘てことでいいか?」
「はっ、はい…あなた方に嘘をついたうえに危険な目に合わせたことは深くお詫びをさせてください」
依頼主のアンガスはジョセフに深々と頭を下げていた。
「それは別にしなくていい。ただ引っかかるんだ。魔人族が村を占領しているなら国を動かすことだってできたのではないか?」
「それもそうですね。ゴブリン相手に国の兵を動かすのは難しいですけど魔人族等の悪魔ともなれば国に要請もできたはずです」
「そうしようともしたのですが一度国に要請を出そうと考えていたのですがあの化け物に殺されてしまいまして仕方なくゴブリン退治という口実で依頼を出すことにしたのですよ」
要するにジョセフ達はあの化け物の策略にまんまと引っかかってしまったというわけで理由はどうあれ魔人族ということは冒険者としてのランクも一気に上昇するかもしれないなと期待を膨らませていた。
「それではあの洞窟に転がっていた死体もあの化け物に?」
「死体?そのことについては分かりませんけど恐らく…」
「まあいい、取り敢えず組合にはゴブリンを討伐しようとしたらゴブリンはいなくて魔人族を討伐したと報告しておくよ」
「分かりました…」
アンガスはゴブリンが洞窟にいると嘘をついたことがバレたことに罪悪感を抱いていたのかさっきからずっと顔を俯かせながら小声で言葉を発していた。
村の人達がぞろぞろとジョセフ達の方へと集まってきて何かを渡したそうにしていた。
「あのぉ…報酬金を村のみんなで少ないながらも集めました…」
「何か勘違いしていないか?」
「えっ?」
「俺は無報酬でクエストを受けると言ったはずだが?それにゴブリンを討伐していない以上金は受け取れないよ」
「そうですか…」
村の人達が必死に集めたお金をジョセフが素直に受け取らなかったのには理由があった。あのお金の一つ一つが村の人達の思いのこもったお金であり、村人達はジョセフ達が魔人族を討伐したからではなくゴブリンが洞窟にいないのにゴブリン討伐という口実を作って危険な目に合わせたことへの罪滅ぼしをするためなのだと悟ったからだ。
そのまま、村からすぐに出て行こうとジョセフ達は街へと帰ることにした。




