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【連載版】学校一の美少女は、金曜日だけ幼なじみに戻る  作者: ロン毛丸
第6章 幼なじみと恋人

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第64話 相談したいことがあるの

 部屋のドアを閉めたところまでは、いつもどおりだった。


 濡れた靴下を脱いで、制服の上着をハンガーに掛ける。鞄は机の横へ置き、颯馬からもらった花は潰さないように、その上へそっと寝かせた。


 そこまで済ませて、琴音はベッドの上に置かれた雪だるまと目が合った。


 クリスマスに颯馬からもらった、手の中へ収まるくらいのぬいぐるみだった。


 琴音は雪だるまを抱き上げると、そのままベッドへ倒れ込んだ。


「……彼女」


 雪だるまの丸いお腹へ顔を押しつける。


 途端に、両足が勝手に動いた。


 ぱたぱたと布団を蹴り、少しだけ止まる。


 展望公園で向かい合った颯馬の顔が浮かんだ。


 雨に濡れた前髪。緊張して、いつもより少しだけ低くなった声。


 琴音が好きだ。


 俺と付き合ってほしい。


「……っ」


 今度はさっきより強く布団を蹴った。


 ベッドの軋む音がして、琴音は慌てて足を止める。隣の部屋に誰かがいるわけでもない。それなのに、もし父親に聞かれていたらと思うと、頬がさらに熱くなった。


 冷たい手の甲を当てても、あまり役には立たない。


 琴音は雪だるまから少しだけ顔を上げた。


「颯馬の彼女」


 言ってから、また顔を埋める。


 どうやら一人で口にするのも、まだ早かったらしい。


 告白された時は、あれほど普通に返事ができたのに。


 いや、普通ではなかったかもしれない。颯馬があまりにも真剣だったから、自分もきちんと返さなければと思っただけだ。


 今になって、遅れて全部が追いついてきている。


 琴音は雪だるまを胸に抱いたまま、枕元のスマートフォンへ手を伸ばした。


 通知は来ていない。


 颯馬とは、ついさっき隣の家の前で別れたばかりだ。連絡がない方が自然なのに、何となく画面を確認してしまった。


 メッセージ一覧を眺めてから、美咲と栞との三人のグループを開く。


 グループ名は、うさぎの絵文字が一つだけだった。以前、美咲が勝手につけて、そのまま誰も変えていない。


 琴音は入力欄へ指を置いた。


『明日、二人とも空いてる?』


 送ると、すぐに既読が一つついた。


『午後なら空いてるよ』


 美咲だった。


『どうしたの?』


 少し遅れて、栞からも返ってくる。


『私も午後なら』


 琴音は雪だるまを抱き直した。


『相談したいことがあるの』


 送信してから、相談でよかったのか不安になる。


 困っていることがあるわけではない。むしろ、困るくらい何もかもが上手くいった。


『また恋愛相談?』


 美咲からの返信に、琴音の指が止まった。


『まだ何も言ってないよ』


『違うの?』


 否定する言葉は思いつかなかった。


 入力欄へ文字を入れては消している間に、栞から別のメッセージが届く。


『どこで会う?』


 内容ではなく、先に場所を聞いてくれるところが栞らしい。


『駅前でいい?』


『いいよ』


『うん。それで何の相談?』


 美咲は待ってくれなかった。


 琴音は、答えを考えるふりをしてスマートフォンを伏せた。


 直接言いたい。


 それだけなのに、そう書くことさえ少し恥ずかしい。


 もう一度スマートフォンを手に取り、なるべく余計なことを考えないようにして送る。


『明日、直接話す』


『分かった』


 美咲からは、それ以上の追及が来なかった。


 栞からもうさぎがうなずいているスタンプが届く。


 琴音は画面を閉じようとして、その前に颯馬とのメッセージを開いた。


 これまでのやり取りは何も変わっていない。


 待ち合わせの時間。勉強する範囲。夕飯に使う材料。帰りが少し遅くなるという連絡。


 その全部が、今日からは彼氏とのやり取りになる。


「……彼氏」


 三度目は声に出さないつもりだったのに、口から漏れた。


 琴音はスマートフォンを置き、再び雪だるまへ顔を押しつけた。


 足が動き出すまで、一秒もかからなかった。


     ◇


 翌日の午後、琴音が駅前のファミリーレストランへ着いた時、美咲と栞はまだ来ていなかった。


 三人分の席へ案内してもらい、窓際の奥へ座る。


 スマートフォンを開くと、美咲から『あと五分』と届いていた。栞からは何も来ていない。おそらく美咲と一緒なのだろう。


 琴音は鞄の中を確かめた。


 財布とハンカチ、その下にスマートフォンの充電器。必要な物は全部入っている。


 もちろん、相談に必要な資料などはない。


 やはり「相談したい」と呼び出したのは間違いだったかもしれない。


 昨日のうちに、メッセージで報告すればよかった。そうすれば今頃、こんなふうに落ち着かずに済んだはずだ。


「琴音、お待たせ」


 聞き慣れた声がして顔を上げる。


 美咲の後ろから、栞も小さく片手を上げた。


「待ってないよ。私も今来たところ」


「本当に?」


「本当に」


 美咲は一度だけ琴音の顔を見てから、向かいの席へ座った。栞もその隣へ腰を下ろす。


 三人で飲み物を注文する。


 美咲はアイスティー、栞はオレンジジュース。琴音は少し迷い、桃のジュースを選んだ。


 注文が終わっても、美咲はすぐに相談の内容を聞かなかった。


 珍しいと思ったが、正面を見ると、明らかに待っている顔をしている。


 栞は窓の外へ一度目をやり、それから琴音へ視線を戻した。


 琴音は紙に包まれたストローを指先で転がした。


「それで?」


 一分も経たないうちに、美咲が先に口を開いた。


「うん」


「相談」


「分かってる。今、話すから」


「急かしてないよ」


「今のは急かしてると思う」


 運ばれてきた桃のジュースへストローを入れる。少し飲んでみたものの、喉を通った量はほとんどなかった。


 昨日、颯馬へ返事をした時は、もっと簡単に言えた。


 好きだと伝える相手が颯馬だったからだろうか。


 今は目の前に二人もいる。


 どちらも琴音のことをよく知っている。だからこそ、口にしたら何も隠せなくなる気がした。


「琴音?」


 栞に名前を呼ばれる。


 琴音はストローから口を離し、グラスの水滴へ視線を落とした。


「昨日、颯馬と出かけたでしょ」


「うん」


 美咲の返事がいつもより少しだけ早い。


「展望公園に行ったの。雨は降ってたけど、颯馬が中止にしなかったから」


「それで?」


「そこで……」


 琴音は言葉を止めた。


 頬が熱くなる。昨日から何度目か、もう数えるのはやめていた。


 それでも、二人へ伝えたい気持ちは変わらない。


「颯馬に、告白されたの」


 美咲の手が止まった。


 栞は持ち上げかけていたグラスを、静かにテーブルへ戻した。


 琴音は二人の顔を見られないまま、続ける。


「それで、付き合うことになりました」


 最後だけ、なぜか改まった言い方になった。


 数秒、誰も話さなかった。


 耐えきれなくなり、琴音が正面を見る。


 美咲は両手で口元を押さえていた。


「……え、本当に?」


「嘘でこんな相談しないよ」


「相談じゃなくて報告じゃない」


「そうとも言うかも」


「高瀬君から?」


 琴音は小さくうなずいた。


「うん。颯馬から」


 名前を口にしただけで、また昨日の声を思い出した。


 桃のジュースへ逃げようとしたが、ストローを上手くくわえられない。琴音は諦めてグラスを置いた。


「高瀬君、ちゃんと言えたんだ……」


 美咲は驚いているというより、感慨深そうな顔で言った。


「ちゃんと言ってくれたよ」


「どんなふうに?」


「それは言わない」


「全部じゃなくていいから」


「全部じゃなくても言わない」


 昨日の颯馬の言葉は、美咲と栞にも話したくなかった。


 隠したいわけではない。自分だけが知っていたかった。


 美咲は不満そうに眉を寄せたが、それ以上は聞かなかった。


 隣で栞が琴音を見ている。


「おめでとう、琴音」


 短い言葉が、思ったより深く胸へ入ってきた。


 琴音は膝の上で両手を重ねる。


「ありがとう、しおりん」


「美咲も」


「言うつもりだったわよ」


 美咲は一度咳払いをして姿勢を直した。


「おめでとう、琴音」


「うん。ありがとう、ミサ」


 返事をすると、美咲の顔が少しだけ緩んだ。


「琴音、ずっと赤いけど大丈夫?」


「ミサの聞き方が悪いの」


「私は普通に聞いただけでしょ」


「言い方が楽しそうだった」


「だって、嬉しい報告だったし」


 それを言われると反論できない。


 琴音は頬へ手を当てた。店内が暑いわけではないのに、手のひらより頬の方が明らかに温かい。


 栞がストローへ口をつけながら言った。


「嬉しそう」


「……嬉しいよ」


「うん」


 栞はそれだけ言って、オレンジジュースを飲んだ。


 琴音も桃のジュースを一口飲む。今度はきちんと飲めた。


「それとね」


 言おうか迷っていたことを思い出し、琴音は続けた。


「颯馬から、花ももらったの」


「花?」


 美咲の声が少しだけ大きくなった。


 隣の席へ聞こえていないか、琴音は思わず周囲を確認する。


「ミサ、声」


「ごめん。でも、あの高瀬君が?」


「一輪だけだけど」


「写真は?」


「撮ってないよ」


「どうして?」


 美咲に当然のように聞かれ、琴音は瞬きをした。


 昨夜は花を飾る場所を探して、水を入れた細長いグラスへ移し、それから雪だるまを抱いたままベッドへ倒れ込んだ。


 眺めるばかりで、写真を撮ることまでは思いつかなかった。


「今から撮ればいいのかな」


「枯れる前には撮っておいた方がいいんじゃない?」


 美咲の言葉に、栞もうなずく。


「窓の近く。昼の方が撮りやすい」


「しおりんに撮ってもらった方が綺麗に残るかも」


「琴音が撮った方がいい」


「どうして?」


「高瀬君にもらった琴音が、最初に見たままで残るから」


 栞はそれ以上説明せず、グラスについた水滴を指で拭った。


 琴音は自室に置いた花を思い浮かべた。


 透明なグラスと、机の端。その向こうには、ベッドの上の雪だるま。


「帰ったら撮ってみる」


「見せてね」


「上手く撮れたら」


「上手くなくても見せて」


 美咲が念を押す。


「考えておく」


「それ、見せない時の言い方じゃない?」


 琴音は答えず、桃のジュースへ口をつけた。


 美咲はしばらく琴音を見ていたが、やがて首を傾けた。


「それで、本当の相談は?」


「え?」


「付き合った報告は聞いたし、花ももらった。相談したいことは?」


「……相談」


「昨日、そう言って呼んだでしょ」


 言われて、琴音はストローの袋を折り始めた。


 細長くしてから半分にする。それをもう一度折ろうとして、上手く重ならずに指が止まった。


 相談と言えば、二人が来てくれると思った。


 ただ報告したいと書くのは、少し恥ずかしかった。


「特にないかも」


「ないの?」


 美咲が目を丸くする。


 琴音は紙をテーブルの端へ置いた。


「昨日、帰ってからも落ち着かなくて。誰かに言いたかったんだけど、メッセージだけで報告するのも違う気がしたから」


「だから相談ってことにしたの?」


「うん」


「最初から報告したいって言えばよかったのに」


「それは恥ずかしいよ」


「付き合ったって言うのは恥ずかしくないの?」


「今も恥ずかしい」


「分かる」


 栞が琴音の顔を見て言う。


 また頬へ手を当てそうになり、琴音は途中でやめた。触れなくても赤くなっているのは分かっている。


「でも、二人には直接言いたかったの」


 美咲が少しだけ目を見開いた。


 そのあと、仕方がなさそうに息を吐く。


「じゃあ、相談でいいんじゃない?」


「さっき報告だって言ったのに」


「その方が呼びやすかったんでしょ」


「うん」


「ならいいよ。直接聞けたし」


 美咲はアイスティーの氷をストローで一度だけ鳴らした。


 栞もうなずく。


「私も、琴音から聞けてよかった」


「ありがとう」


 口にすると、胸の奥で落ち着かなかったものが少しだけ静かになった。


 昨日からずっと、夢の続きを歩いているような感覚があった。颯馬と別れて一人になっても、朝起きても、それが本当に起きたことなのか確かめたくなった。


 二人へ話したことで、昨日のことがようやく今日へつながった気がする。


「今度、五人で集まった時に写真撮ろうよ」


 美咲が言った。


「五人で?」


「付き合って最初の五人の写真。まだないでしょ?」


「それなら、今までの写真とそんなに変わらないんじゃない?」


「琴音と高瀬君だけは変わったでしょ」


 琴音は何も言えず、ストローの先へ視線を落とした。


「二人で並んでって言ったら、颯馬が嫌がりそう」


「言わない」


 栞が静かに答えた。


「何も言わずに撮る」


「しおりん、それだと颯馬が変な顔になるよ」


「自然な方がいい」


「消してって言われたら?」


「消さない」


 即答だった。


 美咲が笑い、琴音もつられて少しだけ笑った。


「でも、颯馬だけじゃなくて悠真君も変な顔をすると思う」


「佐々木君は、撮ると分かっていても変な顔をする」


「それはそうかも」


 次に五人で会う日を思い浮かべる。


 颯馬と自分が並んでいること自体は、これまでと変わらない。文化祭でも、クリスマスでも、五人で出かけた時も近くにいた。


 けれど、次に並ぶ時は恋人同士だ。


 そう意識した瞬間、また頬が熱くなる。


「琴音」


「何?」


「今、また高瀬君のこと考えたでしょ」


「考えてない」


「嘘」


「ミサには関係ないよ」


「そういう返し方する時は大体そうなの」


 琴音は否定する代わりに、残っていた桃のジュースを飲んだ。


 テーブルの上でスマートフォンが震えたのは、その時だった。


 画面へ颯馬の名前が表示される。


『何時頃帰る?』


 短いメッセージだった。


 それだけなのに、口元が緩みそうになる。


「高瀬君?」


 美咲に聞かれ、琴音はスマートフォンを隠さなかった。


「うん。颯馬」


「今の顔、月曜日もするの?」


「どんな顔?」


 栞が答える。


「口元ゆるゆるの顔」


 琴音は反射的に頬へ手を当てた。


「月曜日までには普通にする」


「無理じゃない?」


「ミサ」


「だって今、名前を見ただけで赤くなったよ」


「お店が暑いの」


「さっきは普通だったでしょ」


 琴音は美咲から顔を背け、窓の外を見た。


 空は昨日と違い、よく晴れている。駅前を行き交う人の中に、知っている姿はない。


 颯馬は今、隣の家にいるはずだった。


『もう少ししたら帰るよ』


 そこまで入力し、琴音は指を止める。


 自分の家へ帰るのか、颯馬のところへ行くのか。きっと颯馬は前者のつもりで聞いている。


 琴音は一度消して、別の言葉を打った。


『帰ったら、そっちに行ってもいい?』


 返事はすぐに来た。


『いい』


 続けて、もう一通。


『夕飯、琴音の分も作ってる』


 最初から来ると思っていたらしい。


 琴音はスマートフォンを持ったまま、頬へ上がりそうになる手を止めた。美咲と栞が見ている前で、これ以上赤くなるのは避けたい。


 けれど、美咲はすでに笑っている。


「帰るの?」


「うん。颯馬のところに」


「そっか」


「何?」


「何でもない。行こっか、栞」


 美咲が伝票を持ち、栞も鞄を肩へ掛ける。


 三人で店を出たところで別れた。


「琴音」


 駅へ向かう前に、美咲が振り返る。


「もう一回だけ。おめでとう」


「……ありがとう、ミサ」


 栞も隣から小さく手を上げる。


「月曜日、高瀬君にも言う」


「うん。颯馬、たぶん照れると思うけど」


「琴音と同じ」


「私は照れてないよ」


 栞は何も言わず、琴音の顔を見た。


「しおりんまでそういう顔しないで」


「何もしてない」


 美咲が笑い、栞もほんの少し口元を緩めた。


 二人と別れ、琴音は家へ向かう。


 帰ったら、まず花の写真を撮ろう。


 机の上だけでもいい。雪だるまも一緒に写すかは、実物を見てから決めればいい。


 それが済んだら、合鍵を持って隣へ行く。


 颯馬の作った夕飯を食べて、今日、美咲と栞へ報告したことを話す。二人が何と言っていたかまでは、少しくらい隠してもいいかもしれない。


 琴音は歩きながら、鞄の中のスマートフォンへ触れた。


 今夜もきっと、雪だるまを抱いてしまう。


 足をばたつかせないでいられる自信は、まだなかった。

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