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【連載版】学校一の美少女は、金曜日だけ幼なじみに戻る  作者: ロン毛丸
第4章 春からは

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第52話 これで最後だね

 終業式が終わったあとの教室は、いつもの放課後より騒がしかった。


 通知表を見せ合う声。椅子を引く音。ロッカーから出した教科書や置き傘を、鞄へ押し込む音。


「入らない」


 佐々木が机の上の荷物を見下ろした。


 春休みの課題が七冊。教科書が三冊。折り畳み傘と、置きっぱなしにしていたらしい空のペットボトル。


「それは捨てろよ」


「いつのだろうな、これ」


「聞きたくない」


 佐々木はペットボトルを机の横へ置き、空いたところへ教科書を差し込もうとした。


 代わりに数学の冊子が押し出される。


「高瀬、入れてくれ」


「何で俺が」


「お前、こういうの得意だろ」


「得意不得意の話じゃない。傘は手で持て」


「両手が塞がる」


「片手は空いてるだろ」


「帰りにスマホを見る」


「歩きながら見るな」


 佐々木が何か言い返そうとしたところで、後ろの扉が開いた。


「まだいた」


 三浦が教室へ入ってくる。


 その後ろに小宮山と琴音もいた。三人とも鞄を持っている。自分たちの教室の片づけを終え、そのまま来たらしい。


「終業式の日くらい、先に昇降口にいると思ったのに」


 琴音が俺の机の横で足を止めた。


「佐々木の鞄が閉まらない」


「高瀬が手伝ってくれないからだ」


「悠真、それ以上押したら冊子が曲がるよ」


 三浦に言われても、佐々木はファスナーを引こうとしている。


 小宮山が数学の冊子を抜き、教科書と向きを揃えて入れ直した。最後に置き傘を佐々木へ渡す。


「これで閉まる」


「栞さん、ありがとう」


「傘は持って」


「最初からそう言ってくれればよかったのに」


「高瀬が言ってた」


「聞いてなかった」


「だろうな」


 佐々木が鞄を閉じる横で、琴音は俺の隣の椅子を引いた。


 以前は俺の鞄を置いていた机だった。琴音が昼休みに来るようになってから、椅子の背へ掛けるようになった。


「颯馬、机の中は?」


「空」


「見た?」


「見た」


 琴音は鞄を椅子へ置き、自分で机の中を覗いた。


 肩から髪が落ち、机の縁をかすめる。


「本当だ」


「信用してないなら聞くなよ」


「前にプリントを忘れてたから」


「一枚だけだろ」


「取りに来たの、春休みに入ってからだったよね」


「覚えてるのか」


「颯馬のことだから」


 返事を考えているうちにに、琴音は身体を起こした。


 机の中へもう一度目を向ける。


「これで、学校に戻ってくる理由はないね」


「休み中は教室に入れないだろ」


「そうじゃなくて」


 琴音は椅子へ座り、鞄を膝へ乗せた。


「学校に来なくても会えるから、別にいいけど」


「隣だからな」


「うん」


 それだけで納得したらしい。


 琴音は鞄の持ち手を指で揃えた。


     ◇


「春休み、一回くらい集まらない?」


 立ち上がった佐々木が言った。


「一回でいいの?」


 三浦が聞き返す。


「二回でもいいけど、全員の予定を合わせるのが面倒だろ」


「言い出した悠真が調整してね」


「俺?」


「任せたら、集合時間を間違える」


「まだ打ち上げのこと言ってるのかよ」


「店に入る時間と、駅に集まる時間を間違えた人が悪いでしょ」


「あれは書き方が紛らわしかった」


「時間しか書いてなかったよ」


 小宮山は既にスマートフォンを取り出していた。


「駄目な日だけ送って。あとで合わせる」


「栞さんに任せれば早いな」


「悠真に任せられないから」


「俺は集まろうって言う係だったのか」


「必要な係だよ」


 琴音が慰めるように言う。


「その言い方、全然信用してないよね?」


 三浦が笑い、琴音も口元を緩めた。


 教室に残っていた生徒が一度こちらを見る。すぐに興味をなくし、鞄を持って出ていった。


 三浦は家族と出かける日、小宮山は写真部の活動日を送る。


 佐々木は店の手伝いを確認するため、母親へメッセージを打っていた。


「颯馬は?」


 琴音が訊いた。


「特にない」


「水曜日、買い物じゃなかった?」


「それは母さんの予定だろ」


「颯馬も付き合うって言ってたよ」


「聞いてない」


「たぶん今日言われる」


「何で琴音の方が先に知ってるんだよ」


「昨日、おばさんと話したから」


 琴音が俺のスマートフォンを指す。


「水曜日以外なら大丈夫?」


「たぶん」


「じゃあ送って」


「自分で送る」


「早くしてね」


 急かされながら予定を入力する。


 送信した画面を確認すると、琴音からもすぐに予定が届いた。


 明日以外は、ほとんど空いている。


「家の予定は決まってないんじゃなかったのか」


「決まったら直す」


「二度手間だろ」


「颯馬の空いてる日が分かったから、それ以外に入れればいいし」


 琴音は画面を見たまま言った。


「五人の予定を合わせるんだろ」


「そうだよ」


 返事は早かったが、顔は上がらない。


 三浦が何も言わず、小宮山の画面を覗き込んだ。


「一日、全員空いてるね」


「じゃあ、そこ」


 小宮山が候補日へ丸をつける。


 五人の名前が並んだ画面を見て、佐々木が小さく笑った。


「また五人なんだな」


「今さら一人減る方が変でしょ」


 三浦が言う。


「ああ、いや。文化祭のときは、終わったらそれまでだと思ってたから」


「私も。悠真とは、そんなに話さなくなると思ってた」


「何で俺だけ?」


「高瀬君は琴音がいるし」


「俺には誰もいないみたいに言うなよ」


「ひよりちゃんがいるでしょ」


「妹は友達に数えないだろ」


「悠真君より、予定は忘れなさそう」


 琴音が言い、また笑いが起きた。


 佐々木は納得していない顔で傘を持ち直す。


「栞さんは、こうなると思ってた?」


 小宮山は少し考えた。


「写真を渡したあとも、会ったから」


「初雪の日とか?」


「クリスマスも」


 三浦が指折り数える。


「結構会ってるね」


「うちの店が多くない?」


「ケーキがあるから」


「ひよりちゃんもいるし」


「だから俺は?」


「店にいるね」


「扱いが店員なんだよな」


 会うたびに何か理由はあった。


 写真を見る。雪の日に店へ行く。クリスマスに集まる。


 どれが最初だったかは、もう順番にする必要もない。


「高瀬は?」


 佐々木がこちらを見る。


「何が」


「この五人で集まると思ってた?」


「考えてなかった」


「今は?」


「もう日程まで決まってるだろ」


「そういう返しだと思った」


「なら聞くなよ」


 琴音が俺の隣の机へ手を置いた。


「颯馬は、この席も空けるようになったよね」


「毎回鞄をどかすのが面倒だからな」


「私が来ない日も空いてる」


「次の日に来るかもしれないだろ」


 口にしてから、三浦と佐々木の視線が動いた。


 琴音は机の傷を指でなぞる。


「そっか」


「何だよ」


「別に」


 そう言いながら、口元は緩んでいた。


 教室の前方で、担任が書類を抱えた。


「施錠するから、そろそろ帰れよ」


 三浦が返事をする。


 担任が出ていくと、グラウンドの掛け声だけが遠く聞こえた。


 小宮山がスマートフォンをしまう。


「三年になったら、教室も変わる」


「そうだな」


 佐々木が俺の隣の机を見る。


「ここも、別のやつの席になるんだよな」


 琴音の指が止まった。


「クラスが分かったら教えて」


 俺を見る。


「校内に貼られるだろ」


「颯馬から聞く」


「同じじゃないか」


「同じじゃないよ」


 何が違うのかは説明しなかった。


 琴音は鞄を持ち、椅子を机へ戻す。


「琴音も教えろよ」


 少し遅れて言うと、琴音の手が止まった。


「うん」


 短い返事だった。


 三浦と小宮山が先に教室を出る。佐々木も傘を持って続いた。


 琴音は俺が鞄を持つまで扉の前で待っていた。


     ◇


 昇降口へ向かう途中、佐々木が進路予定表を見上げた。


「春休みが終わったら、また進路希望調査か。高瀬、志望先は変えないのか?」


「今のところは」


「判定、厳しかったんだろ。地元へ戻すなら早い方がよくないか?」


 少し前を歩く琴音の足が、わずかに遅くなる。


「戻すとは言ってない」


「じゃあ、そのまま?」


「今のところは、って言っただろ」


 佐々木は首を傾げたが、それ以上は聞かなかった。


 琴音も何も言わない。


 ただ、鞄を握っていた指から力を抜いた。


     ◇


 校門の外で三人と別れ、琴音と住宅街へ向かう。


「本当に集まるんだね」


 琴音がグループメッセージを見ながら言った。


「日まで決めただろ」


「文化祭の準備をしてたころは、思ってなかったな」


「そうか」


「颯馬は?」


「考えてなかった」


「今は?」


「楽しみなんじゃないか」


 言ってから、佐々木たちではなく、自分のことを聞かれていたと気づいた。


 琴音が画面から顔を上げる。


「颯馬が?」


「嫌なら行かない」


「そっか」


「何だよ」


「ちゃんと答えたから」


 琴音はスマートフォンをしまった。


 歩く速さが、少しだけ上がる。


「明日、第一志望のことも話す」


 声から、さっきまでの軽さが消えた。


「まだ言ってなかったのか」


「候補にしてることは知ってる。でも、受けるって決めたことはまだ」


「反対されそうなのか」


「反対はされないと思う。心配はされるかもしれないけど」


「遠いから?」


「それもある」


 今の家からも、母親の家からも通えない大学。


 以前、琴音から資料を見せてもらった。場所も寮の情報も知っている。


「颯馬は、本当に受けるの?」


「進路希望にはそう書く」


「そうじゃなくて」


 琴音は口を閉じた。


「明日、聞く」


「何で明日なんだ」


「今日は聞かない」


「気になるんだろ」


「うん。でも、今日はほかのことを考える」


「何を」


 琴音は答えず、家の方を見た。


「夕飯、何にする?」


「まだ決めてない」


「冷蔵庫に何がある?」


「じゃがいもと玉ねぎ。肉もあったと思う」


「人参は?」


「一本」


「じゃあ、肉じゃが」


「また人参だけ先に食べるのか」


「颯馬が小さく切ってくれるなら」


「大きく切る」


「颯馬は切らないよ」


「何で言い切れるんだ」


「私が食べにくいから」


「自分で切ればいいだろ」


「颯馬が切った方が好き」


 琴音は、それ以上理由を足さなかった。


 二軒の前へ着く。


 琴音は自宅の門へ手をかけた。


「颯馬」


「何」


「今日で、これも最後だね」


 何が、と聞けばよかった。


 金曜日の夕食か。琴音が一度自宅へ戻り、着替えてから隣へ来ることか。父親の帰りが遅い夜を、うちで過ごすことか。


「まだ食べてないだろ」


 琴音が目を瞬かせる。


 それから、少しだけ笑った。


「そうだね。あとで行く」


 門を開き、玄関へ向かう。


 扉の前で振り返る。


「クラス、颯馬から教えてね」


「まだ決まってないだろ」


「決まったら」


「分かった」


「私も教える」


「ああ」


 琴音は今度こそ家へ入った。


 俺も自宅の鍵を取り出す。


 今日で最後。


 颯馬が切った方が好き。


 クラスは、颯馬から聞きたい。


 三つとも琴音が言った言葉だった。


 この五人で春休みの予定を決めるようになることも、琴音の何気ない一言にいちいち足を止めるようになることも、少し前までは考えもしなかった。


 鍵を一度差し損ねた。

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