第48話 好きな人は誰
月曜日の朝、琴音はいつもどおり教室にいた。
俺が廊下を通ったとき、三浦と小宮山の話を聞いている。
こちらに気づく。
一度目が合い、すぐに逸らした。
数歩進んでから振り返ると、今度は琴音の方がこちらを見ていた。
また目が合う。
琴音は三浦の話を聞いていたような顔へ戻った。
普段どおりには見えない。
俺も同じなのかもしれない。
◇
昼休み、琴音たちが教室へ来る。
佐々木は琴音からもらった袋を、机の横へ置いた鞄から取り出した。
「今日、食べるのか」
「昨日は店の商品を味見させられたからな。琴音さんの分は、落ち着いて食べたかった」
「そこまで取っておく物?」
三浦が笑う。
「美咲には分からない。友チョコでも、もらった側には物語があるんだよ」
「大げさ」
「袋も残す予定だ」
「悠真君、そこまでしなくていいよ」
琴音が止めた。
「記念だから」
佐々木は小袋を丁寧に開ける。
中には、同じ形の焼き菓子が数個入っていた。
俺が受け取った物とは違う。
形だけではない。
琴音が俺へ渡した物は、箱の中で一つずつ動かないよう並べられていた。包装も、カードも、佐々木の袋にはない。
琴音がこちらを見た。
俺の視線が佐々木の袋へ向いていると気づいたらしい。
箸の先が止まる。
「昨日の」
声をかけると、琴音の肩が小さく動く。
「うまかった」
琴音はすぐに返事をしなかった。
眉尻が戻り、口元が少しずつ緩んでいく。
「そう」
「甘さもちょうどよかった」
「本当に?」
「ああ」
「そう」
二度目の返事は、さっきより柔らかかった。
三浦は何も言わず、自分の弁当へ視線を落とす。
小宮山も普段どおり食べている。
佐々木だけが焼き菓子を持ったまま、俺と琴音を交互に見た。
「高瀬も、もらったのか」
「ああ」
「いつ?」
「昨日」
「学校ではなかったよな」
「家で」
「琴音さんが高瀬の家まで?」
「隣だから」
琴音が答えた。
「隣なのは知ってるけど」
佐々木は自分の小袋と、俺の方を見比べた。
「高瀬の分も、これと同じ?」
琴音の箸が止まる。
「似たような物だよ」
「袋?」
「箱」
三浦が答えた。
「ミサ」
「箱に入れたのは事実でしょ」
「そうだけど」
佐々木の眉が上がる。
「俺は袋で、高瀬は箱?」
「悠真君のもちゃんと作ったよ」
「分かってる。むしろ俺の袋は友人用として完成されてる」
「何の評価?」
「だからこそ、箱は別枠に見えるって話」
佐々木はそこまで言い、俺を見る。
さすがに気を使ったらしい。
「まあ、幼なじみだからな」
自分で話を収め、焼き菓子を口へ入れる。
「うまい」
すぐに表情が明るくなった。
「琴音さん、来年も友人枠を継続してくれ」
「来年のことは、まだ分からないよ」
「今から予約しておく」
琴音の口元が緩む。
話題は佐々木の大げさな喜びへ移った。
俺だけが、さっきの言葉に残された。
幼なじみだから。
そう考えれば、箱が違うことには理由がつく。
だが、学校で渡せなかったことには理由がつかない。
合鍵を使わず、家へ入らず、玄関で渡して帰ったことにも。
それくらい自分で考えて。
琴音の言葉が、もう一度頭へ戻る。
◇
昼休みが終わり、階段の前で三人と別れる。
琴音だけが少し遅れて歩いていた。
「琴音」
「何?」
振り返る。
「昨日のカード、読んだ」
琴音の目がわずかに見開かれた。
「うん」
「これからも、って書いてあった」
「書いたよ」
「どこまでの話だ」
琴音の表情が止まる。
「どこまでって?」
「大学へ行ったあとも含むのか」
「カードに、そんなことは書いてないでしょ」
「これからも、とは書いてある」
「決まり文句だよ」
「なら、何で学校で渡せなかったんだ」
琴音の唇が少し開く。
答えは出てこない。
俺も、何を言わせたいのか分かっていなかった。
「幼なじみだから別にしたのか」
尋ねると、琴音の指が鞄の持ち手を握った。
「それもあると思う」
「ほかにもあるのか」
「分からない」
「分からない物を俺に考えさせたのかよ」
「颯馬なら、分かるかもしれないと思ったから」
「琴音が分からないのに?」
「だから」
琴音は視線を落とした。
「私より、颯馬の方が分かるかもしれないでしょ」
「無茶を言うな」
「分かってる」
口元が少し上がる。
「でも、考えてくれたんだ」
「聞かれたからな」
「それだけ?」
答えられずにいると、琴音の笑みが少しだけ深くなった。
階段の向こうから三浦が呼ぶ。
「琴音、次の授業始まるよ」
「今行く」
琴音は一度だけこちらを見てから、三浦たちの方へ向かった。
昨日までなら、何か言いたいことがあるのだと思った。
今は、それだけでは済まなかった。
琴音の好きな相手が誰なのか。
初めて、自分を候補から外さずに考えた。




